特集 ICTの導入で変わる学び
事例3 社会とほぼ同じ環境で ICTを活用し
これからの高校生に求められる力を育成
千葉県立袖ヶ浦高等学校 日高学校長、永野直先生(情報コミュニケーション科長)
千葉県立袖ヶ浦高等学校は、千葉県の東京湾沿いに位置する袖ケ浦市の人口増加を受け、1976年に普通科高校として設立された。2011年に新たに情報コミュニケーション科を設置し、公立高校で初めて、タブレット端末を使った教育に取り組んでいる。情報コミュニケーション科がめざす教育や取り組みについて、校長の日高学先生と、情報コミュニケーション科長の永野直先生に話を伺った。
情報活用能力を育むための新たな教育ツールとしてのICT
千葉県立袖ヶ浦高校の情報コミュニケーション科設置は、千葉県が2002年に「魅力ある高等学校の設置」をめざして策定した県立高等学校再編成計画の一環として、情報科の設置を決めたことによる。情報科の教育内容についての具体的な検討は2009年頃から始まった。
現在、SNSの浸透などにより、中高生の間でも、情報モラルやセキュリティが問題となっている。こうした中、学校は携帯電話の持ち込みを禁止する、インターネットの危険性を児童・生徒に教えることによって問題に対処しようとしているが、永野先生は「単に禁止し、恐怖心を煽るのではなく、学校は現状を直視し、情報ツールをどのように使えばより良い生活や学びに活用できるかという視点から、情報教育を行うべきだと考えます」と話す。また、日高校長も「高校生として保護されている間に、学校の中で失敗を経験することが大切です。現在、情報活用能力が社会人に必要とされていることは言うまでもありません。この力を高校で育むことは、学校教育法が掲げる高等学校の教育の目標の1つである『国家及び社会の形成者として必要な資質を養うこと』の1つとなっているのです」と指摘する。
そこで設置予定の情報科の名称を「情報コミュニケーション科」とし、公立高校として全国で初めて生徒に1人1台のiPadを購入させ、情報関係の教科を充実させるとともに、普通科の日常の授業の中で「情報活用能力」「コミュニケーション力」「情報モラル、セキュリティ対応能力」を育成することにした。さらに、これまでより多様で、広く、深い、生徒の主体的学習をICTにより実現し、PISA型の学力である「他者と協働して問題を解決する力」や「論理的思考力」の育成をめざすことにした。
学校内にとどまらず生活の中でICT活用力を育むための環境整備
iPadを生徒に購入してもらった理由は主に3つあった。1つ目は、新機種発売のサイクルが短い中、学校の備品として購入すると一定年数使用しなければならないが、生徒が購入したものであれば常に最新のモデルを使用できること。2つ目は、家に持ち帰り、生活の中での使い方を学んでもらいたいため。3つ目は、ものを大切にし、管理する力も育成したい、といった理由からである。
タブレット端末にしたのは、パソコンに比べて起動が速いことや、携帯性に優れているためである。また、iPadを選択したのは、操作性の良さと、有害なアプリケーションをインストールするリスクの低さ(注1)による。
なお、学校や生徒が準備したものは<図表1>の通りである。図表1の中で「インターネット回線」とあるが、この点について永野先生は、次のように説明する。「全県立高校に整備されているインターネット回線では制限が厳しく、利用できないネットサービスやアプリがあるため、独自に回線を引きました。独自に回線を引いたことによって、生徒は授業中以外も、いつでも、どこでもインターネットに接続することができます。有害サイトはプロバイダがブロックしてくれます。アプリケーションは、生徒も教員も、指定したもの以外についても自由にインストールすることができます。アプリケーションは辞書など有料のものもありますが、授業で使うものの多くは無料のものを活用しています」
ここで心配なのが、授業中に生徒がiPadで遊んでしまうことだが、永野先生は「多様な用途のあるデバイスですから、時間はかかっても、けじめをつけて使い分けることを学ぶことのほうが重要です」と説明する。また、クラスごとに、生徒自身にiPadの使用ルールを決めさせている。「授業中にメールしない、学校で充電をしない、著作権に気をつける、誹謗中傷は書かない、といった一般的なことですが、自分たちで決めたことを自分たちで守るという意識を持つことが大切です」(永野先生)
<図表1>情報コミュニケーション科の設備・使用アプリケーション
(注1)Android OSはプログラムのソースが公開されており、誰でもアプリケーションを開発できるという利点がある。一方、iPadに搭載されているiOSのアプリケーションを開発するにはアップルストアの審査を経なければならず、有害なアプリケーションは審査を通らない。
ICT活用で可能性が広がる思考力、判断力、表現力を育む授業
ICT環境を整えることで可能となる授業について、日高校長は「現在、ペアで意見を交換する、グループで話し合うといった協働学習や、調べ学習の成果の発表といった授業改革が進んでいます。こうした場面でICTを使えば、より手軽で有効になります」と話す<図表2>。
例えば、iPadと教室内のテレビをつなげれば教員や生徒が撮影した写真や動画を教室内で共有できるし、これまでは授業中に全員に意見を述べさせる時間はなかったが、Twitter(クラス内のみ公開設定)を使えば全員が答えや考えを書き込み、その場で全員で共有することができる。授業の双方向性が実現できるのだ。
また、教員の解説が理解できたかについて生徒に答えてもらい、その場で統計のアプリケーションを用いて集計すれば、生徒の理解度を確認しながら授業を進めることができる。さらに、授業以外でも、クラスごとにTwitterのアカウントを設定し、教員はホームルームでの連絡事項を書き込んで生徒に伝えたり、クラスの意見を集めたりする際にも活用している。「ICTを活用することで短縮できた時間は、新聞を読んで一般常識や語彙力、論理的思考力など、他の能力を育成する時間に活用しています」(日高校長)
<図表2>ICT活用のイメージ図
ICTを使うポイントやアプリケーションは生徒に何を学ばせたいかで選択することが重要
教科の授業でのICT活用事例をいくつか紹介する。家庭科の教員は、「裁縫実習」のためにまつり縫いや返し縫いの仕方を動画で撮影し、生徒が自宅で見られるようにした。生徒があらかじめ動画を見て授業に臨むことで、授業中の説明の時間が節約できるほか、生徒は自分にとってわかりづらい箇所を繰り返し視聴することができる。その効果について、動画を視聴しなかった普通科の生徒と成績を比較したところ、情報コミュニケーション科の生徒の方の評価が高く、特に「再提出」の生徒が普通科は5%に対して情報コミュニケーション科は0%、実習にかかる時間も短かった。
化学では、実験手順を説明する動画を撮影した。「試験管の液体に試薬を落とし、激しく振る、静かに振るということについて、“激しい”“静か”がどの程度なのか、動画だと具体的に理解することができます。ただし、液体の色が変わる様子など、結果まで見せて実験の代わりにしてはいけません。化学反応は、生徒が自ら手を動かして実験し、確かめることが大切です」(永野先生)
数学では、三角比の単元で、iPadなどで撮影した写真の上に線を引くと角度を自動的に計算するアプリケーションを活用し、生徒自身に校舎や校庭の木の高さを計算させる教材写真を準備させた。「iPad導入以前にも、距離や角度を実際に測って教材を準備していましたが、アプリケーションを利用すれば、より簡単に距離や角度を測ることができます。実はアプリケーションで三角比の計算もできるのですが、この単元では生徒自身の計算によって答えを求めることが重要です。このように、生徒に何を学ばせるかによって、ICTを使う場面と使うべきでない場面を考える必要があります」(永野先生)
また、バスケットボール部の生徒たちは、シュートの様子を撮影し、このアプリケーションを使ってシュートが成功したときと失敗したときの腕の角度を比較して、技術の向上に役立てているという。「タブレット端末やパソコンなどのデバイスありきではなく、何かしたいことがあって、それを実現できるデバイスやアプリケーションを活用するという良い事例です」(永野先生)
そうは言っても、ICTの活用に慣れていないと二の足を踏む先生もいるだろう。その点について永野先生は「つきつめれば、教員が必ずしも生徒よりICTの活用に秀でている必要もありません」と話す。永野先生も時には生徒から、ICTの活用法を提案されることもあるそうだ。
「生物の時間に、生徒から顕微鏡の画像をiPadで撮影したいと提案がありました。試してみたら、細胞が活動している様子を鮮明な動画で記録することができました」
他にも、情報機器の操作が得意でない世界史の教員は、生徒に「この国のこの地域を見せて」「このスポットを拡大して」などと指示し、生徒が自分のiPadで地図を表示し、それをプロジェクタに表示し授業を行っている。
生徒のICT活用力、発想の豊かさが光る情報系の授業で制作する作品
さらに、情報コミュニケーション科では学校設定科目として1年次に「情報コミュニケーション」、2年次に「情報コミュニケーション実習」を設置し、3年次の「課題研究」に学習内容を接続させるようにしている。
1年次は、映像や音楽の作成や編集技術、著作権など情報モラルやセキュリティなどを学び、作品をYouTubeにアップする。
2年次はテーマ学習を行う。iPadを持って博物館などを取材し、その成果をポスターで発表する。「各グループが工夫したポスターを作ります。例えば、千葉県の地学を調査したグループは、紙だけでは紹介できる写真の数が限られるため、ポスターの一部としてその中にiPadを埋め込み、iPadを使って複数の写真を数十秒ごとに切り替えて表示していました。千葉県の文化を扱ったグループは『AR』(注2)という技術を活用し、iPadに映る写真を見学者が自分のiPadやスマートフォンで写すと、その料理の作り方の動画が流れるようにしました」(永野先生)
3年次の「課題研究」では、生徒は課題を設定し、ICTを活用してその解決案を提案する。保育園児に折り紙やぶんぶんゴマなど昔の遊びを教える映像を作成したり、数学の苦手な生徒が集まったグループは、自分たちがつまずいた問題をシェアできるWiki(注3)のWebページを作成した。また、学校のデジタルパンフレットを作成したグループは、QRコードを写すと、校長先生や生徒の紹介映像や、地元の裏道や店の紹介がスマートフォンに表示されたりする仕組みを組み込んだ。さらに、生徒はポスター3枚にまとめた発表を行い、最後に、一人ひとりが学術論文の形式でA4用紙2枚のレポートをまとめる。作品を作るだけでないのは、取り組みを文章として残すことも大切という考えを反映しているからである。
(注2)ARとは、Augmented Realityの略で、拡張現実と訳される。現実の環境に、視覚、聴覚、触覚などを付け加える技術。ARマーカーや写真をデジタルカメラで撮影すると動画が流れるのはこの技術の1つ。
(注3)WebのブラウザでWebページの編集を行えるシステム。このシステムを利用したサイトとしては、フリー百科事典の「ウィキペディア」が有名。
やりたい授業、授業デザイン力のある教員にこそ魅力的なICT
こうしたICTの導入は、教員にも変化をもたらした。ICTの活用は強制ではなく、使用頻度も教員によってまちまちだ。しかし、ICTの導入によって生徒の発想の豊かさや創造力の高さに気づき、生徒同士で活動させたり何かを制作させたりする時間を増やす教員が増えたという。また、ICTを活用することで、協働学習の時間を設定したり、生徒の言語活動を促すなどしなくても、生徒が協力したり、話し合うようになったことも、効果の1つである。
「導入の結果見えてきたのは、やりたい授業がある教員、授業デザイン力のある教員にとって、ICTは間違いなく魅力的なツールであるということです。世界史であれば、十字軍が通った道をGoogle
Earthで3Dで見るなど、やりたくてもできなかった授業が実現できるツールを、我々教員は手に入れたのです。さらにICTの導入は、これまでの閉じた教室で授業を行うという学校教育の在り方を変え、授業計画の共有、外部や生徒の評価の導入、自分はどんな教育をしたいのかを省察する契機になるなど、大きな教育改革につながっていくのではないでしょうか」(日高校長)
千葉県立袖ヶ浦高等学校
◇所在地: |
千葉県袖ケ浦市神納530 |
◇沿革: | 1976年全日制普通科高校として開校 |
2011年情報コミュニケーション科設置 | |
◇学級編成: | [全日制]普通科1学年6〜7クラス |
情報コミュニケーション科各学年1クラス | |
◇生徒数: | 895名(男子423名、女子472名)2014年5月1日現在 |
◇特色: |
清純にして若々しい地域青少年の憧れの学園」づくりを使命とし、地域の中堅校として設立以来地域の人材育成を担っている。部活動加入率は85%以上、文化部・運動部ともに優秀な成績を収めている。情報コミュニケーション科は全国的に注目され、他府県の教育委員会や高校などからの視察が後を絶たない。 |
◇卒業生の進路: | 2014年3月卒業生282名 |
・進学先:4年制大学101名、短期大学19名、専門学校87名、 就職57名、その他18名 |
※特集「変わる高校教育 ICTの導入で変わる学び」より
※Kawaijuku Guideline 2014. 7・8より
(本文中の所属・役職などはすべて取材時のものです)