高校教科「情報」シンポジウム2014秋
情報処理学会による教員免許更新講習
~情報教育と教員の質の向上を目指して~
SSR:情報処理学会「会員の力を社会につなげる」研究グループ/ 筑波大学ビジネス科学研究科教授 久野靖先生
■教員免許講習実施に至る経緯
教員免許更新制度の概要
2009年4月から教員免許の更新制度が導入されました。教員免許の有効期限が10年となり、期間満了の2年2か月前から2か月前までの間に、大学などが解説する30時間以上の免許更新講習を受講した後、都道府県教育委員会に申請しなければ免許が失効する、というものです。
有効期限が10年ということは、全国の全教員の平均して10分の1が、毎年30時間の研修を受ける必要があるため、全国の多くの大学が毎年多数の講座を開講しています。
講習の内容は、必修領域「教職についての省察並びに子どもの変化、教育政策の動向および学校の内外における連携協力についての理解に関する事項」が12時間以上、選択領域の「教科指導・生徒指導その他教育の充実に関する事項」が18時間以上となっていますが、選択領域については、各分野の様々なものがある一方、各教員の免許状や現職の状況(常勤か、非常勤かなど)に関わらずどのような内容のものを受講してもかまわないことになっています。そのため、時間がなくて希望する講座がうまく申し込めないような場合は、現職との関係が薄い講習を受けることもあるようです。また、多忙な教員が近隣で講習が開設されていない場合は遠隔地まで出向くことが必要になって負担が大きくなるため、これに一部対応するものとして、放送大学などの通信教育によるものもあります。
情報処理学会では、情報処理教育委員会と、複数のその下部委員会が教育の様々な側面を担ってきました。その中で、高校までの教育を担当する初等中等教育委員会は、高校に情報科が新設されることが決まったことを契機に発足し、以降この教科の内容や課題を扱ってきました。
情報科が抱える多くの課題の中でも、担当教員が必ずしも十分な知識・技能を持っていない、というのが大きな問題です。これについては、辰己先生に詳しくお話ししていただきます。(→リンク)
このため、免許更新制度が開始された時点で、情報処理学会として情報科教員をターゲットにした講習を行えないか、という意見が出ましたが、制度新設当時は前にも述べたように、大学による開設が想定されていたため、学会として実施する体制を取るためにはどうしたらよいか、という情報が乏しく、この時点では実施を見送ることになりました。
現場の教員から免許更新講習を求める声が上がった
その後、情報処理教育委員会・初等中等教育委員会は、情報科の課題に取り組む中で、「教育に取り組む人や組織と協働する」ことの必要性を認識し、情報科の高校教員をはじめ教育関係の様々な人と意見交換をして実効性のある活動につなげる目的で、2012年4月に研究グループSSR(Society’s Social Responsibility-「会員の力を社会につなげる」)を発足させました。
SSRでは、定期的に意見交換会を開催し、そこで出されたアイデアに基づいていろいろな活動を行ってきています。例えば、高校の教員から「大学では情報系でどのような授業が行われているか知りたい」という要望に応えて、東大の駒場キャンパスの施設を借りて、高校教員を対象に教養学部1年次の情報系科目の体験講座を行い、好評を博しました(2012年7月・2013年7月)。
その後、2013年11月の意見交換会で、「教員免許更新講習を情報処理学会に実施してほしい」という要望が出されました。これについては、理数系学会教育問題連絡会を通じて知己を得た地震学会が講習を行っていることがわかり、ヒアリングをして
- 選択領域(情報科の専門領域)の講習についてはきちんと申請すれば基本的に認められること
- 研修会と併設で免許更新講習を実施しても、試験など一部の内容を除けば研修参加者と更新講習参加者は同じ内容が受講できること
- 高校教員に講師を依頼することにより、高校や現場の事例が入れられるとともに、講師になった
教員には更新講習が免除されるというメリットがあること
などの情報を得ることができました。こうして、文部科学省の担当部署の方とも相談しながら準備を進め、2014年4月に講座の認定が決まりました。
補助講師を高校教員が行うことで、より現場に近い講習を
文部科学省への申請と前後して、SSRと初等中等教育委員会の中で、免許更新講習に関わってきたメンバーによる「教員免許講習ワーキンググループ」が設置され、学会事務局と協力して事務手続きの準備や申し込みサイトの準備を行い、これと並行して実際の講習の内容設定や準備を進めました。内容の基本方針は、
(1)SSRが実施した前述の「大学の授業を聞こう」シリーズと併設して、そのスタイルを継承する (2)6時間の全日の講習を3日間行う
としました。これに基づいて、SSRに関わってきた東京大学の萩谷昌己先生、放送大学の辰己丈夫先生と私が1日ずつ主任講師として、テキストの構成・執筆、内容のデザインを行うこととしました。
補助講師は、各日2人ずつ高校教員を割り当てました。この方々は、学会発表や、論文・研究報告等の執筆をされている方々に複数名お願いして文部科学省の承認を得て、その中から内容や日程を勘案して人選しました。また、当日主任講師にトラブルが発生した時に備えて、主任講師3名それぞれに大学教員の「リリーフ講師」をお願いしました(今回は、当日の出番はありませんでした)。
会場は、前年までのSSRの研修と同様に、東京大学情報教育棟を使用させていただきました。また、免許更新試験は各日とも知識を見る筆記試験ではなく、当日の内容に基づく指導案を記述させる自由課題型の設問としました。
■講習の内容紹介
1日目:情報社会と情報倫理の現状
1日目は、最初に辰己先生から、情報社会の進展がどのような影響をもたらしているのか、それに対して教育がどのように対応すべきかにつ
いての講義がありました。次に、千代田区立九段中等教育学校の田崎丈晴先生から、ご自身の勤務校の情報環境と、どのように教育がなれていて、情報活用能力の育成をどのような考え方で行っているかの紹介がありました。
→辰己先生、田崎先生の記事へのリンク
午後は、まず都立町田高校の小原格先生による問題解決学習の教え方、特に様々な問題解決手法とそれを授業に取り入れていく事例について紹介がありました。続いて、辰己先生から情報倫理の考え方、倫理とモラルの区別、情報倫理教育においてジレンマを扱うことの有効性などの紹介がありました。
1日目の内容で、特に参加者にインパクトがあったのが、辰己先生が紹介した「情報倫理においてモラル(動議、内なる自分が正しいと思う~思わない)の軸と倫理(社会規範に合致する~しない)の軸は直交しており、はっきり区別されるべき」という右の図です。
この解説の後、ジレンマの内容を考案し教材化する、という題材での演習を行い、各参加者が作成したスライドを辰己先生がチェックして講評する時間も取られました。1日目の更新講習はここまでで終了し、更新講習受講者は別室で試験を受け、それ以外の参加者は自己紹介や自由討論を行いました。
2日目:プログラミング教育の考え方
2日目はプログラミングについて講習を行いました。この日は細かく演習を行い、講義は私が、演習解説と討論司会は補助講師が担当する構成としまた。演習時は、講師全体が机間巡視して助言を行いました。まずアルゴリズムとプログラムの説明の後、すぐにRuby言語の入門の内容を講義し、引き続いて短い例題を題材に実習環境でRubyプログラムを動かす演習を行いました。
次に、コンピュータでの数値の表現や計算の誤差について説明し、計算誤差を確認する演習を行いました。さらに続いて制御構造の解説に進み、枝分かれについて説明した後、問題を使って演習を行いました。午前の最後には、繰り返しを説明した後、誤差に対する配慮が必要となる注意点を取り上げて、コードの改良について説明しました。
午後は、まず午前中の最後の2つの演習について、名古屋学院名古屋高校の中西渉先生から解説を行った後、神奈川県立柏陽高校の間辺広樹先生が制御構造の組みあわせの解説とFizzbuzz問題等を題材とした演習を行いました。こちらについては、後ほど間部先生から詳しく説明していただきます。
→間辺先生の記事へリンク
最後に、画像のデータ構造をプログラム内で用意してデータを書き込み、画像ファイルに出力する例題を説明した上で、実際に画像ファイルを使った演習を行いました。
その後、間辺先生の司会で、その場でグループを作って学習内容の話し合いを行いました。そこで出た意見としては、
- プログラミングに関する質問、ふだん疑問に思っていること
- プログラミングの指導をする際にどの言語を使用するか
- 早く終わってしまった生徒への対応方法
等でした。
この日の冒頭で参加者にプログラミングの経験を挙手で尋ねたところ、未経験者が3分の1くらいいましたが、それらの人も含めて、問題レベルの難易差はあっても、全員がそれぞれ自分に合った課題を行っていました。このような「実際に大学で教えられているやり方で学んでみる」という体験は、プログラミングの技能を身に付けることも含めて、教員の研修内容として有用であると感じられました。
3日目:情報科学の考え方
3日目は情報科学の考え方について扱いました。
この日の午前中の講義は全て萩谷先生が行いました。まず情報学の参照基準(※)の説明があり、情報科の親学問としての情報学の定義、文系から理系にわたる広がりや、その特徴的な内容などが解説されました。
引き続いて、文系の情報学の事例として、東京大学のメディア関連の講義はどのような内容かについて紹介されました。その後、参加者と講師とで参照基準が高校の情報科とどのように関わるか等の議論が行われました。
※ジョーシン2013 萩谷先生講演「情報学をいかに定義するか」
午後も萩谷先生の「情報(科)学の考え方」の講義で始まりました。チューリングマシンなど主要な計算モデルとその意味の説明、「計算の機構」としてコンピュータの仕組み、論理回路の説明などのこの講義は、実際に東大で実施されている授業の抜粋です。
引き続き、千葉県立柏の葉高校の滑川敬章先生と東京大学附属中等教育学校の長嶋秀幸先生が、東京大学の教養学部1年生が必修で受講する科目「情報」で行われる「ICトレーナーによる論理界実習」
を行いました。この詳しい内容については、後で長嶋先生に紹介していただきます。
→長嶋先生の記事にリンク
実習終了後、まとめとして今回の内容全体に対する討論を行いました。午前中の講義についてはすでに午前中に討論を行っていたため、午後の実習に関する議論が中心でした。内容としては、
- 回路実習をすることの教育的価値
- ICトレーナーはたいへんわかりやすく熱中した。自分の高校でもやりたい
- 電気は見えないことから難しい面があり失敗もあるのではないか(⇔失敗も必要だ、という意見もあった)
- ICトレーナーと実際のコンピュータのギャップについて
があがりました。これからも、ICトレーナーによる回路の体験は、現実のものを触ることにより、受講者に大きなインパクトをもたらしたことがわかりました。
■受講者アンケートの結果から
今回の講習では、毎日同一内容の簡単なアンケートを行いました。その中から、「難易度」「分量」を見ると、難易度は適切ないしやや難し目、分量は適切ないし多め、という意見が多数派でした。ただ、2日目はプログラミングの実習だったということで、プログラミングの初学者には「難しい」という回答が多い一方で、既拾得者にとってはもっと高度な内容がよかった、と感じられたと考えられます。次回以降、プログラミングの内容については、受講者のレベル分けを考える必要があるかもしれません。
アンケートの自由記述を見ると、実習や実際に授業に役立つ内容に対する志向が高い一方で、3日目の情報科学の概観のような内容にもニーズがあることがわかりました。
■今後に向けて
今回の教員免許講習は、受講者の満足も得られ、初めての試みとしては比較的うまく運営できたと思います。また、内容では倫理とモラル、高校の教員による学校設備や授業の実践例、ICトレーナーによる実習など、高校の授業でそのまま使えそうな内容が比較的歓迎される一方で、プログラミングや情報科学など大学の内容を体験してもらおうとする内容には「難しい」という評価を得ることが多く見られました。これに対しては、コースの内容をより明確に提示し、内容について納得した上で受講していただくようにすること、またそのような内容の必要性についてうまくPRしてくことなどが必要であると考えられます。講習を、優しく聞いて楽しいだけの内容とすることはしたくありません。
この講習は来年度以降も継続していく予定です。また、ワーキンググループでは、夏だけでなく年度末に受講の需要が増えることに対応すべき、という議論もされています。これからも、「生徒によりよく教えられる教員のためのサポート」を目指して活動を続けていきたいと思っています。
※高校教科「情報」シンポジウム2014秋での講演より