情報処理学会第77回全国大会

高校情報科の指導体制の現状と教員養成の課題

小泉力一先生 尚美学園大学 芸術情報学部情報表現学科教授


小泉力一先生
小泉力一先生

初めに、今日私がお話しするスタンスについて述べたいと思います。


私は都立高校の数学の教員をしておりました。途中で総合技術教育センター(現・東京都教職員研修センター)という行政の方に5年間ほどおりましたが、その間2000年から2002年の3年間に情報科という新しい教科が登場するので、教員を養成しなくてはいけないということで、現職教員等認定講習会というものが全国で開催されました。東京都の会場になったのが、たまたま私の勤めていた教育センターで、そこで裏方としていろいろな仕事をさせていただいた中で、情報科の誕生の場面を見てきました。


そして今から10年ほど前に大学に移籍して、主に教職課程の担当という形で情報科の学生を指導してきました。この後、最近の大学の教職課程では…という話題を取り上げますが、いくつかの大学で指導してきた中で気づいたことを申し上げようと思います。


最後は、中教審の専門部会の専門委員を努めておりましたので、学習指導要領改訂の協力者の一人であるということです。直近の改訂の冒頭、中教審の答申にある能力の議論に参加しました。その議論の答申が出た後に、各教科の学習指導要領の改訂が進められ、そこで特に高校の情報科の改訂にも関わったということで、高校情報科の学習の一定の協力者になったということです。

先ほど、今日の話題は高校の情報科に限らないというご説明を頂きました。私もその方がよいと思います。高校の情報科に限らずもう少し長いスパンで考えて行かないと、問題の打破はできないと思います。そこで、今日は話題を3つに分けてお話いたします。


1つは高校現場の現状について。もう1つは教職課程、大学で情報科の教員を育成していく中で垣間見えてきた問題点とか課題。最後は高校現場の課題と大学の問題です。

まず、高校現場の課題というのは、何度も言われているように、必ずしも情報が専門でないベテランの先生がいっぱいいるということです。私は、これは別に悪いことではないと思います。ベテランというのは、年だけ食っているというのではなく、大学の教職課程で学んだ時は数学や理科であって、もともと情報科の教員になる予定はなかったのに、いつの間にか情報科の教員にならされたという人達です。ただ、この人達が不幸なことは、教科担当が1人だけということが災いして、なかなか切磋琢磨ができていないことが多いのです。ただ、15年経って、情報科のエキスパートになった「専門家でないベテラン」という方はたくさんおられますので、そこを見過ごしてはいけないと思います。

それから、操作系の授業でよしとする教員が少なくないこと。操作系の指導しかできないというか、それを主にやって来た教員が、割合としてはかなり多いのです。自分は某表計算ソフトや某ワープロソフトの検定に何人も合格させる力を持っていると自負しておられる。それは悪いことではないのですが、それが現在の高校の情報科のメインではない、ということに気づいていらっしゃらない方がいます。

次に、これは毎回どこでも言われることですが、情報科は大学入試から遠いということ。では、教科としてどのように生き残るかということですが、必修なので生き残ってはいきますし、必修が無くなることはないと思います。ただし、実質的に生き残っていくにはどうするか、ということをこれから真剣に考えなければならないと思います。


私は大学入試に積極的に入ることが是か非かについては、今後もう少し議論をする必要があると思います。結果的に大学側が、こういう力を新たな次世代の力として入学生に求めるという事態になれば、それは大学が率先して入る前に確認するはずです。たまたま今の情報科の内容、たまたま今のご時世で、子供たちにアプリケーションソフト、あるいは検索とかが必要と思っていなければ、大学側はそういう入試を課さないでしょうし、実際にも課していない。ただ、一方でどのように入試を課したらよいかという方法もよくわかっていないだろうと思うのです。ですから、これは大学の責任とか高校の責任とかいう問題ではなく、もう少し大学入試と情報科という関係を冷静に見つめる必要があるかと思います。ただ、教科としてどのように生き残るかということは、情報科の先生個人としては切実な問題ですから、その辺はやはり考える必要はあると思います。

■高校情報科の実態調査より

2003年4月に、新しい教科書で高校生が「情報」という教科を学び始めて、12年経ちますが、今から5年前の2010年1月に、開始後約7年経ったところで、経産省の予算で情報の授業について全国実態調査をしました。5000校にお願いして2000校、40%から回答をいただきました。この数字は個人的には驚きでした。たぶん、先ほど言った一人教科で大変なのと、暗中模索でやっているのが不安だったのかもしれません。このアンケートに答えれば全国の様子がわかるかな、という期待で回答してくださったのかと思います。

その内容は今日は詳しくお話ししませんが、ネットに出ていますのでご覧ください。
http://www.cec.or.jp/cecre/hsjoho/h21hsjiho_index.html

概要を申し上げますと、この2010年のアンケート調査でわかったのは、「教える内容に自信が持てない」という人が情報科の教員をしている、ということでした。調査の時点では情報A、B、Cの3つの科目で、科目にもよりますが、自信が持てる単元と自信が持てない単元との偏りが大きく、特に情報Bに関わる「情報の科学的な理解」の部分の単元に自信がないという結果が出ていました。
もう一つは、情報モラル関係の単元について、自信があまりないということでした。これは意外だったのですが、考えてみれば世の中が進み過ぎてしまって、情報科の教員でも追いつかないほど子どもの方が進んでいて、効果のある指導ができていないかもしれないという不安感から出た結果でもあったようです。

もう一つわかったことは、今ではよく言われている兼任・兼担です。情報科の専任がかなり少なく、一人教科であっても一人ですべてのクラスの情報科の授業を持つという状況があまりなく、数学と情報、あるいは物理と情報という形で兼任・兼担がとても多かったのです。専任の先生の集団と、兼任・兼担の先生の集団で、先ほど言った「自信がありますか」「重要視していますか」「授業で使っていますか」という3つのアンケートで、集団の平均の有意差検定をしたら、予想通りいずれの質問にも確実に如実に有為差が出ました。

その後の状況がどうなったかを知りたくて、昨年末にも同様の内容で全国調査をしました。こちらは、3600校に対して535校から回答をいただきました。今回の調査の対象は、普通高校の実態を知りたかったので普通高校に限定しました。


まず、文字入力やタイピングの技能について、重点を置いているかどうか尋ねました。いまだに「置いている」という結果が60%近くと極めて多いです。これは、従来行ってきたタイピング指導なのか、「生徒がキーボードがわからない」ということでやむなくタイピングを指導しているのか、実態を詳しく見ていないのでわかりません。ワープロソフトに関する文書作成等についても、タイピングに近い性格がありますが、いまだに66%が重点を置いて指導しています。


前回の調査で、「情報の科学的な理解」について「かなり自信がない」「重点を置いていない」という結果が出て、調査グループで問題視していたのですが、今回も「アルゴリズムとプログラミング」の部分については「重点を置いていない」という結果が出ました。


同様に、「モデル化とシミュレーション」についても重点が置かれていません。『社会と情報』を選択して履修している場合は、この単元に重点を置く必要がないので、その割合自体は問題にはなりません。しかし、全体では圧倒的に『社会と情報』を履修している学校が多いのに、それでもなお、この割合にあるという現実が、2010年から大きく変わっていないということを改めて確認しました。


「問題解決」について。『社会と情報』『情報の科学』の両方に問題解決というテーマが入っていますが、「重点を置いている」と「置いていない」の割合は、不思議と言うか当然と言うか、きれいに半々に分かれています。2010年の調査の時に、問題解決の指導は決して積極的ではありませんでした。しかし、改訂された学習指導要領の中にトピックとして「問題解決」が入っている以上やらざるを得ない、というのは語弊がありますが、問題解決をきちんと教える必要があると先生方が認識されたために、2010年の結果からは改善された割合になっているのだと思います。


「中学校の指導内容でもう少しやってきてほしいことは何か」ということを聞いてみました。多いのが、モラルなど、いわゆる「情報社会に参画する態度」と言われる部分です。今、ネットのトラブルや事件などいろいろな問題が起きています。小中学校でも問題にはなっていて、指導はしているはずなのですが、追いついていないのかもしれません。一方、プログラミングについては、まだ改訂指導要領で中学校の必修になった直後なので、十分でないという思いを持っている先生が高校には多くいます。

それから大学入試については、「大学入試の中で情報科はどのように扱われるとよいか」という形で質問しました。積極的に、と言う結果が出るかと思ったのですが、44.9%が「入試に入れるべきではない」と答えています。これは何の操作もしていない数字で、どのような思いで「入れるべきではない」という選択肢を選んだのか、ということを考えなければならないと思います。

もし、教科として生き残るべき必然性として大学入試に入れるべき、という思いが多くあるのであれば、この割合は出てこない。つまり、「情報活用能力を育てる教科として成立させるためには、大学入試に惑わされたくない」という思いがあるのか、あるいは、別の思いがあるのか。これは実際に聞いてみないとわかりませんが、こういう結果でした。一方で、「センター試験に入れるべき」「センター試験と大学の独自試験の両方に入れるべき」「大学の独自入試にいれるべき」「その他」という選択肢の回答はばらついています。ただ、数としては母集団が535名ですので絶対とは言えません。


■教員養成における課題

二つ目は教員養成について。今、日本では581の学科・コースで情報科の教員養成の免許を出しています。これは、圧倒的に他教科よりも多いです。例えば数学の教員の免許は300前後です。要は、情報科の教員免許というのは、理工系の学部学科でも社会科学系でも、コミュニケーション系や芸術系でも出せるのです。教職課程を履修している学生が多いかどうかは別の話ですが、かなりの割合で情報科の教職免許課程が設置できてしまうのです。近年多少減ってきてはいますが。

ここで問題なのは、教職課程の教科に関する科目には6つのグループがあり、それぞれに大学が独自に設定した科目があるのですが、シラバスを見る限り教職の教科に関する科目で、「これではたして十分なのか」という内容のものがあることです。

ケチをつけるわけではありませんが、このような科目で専門知識・技能を学んだ学生達が、本当に高校生に役に立つ内容が教えられるのか、と思います。自分がいろいろな大学で情報科教育を担当していて、学生に模擬授業をやらせる時、基本的な知識・スキルが欠けているというのを多々見てしまっていることからの実感です。


例えば、「ネットワークの単元で学習指導案を作って、それで模擬授業をやっています」と言っても、内容がそもそも間違ったことばかりでは、呆れてしまいます。根本的に違うだろう、という話です。これが一つ二つの例ではないのです。そういう意味で、教職教科に関する科目の実態をもう少し調べてみる必要があると思います。


それから教科教育の専門家が足りているか。つまり、教科教育を指導できる大学の教員が足りていないのではないかと思います。背景として、そもそも大学の教員の中で、自分が情報科という教科を学んだ人はまずいないこと。さらに、非常勤で様々な専門の先生を雇うにも限度があるということで、意外なご専門の先生が情報科教育を担当しているというケースもあるのです。「自分が情報科教育を経験した」と今言いましたが、学生に「自分が高校の時を思い出してごらん」と言った時、思い出すことが、実は実態に合っていない。つまり、学生自身が情報科の授業の内容に活かせる指導を高校で受けていないのです。そして情報科の教員のガラパゴス化というのは悲哀ですね。不幸だと思います。


情報科の免許取得方法を535人に聞いたところ、圧倒的に例の免許取得講習会の方が多い。ただ、この割合は減ってきています。大学学部卒で生え抜きの情報科教員という人達は今22.6%ですが、確実に増えてきています。ただ、依然として採用が少ないので、この重みはまだ十分ではありません。採用が多ければ、逆転して生え抜きの教員が多数派になって今日があるべきなのですが、これは各教育委員会の人事の問題、予算の問題なので、ここで議論してどうなる問題でもありません。しかし、根底から変えなければいけないと思います。


現在の先生の立場はどうかという点では、兼任・兼担が約60%、一方すべての持ち時間で情報科を指導する専任教員が35.5%というのは、2010年は20数%からすれば増えています。専任や生え抜きの教員も採用され始めていますし、情報科そのものをプロパーとして教える方も、急激ではないですが増えています。


最後に、課題の解決に向けて2つのことを挙げます。1つは次回の学習指導要領改訂に期待する。これは、そもそも高校情報科の指導内容をもう一度きちんと見直し、再構築をするべきだと思います。


その際に、現行の内容の社会科的な傾向を見直すことが必要だと思います。『社会と情報』が8割以上あるということで、どうしても社会科のような内容になっているのを、もう少しアルゴリズムとかコンピュータシミュレーションといった、本来のコンピュータをコンピュータとして有効に使いきるためのスキルとか知識を身につけるような方法の学び、教科、必修教科が成立することが必要であると思います。


また、問題解決の科学的アプローチも重要です。先ほども言いましたが、問題解決が重要だということに現場の先生方が気づき始めました。ですからそこに科学的アプローチというものをもっと組み込めるような内容にしたい。


もう一つが、発達段階に応じた情報教育の見直しです。小学校・中学校・高校の12年間を通した情報教育の展開を、ビジョンとしてきちんと作らなければならないと思います。その中で「情報活用能力」を再規定することも必要になるでしょう。


そして情報処理学会には、情報教育の学問的裏付けをしていただきたいと思います。やはり国は学問的裏付けとか、すでにある理論とかを重要視する傾向にあります。ですから、そこがきちんと説明できるようなロジックが必要になります。その際に、初等中等の教育課程に即した体系づくりをしていただきたい。人材育成とか、IT人材とか言い始めてしまうと、学校現場には馴染まなくなってしまうと思います。

そして先生方のスキルアップ支援。これは、学会にぜひお願いしたいところです。具体的には、大学の教員養成課程に向けての提言をしていただくこと。そして情報科教員支援体制、これは情報の先生方のスキルアップ、情報提供をしていただきたいです。


最後に、持続性のある人材育成ビジョンを検討していただく。初等中等教育から高等教育へのなだらかな接続ということを念頭に置いていただければと思います。