New Education Expo2016 特別講演
新しい学習指導要領で期待される学力と教育の情報化への期待
~ICT導入の現状と中教審での議論から情報教育の未来を考える
東北大学大学院情報科学研究科 堀田龍也先生
vol.1 学校現場におけるICT活用の現状
現在私は中央教育審議会(中教審)のいくつかの委員や、それと並行して行われているいくつかの教育の情報化に関する会議の主査をしています。今日はそのあたりの情報の提供をしたいと思っております。
本日お話しするテーマは5つです。
最初に、学校現場でのICT活用の現状をお話しします。2つ目に、それとは少し離れるかもしれませんが、中教審の審議の全体的な状況。3つ目は、教育の情報化に話を戻して、情報活用能力の育成がどう検討されているかをお話しします。プログラミング教育の話もいたします。4つ目に、デジタル教科書の動向はどうなっているか、これはICT活用に入ってきます。そして最後にそれらを統合する意味でこれからの環境整備について。会場には、おそらくいろいろな教育委員会の方がいらっしゃると思いますので、そういう方に向けてお話をしたいと思います。
■ICTは誰の道具か
学校におけるICTの使い手は、2つに分けられます。1つは、教員がわかりやすく教えることを助ける道具として。もう1つは、生徒児童たちの学ぶ支援をする道具として。最終的には両者にICTが必要になりますが、どちらからやるべきかと言えば、先生の方です。おそらく今の普通の教室には、子どもが学ぶ道具としてタブレット端末などはあまり入っていません。大まかに言うと、98対2くらいでしょうか。次の学習指導要領では、子どもが使う方がクローズアップされてきますが、それでも0:100になることはありません。先生がわかりやすく教えるというシーンはこれからもなくなるはずがありませんので、まず先生の教える道具の方から取り組み、次第に子どもが学ぶ道具としてのICTを迎える準備をするのが、整備の順番としては妥当なわけです。
■実物投影機が活躍。次は電子黒板か、タブレットか。
具体的な指導の場面では、実物投影機で教科書を大きく映すというのがとても多いです。
先生が教科書を映してそこを説明したり書き込んで見せたりして、同じようなことを子どもにやらせたりします。あるいは、子どもたちが書いたノートを映して子どもが説明する、あるいは子どもの説明が足りなかった部分を先生が説明する、というシーンもあります。こういった活動は、実物投影機と大型テレビ、あるいはプロジェクターの組み合わせでできます。そして1時間の授業で何回もこういうシーンがあります。ですから、今度の算数の時間はプロジェクターと実物投影機を持ってきて使おう、というのではなくて、そういうシーンが出てきたらすぐに使えるように教室に常設されていることがとても重要です。
その整備率のデータが文科省から毎年出ています。左側が電子黒板、右側が実物投影機です。
※文部科学省「平成26年度 学校における教育の情報化の実態等に関する調査結果(概要)」より
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電子黒板は現在全国で約9万台あると言われています。小・中・高校3万6000校くらいに対し9万台ですから、割合としては、まだ1校に3台もない。普通の教室に行き渡ってはいません。実物投影機は、今17万8000台。特に小学校に集中して入っており、電子黒板より多く入っています。両方とも教室に1台あればよい道具ですが、電子黒板より実物投影機が入っていて、でも国の文書には電子黒板を入れろと書いてある。当時はタブレットが出ていませんから、書き込むソフトウェアをテレビ側に取り付けるしかなかった。それが電子黒板です。
最近はタブレットでいろいろ書き込んでそれをテレビに映せますから、むしろ映す方はプロジェクターとか単純な大型のテレビ程度でよくて、先生がタブレットを持っていればそれで済むのではないかという話が出始めています。今後タブレットの普及によって、様相は少し変わってくるかもしれません。
では、実物投影機は要らなくなるのかと言えば、例えば、子どもたちが今書いたものをタブレットで写真に撮って、というと少し手間かもしれません。実物投影機に子どもたちが自分の作ったものを持ってきて、みんなの前で話すといったことは、とりわけ小学校では重視される学習活動だと思います。
コンピュータは、児童生徒3.6人に1台というのが国の目標で、それに対して実際は6.5人に1台くらいしかないという国の統計があります。そういう数値目標だけではなくて、どんな場面ではどんなICTが必要なのかを校種別、あるいは、発達段階によって、あるいは学習の場面別に整理し直して、それに合わせた整備をやるべきではないかというのが、今様々な場で議論されていることです。
2020年に向けては、そういう整備指針が出てくるものと思います。その際、どんな授業形態であっても一斉での提示場面は絶対なくならないので、今からICTを整備するところは、まずは一斉提示に必要なものを入れておくというのが、整備の順番として間違いがないと思います。
実物投影機で一番映されているのは教科書です。次いで、子どもたちの書いたノートやワークシートです。実物投影機で一番映されるのは教科書だという事実は、先生が児童生徒に提示して説明するための指導者用のデジタル教科書が必要であるということを同時に意味しているわけです。今のところ、残念ながら値段がまだ高い、十分に整備されていない、といった様々な問題がありますが、おそらくそのあたりは遠からず改善し、どんどん進化していくので、最終的には両方必要となると思います。今の指導者用のデジタル教科書の価格から考えれば、1教科の1学年分の価格で実物投影機が買えます。教育委員会では、どちらを先に整備すべきか判断しなければなりません。
デジタル教科書を映したら、先生の性(さが)で、何か書き込んで教えたいという気持ちになります。書き込み(アノテーション、annotation)を実現するのが、今までで言えば電子黒板の機能でした。今後はそれがタブレットに置き換わる可能性があります。先生というのは自分が使ったことがないものを子ども全員に持たせて学習で使うのには抵抗感があります。ですから、もし段階的に導入するのであれば、実物投影機に慣れた先生が、次にはそれに加えて、ネットアクセスもできるいろいろなデジタルの教材が入っているタブレットを使って、それをプロジェクターに映して見せる、というような使い方が考えられると思います。
■子ども1人1台のタブレットをどう考えるか
今度は子どもの道具としてのお話をしたいと思います。これからはタブレットだと言われていますが、全国的な現状は、突出したいくつかの自治体、あるいは国の先導的な事業でいくつかの学校が国家予算を使って導入しており、それ以外の普通の自治体では、せいぜいモデル校に数十台入っているとか、10台入っている学校が地域に3校あるとか、現状はその程度だと思います。僕は、今はそれでいいと思います。
実験的に入れ始めておくことが、今後のことを考えたら必要なことなのです。「ほかの自治体がやって結果が出てからでいい」と思われるかもしれませんが、自分たちのところでいくら予算をかけるのかとか、導入してネットワークにうまくつながるのかとか、あるいは先生たちがどういうふうに導入をし、どんな研修が必要になるかといったことは、非常にローカリティーが高いことです。ですから、全国の流れがきた時にうちでもやればいい、というのは準備不足になります。
2020年の段階で、全ての子どもにタブレットを持たせる国家予算が出てくるかと言えば、あくまでも私見ですが、わが国の経済状況から考えると、多分それは無理だと思います。ではBYOD (Bring your own device、私的デバイス活用)で全ての子どもが保護者の負担で買うにも価格としてはまだかなり高い。これが6年間とか9年間とか使えるならばいいのですが、9年たったデバイスはもう古くて使えないと思います。実際の性能寿命を考えると、価格はいくらくらいのものになるのか。全ての機能を子どもが使うわけではないので、どのくらいのスペックダウンができるのか。様々な状況を考えると、2020年にBYODでというのはおそらく無理だろうと思います。
しかし、学習指導要領にこのような学習活動を期待する記述がされたとすると、そういう学習活動が行われる環境整備は設置者の義務になります。ですから、教育委員会としては、全く入れないというわけにはいかないと思います。全ての教室で同時に行うかどうかは運用問題なので、そこはうまく時間割で調整するとしても、どこかの教室でICTを使った授業をする時には、例えば子ども分の端末があり、そしてそれがネットにつながってサクサク動くという環境の整備は2020年頃までにはしておかないと次の学習指導要領に対応できない可能性があります。そうなると、子どもたちから見れば教育を受ける権利への侵害になる可能性があります。
■タブレットの使い方。初めはカメラ機能から
小学校でも中学校でも、紙の教材を全てタブレットに置き換えるというのは、先生にも子どもにも無理がありまます。紙も使い、タブレットも使うという感じだと思います。
それでは、ICTならではの使い方とはどういうものでしょうか。例えば国語や英語でスピーチの練習をする時に、自分のやっていることを撮影して見直してみる使い方があります。結構恥ずかしいですが、確実に効果は上がります。だから、カメラ機能はかなり有効です。デジカメでもできますが、みんなで共有するには小さすぎる。タブレットを、「みんなで見られるデジカメ」としての機能からスタートするのが、タブレットの活用としてはうまくいきます。
また、例えばドリルのように、ポイントとなる部分を隠して、それに答えられるようになるまで何度も確認するといったものがあります。
よくテクノロジストの人たちは、ICTを使い子どもたちがテレビ会議をしたり、海外と交流したりすることにはすごく賛同する一方で、ドリルのような学習を古いと言われますが、ドリルなどで身に付けさせる基礎学力は必要だと思います。社会で求められている能力がクリエイティビティーであったりコミュニケーション能力であったりしても、そういうものが付く前提となるために必要な基礎学力というのがあるわけです。小学校や中学校では、それをしっかりと身に付けさせることも大事なミッションですから、先生たちは胸を張って「基礎・基本は大事です」と言っていいと思います。
ICTが入ってきたとき、今までを全否定し、何か新しいことをやらなければいけないという切迫観念があると、ICTの活用も進まないと思います。ICTは、今までやってきたことをもっとやりやすくするものです。例えば、電話がメールに変わっても、「コミュニケーションしたい」という目的自体は変わらない。ツールが変わっただけです。ICTでもっと便利になる。そう考えれば、こういう学習は十分認められると思いますし、タブレットを教科書やノートのような紙と併用すればよいのです。
■多様な学びにデジタルを
一方で、紙だけではできなかったことをデジタルの力でやろうとしているということもあります。中学生が教科の学習で、ICTも使った活動が何%くらいあるかというOECDの調査があります。日本は、17ヵ国中17位です。国際比較をしている教科、国語・数学・理科がすべて17位で、しかもダントツのビリです(笑)。
しかし、同じOECDがやっているPISA(OECDの生徒の学習到達度調査)の学力調査では、日本はそれほど問題ない、むしろトップクラスです。つまり、ICTなしで学習していても、トップクラスなのだと言えます。ただ、ほかの国では日本よりもずっとICTを使って学んでいます。このことが、この後ボディーブローのように効いてくる可能性はあるわけです。日本の子どもたちは、教師の力によってこの成績を収めているとしたら、もしかしたら先生に教えてもらいマネジメントされないと学習できない人になっているかもしれません。もちろん、授業の内容によっては、これからも教師主導の部分は十分ありますが、ある部分は子どもたちに任せていくような、そういう意味で学び方が一様でない教室をこれから作っていかなければいけないでしょう。そしてその時に、子どもに「教科書とノートだけで一人で学びなさい」と言っても無理なのですね。そのためには様々な刺激も、理解を促すようなものも必要です。だからデジタルなのです。
■フューチャースクール事業の成果を共有
子どもにタブレットを持たせましょう、そういう教室環境を作りましょうという試みを、国の予算で最初に行ったのが、平成22年にスタートした「フューチャースクール推進事業」です。その頃はiPadは発売されていなかったので、タブレットと言っても巨大な弁当箱みたいな大きなパソコンが入りました。その翌年には、文部科学省が同じ学校に「学びのイノベーション事業」という研究指定をして、「フューチャースクール」と「学びのイノベーション」の二つの事業を受けて小学校10校、中学校8校、特別支援学校2校が、非常に負荷がかかる研究をされました。
この事業では、様々な知見を残しています。例えばタブレットが40台入ってきたら、教室のコンセントの数が足りないとか、電圧が足りず電灯が消えてしまったとか、最初からわかっていそうでも、持ち込んでみて初めてわかったこともありました。大きなタブレット収納庫の置き場に困り、廊下に出せば避難経路で消防法違反になるという問題も出ました。やってみないとわからないことがいっぱいあったのです。子どもたちがはたしてどのくらいできるのかは、子どもたちに実際に触らせてみないとわからないですよね。教師がどのくらい不安かも、本当に取り組んでみないとわからない。この「フューチャースクール」、「学びのイノベーション」の研究成果は、現在すごくいろいろなところで生きています。
「フューチャースクール」や「学びのイノベーション」の実施校で行われた学習は様々な教科がありますが、学習場面で分けるとだいたい10個に整理されました。
※文部科学省 「学びのイノベーション事業 実証研究報告書(概要)」より
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まずは、一斉授業。先生、あるいは子どもが皆の前で説明するという、クラス全体を単位にしたものです。次に個別学習で5種類あります。個に応じた活動、表現・制作、自分の考えを深めるためにシミュレーションを使うとかいったものです。そして、協働学習が4種類。答えが一つに決まっていない問題に対して、チームみんなで納得解を見つけなければいけない時代がやってくる。そこで、ICTの導入とこの「協働」というチームビルディングのようなことが一緒に考えられました。ただ、「協働」と言ってもそればかりやっているわけではありません。一人で考える時間、先生が説明する時間もあります。ICTを使った「学校の壁を越えた学習」という新しいチャレンジもありますが、これも毎日のようにできるわけではありません。
■ICTが入っても、教師の役割はなくならない
一斉授業、個別学習、協働学習は、均等に行われているわけではありません。最初に先生が一斉に説明して、個別に自分で何か考えたり、他の活動をしたりして、それから友達と話し合ったり意見交換をして、それをみんなの前で報告する。それを踏まえて、今度は個に応じてドリルみたいなものをしたり、あるいはみんなで何か作ってみたり、さらにそれを家に持ち帰ってやったり。しかし、授業が集団で学ぶという以上、一斉授業が一番よく使われることで、これは取りも直さず、教員がICTを使うという環境です。ですからここをまず整備しておくのが大事ですよと申し上げたのです。
授業というのは、意図した授業場面の連続で構成されています。その構成は先生がしています。だから、タブレットが入ってきても教師の役割はなくなりません。ある部分を子どもに、あるいはタブレットに任せることはありますが、任せた結果は、結局は先生が回収するわけです。先生がコントロールしないと、時間内に全ての学習指導要領の内容を終えることはできません。今後はそれがますます過密になりますから、先生の役割はこれからもっと重要になります。
■考えをまとめるためにキーボードはやはり必要。タブレットが万能ではない
教室のICTは何のためにあるかを考えるとき、そこには基礎・基本の習得のような、基礎的な学力をどうするかという話と、もう一方で子どもが自分たちで思考・判断・表現するようなことをどうするかということがあります。また、学力差が大きい場合、ICTを活用することが必要になるだろうと思います。
そして、教室の授業環境としての考え方と、子どもの学習の学習環境の考え方があるということになります。授業環境というのは、教室に1台そろっているべき大型のテレビやプロジェクター、場合によっては電子黒板と実物投影機、あるいは教師用のタブレットのことです。一方学習環境というのは、子どもたちが持つタブレットであると言えます。
ところで、タブレットは、子どもたちの調べ学習には便利ですが、子どもたちが思考し、考えをまとめたり書き込んだりする時には、本当はキーボードが必要です。キーボードが早いのです。キーボードなしのまま使ってしまうと、そこで学習が止まります。手書き機能でヘタな字で書くのなら紙のほうがいいのではないか。今アメリカでは、一時期一斉にスレート型のタブレットを使っていたのが、一斉にラップトップに戻ってきているという動きがあります。
表現や思考などクリエイティブなことをする時、それは、小学校より中学校、高校より大学と進んでいくにつれて一層重要になっていくと思いますが、そこはキーボードなしでは多分無理でしょう。音声入力も便利ですが、できることとできないことがあるのです。できることとできないことの見極めは結構大事であると思います。
■BYODなら法の整備も必要か
子どもの貧困が問題になっており、それが子どもたちの学びの欠如につながるということが起こっていますが、これを食い止めるのは学校しかありません。どの子にも確実に一定の学力をしっかりと身に付けさせ、その子が社会で一生懸命生きて行くのを応援するのは、学校の先生の仕事です。そこで先生たちは、たいへんな負荷がかかっているわけです。
でも、そこは頑張っていただかなければいけないところですし、だからICTが便利なところがたくさんあるのです。もしタブレットPCをBYODで一人1台、自分たちで持たせるとしたら、それは保護者負担の問題になるので、するとこれは生活保護と同じようなスピードでタブレットPCも認めていくような形に、法の整備などが必要になりますね。
※New Education Expo2016 特別講演 (2016年6月4日 東京会場)