特集 ICTの導入で変わる学び
概説2 高等学校の現状
授業をより良くするためのツールとしてできるところからICTの導入を
羽衣学園高等学校 米田 謙三 先生
現在、授業でICTを活用する利点を感じつつも、校内のICT環境が充分に整っていなかったり、授業でどのように導入したらよいか、とまどっている先生も多いのではないだろうか。そこで、早くから教育の情報化に関する実践と研究を行い、教育の情報化に関するセミナーや研修会講師を務める羽衣学園高等学校の米田謙三先生(英語科、情報科)に、高校の教育現場でのICT導入の現状や、授業での導入のポイントを伺った。
デジタルネイティブ世代の生徒にとってICTはあって当然の学びのスタイル
——まず、授業でのICTとは何を指しますか。
ICTとはInformation and Communication Technologyのことで、情報通信技術と訳されています。そして教育現場では、パソコンなどのハードウエアやデジタル教科書などのソフトウエア、インターネットなどを使った教育を「ICT活用教育」と呼んでいます。ハードウエアではパソコンや電子黒板、特に最近はタブレット端末の活用に対する関心が高まっていますが、プロジェクター、スキャナー、デジタル・ビデオカメラ、電子辞書などもICT機器です。
——なぜ、ICTの授業での活用が注目されるようになったのでしょうか。
情報活用力の育成や、生徒の主体的な学びの促進、学力向上に有効に活用できるツールといったことに加え、生徒自体が変化していることが挙げられます。現在の若者はC世代、すなわち「Computerを傍らにして育ちネットでConnectedし、Communityを重視する。Changeを厭わず、自己流をCreate(編み出)し、開かれた知とつながる力を持つ世代」と呼ばれるそうです。現在の生徒の世代は、生まれたときからインターネットや“ケータイ”があった“デジタルネイティブ”と呼ばれます。彼らにとってICTはあって当然なのです。
また、現在の子どもたちはますます多様になっており、一人ひとりに合った学びの実現が求められています。そのような子どもたちの変化に合わせて、ICTの活用が注目されるようになったのです。
——ICTを活用することで、授業はどのように変わるのでしょうか。
ICT機器を使ったからといって、現在行われている、一斉授業、協働学習、個別学習という3つの授業スタイルは変わりません。ICTによって授業が全く変わってしまうのではなく、これまでの授業をより良くするためのツールであると考えると良いでしょう。例えば、動画や音声は生徒に興味をもたせるのに効果的ですし、「紙のプリントで勉強するのは苦痛だけど、ICT機器でなら勉強しようかな」と考える生徒もいます。また、理科であれば学校では実験や観察できないものを映像で見せることができる、体育であればフォームを撮影して自分でチェックできる、学習の成果を保存できるなど、ICTならではの活用法があります。
しかし、特に高校では、ICTが生徒の興味・関心をひくだけでは不十分です。動画や音声が出る教材が最初は物珍しくても、やがてそれは当たり前になってしまいます。高校では、生徒の学力向上に結び付けるようなICTの活用を行うことが重要なのです。
電子黒板やデジタル教科書に加えデジカメなど身近な機器利用がICT活用の第一歩
——授業での活用が特に注目されているICT機器には、どのようなものがありますか。
まずは、教員が使うものから導入が進んでいるようです。近年、電子黒板は全国の小中高校で配備が進んでいます。本校でも電子黒板に直接、画像や動画を映している先生もいますし、画像の上にペンで線を引いたり説明を書いたりする先生もいます。基本的には授業中に教員が使うものですから、これまでの授業の進め方から大きく変える必要がなく、導入しやすい機器です。
近年特に話題になっているタブレット端末は、とても便利で有効な教育・学習ツールです。本校でも60台ほど導入しました。(1)情報の検索と収集・編集・保存、(2)情報の作成・提示・データ処理、(3)活動の記録・発表(プレゼン)などに使っており、デジタル教科書なども活用を始めました。
ソフト面で言うと、上記のデジタル教科書をはじめとするデジタル教材が、教員用のものを中心に出揃ってきました。勤務校に電子黒板が配備された場合は、まずはどの教員も共通して効率的に使える教材を用意しておき、それを使って、ある程度同じスタイルで授業ができるようにしておくとよいでしょう。
——ICT環境は学校によって異なりますが、ICTを活用した取り組みは、どこから始めるとよいでしょうか。
先進的な事例は参考にはなるものの、勤務校のICT環境や支援体制の違いなどの問題もあり、今すぐ同じように取り組むのは難しいと感じていらっしゃる先生も多いのではないでしょうか。ただし、学校に今あるICT機器でもできることはあるはずです。
例えば、学校にプロジェクターとスクリーンがあれば、デジタルカメラで撮った写真や動画をクラス全員で見ることができますし、また書画カメラ(実物投影機)があれば、プリントを拡大し、強調したい部分を見せるなど、タブレット端末と同じような効果のある授業ができます。私が勤務する羽衣学園高校では、今年から全ての新入生に電子辞書を購入してもらいました。電子辞書は、単語やセンテンスをネイティブの発音で読み上げてくれますし、検索した単語を記憶する機能などもあります。電子黒板とつなげられるので、教師の電子辞書の画面を映しながら、朝の単語テストなどに活用しています。
本校は私立学校ということもありますが、現在のところ保護者から電子辞書の購入に大きな反対はありません。全ての生徒に購入させられない場合は、教員の電子辞書の画面を電子黒板に映して一緒に使うという方法もあります。電子辞書はインターネットにつながらないため、セキュリティ面や生徒の情報モラル面の大きな問題もなく、ハードウエアにトラブルが起こることも滅多にありません。英英辞典や国語辞典や百科辞典などが搭載されている機種も多く、幅広く活用できます。
ICTの良い点に目を向け、伝えていくことが授業での活用を広げるポイント
——活用を促進するためには、何が重要でしょうか。
やはりICTの良さに気づいていただくことが一番です。例えば、英語であれば、フラッシュカード(イラスト等を見ながら英単語の発音などを行う)の実践も、パソコン等を使って読み上げる時間を設定することで難易度を調節できますし、教員が読み上げるのとは異なりネイティブの発音を聞くことができます。また、タッチパネルのディスプレイ上で指を動かすことで単語の並べ替えが感覚的にできる、タブレット端末に対応したアプリなどもあります。「これは使える!」と思えるものがあれば、活用は広がっていくのではないでしょうか。
ただし、教員がハードウエアやインターネット回線など、授業以外のトラブルで煩わされることが多いとやる気を失ってしまいますから、なるべく新たな負担の少ない、すでに学校にあり導入の容易なICT機器やソフトウエアを活用していくことから始めるとよいと思います。
——ICTの活用にあたって注意すべきことはありますか。
ICTには便利な機能がたくさんあるため、そのICTによって生徒たちに身につく力もあれば失われる力もあるということです。例えば電子辞書の場合、例文にわからない単語があれば、そこを押せばその単語にジャンプしてくれます。しかし、スペースが限られているため紙の辞書のように調べた単語の前後を一緒に見ることができなくなります。ここでのポイントは、デジタルネイティブの生徒たちは、その違いがわからないということです。それを補うためにも教員が例えば教室に何冊か紙の辞書を置いておいて、たまにはそれを使って調べてみるといったことをさせることもよいと思います。
何か新しいものが登場すれば、良い面と悪い面の両方があるのは当然です。光と影をうまく伝えうまく活用できるように指導することが大切だと思います。また、ICTを使っても使わなくても教師の指導力が問われるのは同じです。ICTに依存するのではなく、教師の弱点を補い、生徒の活動を活溌にするための補助として、ICTを活用していっていただきたいと思います。
※特集「変わる高校教育 ICTの導入で変わる学び」より
※Kawaijuku Guideline 2014. 7・8より
(本文中の所属・役職などはすべて取材時のものです)