慶應義塾大学SFC「参考試験」問題解説
アルゴリズムやシミュレーション、計算も多く、「情報の科学」中心
慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)に設置されている総合政策学部と環境情報学部は、2016年度の一般入試に教科「情報」を加えます。これまでは、「数学」「外国語」「数学および外国語」の3つの選択教科のうちいずれかと小論文によって受験生の選考をしていましたが、2016年度の入試からは、選択教科に「情報」が加わることになります。
2014年7月30日に行われたSFCのオープンキャンパスで、「情報」の参考試験が実施されました。参考試験は、いわば試行試験です。具体的には、午前中1回、午後2回、各40分で合計3回が行われ、3回ともすべて違う問題が2問ずつ用意されました。計120分6問で、本番の試験問題も想定されていたと思われます。(現在、他の選択教科である英語や数学も120分)。
ここでは、各問題について概略を解説します。
[第1問] スマホのリスク面、知的財産保護など情報モラルも学べる問題
高校の教科でいえば「社会と情報」の分野についての知識問題。単に知識だけを答えさせる問題もあるが、スマートフォンにまつわるセキュリティや不正アクセスなどの話題と絡めての問題も多い。その中で発生する新しい危険や法的な義務を問うている。技術の利便性を享受して、創造的・効率的な活動を行うのは大事だが、その裏にある危険性や、技術を使うことで課せられる法的な義務への配慮を意識できるかを見ていると考えられる。
第1問の解答
[第2問] インターネットとLANの接続問題
これは日常的に利用している技術の基礎的な知識と計算問題がセットになっている。この問題を解くには、ネットワークの基礎的な知識として、WAN(Wide Area Network)、LAN(Local Area Network)の意味やルータ、HUBがどのような役割をしているのかを理解している必要がある。
(ア) は、家庭でインターネットを利用するときに、簡単なLANを構築する問題。現代のようにインターネットが普及していると、既に用意されたシステムを使うだけで終わってしまう人が多いが、そのシステムが用意されていないときに、自分で構築できることが大事である。そういう知識、さらには経験も問うているとも言える。
(イ)(ウ)は、ネットワークでのファイル転送の計算問題。この問題はbps(bit par Second)の意味がわからないと計算できない。LANでつながれた2台のPCでファイルを転送する場合は、HUBの通信速度がファイルの転送時間を決める。このとき、1バイト=8ビットであることに注意しなければならない。インターネット上のファイルをダウンロードする場合、ネットワーク上で一番速度が遅い部分がボトルネックとなる。この問題では、ルータの通信速度が一番遅いので、そこを基準にして解くことができる。問題にある「2台同時に」という言葉がどのような状態を生みだすのか理解できることがポイントになる。
(エ)は、IPアドレスの割り当ての問題。インターネットに接続しているコンピュータにはネットワーク上の住所としてIPアドレスが割り当てられているが、そのしくみを理解しているかを問う。
第2問の解答
[第3問] 身近なテーマの中で、シミュレーションやプロジェクト管理を考えさせる問題
(ア)は、グラフの表現方法に関する知識問題。情報を分析したり、視覚化したりするうえで、グラフは大切なツールとなる。それぞれのグラフがどのようなものを指しているかという知識だけでなく、比較する項目や目的に合わせて、欲しい情報が的確に読み取れる最適なグラフ表現を選べるかが問われている。単なる知識というよりも、実際の社会で活用できる知識が問われている。
(イ)は、モデルによる情報の数値化に対する理解を確かめる問題である。この問題を解くには、ある状況設定を与えられ、そこからモデル計算を行う手順を理解できるかどうかがカギとなる。与えられた前提条件から、理想的なお客さんの来店数をλ、定員が対応できるお客さんの数μが求められるかどうかが最初のポイントで、この部分がすんなり求められないと、その後の問題に答えられなくなる。後は与えられた式に数値を代入して間違いなく計算できれば、正解を求めることができる。この問題は数式に数値を代入したときの計算操作の正確性も同時に見ていると考えられる。
(ウ)は与えられた条件から最短ルートを求める問題と似ている。まず、この問題のポイントは、表として与えられた情報をもとに作業を順番通りに並べることができるかどうかである。このとき、先行作業の内容を確認することで、いくつかの作業を並行して進められることができることに気づく必要がある。今回の作業工程はAからB、E、Gと枝分かれし、そこからC、F、Iに進むまで3つのパートに分かれて作業を進めることができるが、C、F、Iがすべて完成しないとDへは進めない構造になっていた。つまり、3つに分かれた作業工程の中で一番遅い工程が全体の作業日程を決めることになる。その構造に対する理解を問う内容になっている。
(エ)は(ア)の応用問題にあたる。商品がいくつ売れて、それぞれ売上のどれくらいの割合を占めているのかを知るには、パレート図がもっとも適切となる。パレート図はふだんあまり聞き慣れないので、情報分析などの手法を学んでいるかどうかを見る一問といえる。
第3問の解答
[第4問] 数学分野から2進法、無向グラフの問題
(ア)は10進数を2進数に変換する問題である。コンピュータを学ぶには2進数に対する理解が重要になる。変換方法を身につけていれば簡単に解ける。もし、変換方法を忘れていても、2進数の性質を理解できていれば解ける問題であろう。
(イ)はネットワーク図に関する問題。まず、例に出された単純なネットワーク図の説明によって、ネットワーク図とはどのようなものであるかを理解する必要がある。その後に、7個の節点と11個のリンクをまとめた表が示されるので、最初の課題は、表で与えられた情報から正確なネットワーク図を描くことが求められる。その上で、問題に答えていくことになるが、このとき、ポイントとなるのが数字によって抽象化された情報をしっかりと理解できるかどうかになる。
ネットワーク図で描いた図形は、実際に与えられた距離情報とは無関係になっており、図の上では距離が長く見えても、実際の距離は短いかもしれない。表の情報を図形化することで、それぞれの節点の位置関係は理解しやすくなるが、距離情報は直感的に理解するが難しい。見た目の情報に惑わされず、与えられた情報から正確な距離を読み取る力が求められる。
第4問の解答
[第5問] 確率での計算、統計データからの計算で、方法論の違いをたどる問題
1つの題材をもとに、理論的なアプローチと実証的なアプローチの違いを考えさせる問題である。
Aは理論的なアプローチとして、純粋に数学の確率論に基づいた計算をさせている。この問題では「2人の子どものうち少なくとも1人は女の子である」という条件を示している。これによって考えられる組み合わせは4通りではなく、3通りであることに気づけるかどうかがカギになる。
Bは「男女の生まれてくる比率が1:1ではなく、5:4で男の子が生まれてくる比率が高い」と仮定した場合の確率について扱っている。この場合は、男の子が生まれる確率は9分の5であることを読み取ることが求められている。
CとDは示されたデータから必要な情報を抜き出し、求められる情報を導き出せるかどうかが試されている。
第5問の解答
[第6問] アルゴリズムの考え方が問われる問題
(ア)では簡単な例を用いて、アルゴリズムの考え方を説明しながら穴埋め問題を出している。そして(イ)では、(ア)で得た知識を応用して、決められた条件の数字を選び出すアルゴリズムをつくっていく。アルゴリズムそのものの知識は必ずしも必要ないが、その場合は、問題文が何を求めているのかを読み解く能力が必要となる。そして、コンピュータが理解できる命令のフォーマットがどのようなものであるのかをしっかりと把握して、それを満たすようにアルゴリズムを組めるかどうかが試される。また、アルゴリズムの場合は、1つの処理を始めたら、最後にその処理を完結させるために処理の終わりを入力しなければならない、自分がいくつの処理を実行していて、何を実現させたらその処理を終わらせてよいのかを意識しながら問題に取り組む必要がある。
第6問の解答
全体講評
工夫して答えにたどり着ける能力、様々な情報を操作する能力が求められる
第1問、第2問は、スマートフォンやLANなどについての問題である。便利なしくみを受動的に使うだけでなく、その背景にあるネットワーク、セキュリティ、法規制などの知識を持って、インターネットに主体的に関わる姿勢を身につけているいるかどうかも見ようとしている問題と言えよう。
第3問と第4問は、ある程度の知識が必要で、手こずる解答に時間がかかるものも見られる。制限時間内にすべてを解ききれない場合も出るかもしれない。
それに対して、第5問と第6問は、問題が何を求めているのか理解できれば答えやすく、求められているものもそれほど難しくはない。その理解ができれば時間も30分もあれば充分で、見直しもできる。逆にその分、問題が何を要求しているのか読み取れるかどうかがカギになる。その意味では、読解力の要素も含まれているのも特色と言える。
全体的には、単に情報の知識を持っていたり、コンピュータの操作に長けているだけでなく、情報分析や情報の提示の方法をきちんと学び、初めて接する問題に対しても工夫して答えにたどり着ける能力や基本的な手順や概念をきちんと理解し、自分の手で様々な情報を操作する能力が求められていると言える。
なお、高校の教科「情報」の単元で言うと、「社会と情報」「情報の科学」共通の領域となるセキュリティからの出題もあるものの、「社会と情報」では重視されず、逆に「情報の科学」が重視する「問題解決の基本的な考え方と手順」「モデル化とシミュレーション」「アルゴリズム」「プログラム」などからの出題が目立った。
この辺りの能力観や問題構成は、次の学習指導要領改訂の方向として、どのように取り入れられて行くかが、今後の議論の一つのカギになって行くのではないだろうか。
協力 神奈川県立柏陽高等学校 間辺広樹先生
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