Project Based Learning(PBL)とポートフォリオ

~ICTを活用して学習ログを未来に残す

柳沢富夫氏 (有)ラウンドテーブルコム代表取締役、NPO 法人プロジェクトマネジメント・インキュベーション協会監事


柳沢富夫氏
柳沢富夫氏

私の会社、ラウンドテーブルコムは、ICTと教育の現場をつなぐことをめざして、1995年から活動しています。最初にお手伝いしたのが慶應義塾普通部(中学)で、まだ教科「情報」が始まっていない時期に、情報教育のカリキュラムを書かせていただき、7年間ほど続けました。その後いろいろな現場を経て、現在はプロジェクトマネジメント・インキュベーション協会というNPO法人の仕事もしています。


今、先端のプロジェクトマネジャーの方々が、危機感を持っていらっしゃいます。会社で新人研修をすると、この程度の人しか入って来ないのか、と絶望的な気持ちになる。日本はこのままで本当にいいのか、と思うと言うのです。そこでNPOを作って、そういった方々に教育の現場へ行っていただき、子ども達と一緒にプロジェクトを回していくというプログラムを提供する活動をしています。

それからまさに本日(10月1日)募集を開始したのですが、『BBCoach Project』というコンテストも行っています。これは、SNSのコミュニティの中でプロジェクトを進めることによって、目標設定力、役割分担、コミュニケーション力、チームワーク、記録の大切さ等が自然と学べるプロジェクト・ベースド・ラーニング[Project Based Learning(PBL)]のコンテストで、2003年から始めて今年で12回目になります。小学校4年から高校3年生まで参加できます。ぜひホームページ(※)をご覧になって、エントリーしていただければと思います。他には、いくつかの大学でPBLを現場で実践する授業の運営も行っています。


そのような中で、2000年に「アットマーク・インターハイスクール」というバーチャルハイスクールを立ち上げました。インターネットで学習して単位を取り、そのままアメリカの高校を卒業するものです。これは、文科省認可の学校ではありません。現在は、「東京インターハイスクール」という校名に変わっています。また、私は都立戸山高校の出身なのですが、そのOBとして戸山高校のSSHの運営指導委員もさせていただいています。
※BBCoach Project
http://bbcoach.roundtable.jp/wp/?p=364

 

Project Based LearningとProblem Based Learning

今日はProject Based Learningで私が行っていることを紹介することになっていますが、Project Based LearningとProblem Based Learning、この二つの違いは専門に研究している方でないとわかりにくいものであると思います。


哲学者で心理学者のデューイは、経験を中心とした学習を提唱しましたが、ここから出てきた考え方= Problem Based Learningは、コロンビア大学で世界初の看護学部で初めて誕生した時、その教育の根幹となりました。課題解決型学習といって、学生にある疾患(=課題)を与え、その状況の中で最適な解を探す、というものです。これはProblemがはっきりわかっています。


一方、今回森棟先生の公開授業でなさっていたのは、Problemが特定できておらず、そこを生徒さんが探すところから始めていくものですね。この方法には、ピアジェやユングあたりが関係してきます。


1983年に、ハーバード大学の脳科学者のハワード・ガードナーが、マルチプル・インテリジェンス(Multiple Intelligence)という学問と言葉を生み出しました。この方が書いた『多重知能論』という本は、Project Based Learningを理解するためには必読だと思います。

 

「学習スタイル」の登場 = 一つの教室で全員が同じ活動をする必要はない

ガードナーの少し前、1980年にマイヤーズ・ブリッグズが、「学習スタイル」ということを言い出しました。子ども一人ひとりに学習の特有のスタイルがあり、その環境によって学習の進歩具合が個別に違う。そのスタイルを最初から分析してきちんと個別指導をした方がいいよ、というものです。今は塾などはどこでも個別指導を謳っていますが、個別指導をするための分析法を考えたのがマイヤーズです。この方はユングの弟子です。


その後、80年代にアメリカで教育改革があります。構成主義といわれるもので、子ども達に同じ情報を与えても、受け手は違う取り方をして、違う脳の刺激を受けて、違う発展の仕方をする。だから、一つの教室で全員が同じ活動をする必要はない、という考え方です。ブリッグズの「学習スタイル」では、学校は学習環境を与えるファシリテーターになるべきだという考え方があります。そして、これと多重知能論が折り重なったものが、1980年代に米国の教育改革として起きました。そして、これに関して先生方が自分達がしてきたことを発表し合い、切磋琢磨して伸ばしていこうという研究団体が全米にあり、活動しています。

90年代になると、「Charter School法」ができました。この背景に「No Children Left Behind法」というのがありまして、要するに、子ども達の誰一人たりとも落とさず、一人ひとりを見るんだ、という考え方の法律ができたのです。それによって様々な種類の学校ができ、日本にもそれが伝わってきました。鈴木敏恵さんという方が1999年に『愛で未来教育!プロジェクト学習&ポートフォリオ評価』という本を出しています。この時期に、私は先ほどのアットマーク・インターハイスクールを立ち上げたのですが、その前にアメリカの学校をいろいろ視察して、現場の先生達と今後どのような教育をめざしているのかということを話し合ってきました。その時に聞いたことが新しい学校の基礎になっています。

 

PBLの落としどころは学習のコミュニケーションログ=ポートフォリオ

その頃にお世話になったのが、小田勝己さんという方で、もと外交官で現在は大学にいらっしゃいます。この方は、『ポートフォリオ学習と評価』という本を書いておられ、やはりポートフォリオに注目しています。今、ポートフォリオが注目されていますが、ポートフォリオとはいったい何かという方もいらっしゃると思います。本日、私がお話しするProject Based Learning(PBL)の落としどころは、学習のコミュニケーションログ=ポートフォリオです。PBLの過程では、コミュニケーションログを取るべきなのです。さらに、それをどこに残すのか、誰が解析するのか、誰の所有物なのか、というところを議論せずに単発のイベントばかりをやっていては、何も記録が残らず、最終的に何の反省もなくなってしまう。これは危険です。PBLの根本は、実は「記録を残す」ということです。この記録があれば、ポートフォリオは実に簡単にできます。具体的な基礎データがないうちに、ポートフォリオの議論の方が先に出てきた、というのが2000年前後です。その後、いろいろな大学や機関で研究が始まりました。


学習記録というビッグデータの解析をめざす

私もこの当時から関わってきたのですが、実は私自身はシステムが専門です。慶應義塾に関わった時も、自分でプログラムを書いて生徒達のログを残す仕組みを作りました。その後に立ち上げたインターハイスクールでも、やはり同じような仕組みを使ってログを残す環境を作りました。一般の学校に来る人は、出席していれば学習時間として認められますが、バーチャルな学校で学習時間をどのように認めるのか、ということで、学習の記録が残っていなければ学習したと見做さないというわけですから、これは書かざるを得ません。こういうことは実際の学校ではまだできていません。本当は、「記録を残さなければ、学習したと認めないよ」と一言言うだけで、記録は残せるはずなのです。だから私は、学習機関は学習記録というビッグデータを残すための機関になるべきだと考えるのですが、誰も解析しようとしていないのが現状です。一般社会では、もうそこはビジネスになっているのです。それがないと次のビジネスが生まれないのです。ですから、ビッグデータの解析をぜひめざしていきたいと思います。

では、実際に私が関わったプロジェクトマネジメント教育の事例を紹介します。芝浦工大中学高等学校で行ったものですが、この学校には物理や化学など理科系の授業が合体した2コマ連続の「サイエンス・テクノロジーアワー」という通年の授業があります。その最後の4コマの授業でプロジェクトマネジメントを学ぶのです。この授業では、生徒達がチームになって新たな、まだ解決されていない問題に挑戦するPBLの環境を学校側が作ります。その学習の過程で生徒達はプロジェクトマネジメントを学びます。プロジェクトマネジメントの導入の部分は私達がきちんと面倒をみますが、その後は学校の指導でまわしています。毎年、この学校の生徒達は、中学校3年生の最後にプロジェクトマネジメントの授業を4コマ行っていますから、これが今後どのような効果を生むのか楽しみです。


この活動には大学の教職課程で学んでいる学生も関わっています。PBLの活動では、学習コーチは非常に重要です。教員もファシリテーターはできるのですが、教員としてではなくファシリテーターとして接することが必要になります。ですから、ファシリテーターになる人材を輩出することが非常に大切です。芝浦工大・芝浦工大中高等学校は、この部分で私達の研究に参加しています。また、最近では私の母校の都立戸山高校がSSHに指定されているのですが、ここでPBLの環境作りの支援もしています。

 

プロジェクトのゴールと評価のルーブリックを決めることの意味

そして私が力を入れているのは、プロジェクトを通して子ども達に学んでもらう環境に対して、きちんと教育学的なアウトカムズやゴールを決め、ゴールを決めたら評価するルーブリック=評価基準を決めて、それを使って授業前と授業後の比較評価をすることです。これは、今、私が教えている大学での授業では全て行っていますが、それを中学・高校でも行おうというものです。

下記のスライドは、今年の関東学院大学での授業でのアウトカムズと、ルーブリック評価の事前事後を比べたものです。どの項目も伸びているのがわかるわけですが、意識的にこの項目を強化しようと授業をマネジメントしていますので、その通りに出ているのは、やっている方も非常にありがたいです。学生達も「プロジェクトを通してこれだけできるようになった」ということを実感できます。

チームで考える機会を作り、日本人の強みを活かす

先ほどPBLには学習コーチが必要だと申しましたが、PBLの2つ目のエッセンスは、チームで考える機会を作ってあげられることです。世界の企業人に「日本の企業で強いのはどこか」と聞くと、必ず言われるのが「とんでもない天才はいないけど、チームになった時が怖い」ということです。それだけ日本人はチームになると優秀なのです。しかし、普通の学校では個別学習が非常に重視されている。しかも、それが各教科あります。そこにプラスして、シームレスな学習を新しく取り入れていかないといけないと思います。せっかくチームで取り組むことに秀でているのに、どうして優秀なところを発揮し、褒めてあげる機会も作らないで卒業させるんですか、と言いたいです。子ども達は、機会を与えてあげたらできるはずなのです。でも、そのデータは誰も取れていない。これからは各学校がきちんとデータを取って、日本式PBLを作って世界に発信すべきだと思っています。

しかし、それをすると先生方はとても忙しくなります。また新たにプロジェクトを立ち上げれば、今まで以上にいろいろな委員会などに参加しなければならない。それならどうするかと言いますと、今までやってきたルーチン作業をまず減らし、効率的に動かすにはどうしたらいいかを考えます。その上で新たなプロジェクトを立ち上げる。そこではICTを活用します。先生方が個別で行っていたら、いつまでたっても情報が集まりませんが、コーチングにしてもパーソナルなPBLにしても、チームでのPBLにしても、ICTが働く場所はたくさんあります。ですから、ICTをうまく使ってぜひ子ども達の学習のログを取ってください。


PBLを通してプロジェクトマネジメントを学ぶ

PBLの3つめのエッセンスとして私が訴えているのは、PBL on Project Management(以後、PM)です。いろいろな大学でPBLが行われていますが、実はメソッドなしに行うために単なるイベント屋になっている場合が多いのです。企業と連携してイベントをすればPBLだといっているところもありますが、そうではありません。PBLを通して、子ども達にPMを理解して社会に出て欲しいのです。PMが理解できれば、論文を書くことも容易になります。論文を書くには、最初に予測しますよね。最初に予測があって、そこから論旨を組み立てて行って、証拠を集めていき、相手を納得させるものを作るわけです。最初から計画がうまく行っていないと、論文は書けません。このように、PMは個別の学習にも活かされるのです。ですから、PMがうまい生徒というのは、実は学力の高い生徒ということになります。ただし、学力が低くてもPBLがあることで、チームでの役割に参加することができるのです。そこで得た学習体験は、非常に強いものとして残ると思います。

上記が、私の授業の中で必ず使う書式です。プロジェクト構想、役割分担表、ワーク・ブレークダウン・ストラクチャー、ガントチャート(工程表)といったフォーマットです。福島の原子力発電所の事故では、国がガントチャートを作って、と言っていましたね。ガントチャートというのはなかなか書けるものではありません。ガントチャートを書くためには、それぞれの段階で必要な書式がいろいろあります。それをきちんと踏まえて行って、ガントチャートができるのです。そのためには論理づけて、一段一段ステップアップしていく経験が必要なのです。


下の図は、私達が学習コーチを育成する時のルーブリックです。アウトカムとして欲しいものは、パーソナルPBLのリテラシー、チームPBLのリテラシー、コーチングのリテラシー、ICTのリテラシーです。ICTはいずれにも必ず入っています。アナログでやっていいよとは言っていないですね。これらについてのすべてのルーブリックを作成してあります。

先ほどBBCoach Projectの話をしましたが、ここでは、「この時期にはこういうことをする」という手順をはっきり打ち出しています。ですから、この通りにやって行けば、だいたいプロジェクトが収まるはずです。そして、この間にコミュニケーションログを残しています。具体的には、私の開設したSNSにコミュニケーションを残していきます。どの時期にどのチームでどんなもめごとがあったかのか、すぐわかります。それが学習コーチの追跡とファシリテーションになります。そして、なるべく締切りに間に合うようにプロジェクトを進めていく。そういう体験が無料でできる環境ですので、是非皆さんご参加ください。学校単位での参加もお待ちしています。


学習ログの「貯金箱」を作って将来に活かしていく

ここからは、私の夢のお話です。先ほどお話したパーソナルPBLとチームPBLの学習コミュニケーションログが残るコミュニケーションサーバーを作って、世界に共通するようなフォーマットでログを残すような環境ができないか、と考えています。誰も作ってくれないので、仕方なく自分で作ろうと、今設計がほぼ終わってプログラミングをしている最中です。今のところ8割程度はできています。近々に発表はできると思います。


私はいろいろなところで学校に「学習ログを作りましょう」とアプローチをしましたが、遅々として進まないのですね。だいたい引っかかるのは「忙しいからできない」。もう一つは「個人情報だから…」。これで結局具体化しないのです。それなら、ということで私が外部に自由に使える「貯金箱」を作ることにしました。貯金箱ですから、ここに溜まった貯金は学校にフィードバックして持って行ってもいい。子どもも自分のログを持ち帰れますから、後に社会人になってからどこか他の貯金箱に渡してもいい。そういったフォーマットまで考えています。 

次世代の学習環境というのが今回のテーマでしたので、PBLと学習ログを通して、各先生方がなさっていらっしゃることの蓄積をどこかに集約できるような場所を残す。そこを目標とした議論をそろそろしていただきたいな、というのが私の考えです。

東京学芸大学附属高等学校の情報教育公開研究会
「次世代学習環境を実現するICTの活用~タブレットPC、電子黒板、クラウドでの共有~」
(10月1日東京学芸大学附属高等学校)での講演より