特集 ICTの導入で変わる学び

概説1 ICT活用の背景

社会や教育の在り方の変化から活用が求められるICT目的や機器の特性に応じた活用を

東北学院大学教養学部 稲垣 忠 准教授 


稲垣忠 准教授
稲垣忠 准教授

近年、教育へのICTの活用にはさまざまな利点があることが明らかになり、学校への導入が政策的にも進められている。ここでは、フューチャースクール推進事業(総務省)の研究委員を務め、仙台を中心とした授業研究グループ「情報活用型授業を深める会」の主宰者でもある東北学院大学教養学部の稲垣忠准教授に、学校にICTの導入が求められる背景と、利点や課題について伺った。

教員が使う道具と生徒が使う道具を分けて整理し活用することが大切

——まず、教育分野でICT利活用の推進が望まれている理由をお教えください。

近年、総務省の「フューチャースクール推進事業」(2010~2012年度)や文部科学省の「学びのイノベーション事業」(2011~2013年度)といった実証研究を通じて、学校教育でのICTの利活用が政策的にも進められていますが、いくつか理由があります。


第一に、まず教員にとっては、生徒の学力向上につながる、わかりやすい授業を展開できる、生徒の興味・関心を高めることができるなどの利点があるからです。


第二に、情報化社会への対応です。パソコンやインターネットの普及で仕事の進め方は大きく変わりましたが、学校は明治時代以来のチョークと黒板での授業を続けてきました。社会でICTが普及したのは、便利な道具だからです。そこで、学校でも活用して教育の質を高めようとしているのです。


第三に、情報セキュリティや情報モラルという社会問題に対応するためです。本来は家庭で教育すべきことだと思いますが、学校でも情報科で扱ったりICT機器を使う中で身につけさせることが求められています。


第四に、知識基盤社会となった21世紀を生きる子どもたちにとって、ICTの利活用を含む情報活用能力は必要不可欠な力だということです。そしてICT機器は、生徒が調べたり発表したり交流したりしながら、思考力・判断力・表現力といった、「生きる力」を育むのに有用な道具でもあります。

——授業では、どのようにICT機器を利活用していけばよいのでしょうか。

ICTとひとくくりにされがちですが、ICT機器にも、電子黒板、プロジェクター、実物投影機(書画カメラ)など教員が使う道具と、タブレット端末など生徒が使う道具があり、両者では活用方法や効果が異なることを整理して考える必要があります。


教員が使う道具は、より良い授業を展開する助けになり、生徒の学力の向上につながります。ですから私は、電子黒板などはなるべく早く全ての教室に配備され、当たり前に使われるようになるべきだと考えています。

電子黒板が可能にする教材の拡大と焦点化、多様化、双方向性

——電子黒板には、どのような利点がありますか。

まず、教材を大きく映し、教員が見せたいものを生徒にしっかり見せることができます。これまでは「教科書の何行目」など口頭で説明していましたが、生徒に本当に伝わっているとは限りません。しかし教員が大きな画面に映して示せば、生徒はその画面を見て、どこの話をしているのか、より明確に把握することができます。


第二に、「焦点化」と言いますが、画面に映した中でも特に見せたい箇所を拡大したり線を引いたりすることで、ポイントを共有することができます。特に、言葉だけの説明で伝えることが難しい小学校低学年の児童に有効です。小学生ほどではないと思いますが、高校生に対しても効果があるでしょう。


第三に、動画や立体図形など、紙の媒体では見せられないものを見せることができます。すなわち教材の幅が拡がります。デジタル教科書が現在力を入れて開発しているのもこの部分です。


第四に、授業の双方向性を高めることができます。例えば板書している時間は、教員は生徒の様子を見ることができません。しかし、板書の代わりにスライドを用意しておいて電子黒板に映せば、ノートに写すべきなら生徒に写すように言った上で、机間巡視をして、理解が不十分と思われる生徒に補足説明ができますし、短縮した時間を別の学習時間に当てることもできます。

タブレット端末は、デジタル教材の活用デバイスと生徒が主体的に学習するツールとして有望

——1人1台の導入が注目されているタブレット端末は、どのような使い方がありますか。

タブレット端末については、2通りの使い方があります。1つはデジタル教科書をはじめとするデジタル教材をインストールして、従来の授業をより良くするための道具として使う方法です。もう1つは生徒が自由に使う道具と捉えて、探究的な学習の場面などで活用する方法です。教員にとってイメージしやすいのは、前者です。そこで、現在、教科書会社等を中心に多くのデジタル教材が開発されています。

タブレット端末を効果的に活用するためには、インターネット環境の整備が不可欠です。特に公立学校では、大量通信に対応できる環境を整えているところはほとんどなく、生徒が一斉に利用するとインターネットにつながらなかったり、通信速度が遅くなったりします。そもそも無線LANは、40台もの端末を一斉に使うことは想定していないシステムであるため、学校で使う仕組みとして向いていないのかもしれません。そうした技術的な問題が改善されない限り、従来の授業をより良くするための活用を快適に進めることは難しいでしょう。

——生徒はどのように活用できますか。

タブレット端末は、もともとユーザーがそれぞれ違う使い方をするための道具ですから、調べ学習や協働学習といった、生徒が主体的に活動をするような場面で活用すると、力を発揮します。


生徒が試行錯誤するのにも向いています。例えば数学では、グラフを動かすと数式が変わったり、数式を変えればグラフが変わったりというように、手元でシミュレーションしながら考えられます。教員が電子黒板で動かしても、教員が動かしている限りは「動くんだな」とわかる程度です。しかし自分で操作すれば実感が伴います。ただし、生徒が試行錯誤した結果をクラスで共有するなど、授業展開の工夫が伴ってこそ効果を発揮します。


また、タブレット端末で生徒の理解度に応じた問題が出る、わからない箇所の授業ビデオを繰り返し見るなど、個別の反復学習にも大いに活用できます。ただ、個別の反復学習を授業中に行うのは時間がもったいないですね。ある中学校では、朝の自習時間を活用して、タブレット端末を使ったドリル学習を行っていました。

タブレット端末は、授業での活用にこだわらず放課後での活用や個別学習のツールと考えるのも一案

——タブレット端末に関する現在の課題を教えてください。

すでに述べたように、タブレット端末は、探究的な学習や協働学習など、新しいスタイルの授業に適した道具です。しかし、フューチャースクール推進事業の実証校の様子を見ると、ICTと新しい授業スタイルという、2つを同時に導入することは、先生にとって大きな負担であり、まずは従来型の授業での活用からスタートした学校が多かったようです。


また、通信環境の問題から、授業中に教材を電子黒板や生徒の端末に転送するのに時間がかかる、生徒の端末が動かなくなるなどのトラブルも起こります。そうすると、教員にも生徒にもストレスになってしまいます。

 

そのため、学校にタブレット端末が配備された場合も、無理に授業で使おうとせず、まずは授業時間外に活用できる環境を整えるというのも一案です。例えば、学習に役立つリンクを用意したタブレット端末を何台か職員室に備えておき、希望する生徒に貸し出し、放課後の自習などに使用させてはどうでしょう。そして、生徒が活用する様子を知った上で、授業中にも導入することなども考えられます。

——タブレット端末が導入されると、学校内のパソコン教室などはいらなくなりますか。

1人1台のタブレット端末を導入する際にパソコン教室の廃止を検討する自治体もあるようですが、大学でレポートを書いたり、企業で仕事をしたりする際、タイピング能力も求められるので、当面はパソコンも必要でしょう。今の子どもたちは、スマートフォンは使いますが、パソコンを使うのは情報の授業でだけの場合もあり、意外とキーボードを使いこなせません。タイピング能力をつけるには使うことが一番ですから、生徒が自由に調べ学習をしたり進路情報を調べたりできるパソコンが校内に豊富にあると良いですね。

 

<図表>教育環境のICT化への工程表

教育や学びの在り方に変革をもたらす1人1台のタブレット端末の可能性

——2013 年に閣議決定された「世界最先端IT国家創造宣言」などでは、2020年までにすべての学校で1人1台の情報端末を配備するなどIT環境を整備するとされています。今後、生徒用のタブレット端末を導入する自治体や学校が増えていくと予想されますが、それによって学校教育は変わっていくのでしょうか。

タブレット端末の研究は、現在は授業における教員の活用法が中心です。しかし、生徒たちが学校外を含めてどのような使い方をするか見るうちに、タブレット端末の多様な可能性が明らかになってくると思います。


タブレット端末の導入を本気で考えるなら、日本の教育の姿を変える覚悟が必要だと思います。それも学校だけでなく、塾や通信教育、家庭学習など教育を取り巻くさまざまな要素を含めて、教育や学びの在り方をデザインし直す必要があるでしょう。例えば現在、manavee(注)など学習ビデオを配信するウェブサイトで勉強する高校生も増えています。自分のペースで勉強できることから、こちらの方が合っていると考える生徒もいるはずです。だからこそ、対面で授業を行う学校はどうあるべきなのか、根本から議論しなければなりません。


オランダでは、2013年、4歳から12歳の子どもたちが通う「Steve Jobs School」10校が開校しました。この学校には学年も、クラスも、時間割もなく、子どもたちは1人1台のiPadを使って、自分のペースで学習しています。以前から既存の学校教育とは異なる教育を模索する「オルタナティブ教育」を実践する教育団体は日本を含め、いろいろな国にあります。そうした教育システムと、タブレット端末の活用が結びついたところに、未来の学校の姿を考えるヒントがあるのかもしれません。


(注)manavee...日本の大学受験における地理的・経済的な格差をなくし、教育の機会均等を実現することを目的に、大学生や社会人有志による、多数の授業動画をインターネット上に公開するNPO法人。

——最後に、ICTの利活用について、高校の先生にメッセージをお願いします。

ICTの導入を、情報セキュリティや情報モラルの問題から心配される先生も多いかと思います。しかし、テクノロジーそのものが悪いわけではありません。ICTを禁止するのではなく、より良い使い方を指導していくべきでしょう。そしてICTは、活用価値のある道具だからこそ社会に広まったのですから、教育現場でも、無理をして使う道具ではなく、歓迎される道具であってほしいと願います。これまでできなかった授業を実現するための道具の1つとして、ぜひ効果的な場面で使っていただきたいと思います。

※Kawaijuku Guideline 2014. 7・8より

(本文中の所属・役職などはすべて取材時のものです)