特集 ICTの導入で変わる学び

事例2 佐賀県の研究実証校として1人1台の学習用端末を導入 

教育現場での活用の課題と可能性を社会に提示 

佐賀県立武雄高等学校 馬場信禎先生(国語)


馬場信禎 先生
馬場信禎 先生

今年4月、佐賀県は全国に先駆けて、全県立高校への電子黒板と、生徒1人1台の学習用端末導入を行った。これに先立ち、佐賀県立武雄高等学校は実証研究校に指定され、2012年度から電子黒板が、2013年度から学習用端末(タブレット端末)が配備され、ICTを使った授業に取り組んできた。実証研究から感じた教育の可能性や、明らかになった課題について、ICT利活用教育推進部主任・教育情報化推進リーダーを務める馬場信禎先生(国語)に伺った。

各教室への電子黒板の導入で授業で活用できるコンテンツが豊かに

佐賀県立武雄高等学校は2011年から「先進的ICT利活用教育推進事業」の実証研究校に指定され、電子黒板や学習用端末<写真>を用いた授業の研究を行ってきた。電子黒板については、2012年11月には2つの特別教室、2013年2月には1、2年生の全ての普通教室、2013年の8月には3年生の普通教室に配備された。教科の特性や授業を行う教室によっても異なるが、デジタル指導書(教師用デジタル教科書)や教員が作成したプレゼンテーション資料などを投影し、授業に活用している。

 

「例えば英語科では、電子黒板に本文の一部を指定してネイティブスピーカーの発音で音声を聴かせたり、フラッシュカードを用いて英単語の学習に活用したりしています。生徒に興味のある外国の場所をグーグルマップで探させ、ストリートビューで見える景色を英語で表現させる授業を行った教員もいました。

 

<写真>学習用端末を使った授業の様子

理科では、科学技術振興機構の『理科ねっとわーく』(注1)というウェブサイトにアップされた教材を、電子黒板に表示して活用しています。


私が担当する国語の授業では、教師用指導書に付属しているデジタルテキストを電子黒板に表示して活用しました。授業をしている箇所を生徒に示したり、ポイントとなる箇所に線を引きながら、解説したりできる点が良いと感じています」


さまざまな教科で活用する中で、課題も見つかった。例えば、電子黒板を使うと、資料を次々と切り替えて進めることができるため、板書に比べて授業のスピードが上がる。そのため、生徒からはノートに書き取りきれないという声も上がった。一時は、黒板を眺めるだけでノートをとらず、受身の姿勢で授業を受ける生徒も出てしまったという。


「こうしたマイナス面もありましたが、電子黒板が悪いのではありません。生徒がノートに書き写すべきことは従来通り板書し、電子黒板は、写真、動画、立体図形といった、黒板では表現できないコンテンツを表示するために使用するなど、教員が使い方のポイントを押さえることが大切なのです。うまく活用できれば、黒板とノートによる授業に比べて、豊富なコンテンツを使った授業が可能になります。そのため、当初は苦手意識を持っていても、使っていくうちに魅力に気がつき、現在は電子黒板なしの授業は考えられない感覚になっている教員も本校には多いようです」

(注1)『理科ねっとわーく』 http://www.rikanet.jst.go.jp/

生徒の主体的な学びを促す
1人1台の学習用端末

2013年度には佐賀県教育委員会から支給された学習用端末(Windows 8 Pro)を1年生に配布するとともに、校内に無線LANを敷設し、1人1台の学習用端末を使った教育の実証研究を行った。


例えば、教材制作会社と連携し、問題演習の解答・解説をデジタル化し、端末で学習をする研究を行った。「これは『自分のペースで勉強できる』と、生徒の評判も良好でした。また、生徒は解答とともに理解度も入力するため、教員は、多くの生徒が間違えた問題や箇所だけでなく、答えは合っていたけれど理解は不十分である問題もわかり、どの問題を解説すればいいかを即座に把握することができました」


実際の授業の中で活用することで、他にもさまざまな利点があることがわかった。授業中に教員が問いを発したとき、以前は指名した生徒の考えしか聞けなかったが、学習用端末から送信してもらえば、教員は全ての生徒の意見に目を通すことができる。そして、その上で発表する生徒を選んだり、電子黒板に表示させてクラス全体で共有したりすることもできるようになった。


総合的な学習の時間では、全ての生徒が同時にインターネットで調べ学習をしてプレゼンテーション資料を作成することが可能になった。以前はコンピュータ教室で行っていたため利用できる人数が限られていたが、1人1台の学習用端末を持つことで、全員がそうした活動を経験できるようになったのだ。

 

多くの利点があるものの、全ての授業を学習用端末で行えば良いというわけではない。

 

「学習用端末は、全ての生徒の主体的な学びを促す機能があるという点で優れていますが、生徒の主体的な活動を多く取り入れると授業の進度が遅くなりがちですから、大量の内容を限られた時間で教えなければならない高校にとっては辛いところです。ですから、進学校である本校では、大学入試に対応できる学力向上に資するという目的を守りながら、活用を進めました。ICT機器を使用することが目的になってはならず、その高校に合った、効果的な場面で使うことが大切なのです」


2014年度には、県内の他の公立高校と同様に、全ての1年生が学習用端末(Windows8 Pro、キーボード付き)を購入した。学校の備品であった2013年度とは異なり、生徒の私物であるため、家庭に持ち帰り学習内容の保存(ノートとしての役割)や学習管理(連絡・課題提出)に活用することができるようになった。多くの科目で生徒用デジタル教科書が導入されたこともあり、活用の幅が広がっているという。

 

<図表>ICTを活用した授業で使用するプリント例(抜粋)

不具合が起こることは当たり前と考え
無理のないところから活用することが大切

学習用端末の活用にあたり、最も大きな課題となったのは、無線LAN環境の構築である。

 

「今年4月に生徒の端末にデジタル教科書のダウンロードがうまくできないことが大きな問題となりましたが、これはアクセスが集中し無線LANの通信容量を超えたことが原因です。デジタル教科書は容量の大きいものだと、1章分でも100MBを超える場合があります。こうしたデータを1学年の生徒が一斉に、しかも授業中にダウンロードすることになっていたのですが、無線LANのシステムはそうした利用を想定していません。学校は、企業や家庭、街中などと異なり、大勢の生徒が同じことを一斉に行うという特徴がありますが、それに対応した設計になっていなかったのです」


授業中の教員と生徒の端末の情報のやりとりにも課題があった。アクセスポイント(注2)1つにつき接続できる端末は20台程度であるため、武雄高校では1つの教室につき2つのアクセスポイントを設置している。そのため、端末の位置によっては通信中にアクセスポイントが変わり、教員から生徒に教材が送れなくなったり、生徒から教員への提出物の送信が途切れたりすることもあった。そこで、アクセスポイントのメーカーに連絡し、快適な動作をするよう改善したという。


ここで馬場先生が強調するのは、「パソコンや通信システムは、他の製品のように購入したらすぐに快適に動くわけではなく、地道な調整をしながら最適な環境にしていくものである」ということである。


「学習用端末、無線LAN、デジタル教材と、それぞれ別の企業が作ったものを組み合わせて、これまでにない使い方で使うのですから、不具合が起こることは当然です。しかし、システムの不具合であっても教員にとっては生徒の前で失敗することになり、状況によってはICTの活用が嫌になってしまいますから、最初から無理をせず、まずは安定して活用できるところから導入することが大切です。ただ、いたずらに怖がって使わないというのも賛成できません。学習用端末が魅力的な教育ツールであることは明らかで、近い将来、生徒が1人1台の端末を使うのが当たり前の時代がやってくるかもしれないのです。今、こうした教育の転換期に立ち会えることは教員としてまたとない機会であると前向きにとらえて、挑戦していきたいと考えています」


学習用端末の活用にあたってのもう1つの課題は、デジタル教科書をはじめとする教材のライセンスの問題である。現在の契約では、学校は生徒数分のライセンスしか持てない。そのため、入学辞退者が出る可能性を考えると、事前に教材を入れて学習用端末を配布することができず、授業中に一斉にダウンロードすることになる。また、生徒の学習用端末が故障したときには、修理に出している間、校内の予備端末を貸し出すことにしているが、予備端末にインストールすることも契約違反になる可能性があるという。


「現在、県がライセンス契約の在り方を交渉中ですが、今後も思いがけない契約上の課題が出ないとも限りません。また現在、授業中に電子黒板に表示することはできても、学習用端末に入れて家に持ち帰ることができないデジタル教材もあります。法改正なども必要ですが、さらに活用しやすい環境が整うことを期待しています」

(注2)アクセスポイント...無線 LAN で端末間を接続する電波中継機

ICT活用推進の大きな力となる専任のICTサポーターの存在

電子黒板や学習用端末を活用するのに大きな助けとなっているのが、県教育委員会によるICTサポートだ。


2013年度に武雄高校などの実証研究校が無線LAN環境などの課題に直面したことから、今年度からは県教育委員会の中にヘルプデスクが設けられた。ハード面やネットワークに関する不具合が生じたときには遠隔操作で対応してもらえるようになった。


また、今年度は各校に1人ずつ、提携した企業からICTサポーターが配置され、授業のサポートを行っている。「各校には私のような教育情報化推進リーダーがいますが、私を含め教員は自分の授業をもっていますから、他の教員の支援に費やせる時間は限られています。そうした中、支援に専念できるスタッフがいることは、ICT活用を推進する大きな力となります。ICTサポーターに何を依頼するかは各校で異なりますが、本校では、教員に対する個別支援のほか、空いた時間に教員に面談して困っていることや要望を聴いたり、ニーズに応じた研修を設定して、必要に応じて教員が参加できるようにしたりしています。しかし、ICTサポーターも万能ではありません。教員には、ICTサポーターとともに、より有効なICT活用法を考えていく姿勢が大切だと思います」


最後に、他県の先生方へのメッセージを聞いた。「佐賀県の高校教員が感じている困難は、近い将来、他県でも直面する可能性があるものです。ICTの教育への導入は、当初は確かに大変ですが、現場は決して『混乱して大変』というわけではありません。ぜひ冷静に注目していただきたいと考えています」

佐賀県立武雄高等学校

◇所在地:
佐賀県武雄市武雄町大字武雄5540-2
◇沿革:  1908年佐賀県立武雄高等女学校開校
  1927年佐賀県立武雄中学校開校
  1948年武雄高等女学校と武雄中学校を統合し、佐賀県立武雄高等学校開設
  2007年武雄高等学校と武雄青陵高等学校を統合
◇学級編成: [全日制]普通科1学年7クラス
◇生徒数: 826名(男子426名、女子400名)2014年6月1日現在
◇特色:

校是に「質実剛健」「報恩感謝」を、教育目標に「高志博学」を掲げ、高い志と未来切りく力を持ち、地域や国際社会の発展に貢献できる、人間性豊かな生徒を育成することをめざす。佐賀県屈指の進学校であり、1校時50分(短縮授業時は45分)、7時間制を採用するなどして生徒の学力向上に努め、毎年旧帝国大学を含む国公立大学に多くの合格者を出すなど、進学実績を上げている。

◇卒業生の進路:

2014年3月卒業生271名

 

・進学先:4年制大学183名、短期大学11名、専門学校37名、就職10名

 その他30名

 

・合格者の内訳(現役生、延数):国公立大学(大学校含)139名、私立大学197名

 

※Kawaijuku Guideline 2014. 7・8より

(本文中の所属・役職などはすべて取材時のものです)