授業事例47
映像の送り手・受け手双方のリテラシー育成を目指して
〜映像制作とその振り返りから学ぶメディア・リテラシー
聖母被昇天学院中学校高等学校 岡本弘之先生
情報科の教科書では「メディア・リテラシー」という言葉をよく見かけます。学習指導要領にこそ用いられていないものの、「社会と情報」の教科書にはメディア・リテラシーに関する記述が多く、現行の教科書8冊のうち6冊で扱われていることからも、授業で扱うべき項目だと言えるでしょう。では、メディア・リテラシーとは一体何を指すのでしょうか。研究者の定義によると、まずは受け手として『読み解く力』とありますが、同時に送り手として『表現・発信する力』も必要だと言っています。一言でいえば、メディア・リテラシーとは情報を受け手・送り手の両面で必要な力だと言えます。
今回ご紹介するのは、受け手・送り手双方のメディア・リテラシーを一緒に学ぶことができないかと試みた授業です。テーマは「映像制作から考えるメディア・リテラシー」です。映像制作とその振り返りを通じて、送り手と受け手双方のリテラシー育成を目標にしました。具体的には6時間のショートムービー制作の後、最後の1時間の振り返りで受け手としてのリテラシーを学ぶ欲張りな構成です。本学では1年生で「社会と情報」を履修した後、2年生で選択科目に進みますが、その選択科目の7時間を使ってこの授業を実践しました。
学校紹介映像を作って情報の送り手としての力を育てる
まずは前半の6時間ですが、この部分は一般的に行われている映像制作の授業内容と同じです。企画に1時間、撮影に2時間、編集に2時間、発表に1時間の計6時間を使って行いました。
今回は3分間の学校紹介映像を作るという目標を提示しました。「学校を知らない人」をターゲットに「学校の良さを紹介する」というコンセプトを設定し、それに沿った企画を考えていきます。映像制作というのは、比較的難しい作業が続きます。企画・ストーリー作り・撮影・編集のそれぞれの段階がどれも大事な行程となるので、「最初の企画の段階からしっかりしいや」と話しています。
ちなみに、私はこういった実習の授業では企画の時間を大事に取ります。グループ全員がしっかり制作に参加するためです。いきなり話し合いをさせてしまうとグループの何人かで「こんなんいいんちゃう?」「それええなあ」と話すだけで終わってしまうので、最初に各々で分析してからグループで意見を出し合い企画書を作る流れにします。この授業の場合はまずノルマとして1人3つの企画を考えてから、1グループ4名で12個のアイデアを絞り込んだり組み合わせたりして、絵コンテ付きの紙ベースの企画書にまとめていきます。
続いて撮影・編集に入りますが、授業では特殊な道具やソフトは使わないで作ることに決めています。学校にある約7000円の安価なデジタルカメラに付いている動画撮影機能で撮影し、お金のかからないWindows付属の「ムービーメーカー」で編集します。特殊な機材やソフトを使ってしまうと、生徒が実際に自分で作りたい時に作れないので、自宅でもできるような環境で教えることにこだわっています。
映像制作は難しいというイメージが生徒にはあるようですが、私は5分程度の説明しかしません。その代わり丁寧に作ったプリントを用意します。まずは下図のプリントを使って自力で取り組みながら、わからないところを私に質問したり、グループ内で「こうなんちゃうの?」と相談したりしながら作っています。
互いの評価も学びの場と捉える
映像が完成したら、発表と相互評価を行います。左のような評価基準を用いますが、映像を作る前からこの基準は生徒に知らせています。S・A・B・Cの4段階評価で、教師も同じ観点で評価することをあらかじめ伝えておくのがポイントです。生徒が教師と同じ観点で評価することで、自分自身の作品を客観的に見る力が育つと思っているので、評価も学びの場と捉えて、相互評価を公開し、教師と生徒が同じ視点で見ることにしています。
相互評価をする際は、下のようなワークシートを使います。アピールする力が大事だと考えているので、ここでは生徒に自己評価、あるいはグループ内で評価をさせるように作っています。グループ内評価では、あえてメンバーの人数で割り切れない評価点をメンバーに割り振るようにして、それぞれの貢献度を考えさせています。
生徒の作品例を紹介しますと、あるグループは「私たちの学校の先生は優しいから、安心してうちの学校に来てください」ということを伝えるために、優しい先生ばかり見せる映像を作りました。具体的には、わざと先生の前で物を落として、親切に拾ってくれる様子を様々な先生で撮影したのです。「たくさんの先生で検証しましたが、どの先生も拾ってくれます、優しい先生ばかりですよ」というわけです。生徒たちもなかなか考えますね。
3つの視点で映像の受け手としての力を育てる
制作後は、受け手としてメディア・リテラシーを考える振り返りの授業を行います。全員が映像制作という共通の体験を踏まえて、3つの視点から個人とグループで振り返りをしました。
1つ目の視点は、編集の基準についてです。編集の時に使った部分と使わなかった部分の基準を聞くと、「面白い部分やテーマにあった部分を使う」というのは当然ですが、他にも「音楽に合わせて長さを削った」とか、「ネガティブな発言や誤解を招きそうな部分をカットした」という意見が出てきます。ここで生徒に気づいて欲しかったのは、映像というのは一部分をつまんで編集してできていること、決して全てを伝えているわけではなく、作り手の意思で編集されているということです。
2つ目の視点は、不自然な部分についてです。『やらせ』や演出だと感じた不自然な部分を考えるのですが、「たまたま出会った」とか「長いコメントをすらすら言った」といったシーンには、やはりカメラを回す前から作り手の意思が働いています。欲しいコメントを言ってくれそうな人にわざわざ聞いたり、多少強引に発言を誘導したりしているのです。例えば「楽しいですか?楽しいですよね、楽しいですね?」といった聞き方です。演出とやらせの境界というのは、実はすごく曖昧で、良く見せようとするとつい作ってしまう部分がある、という話をしました。
3つ目の視点は、映像から受ける印象についてです。映像の中の学校の印象と現実の学校の違いを考えてもらったのですが、「実際より楽しそう」「生徒が優しそう」「学校が広く見える」といった意見が出ました。きれいな部分ばかり切り取っているのだから当たり前ですが、それは決して現実の学校ではありません。しかしながら、よく見せるために作ってその印象が生まれたのだから、映像制作としては成功です。つまり映像というのはイメージを作ることなのです。
こうして自分たちの制作を振り返った後に、さらに一歩踏み込んでテレビでも似たような例がないか考えてみました。大阪では街を題材にした番組がよく作られるのですが、例えば「うちの近所のお店、行列ができてるんやけど全然美味しくない」という話や、「撮影前にテレビ局の人が来て面白い人物がいないか探していたのはやらせではないのか」という意見が挙がり、やはりテレビでも自分たちの経験と同じところがあるのでは、と話しました。
映像の特性を理解した上で学校生活に活用しよう
今回の授業の考察です。まず前半の映像制作に関しては、他の科目や行事に広がっていくという利点があります。例えば、体育祭のルール説明などは口頭で説明するよりビデオに撮って流す方がずっとわかりやすくなります。私の学校には中学生もいるのですが、中学生にはわかりにくい説明でも、映像を使えばすぐに伝わります。また、高校3年生で行っているフランス語の講演では、今までポスターで説明していたものを映像で作ろうという話になりました。映像は、何かを伝える道具としてこれから世の中にどんどん普及していくと思いますし、それを作り上げるスキルを身につけることは重要だと思います。
後半の振り返りの授業に関しては、「映像は心を動かしやすくイメージを作りやすいことがわかった」という感想が多く聞かれました。自分たちが体験したからこそ、映像は良いところだけを見せることができると気づいたようです。さらに、「編集次第で良くも悪くも作れるのだから、逆に悪いイメージを作ることもできてしまう」という声も聞かれました。だからこそ、受け手として映像はあくまでも参考程度にするべきで、そこには作り手の意思が入るのだということは理解してもらえたと思います。
まとめです。土台となる制作経験を前半で全員が共有していることによって、後半の話し合いを非常にスムーズに進めることができました。作り手・受け手双方のメディア・リテラシーを育てる授業として、効果的に実践できたのではと思います。
ちなみに今回使用したスライドや配布資料は全て公開していますので、興味をお持ちの方は以下HPからダウンロードして使ってもらえればと思います。
「情報科の授業アイデア」http://www.okamon.jp
[質疑応答]
質問1:授業の評価について質問です。映像制作の部分は技能として評価しやすいと思いますが、メディア・リテラシーがどのくらい根付いたのかという部分はどのように評価していますか。
岡本先生:ワークシートに記入された考えるプロセスを追っていくしかないので、最終的にどの程度身についたかというところは、正直わからない部分もあります。
ただ最終の振り返りコメントで、単なる授業の中の気づきで終わるのではなく、そこから普段見ている映像の受け止め方まで深く考えられているコメントには評価をよくつけました。
質問2:グループで一つの成果物にまとめると一人ひとりの評価が難しいと思いますが、何か工夫されていることはありますか。
岡本先生:一つはワークシートです。自分の意見だけでなく、グループでの話し合いや他のグループの意見に関しても、個人のワークシートにきっちり書いて提出させることで個人の頑張りを評価できると思います。もう一つは、作業中にグループを回って活動の様子を観察し、それぞれの積極性を参加点としてつけています。
あとはグループ内評価です。4人グループなら持ち点5点を自分以外の3人に配分させることをさせると割り切れないので、差をつけて評価を付けないといけなくなります。教師の主観だけでなく、生徒からの評価も集めることで、グループで誰が一番引っ張ってくれているのかをより客観的に評価できるかと思います。
※全国高等学校情報教育研究会 第9回神奈川大会 分科会発表より