ジョーシン2013

講演「情報教育の重要性」

~情報教育の視点から世の中の事件をひもとく

辰己丈夫先生 早稲田大学 情報教育研究所


辰己丈夫先生
辰己丈夫先生

本日は、最近起きた事件の中で情報教育、あるいは教育が関連すると思われる問題を一つずつ解説し、なぜこんな事件が起きているのか考えていこうと思います。

 

 

★新たなるインターネット利用の『可視化』問題

 

ここ数年、非常に多様な人たちが、インターネットを利用して情報の収集だけでなく情報発信もするようになり、その内容に関して新たな可視化の問題が出てきました。

 

最近の事件にこんなのがありました。アメリカのカフェの経営者が、食べ散らかしている子ども連れの客の様子を撮って YouTube にアップロードをしたら、経営者は袋叩きに遭い、サイトは炎上しました。以前にも、アメリカでは、未成年の大学生の飲酒の写真がサークルのサイトで公開され、それを見た大学が、この学生の卒業を認めなかったということがありました。

 

http://www.cnn.co.jp/tech/35035721.html?tag=mcol%3BrelStories

 

勝手に撮影してネットにアップしたものを、いろんな人が見て大騒ぎになったというケースは、例えば、コンビニで店員が店の冷蔵庫の中に入った写真や、店員がカウンターの上に足を広げている写真など、日本でもありましたね。

 

「これらの事件は、本人が騒がれたいからやっているんだ」と分析・説明する人がいますが、僕の予想は違います。今回はたまたま大手マスコミが騒ぎましたが、この数年、この手のことはツイッター等で、ずっと行なわれていたことです。これらの行為をした人たちは、世の中でこの行為が問題だと騒がれていることを、たぶん知りません。なぜなら、新聞やテレビを見ないし、他のネット情報さえ知らないからです。だから、「世間が騒いだから、自粛しよう」とか、あるいは「反発してさらに過激なことをしよう」とか考えないのです。本人は、世間に騒がれたいと認識・自覚してやっているわけではないのでしょう。これが僕の予想です。

 

情報教育の中で、こういった情報発信の内容が、誰にでも見えるようになっているという「可視化」の危険性の問題への対応が抜け落ちているように見えます。

 

まとめ (1)

多くの人がインターネットで簡単に情報発信できる時代が本格的に到来して、可視化の問題が拡大した

 

 

★新聞を読んでいるのは誰か

 

次に、「新聞はいま、誰が読んでいるのか」という記事を紹介します。

 

http://blogos.com/article/71656/?axis=b%3A13305

 

朝日新聞デジタルの2013年10月14日(つい10日ほど前です)に以下の記事がありました。「米・グーグルが、ネットの検索で上位にする『検索エンジン最適化』が行き過ぎたサイトの排除に乗り出しました。ネット業界の一部で混乱を生じています」です。何をいまさら、という感じです。この話題は、ネットを使っている人にとって10年前の常識です。そこで、この記事の著者が、「朝日新聞が、このような時代錯誤な記事を書くのは、おかしいと思って調べた。新聞を誰が読んでいるか年齢別に見ると、2010年で70代以上の男性が78%、20代男性だと13%ということがわかった。女性でも似たような傾向」ということです。つまり、新聞は高齢者のメディアだということ。新聞とネットは世代で読者層が分かれているということですね。

 

まとめ(2)

世代によって利用しているメディアがまったく異なり、常識の分断が進んでいる。特に高齢者はネット技術やネット上の情報を全くと言ってよいほど知らない

 

 

★「『国際成人力テスト』日本トップ」から見えてきたデジタルデバイド

 

世代によって常識の断絶が進むとどんな大きな問題になるのか。もう少しこの話題を続けましょう。

 

2013年10月に、「国際成人力テスト(PIAAC)」の結果が、新聞・テレビでは大々的に報道されました。このテストは、OECD加盟24カ国が参加し、16歳から65歳までの個人を対象に、「読解力」「数的思考力」「IT活用した問題解決能力」を調査したもので、今後の学校教育や職業訓練など人材育成政策に活用されることが期待されるというものです。報道では、このテストの結果、日本が読解力と数的思考力でトップだったことを受けて、学校や職場など社会の教育機能の高さが反映されている、すばらしいという論調でした。

 

「でも、それって本当?」と思って、いろいろと調べてみると、作家の冷泉彰彦氏が「『国際成人力』日本トップは喜べるのか?」という記事を書いているのを見つけました。

 

http://www.newsweekjapan.jp/reizei/2013/10/post-594.php

 

この記事で指摘しているのは、「このテストは、基本はパソコンで回答することになっていて、テスト全体をパソコンで受験が可能かを判定する事前テストが行われる。その日本の合格率は24か国中最低で、抽出された日本人1万1000人の対象者のうち実際に回答したのは5200人とのこと。つまり、日本人の『読解力』『数的思考力』の結果は、パソコンをほぼ扱える層のみのものだ」ということでした。これなら、トップは当たり前です。

 

さらに深刻なのは、このテストの「ITを活用した問題解決能力」の低さです。この領域の問題の6割を回答できた日本人は16歳~65歳で35%しかいない(OECD平均は34%)。さらに年齢が上がるほど正答率が低くなる。60歳以上だけを見ると、OECD平均を下回ります。

 

これについては、KDDI総研の島田範正氏も「(日本人は)パソコンに触らなかったり、毛嫌いしている層が他国に比べて多いということでもあり、一種のデジタルデバイドが他国以上に存在していることをうかがわせる」と指摘しています。つまり世界的に見ても、日本人は年齢が上がるほどITを活用できない。情報教育の中でも、成人教育の必要性を感じるところです。

 

http://www.kddi-ri.jp/blog/srf/2013/10/09/oecd/

 

 

★生産性の低さと旧態依然のIT理解

 

日本の企業は生産力が高いというのは国際的には定評があるはずですが、最近アメリカから日本に帰ってきたビジネスマンが、ブログ記事に「生産性の欠如が深刻」ということを書いています。たとえば8時間かかる仕事を5時間で終わらせるためにはどうしたらいいか、生産現場の工場では必死に取り組むが、日本のホワイトカラーの事務の生産性の低さは致命的、と書いているんです。

 

http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/touch/20131015

 

ところで、最近ツイッターで、こんな投稿もありました。ある会社での、上司(部長)と本人の会話です。

 

------------------------------------------------------------

部長「この帳票をこう改善して(資料を渡される)」

 

↓1時間後

 

俺「出来ました」

 

部長「資料通りやってもらって悪いけどやっぱ改善前に戻して」

 

俺「わかりました」

 

↓2分後

 

(改善前のバックアップを適応して提出)

俺「出来ました」

 

部長「なんで手抜いてるの?」

 

俺「作業前のバックアップを適応しただけなので、時間はそんなかかりませんが」

 

部長「それが手抜きだっていうの、手入力で全部戻せ。じゃなきゃ認めん」

 

俺「   」

 

これが社会です

------------------------------------------------------------

 

https://twitter.com/FA0bam_suica/statuses/393193314406510592

 

これを見ていると、部長が「修正前に戻して」と言う時点でおかしいですね。修正前の元の資料は、部長のパソコンにあるはずです。でも俺氏は部長の言うとおり、バックアップを適応し、部長に提出した。そしたら部長は「手抜きだ」という。

 

他にも、事務作業でエクセルのマクロを使って作業を行ったところ、職場の上司から「マクロを組むのはズルをしているのと同じ」といわれたという話はよく聞きます。時間をかけてやることが丁寧な仕事という、古い観念に縛られているだけなんですね。

 

http://okwave.jp/qa/q5419623.html

 

一方で、ITの先端企業では、生産性を上げるためにいろんなことをやっています。たとえば「運用担当者、激減中」という記事があります。

 

http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20131002/508384/ 

 

そこで話題になった会社は、運用担当者が今20名ですが、近々ゼロになるそうです。クラウドを利用したWEBブラウザ上のアプリケーションの自社開発に移行し、大手ソフトウェアベンダーの業務パッケージを自社用に設定して運用するのを取りやめているんです。したがって、運用担当者は減り、その代わり、プログラムを自分で作れる開発担当者を増やし、独自の必要なアプリをどんどん開発していこうということなんです。

  

まとめ(3)

情報技術を利用した真の効率化を、プログラミングなどで進めていない問題がある

 

 

★お役所は資料をPDFにして掲示すればいいのか?

 

さきほど話題に出ました「OECD国際成人力調査(PIAAC)」をまとめた報告を、文部科学省はPDF文書の形で掲載しています。

 

http://www.nier.go.jp/04_kenkyu_annai/pdf/piaac_summary_2013.pdf

 

ところが、このPDFから文を引用しようと思っても、その文を取り出せないようになっています。これは、印刷された調査結果報告書をスキャンしてPDFにして掲載しているからです。この手法は、最近のオープンデータの考えから遠く離れたものであるといえます。公的機関が、再利用が極めて困難な状態のまま文書を公表していることの問題点は多大です。お役所、特に行政に携わる人のIT活用に対する知識や考え方の改善が望まれます。

 

また、警視庁ホームページの「犯罪情報マップ」でも、適切でない情報発信を見ることができます。

 

http://www.keishicho.metro.tokyo.jp/toukei/annai/map_annai.htm 

 

この地図では、東京都の区ごとに犯罪数を色分けしているのですが、ここでは人口あたり犯罪数が何件という換算をしていないので、人口が多い世田谷区や八王子市の犯罪数が多くなっています。人口が多いのだから、犯罪数が多いのは当たり前です。しかも、地図の色分けには、同じ明度の赤と緑を多用していています。わかりやすく配色するユニバーサルデザインの観点から見ると、最悪といってもよいものです。公務員にも情報教育がすごく大事ということがここで言えると思います。

 

まとめ(4)

情報発信には、用いるソフトや、コンテンツの表現技法(色、フォント、グラフの見せ方なども含め)の理解が極めて重要だが、それが欠けている(特にお役所・行政機関!)

 

 

★知識不足が事故や事件に巻き込まれる一因

 

兵庫県立大の竹内和雄先生が、中学校の女の子同士スマホで画像交換をしていたと思ったら、実は相手は女子になりすました中年男性で、被害に遭ってしまった、という例を報告されていました。

 

http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20130705/489484/

 

竹内先生は、中高生のインターネットの安全性に対する知識不足がこの問題の原因の一つであると分析しています。子ども達に、きちんと順序立てて教えていく必要性を改めて感じます。

 

SNSでも、深刻な事件・事故となる例も見受けられるようになりました。たとえば「数十の企業の内定者一覧がフェイスブックでダダ漏れな件」という書き込み。これは、フェイスブックのグループ名に「内定者」を含むものを検索で調べると、さまざまな企業の内定者のリストを容易に調べることができるという話です。グループ名に企業名がなくても、グループの世話人の所属企業名が簡単にわかるので、そこからすぐに他の内定者もわかる状態になっているのです。リクルーターの意識の低さがこのような事態を招いてしまっています。

 

結局、彼らはフェイスブックを使いこなしても、その仕組みがわかっていない。つまりこれも知識不足が問題です。そもそも情報の開示や管理は管理人がポリシーを持ってやらなきゃいけない、ということがわかっていればこんなことは起こらないのです。

 

まとめ(5)

情報倫理や法令、犯罪、セキュリティに関する知識がきちんと教えられていないために事件や事故に巻き込まれるおそれが大きい

 

 

★違法ダウンロード取締りの法律がうまく機能していないのでは

 

ネットに違法にアップされた音楽や映画などをダウンロードすると刑事罰対象になる法律が施行され1年が経ちました。ところが、2013年9月29日のNHKニュース(WEB版)に、違法ダウンロードに刑事罰が適用されたのに、音楽ソフトの売り上げはむしろ、去年より7%減ったという記事が出ていました。2ちゃんねるでの発言を見ると、「そんなことはわかっていた」「違法でないところに行くだけの話で、音楽ソフトの売り上げ減は当たり前」などという書き込みが見られます。このあたりの感覚を見ると、音楽著作権協会の人にも情報教育は必要と思ってしまいます。

 

さて最後のまとめです。

 

まとまった提言はありません(笑)。ただ、世の中の変化の速さに情報教育がついていっていないということは、なんとなく見えてきたんじゃないかと思います。

 

【質疑応答】

◆高校教員--大変面白い話ばかりでしたが、1つだけ異論があります。PDFを掲示しているのは役所の情報の使い方がおかしいというご指摘でしたが、私はそうじゃなく、実は(役所が情報を)使われたくないから、そのようにしていると(笑)。情報というのは私自身が必要なものだけが「情報」であって、世の中にいっぱい転がっている情報は情報でないと常日頃生徒に教えています。自分にとって何が必要なのかを理解させることが大切なんだと。

 

◇辰己--先生のおっしゃるとおりで、隠したいことをわざととりにくいようにしておいて、でもPDFで掲示してますよ、という(役所の)言い訳になっていることもあるという話ですよね。それもあると思います。

 

 

◆大学教員--今朝NHKで、SNSで会社を立ち上げた高校生の女の子が「(大人は)私たちの土俵に来て、体験を共有してほしい」と言っていました。そういう高校生に対してどう付き合っていけばいいと思いますか。

 

◇辰己--教えている学生と SNS で話すという先生もおられますが、僕は学生のSNSでの書き込みにはなるべく参加しないようにしています。あまり若い人の話に入っていくと、学生のほうが引いてしまうということがありますので。大人は大人の社会で体験して、彼らの体験に実感を持てればいいのかなと思いますね。ただ、これはスタンスの問題なので、一概に決められることではないと思います。

 

 

◆高校教員--若い子は新聞を読まないという話が出ましたが、私はスマホを使っている子どもたちの様子を見て、ネットから子どもを切り離そうと思い、新聞を読む時間を週に3時間ほどみっちりやっています。もうちょっと若い人に合わせることも必要でしょうか。

 

◇辰己--新聞とネットの違いを高校生に教えるというのは非常に大事です。先生はいいことをやっておられます。大人がこう考えるのは新聞のここに影響を受けたからであるとか、高校生がこう考えるのはネットのここからであるなどの、考え方の枠組の違いを教えることになります。なので、新聞をきちんと読み込んでいこうというのはぜひ続けていかれるといいと思います。なので、ネットから切り離すのはよくないと思います。一方で、新しいことをしてみたいというのなら、たとえば、今小学生がやっていることを高校生に調べさせるなんていうのは、けっこう面白いんじゃないかなと思います。