特集 ICTの導入で変わる学び

事例1 佐賀県教育委員会

全国に先駆けて全県立学校に電子黒板を整備し生徒1人1台の学習用端末を導入


佐賀県では2011年度から全県規模で「先進的ICT利活用教育推進事業」に取り組み、今年4月からは、電子黒板に加え、全国に先駆けて、全県立高校でも1人1台の学習用端末を導入して注目されている。その目的や導入までの経緯、今後の課題と展望について、佐賀県教育委員会副教育長の福田孝義先生に話を伺った。

教育の質向上を実現する施策の1つとして全県規模でICTの利活用を決定

高校でも現在、授業でのICT利活用が進みつつあるが、佐賀県が全校で一斉に先進的なICT利活用の推進を決めた背景には、高校をとりまくさまざまな状況の変化がある。「佐賀県では、2004年頃から校務用パソコンの整備など、ICT利活用教育推進のための施策を進めてきました。事業推進のきっかけの一つは、高度情報化・グローバル社会に対応した教育の実現が求められたことです。また、佐賀県独自の状況としては、2007年度から実施されている全国学力・学習状況調査の分析から、学力向上の取り組み強化が喫緊の課題となっていました。さらに、新型インフルエンザや大規模災害の発生等、生徒が学校に来ることができない状況が続いても質の高い教育ができるような体制を作る必要性が高まっていましたし、長期間の入院や不登校の生徒への、学校復帰への支援も課題でした。こうした変化に対応し、教育の質を向上させるための施策の一つとして、佐賀県は学校でのICT利活用推進を決めたのです」


そして、電子黒板や学習者用の情報端末の整備などを進めるとともに、韓国やシンガポールなどICT利活用の先進国を視察したり、文部科学省の「スクール・ニューディール事業」や総務省の「フューチャースクール推進事業」に県内の小中学校が指定を受けたりするなど、教育の情報化に取り組んできた。県立学校での生徒1人1台の学習用端末(タブレット型端末)の導入は、2011年改定の学習指導要領で、全ての教科指導にICTを活用することの重要性に言及されたことが大きなきっかけとなった。


「全ての教科でICTを活用するには、情報教室のコンピュータだけでなく、1人1台のパソコンが必要であると考えました。また、社会に氾濫する膨大な情報から必要な情報を集め、分析して発信するという、ICT利活用力を含めた情報処理能力は、普通科、専門学科などを問わず全ての生徒にとって将来必要となります。特別支援学校の生徒にとっても、ICTは障がいを乗り越えて社会に参画する有効なツールです。そのため、県が主導して全ての県立学校で利活用できるようにすべきだと考えました」

3年間の実証研究を通じて導入する学習用端末を選定

学習用端末の導入は新学習指導要領実施の進行に合わせて計画され、端末の選定や課題の抽出、活用方法の研究を「先進的ICT利活用教育推進事業」として、段階的に行った<図表1>。まず、2011年には、翌年から新学習指導要領が全面実施される中学校から実証研究を始め、県立の中高一貫校の佐賀県立致遠館中学校と、佐賀県立武雄青陵中学校にWindows7のタブレット端末を導入、佐賀県立金立特別支援学校と佐賀県立中原特別支援学校にiPadを導入した。2012年には高校1年生を対象とし、普通科の致遠館高校と武雄高校にWindows8、農業科・家庭科併設の唐津南高校、有田工業高校、鳥栖商業高校にiPadを配布して機種選定の作業を行い、2013年には、県立高校での導入機種をWindows8 Proを搭載したタブレット型端末に決定した。


こうした経緯を経て、2014年度に県立高校で導入する学習用端末についてはWindows8 Pro搭載のタブレット型端末にキーボードを付けたものを採用した。理由は、Windows7に比べ操作性が大幅に改善されたことと、現在高校に導入されているパソコンの多くがWindowsであるため、教員が教材を作成したり加工したりするのに便利であること、社会におけるWindowsのシェアが高く、高校時代からWindowsに慣れておくことが有用であるとの判断による。なお、特別支援学校については、iPadやAndroid OS搭載のものも含め、障がいの種類や程度に応じて使いやすい機種を選ぶこととした。

 

<図表1>佐賀県立学校でのICT環境の整備状況

県が主導してのICT教材の開発やサポート制度の充実によりICT活用促進を支援

実証研究の段階で明らかになった課題としては、第1に、アクセスが集中してインターネットにつながらない、通信速度が遅いといった通信環境の不備があった。そこで全県導入を前に校内LANを全て更新し、さらに校内どこでもインターネットに接続できるように、Wi-Fi環境を整えた。学習用端末や電子黒板、インターネット回線などの技術的なトラブルについては、「ヘルプデスク」を設けて、遠隔操作を含めたサポート体制を導入した。ただし、通信環境の一層の向上は、今後の課題でもある。


第2には、授業でのICT機器の活用頻度が当初の想定を下回ったことが挙げられる。理由の一つとしてICT教材や指導例の不足が考えられたため、教材の企画・編集・出版・販売を行う企業に委託して、教材開発を開始した。また、教育関連企業に委託して各校に1名ずつICTサポータを配置し、教員のICTを活用した授業設計や、教材選択、教材作成を支援することとした。


教員に対しては、ICT機器の一斉導入を前に、電子黒板や学習用端末の操作体験会を複数回・複数会場で開催。興味のある教員は体験会に参加して、ICT機器に触れた。さらに、ICT利活用教育を担当するICT推進リーダーの教員を各校の校長に指名してもらい、リーダーに対して県が集合研修を実施。内容は、半年を1クールとし、その間にのべ5日の研修を実施し、その後、リーダーが自校の教職員に半年程度かけて、内容を伝えることにしている。1期目(2011~2012年度)は、まずICT機器について知ることを目的とした研修、2期目(2012~2013年度)は、授業で使えるレベルの知識やスキルを修得するための研修を行った。使えるレベルとは、文部科学省が毎年3月に実施している「学校における教育の情報化に関する調査結果」の「教員のICT活用指導力の状況」で「わりにできる」「ややできる」と答えられるレベルとした。


「2010年は約6割の教員しか活用できると答えませんでしたが、2013年には9割以上の教員が活用できると答えるまでになりました。3期目(2014年度~)は、授業に応じて工夫できる力をつけるための研修を行うつもりです。また、大学にも、教職をめざす学生にICT活用力をつけるよう、依頼しています。さらに佐賀県では、2013年の教員採用試験から、電子黒板を使った模擬授業を試験項目に導入しています」

共通教材以外のソフトウエアは許可制を採用
教員独自の教材活用は著作権が課題

学習用端末に搭載するソフトウエアについては、教材としては、購入時に、全高校共通してワープロソフト、プレゼンテーションソフト、表計算ソフト等からなる「Microsoft Office Professional Plus 2013」と国語、古語、英和辞書を含む「電子辞書ソフト」等を標準装備している。また、教科書や参考書、問題集等の内容をデジタル化した「デジタル教材」の中で、教師が授業で使うものは、県から各校に提供している。ただし、例えば、問題集の場合、問題を一度に生徒に配布する、授業の都度必要な箇所を配布するといった使い方は、各教員に任せている。この他のソフトウエアについては、各校からの申請に基づき、教育委員会が許可すればインストールが可能である。


「日常的に授業で使うものは県が購入して高校に提供します。特定の時間だけ使う、主に家庭学習で使うといったものは、教育委員会に申請していただければ生徒が独自に購入できます」教員が独自に作成するデジタル教材については、現在、最も大きな障壁となっているのが、著作権だという。著作権法第35条によって、学校等の教育機関で授業中に著作物を使用する場合は、特例的に、一般に比べると複製等の制限は緩やかになっている。しかしデジタル教材の多くは、「教員がディスプレイで表示する場合は良いが、生徒の端末に配布したりインターネットにアップしたりして共有するのは不可」「インターネット上のコンテンツをダウンロードして生徒に配布してはいけないが、URLを表示し、生徒にそのウェブサイトにアクセスさせることは可能」等、紙媒体とは異なるさまざまな規定があるためだ。


「教員は自作の教材だと思っていても、一部の練習問題や写真が転載という場合があります。また、具体的な判例等がなく、法律家によって解釈がまちまちであるのも学校での活用を難しくしている要因です」

 

2014年度には、「教材管理」「校務管理」の3つの機能を一元化した佐賀県独自の教育情報システムSEI-Net(Saga Education Information-Network)を構築した<図表2>。運用は始まったばかりだが、このシステムを使って、生徒は学校からの連絡の確認、デジタル教材をダウンロードしたりテストを受けたりすることができる。また、教員は、出欠の処理やテスト結果の分析に加え、生徒の日々の学習の進捗などが把握しやすくなり、生徒一人ひとりの理解度や弱点に応じたきめ細やかな指導ができるようになるという。


教員からのICT導入の評価としては、電子黒板は、これまで黒板で図示したり口頭で説明したりしていたものを動画などで示せるため「すぐにでも活用したい」と好評だった。一方、学習用端末については、教材の不足や生徒の期待値が不明であることなどから、導入に躊躇する声もあったという。また、進学校からは大学入試を控えていることもあり、ICT導入による学習進度の変化が不安材料として挙がった。


ICT導入は始まったばかりであるためまだ解決しなければならない課題も多いが、「例えば数学の場合、これまでは空間図形の提示や三次元の数式を図に変換するなど、越えられない壁がありました。これはどの教科でも同じです。それがICTを使うことで1つでも越えられるようになり、徐々にその数が増えていけば良いと考えています」と福田先生は期待している。

 

<図表2>SEI-Netの画面イメージ

※Kawaijuku Guideline 2014. 7・8より

(本文中の所属・役職などはすべて取材時のものです)