特集 ICTの導入で変わる学び
事例5 普段の授業を撮影した動画を蓄積し
生徒の個別学習、協働学習、授業改善に活用する
東北学院高等学校 名越幸生先生(物理)
東北学院高等学校の名越幸生先生(物理)は、自分の授業を動画で撮影し、生徒が視聴できるようにしている。「反転授業」をめざして始めた試みであるが、現在は苦手な生徒がわからない個所の復習に役立てたり、先に進みたい生徒が予習に使ったりすることで、早い時期での苦手意識の回避、個人の学力と理解の速度に沿った個別学習に目標を置いた取り組みを進めている。さらに、動画を使った生徒同士の教え合いに発展したり、映像が残ることで教員の振り返りと授業改善へ結びついたりする可能性も感じている。注目されるのは、日々の授業を生かし、誰でも簡単に撮影できる方法で授業動画を作成している点である。その方策と効果を名越先生に伺った。
物理が苦手な生徒にわかる喜びを教えたい
その一念が、ICT利用に結びつく
名越先生は、教室で全員が一緒に学ぶ授業形態に以前からジレンマを感じていた。物理が得意な生徒は授業を先取りして勉強したいと考える一方で、内容を理解しきれず物理嫌いになる生徒もいる。理解の早さは生徒個々によって違うにもかかわらず、授業はある一定の速度で進めなければならない。そうした一斉授業の限界はやむを得ないと思いながらも、名越先生はその突破口を探していた。加えて、部活動の大会や病気等で欠席する生徒もおり、個別の事情に応えられない心苦しさもずっと抱えていた。
「生徒一人ひとりに合った物理の指導を以前から模索していました。身の回りにある機器を活用すれば、私も生徒も限られた時間の中で、あまり手間をかけることなく学びの質を高められると感じました。そして、当時から利用していた『Stairs』にICTの力を加えたのです」と名越先生は振り返る。
『Stairs』とは、名越先生の自作問題集だ。生徒へのアンケートや数々の大学入試問題に基づいて、生徒がつまずきやすい分野を中心に100題を厳選し、プリント1枚につき1~2題を印刷。「この100項目さえマスターすれば高校物理は大丈夫」という指針を示している。
生徒には基本的に、授業進度に従って、教科書の該当部分の『Stairs』を配布し解かせているが、早く予習を進めたい生徒には、先の単元のプリントを渡している。中には、6週先の単元を予習している生徒もいるという。物理が苦手な生徒は、どこがわからないのか、『Stairs』で確認してから質問するよう伝えている。
名越先生の授業は大きく、教科書の説明と、『Stairs』の解説、生徒の問題演習や教え合いの時間からなる。そして授業動画は、教科書と『Stairs』の部分を撮影して作成している。
動画を使った教育実践の秘訣は気軽に手軽に自分の授業を撮影することから
名越先生が授業動画の作成を始めたのは、2012年12月からである。当時は動画作成の経験がほとんどなかったため、どのような機材を使ってどのように作成するか、作った動画をどのように利用するか、著作権への対応はどうするかなど、さまざまな課題が浮かんだ。試行錯誤をする中で、名越先生自身が取り組みを長続きさせるためにも、作成や利用が煩雑なものであってはならないと思い至り、普段から教室で行っている授業を撮影することにした。
最も大きな課題は、どのような動画にするか、だった。予備校等が作成する授業動画などもあるが、生徒に聞いてみると、知っている先生が授業をしている動画の方が良いという意見が出た。「教える―教わる」の信頼関係が成り立っている教科担任だからこそ、生徒も理解しやすく、継続的に利用するようになるのである。自信を得た名越先生は、自分の授業の撮影を始めた。
動画を作成した当初は、なるべく多くの生徒に見てもらいたいと考えていたが、現在は「全員が視聴する必要はない」と割り切っている。
「かつて、作成した動画を全員に見せたことが1度だけあるのですが、その1回だけで止めました。見る必要のある生徒とそうでない生徒がいることに気づいたからです。教科書で学習できる生徒や、内容を理解している生徒は貴重な時間を割いて視聴する必要はないのです」
撮影を始めた当初は、動画を授業同等の事前学習として生徒に見させて、授業中は発展的な内容を扱ったり協働的な学びなどを行ったりする「反転授業」に使おうと考えていた。しかし、得意な生徒の先取り学習や、苦手な生徒の復習に活用するほうが有効と考え、「自分のペースで再度学べるツール」と位置付けて活用している。
生徒の手を借り、普段の授業を録画する
それでは、現在、名越先生が実践している授業動画の作成と利用方法を紹介しよう。使用する機材は、動画も撮影できる自前のデジタルカメラとそれを固定するための三脚と、延長コードのみである<写真1>。
カメラは最前列の中央付近の机の上に設置。生徒に、録画スイッチのON、OFFと撮影範囲の調整を依頼する。板書は黒板を2~3分割して行い、板書の位置が次の面に移ったらカメラを生徒に動かしてもらう。この位置であれば黒板と名越先生の姿が一緒に映るためちょうど良く、また、機材はコンパクトであるため、机上に置いても授業を受ける生徒の邪魔にはならないという。
撮影する部分は、実験、授業解説あるいは『Stairs』の解法をする名越先生の姿と板書である<写真2>。「後から動画で見直すことで、わからなかった箇所がわかるようになる内容」だけを撮影することに決めた。いずれも10分程度。教科書を読む時間、生徒が問題を解く時間などは録画しない。板書や説明が終わった時点で生徒に指示して、録画を止めてもらっている。
撮影した動画は名越先生のパソコンに保存。著作権等の問題があるため、動画はインターネットにアップせず、希望する生徒にUSBメモリーやDVDに入れて渡し自宅で見る、もしくは放課後等に学校のコンピュータ教室で見るようにルールを作った。今年度からは非公開SNS(注)にアップし、生徒が個別にアクセスし、スマートフォンや自宅のパソコンで視聴できるようにした。
「SNSを導入した当初は、動画のファイル形式の問題で閲覧に時間がかかったり、アクセスが集中してサーバーがダウンしたりといった問題も生じましたが、パソコンや通信ネットワークに詳しい生徒のアイデアなども取り入れながら改善しました」と、生徒の意見も聞きながら、使い勝手のいい方法を見つけていった。
教員が行うことは撮影の指示と、動画の整理・貸し出しなどだけであり、作成の負担が少ない上に、生徒にとっても利用が簡単であるため、長く続けることも可能な点が、名越先生の取り組みの特長である。
(注)SNS...ソーシャル・ネットワーキング・サービスの略。インターネット上の交流を通じて社会的ネットワークを作るサービスのこと。Facebook、Twitter、LINE、mixi、GREEなどが代表的。
<写真1>撮影用機材
<写真2>授業動画イメージ
動画が個別学習とともに生徒同士の教え合いを促し
以前は対応できなかった生徒の要望にも応えられる
こうして撮影した動画は、放課後の課外授業で活用している。現在は、希望する2・3年生を集め、コンピュータ教室で動画を見させている。課外学習に参加する目的は、「授業のわからなかった部分をもう一度見たい」「予習で勉強した『Stairs』の答えを知りたい」など生徒によって異なる。そのため、複数の授業動画を用意し、生徒の希望に応じて視聴できるようにしている。以前の課外授業は「授業の復習」「入試問題対策」など、一つのテーマで行っていたが、動画を活用することで、いろいろな生徒に一度に対応できるようになったのだ。
<写真3>動画を使った教え合いの様子
<写真4>課外授業の指導の様子
視聴の様子を見ていると、わかる個所を倍速で飛ばす生徒もいれば、戻って同じ個所を何度も見ている生徒もおり、自分のペースで学ぶことが可能になっている。個別学習が基本ではあるが、課外授業をしていると、隣に座った生徒同士で、わからない点を聞きあったり、友達の画面をのぞき込んで説明を加えたりと、教え合いを始める生徒も出てきた<写真3>。当初、このような使い方は想定していなかったが、人に教えることは理解を深めることにつながる。そこで、最近は、友達同士で一緒に動画を見ることを推奨している。
課外授業中、名越先生はコンピュータ室内を巡回し、生徒の質問に答えたり<写真4>、生徒同士の教え合いの内容が正しいかどうかを確認したりしている。
「私がすべてを説明するよりも、友達と教え合う方が理解は深まりますし、その内容を私が『その通り!』と承認することで、教え役になった生徒も自信を持てます」取り組みの成果の一つとして、名越先生はこれまでは対応しきれなかった生徒の要望に応えられるようになったことを挙げる。動画を残しておけば、長期欠席をしていた生徒や不登校の生徒も見ることができるし、部活動を引退した3年生が夏休みにまとめて復習するときにも使える。さらに、大学受験で課されるが学校で物理の授業を受講できない生徒の学習にも使える。以前はこうした生徒の質問に答えきれず「申し訳ない」と思っていたが、動画を使うことで対応できるようになったという。
「授業や課外講習では得られないタイミングで、生徒達が『わかった!』と声を上げます。私が一生懸命に説明することがなくとも動画で学びを終えていて、私と生徒達との双方にメリットを感じられる実践になっているのではないかと思います」
このように、名越先生の授業動画活用の実践は手間が少ないが、「恥ずかしい」「撮影するほどのものでもない」など、自分の授業をビデオで撮影することに抵抗感を感じる教員は多い。
「授業動画というと、インターネット上で不特定多数の人が見るものをイメージしがちですが、教え子だけが見ると思えば気楽にできるはずです。自身の授業の振り返りにもなりますし、まずは撮影してみることをお勧めします。最後に、ICTの魅力は、これまで教員ができなかった部分を肩代わりしてもらえることだと思っています。私の場合は生徒への個別対応ですが、現在の授業に日頃感じる課題が何かあれば、活用できそうな部分の改善に、無理のない範囲で使ってみると良いでしょう」
東北学院高等学校
◇所在地: |
仙台市宮城野区小鶴字高野123-1 |
◇沿革: | 1886年仙台神学校創立 |
1891年校名を東北学院に改称 | |
◇学級編成: | [全日制]普通科1学年10〜11クラス |
◇生徒数: | 男子1,134名2014年5月1日現在 |
◇特色: |
キリスト教主義(プロテスタント)の中高一貫教育を進める男子校。教育目的は、「キリスト教的人格の陶冶」。学校標語に「LIFE LIGHT LOVE」の頭文字をとった3L精神を掲げている。2005年からキャンパスを現在地に移転した。東京ドーム約2個分の広大な敷地には、冷暖房完備の校舎、礼拝堂、トレーニングルームを備える体育館、ナイター設備と雨天練習場を完備した野球場、最新式人工芝を敷き詰めたサッカー場、全室個室の寄宿舎、天文台も備わっている。多くの部活動が、東北大会、全国大会に出場している。 |
◇卒業生の進路: | 2014年3月卒業生402名 |
・進学先:4年制大学296名 | |
・合格者の内訳(現役生、延数):国公立大学(大学校含)80名 私立大学397名(うち東北学院大学188名) |
※特集「変わる高校教育 ICTの導入で変わる学び」より
※Kawaijuku Guideline 2014. 7・8より
(本文中の所属・役職などはすべて取材時のものです)