中学校技術科と高校情報科のよりよい連携を目指して
信州大学教育学部 村松浩幸先生 インタビュー
高校の「情報I」のスタートに先立って、中学校技術・家庭科技術分野(以下、中学校技術科)は新しい学習指導要領がスタートしており、2022年4月に高校に入学して来るのは、移行措置の課程で学んだ生徒たちです。
今回の学習指導要領の改訂で、中学校技術科の「D情報の技術」は、プログラミングを中心に、内容やレベルが大きくアップしました。「情報I」でプログラミングが必修になるにあたって、生徒たちが中学校で何を・どこまで学んできているか。どの程度のことができるようになっていると考えたらよいのか。高校から生徒を受け入れる学校の先生方は、特に気になられることと思います。
今回は、技術教育がご専門の信州大学の村松浩幸先生に、中学校技術科における「情報の技術」の位置づけと学習指導要領の改訂の内容、そして技術教育の観点から小中高の連携はいかにあるべきか、お話をうかがいました。
(2022年1月17日取材)
中学校技術科も教員不足や免許外教員の問題は深刻
私の専門は技術教育学で、現在は日本産業技術教育学会の会長を務め、中学校技術科教育の取りまとめをしておりますが、センター試験の「情報関係基礎」の作問にも協力したこともあります。皆さんにおなじみのところでは、高専ロボコンの審査委員長も務めておりまして、昨年末も国技館で2年ぶりの全国大会の審査をしておりました。
さて、いよいよ2025年度の大学入学共通テスト(以下、共通テスト)に「情報I」が導入されることが決まりました。共通テストについては、日本産業技術教育学会も情報処理学会などと連携しながら、いろいろ意見書や提案書を出してきました。
その中で、2021年2月に文部科学省に対して「高等学校共通教科情報科の大学入学共通テストでの実施に関する提言」を提出しました。そこでは、単に共通テストを実施するだけでなく、その前段階となる中学校技術科の教育の充実、さらに小学校プログラミング教育の充実を図らなければならない、ということを提言しています。
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現在、高校情報科の免許外教員は約3割と言われていますが、この割合は中学校技術科の免許外教員の割合とほぼ同じです。
高校情報科については、今まで情報科単独の教員を採用せず、他教科の免許も必要としてきた自治体も多かったのですが、そういった条件の撤廃や、現職教員に対する研修、大学での教員養成の強化などが図られてきました。我々の学会でも、文科省受託事業として2020年度に高校情報科の授業実践事例集を作りました。
現在、中学校技術科でも、教員不足や免許外教員の問題が深刻になってきています。この背景に、技術科の教員養成から手を引き始めた教員養成大学が増加してきていることがあります。これは非常に悩ましいことです。技術科も高校情報科も実習が必要な科目ですから、そこにきちんと対応できる教員や授業の仕組みが必要です。オンラインだけでは完結できない部分があり、だからこそ難しいのです。
さらに、授業時間数の問題があります。全体の時間数は変わらないにもかかわらず内容が増大していることに加えて、3年生に技術科の授業時間の増加については、教科間のパワーバランスのようなものがあって、これも簡単ではありません。
この点については、関係各所に対して、根気よく声を上げていくしかありません。また、授業実践については、事例集や研修教材といった形で、現場の先生方をサポートしていきたいと思います。こちらについては、後ほど詳しくご説明します。
一方、2022年度から小学校にも教科担任制というシステムができましたが、これは今のところ外国語、理科、算数、体育だけです。プログラミングは独立した教科ではないので、この仕組みが使えません。中学校技術科も授業数が少ないので、小規模校では技術科の教員に数学など他の教科を持たせて調整しているところは結構あり、それでも足りなければ、免許外の教員に臨時免許を出してまかなったりしています。そういったことも、技術科を担当する教員の負担を増やすことになっています。
そうであれば、技術科の教員が、中学校の授業時間の差分を小学校でプログラミングを教える、というようなこともできるのではないか、それを可能にするような制度の改定をしてはどうか、という提言をしています。
実際、小中一貫校では、こういったケースが少しずつ出てきています。これが実現することで、日本学術会議が「情報教育の設計指針」で出している「情報教育の木」(※2)の実現にもつながると考えます。
※2 https://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-24-h200925.pdf
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小中高のプログラミング教育で大事なのは問題解決
先に今日の結論からお話しすると、「小中高のプログラミング教育で大事なのは問題解決である」ということです。
プログラミング教育を小中高で並べてみると、小学校は「プログラミングの体験」がメインになっているので、それに合わせた小さな問題解決をやっていく。中学校は、情報技術が生活や社会の問題に結びついていることを知り、もう少し大きな問題にも取り組んでみよう、ということになります。
そして高等学校では、さらに進んで情報科学に基づいてより高度な問題解決を行うことになります。しかし現状は、中学校でプログラミングの体験と小さな問題解決レベルだったり、高校で身の回りの生活の問題解決をしたりと、もう一段階ずつ下がったところで動き出しているのが実態です。それを引き上げていこうというのが、今後の方向であると思います。
実は、学習指導要領が変わることになったとき、中学校の先生方からも高校の先生方からも「ツールは何を使うのか、言語は何がよいか、いい教材はあるか」ということについて同じような質問を受けました。確かに明日の授業をどうするかというご心配はわかりますが、大事なのは問題解決です。
今回の学習指導要領改訂の一番の重点は、問題解決力です。この予測不可能な世の中で、自分で考えたり、他の人の力を借りたりしながら問題を解決するとき、情報技術が不可欠である、ということが今回の改訂の基盤にあり、そこにAIやデータサイエンスが関わってくるわけです。ですから、言語とかツールとかいうことは、先生方の目先の切実な悩みとしてはわかりますが、本質的なところは問題解決力ですよ、ということを今日のお話の結論としてまずお話ししておきます。
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中学校技術科の改訂の要点~「コンテンツのプログラミング」と「総合的な問題解決」が新たに登場
中学校技術科の改訂のポイントがこちらです。「旧」「新」とありますが、「新」というのが現在、2021年4月からすでに始まっている課程で、「旧」はそれ以前のものです。
「A材料加工の技術」「B生物育成の技術」「Cエネルギー変換の技術」「D情報の技術」の4つの内容の枠組みは、前回から変わっていません。
大きな変更は、今まで「D情報の技術」では「プログラムによる計測・制御」を行っていましたが、今回これに加えて「ネットワークを使ったコンテンツのプログラミング」が入ってきたことです。
さらに、もう一つ大きいのが、「総合的な問題解決を扱う」ということが入ってきています。全体の時間数が変わらないのに、これをどうやってやるんだ、と先生方は頭を抱えました。
内容以外の点では、これまでは「技術の評価・活用」が大きなテーマだったのですが、現行課程では「課題を見出し解決する力」が重視されています。また、「技術の選択・管理・運用」、つまり我々が「技術ガバナンス」と呼んでいる部分が拡大しました。これは学習指導要領にも書かれています。
「技術ガバナンス」は、現在の情報技術で言えば、AIの倫理の問題、つまりAIを活用するだけでなく、安全・安心に運用したり管理したりするにはどうしたらよいのか、という部分がこれにあたります。技術科で問題解決を行う際には、こういった部分に配慮していくことが大事ですよ、ということも学ぶ。この辺りが改訂のポイントとなります。
コンテンツの制作では、今まではオフラインで動画を編集したり、PowerPointでスライドを作ったりしたものを「デジタル作品」とした学習活動でよかったのですが、そこにネットワークが入ってきたのことが、先生方の動揺の原因でした。これまでの計測・制御のプログラミングで使う教材は、教材会社さんが授業に合わせてロボットカーや、プログラムで制御できるLEDライトといった具体的な教材をいろいろ作っています。こういった教材は、会社としても売りやすいので、いろいろな機能を搭載したものが出ていました。計測・制御のプログラミングは、これらを工夫すればいろいろな活動ができたわけです。
ところが、ネットワークのプログラミングには、そういった具体的な教材がまだほとんどありません。中学校の文化として、大きなシステムにはお金を払いますが、個々の生徒が使うツールをサブスクリプションのような形で使うことがまだ一般的ではないため、ことネットワークについては、多くの先生が困ってしまった、というのが実態です。
中学校技術科への情報技術の導入は、高校よりもずっと早かった
中学校技術科の学習指導要領での情報技術の学びは、ざっくりとこのような流れになっています。1989年(平成元年)に初めて「情報基礎」が入りました。当時はスタンドアロンのPCで、一太郎などが全盛でした。活動としては、BASICのプログラミングとアプリの活用が中心でした。
2008年(平成20年)に出た旧課程の「D情報に関する技術」では、インターネットが普通になってきたので、その中でWebページやデジタル作品を作る活動が取り上げられました。この時期は、Googleに代表される情報の蓄積と検索が出てきた時期でもありました。
そして現行課程の「D情報の技術」では、インターネットにつながったPCは当たり前で、情報システム同士がクラウドでつながっています。インターネット上に蓄積された情報を収集し、分析したり活用したりする時に使うのが、AIやIoT、ブロックチェーンというものだ、という話が情報技術の中心になってきました。
今は、こういったIoTを使って製品とインターネットがどんどん一体的になってきています。ネットワークを利用したコンテンツのプログラミングが入ってきた背景には、こういったことがあります。
小学校の現行の学習指導要領では、ご存じのように、6年生の理科の中で電気との関連でプログラミングを学ぶことになっています。実際に小学校の授業を見ると、明るさのセンサとスイッチを組み合わせて、「暗くなったら、自動でLEDランプが点くようにプログラムを作ってみよう」といった、少し前には中学校で行われていたのと同じような内容が行われています。そうなると、先ほど述べたように「簡単な、身の回りの小さい問題解決」がこの中に入っていることになり、中学校はもう一段上のレベルのことをしなければならなくなります。
「技術の見方・考え方」のポイントは「最適化」
それを支えるのが、「技術の見方・考え方」です。
現行の学習指導要領には、教科ごとに「この教科ではこういった視点を大事にしていこう」ということを示す「教科の見方・考え方」があります。
技術の見方・考え方のポイントは、一言で言うと「最適化」です。生活や社会をいろいろな観点から最適化しようとすると、社会からの要求や安全性、環境負荷や経済性など様々なトレードオフが発生します。それらを考えながら、どのように最適な状態にしていくのか。これは技術科の全体論ですが、さらに、もう一段具体的な「情報技術の見方・考え方」があります。
情報技術の見方・考え方」には、「社会からの要求、使用時の安全性、システム、経済性、情報の倫理やセキュリティ等に着目し、情報の表現、記録、計算、通信などの特性にも配慮し、情報のデジタル化や処理の自動化,システム化による処理の方法等を最適化」とありますが、これは見ていただいても、中学生にはかなり難しい内容と感じられるでしょう。
技術科の検定教科書を見ると、例えば暗号化なども書かれています。私は中学校と高校の両方の教科書の編集をしていますが、中学校の授業の中でこれらが全部できているのかというともちろん簡単ではありません。ただ、学習指導要領ベースはこのような記述になっているということはご理解いただきたいと思います。
小学校・中学校の連携という点では、小学校で行われている問題解決の手順の理解やプログラミング的思考がどこまで行われているかを踏まえ、中学校ではさらにそれを発展させていかなければならない、ということになります。
高校情報科における「情報技術の見方」は、実は中学校と同じで、さらに「情報に関する科学的な見方・考え方」が入ってきています。そこでは、「事象を、情報とその結び付きとして捉え、情報技術の適切かつ効果的な活用(プログラミング、モデル化とシミュレーションを行ったり情報デザインを適用したりすること等)により、新たな情報に再構成する」とされています。
さらにその一段上に、情報技術+情報の科学、コンピュータサイエンスといった話が入って来ることになります。
中学校技術科「情報の技術」の実態調査~プログラミングは計測・制御とネットワークで計10時間程度実施
2019年に、日本産業技術教育学会と、全日本中学校技術・家庭科研究会が連携して、中学校技術科の「情報の技術」の指導に関する実態調査を行いました。令和元年は現行課程への移行期間に入った頃で、回答率が約12%、約1200校から回答を得ています(※3)。
※3 https://www.jste.jp/main/teigen/210127_jr_chosa.html
実施上の課題としては、指導・授業展開の難しさ、ネットを利用した資料や教材、オンライン研修の必要性、授業時間数の不足などが挙げられています。
ざっくり言うと、新課程で導入される「D(2)ネットワークを利用した双方向性のあるコンテンツのプログラミング」(以下、D(2))については、6時間くらいまでの展開が最も多い、という結果になりました。
この時間数の根拠として、中学校技術科の授業時間は、1年生と2年生が各35時間、3年生が17.5時間で、計87.5時間。その中でA~Dの4つの内容を学びます。各内容に明確な時間設定はありませんが、4内容をバランス良く学ぶことになっているので、単純計算でいくと1領域が平均約20時間です。
さらに、先ほど述べたように、プログラミングにもネットワークと計測・制御という2つの内容があります。時間数の内訳にはいろいろなパターンがあってばらつきが大きく、平均値を示すことが難しいので、頻度が高いものとして6時間、ということになります。
ネットワークのプログラミングの題材としては、校内の電子掲示板や校内webを作るというものが多く、使用言語はScratchが4割くらい、これは現在もそれほど変わっていないと思います。
というのは、学習指導要領改訂で内容が大きく変更されるため、この辺りについては前倒しでやっておこうという学校が多かったと推測されます。この調査はこの後も行っていますが、移行直前と状況は大きく変わってはいません。
一方「D(3)計測・制御のプログラミング」(以下、D(3))については、旧課程では大体10時間ほどで行われていました。現行課程は、そこにネットワークのプログラミングが加わったため、計測・制御とネットワークでプログラミングの時間数を分け合った形になります。
プログラミングは、3年生で実施する学校が多いです。他の教科と違って、技術科の学習指導要領では内容の順序性を特に指定していませんが、小学校からの学習の流れや発達段階を考えて、「A材料加工の技術」や「B生物育成の技術」を1・2年生で、理科の「電気」の学習との関係で「Cエネルギー変換の技術」が2年生、「D情報の技術」が3年生、というところが多いです。題材は4割近くがロボットカーで、あとはロボット系とLEDが半数程度です。
計測・制御のプログラミングの指導の課題としては、指導の難しさや時間数の不足、予算・教材・資料の不足が挙げられています。計測・制御には、生徒に扱わせるハードウェアが必要ですが、昨今の経済状況を考えると家庭からいただく教材費を上げるわけにもいかず、ここは学校現場が非常に悩むところですね。
実践状況の詳細が下図です。
この調査の当時は校内LANが多かったのですが、GIGAスクール構想による1人1台端末の整備後は、クラウドがデフォルトになってきたことでインターネットへと変化していくことが推測されます。
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教員の年代に関係なく「専門性の不足」に課題を感じている
小中高のプログラミング教育の実態については、2021年11月にNPO法人みんなのコードから報告書(※4)が出ています。この調査の質問の設計には、私も協力させていただいたのですが、小学校でもいろいろな取り組みがなされていて、プログラミングに関心を持つ子どもたちが増えてきた、という結果も出ています。
※4 https://code.or.jp/news/10370/
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これが中学校の「D情報の技術」に関する調査です。直近の傾向としてご覧ください。D(2)の指導時間数で言えば、4~6時間が最も多くて約半数で、先ほどの令和元年の調査と傾向としては変わっていません。D(3)も4~6時間が約半数で、これはD(2)とのバランスを取ったということでしょう。
ただ、時間数は変わらなくても、最近はネット上で無料で使えるツールが増えてきたので、内容はかなり変わってきていると考えられます。この理由として大きいのは、GIGAスクールの関係で、従来のハードウェアに依存する形から、かなりの部分がインターネットに移行しつつあるのではないかと思います。
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教員の年代別の課題意識がこちらです。「専門性の不足」に関しては、D(3)については旧課程の内容にも入っていたので、割合多くの教員が指導経験があるはずですが、やはり不安が多い。授業展開の難しさや、専門性の不足については、若手もベテランもほとんど差がありません。
ICTに強い方が多いと考えられる若い方も課題を感じていることについては、教員養成課程できちんと学んできている人がまだ少ないことが大きいと思います。
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教員養成のカリキュラムの中でも、免許法は簡単に変わりません。例えば、現行の「C.生物育成の技術」は、免許法上の名称は、今も技術科の立ち上げ当時と同じ「栽培」です。「情報」はもちろん「情報」ですが、ネットワークなど新しく入ってきたことについては、現職の先生方が教職課程で学んだ頃はまだなかったので、自分で学ぶしかありません。もちろん、現在は多くの大学がカリキュラムに入れてきていますが、こうした時代の変化をどのように教員養成カリキュラムに反映させていくのかは、大きな課題です。
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中学校の先生も「小学校でどこまで学んでくるか」が心配
高校の先生方は、中学校技術科でどこまで学んできているか、ということについて、心配されていると思いますが、実は、中学校の先生方も同じことを小学校に対して心配されています。
同様に、大学の先生も同じ心配をされています。
残念ながら、学校や家庭環境によって経験に差ができてしまうことは、事実としてあります。それを高校の先生が中学校の先生に、中学校の先生が小学校の先生に、それぞれ「何とかしてください」と言っても解決にはなりません。ですから、スムーズな連携のためには、まずお互いにやっていることの情報を共有したり、検討し合ったりすることが必要です。
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中学校技術科の先進事例~高校情報科でも遜色ない事例も
中学校技術科で行われている先進的な事例が、「中学校技術・家庭科(技術分野)における プログラミング教育実践事例」(※5)に掲載されています。
※5 中学校技術・家庭科(技術分野)における プログラミング教育実践事例
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例えばこちらはお掃除ロボットのプログラムです。実際に動かすのではなく、動く様子の動画を見ながら、それをプログラムで作ってみて、どんなことを工夫しているのかを考えるというものです。
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ここでは、生徒がプログラムをゼロから組み立てるのでなく、基本的な部分は先生が作っておいて、そこから例えば「バッテリーがゼロになったらどこに戻っていくか」とか「壁に触れたらどう動くか」といったことを生徒たちが考えてプログラムを改善していくということを行っています。
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こちらは「顧客のニーズに合った無人コンビニのシステムを作る」というものです。
今ネットショッピングで、お客にもあった商品をお勧めするリコメンドの機能がありますが、あれがどのような仕組みになっているか考え、セルフレジに応用するものです。
ここでは、ネットショッピングのサンプルプログラムを作っておいて、生徒に「会員証」を発行して、買い物をさせます。その時に、「あなたは30代女性」「あなたは20代男性」といったプロフィールを設定しておき、プロフィールの人物になりきって買い物をします。中学生はこういったことが大好きですから、楽しみながらデータを蓄積していきます。そして、ここで得られた売り上げを分析していきます。
そして、次に会員が来店したらお勧め商品として何を表示したらよいか考えます。「20代、30代なら『太らない』商品がいい」とか、「10代かつ男性だったらこれがいい」といったことですね。この活動を通して、日頃何気なく使っているリコメンドや会員ポイントなどのシステムの仕組みがわかります。高校で行ってもよい事例であると思います。
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こちらは地図コンテンツのプログラミングで、防災に関する問題解決を行うもので、必要な情報を得るために、Googleマップをカスタマイズします。
JavaScriptを使っていますが、関係のある部分のコードを提示して、生徒は一部を修正したり制作するだけですので、中学生でも十分取り組めます。これも高校情報科でやっても遜色ない内容です。
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これは、ネットワークのプログラミングの事例で、自動チャットボットを作るものです。これもプログラムはこれまであるものを応用して作りますが、できたものをお互いに使ってみることで、使う人に合わせた仕組みになっているかを評価し合います。
面白いのがこちらで、「皆が幸せになる自動ドアを作る」というものです。
計測・制御のプログラミングで、既存のロボットカーと自動ドアの模型を組み合わせて、センサがどうなったらドアがどう動くか、事故が起こらないようにするためにはどうしたらよいか、ということを考えて、フローチャートに表し、実際に動作するようにしました。
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先ほどチャットボットを作った生徒たちが、この2つの活動を発展させて「健康メーター」のようなものを作りました。
実際にプログラムを作るわけではありませんが、例えば老人ホームで、医者の診断や栄養バランスをデータベース化しておいて、血圧や体温などの健康情報を入力して介護のアドバイスをしたり、患者の状態に合わせた食事のメニューを調べられたりするシステムがあったらいいよね、ということで仕様を作ったものです。
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最近増えてきたのが、「総合的な学習の時間」と融合、あるいは「B生物育成の技術」との連携で、制御システムを応用して植物工場を作るというものです。明るさや温度のセンサと組み合わせて、自動でライトを点灯したりポンプを回したりということをさせるわけですね。
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この実践で面白いのは、同時に露地栽培もやってみて、療法で電気代などのコストと手間を比較しているところです。
単に植物工場を作るだけでなく、経済や環境などの観点も入れた活動で、文字通り総合的な問題解決です。もちろん、ここで紹介した実践は全ての学校がここまでやってるわけではなく、先端的な事例です。
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これはSDGsのクイズを作ったときのユーザーのフィードバックを分析したものです。大学の附属中学校の生徒が、大学生と他の中学生の1年生にやってもらってもらったのですが、ユーザーによって、チェックしなければならない視点が違う。それをどうするか、ということで、ユーザーにとっての使い易さと、わかり易さのトレードオフを話し合っています。まさに、開発者の視点でシステムの設計を考えると言う、これも「情報I」でも十分使える内容です。
今、AIには小学生でも使えるようなツールができているので、画像認識して植物の種類を調べて、食糧問題について考える、ということであれば小学校でもできますが、中学校であれば、具体的にどのような手順で課題解決をしていくかを考える。さらに、科学的な分析や統計的な分析が入って来れば、高校の探究レベルの活動となるでしょう。中高の接続を考えるときは、こういったステップ感で考えたらよいのではないかと思います。
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我々の学会では、文部科学省が出した高校情報科の実践事例集の補足資料(※6)も作りました。この中には、授業で使えるスライドやスプレッドシート、ワークシートも準備しましたので、こちらもぜひ活用していただきたいと思います。
※6 https://jste.info/support/high_jirei
中高の情報共有と連携は不可欠。学会・企業は積極的なサポートを
中学校の状況をまとめると、先端的な学校では、かなりおもしろい実践が行われています。平均的に見ると、一定の実践は行われていますが、やはり教科書会社や教材会社のツールに頼る傾向があるので、こういったところが出す教材のクォリティーの影響は大きいことになります。
新しい内容に対しては、ベテラン・若手を問わず教員の不安が大きいです。一方で、小学校との連携はかなり意識されてます。これは、小中は義務教育という括りがあるので連携がしやすいという背景があります。その意味で、中学校と高校は分断されている部分があるので、ここは今後の課題だと思います。
さらに、技術科の免許外教員や教員養成の弱体化など、指導側の問題もあります。これは、高校情報科と同じ状況とも言えますね。
今後は、今日ご紹介したような優れた実践や教材選択などを共有していくことが重要であり、こういったことをサポートするのは、我々学会や大学の役目であると思います。
高校は、共通テストに「情報」の導入が正式決定したことのインパクトが大きいですね。これによって、情報科の教員採用が進むことに期待したいと思いますし、教科書会社や予備校の対応も一気に進むと思います。
このとき、中学校技術科との情報の共有や連携が大きな課題になってきます。ここでも関連学会や研究会、企業との連携が必要不可欠です。
我々の学会も、情報処理学会と連携して2021年5月に合同の研究会を行いました。これは2022度も行う予定です。こうしたことを通じて、小中高のそれぞれでどのような実践が行われているかを共有し、文科省のそれぞれの担当の調査官から話を聞くといったこともしていきたいと思います。
優れた授業実践の共有や、先生方が幅広く受講できる研修の機会を、これからどんどん作っていく必要があります。その一環で、日本産業技術教育学会もJMOOCと連携して中学校技術科の先生方のために「中学校技術・家庭科 D情報の技術-授業実践の手引き-」(※7)を制作、公開しました。
※7 https://www.sainou.or.jp/senseimanabi/course/211221.html
今回は、中学校の先生方が一番不安視しているD(2)にフォーカスをして、授業実践例と、そこで使う簡単なプログラミングまで含めた動画の講座をつくりました。好評でしたら、他の分野についても展開したいと思いますので、高校の先生方もぜひ登録してご覧いただきたいと思います。
情報技術の教育は、時間がかかるかもしれませんが、これからの青少年に非常に重要なことであり、だからこそ皆が一生懸命取り組んでいます。今、20代・30代の若い人の活躍の場はどんどん増えてきていますから、高校の先生方が相手する生徒たちは、10年後にはまさに社会の中核になっていきます。彼らが社会を変革してくための教育であることをイメージして、取り組んでいただけたらと思います。
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エキスパートのためでなく、ゼネラルのための技術教育
私どもも、小中高での情報技術をどのように継続的に進めたらよいか、ということについて、「新しい技術教育の枠組み」(※8)というものを作っています。
小学校3年から6年生では、身の回りのものを想定した「ものづくり」。中学校になったら、実際にシーズを探究して、デザインして、作って、テストして、というPDCAを回す。そして高校になったら、シーズとともにニーズを探究しながら最適化を考案する。ここにはUIやUXなどいろいろな視点が入って来ますが、まさにこの辺りが、情報科学の非常に重要な部分になってきます。この図ではResearchフェイズ、Developmentフェイズとある辺りですね。
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「技術の教育」というと、今までは専門高校や高専のような、エキスパートのための教育と考えられてきましたが、決してそんなことはないと思います。
私が申し上げたいのは、これからはエキスパートのための専門教育だけでなく、普通の、ゼネラルな技術教育を大事にしたいということです。高校情報科も、まさに今それを目指しています。
中学校技術科も、今までは4つの内容に分かれていましたが、それを統合するのであれば、システム的な考え方が必要になると思います。先ほどの植物工場の事例がかなりイメージに近いと思います。こういったことを通して、イノベーションやガバナンス、AIの倫理の基礎を培っていく。今は中学校段階の話ですが、これを中学・高校を通したものに発展させていけば、相当面白いものができるのではないかと考えています。
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■プログラミング以上に注意すべきはGIGAスクールによる1人1台端末の活用。生徒のリテラシーは
確実に上がってくる
Q1:すばらしい事例をいろいろ見せていただきましたが、逆に小中学校でここまでやってきた生徒が高校に進学して来たら、高校では何をしたらよいのでしょうか。
村松先生:今、事例としてお示ししたのはかなり進んだ事例で、平均的なレベルはどの程度か、ということを知るために、まず高校の先生方には中学校の教科書を見ていただくことであると思います。入学して来る生徒のレベルの差も、そんなに心配される必要はないと思います。教科書に載っていることを体験していたらOK、くらいのレベルでよいと思います。
格差の問題というのは、先ほども言いましたように、中学校の先生方も同様に感じられ、悩みを抱えていらっしゃいます。ですので、中高が情報を共有したり、お互いのことを知ったりすることは大きな一歩だと思います。そうしないと、単なるないものねだりになってしまう。
むしろ、GIGAスクールの関係で、1人1台端末やクラウドに触ることが急速に増えてきているので、高校ではそちらの影響の方が大きいでしょう。例えばキーボードを打つとか、スライドを共同編集するとかいうことは、日常的に経験してきていますから、この点でむしろ遅れているのは高校かもしれません。
私は、長野県のICT教育推進センターのセンター長も兼任していますが、今年度の県の目標が、全小中高の全ての子どもたちに、同時共同編集を体験させるということです。生徒たちに体験させるということは、先生方も体験しておかなければならないわけで、そこは急速に変わってくることになるでしょう。
Q2:今、小学校でも中学校でも高校でも同じようなことをしていて、スタートラインが不揃いになってるところがありますが、どの段階で何をするかということが整備されてスムーズに流れるようになるのには、何年くらいかかるでしょうか。
村松先生:今、小学校でGIGAスクールの環境で学んでいる子たちが中学校を卒業するまで、あと3年くらいではないでしょうか。これはどういうことかというと、2021年度の1年間は、どの学校もGIGAスクールの立ち上げでいっぱいいっぱいで、学校間の格差が非常に大きかったと思います。これについては文科省も問題にしていて、来年・再来年くらいは、例えばICTの支援センターに予算を付けるといった形でそこを埋めていく、というのが大きなテーマになっています。
それがスムーズに回っていくようになるためには、やはり3年間くらいかかるでしょうね。しかし、そういった体験をしてきた生徒が高校に入ってくる頃には、かなり違ってくると思います。
Q3:丸3年かかるということになると、共通テストに「情報I」が入るのが2025年ですから、その1年目はまだ不揃いのままの状態が続いていくということになるのでしょうか。
村松先生:平均化するとそうなるかもしれませんね。もちろん、地域差はかなり生じるとは思います。その時期を過ぎると、生徒自身の基本リテラシーが大きく底上げされてくると思います。
Q4:学習指導要領が変わるにあたって、前倒しで新しい内容を学んで来た学校はどのくらいあるのでしょうか。また、改訂された学習指導要領の内容で学んで来た生徒は、どのくらいのことができると見てよいのでしょうか。
村松先生:これは先ほども言いましたように、学校によって差が大きいと思いますが、ざっくり言って中学校ではScratchでプログラミングをした体験があるくらいを期待しておくのが、一番実態に近いと思います。
教員に対する研修はD(2)に対するものが中心で、研究授業もいろいろ行われています。ここについては、完全移行のかなり前の段階から進められてきましたが、GIGAスクールになったことで、情報管理の環境が変わってきましたから、今はまたそこにシフトさせながら研修などが行われている状況でしょう。
ただGIGAスクールにしても、地域によっても格差があるので、一概に「こうですよ」ということは言えません。だからこそ、地域の実態をよく知った上で対応していく必要があるということになります。
Q5:先ほどの先生の資料の中で、中学校段階では「情報技術の活用」、高校段階になると「情報科学の活用」という形で住み分けがされていたと思いますが、うかがった事例の中にあった植物工場の事例では、露地栽培と比較したり、食糧問題について考えたり、ということもありましたよね。こういったことをやってくる学校が増えてくると、高校ではどのように深掘りしたらよいのでしょうか。
村松先生:誤解のないように申し上げておくと、先ほどご紹介したのは、先端的な実践ではここまでやっている、ということです。ただ、中学校技術科の見方・考え方では、「多角的に考える」ということが学習指導のポイントの一つになっているので、内容やレベルを問わず、環境や経済のような多様な視点で問題解決をするということについては、かなりの学校で意識されていると思います。
そして、高校になったら、今度は細かくデータを取って情報科学の手法で分析するということにつないでいくことになりますね。ですので、今言われたようなことを心配する必要はあまりないと思います。
高校の先生方も、最初にお話ししたように、言語とかツールの問題はありますが、それよりも問題解決を重視していただきたいと思います。
極端に言えば、Scratchなど使うツールは中学校から変えなくても構わないのではないか。それよりも、高校段階の問題解決のレベルがより高度になってるか、ということの方が重要であるということです。
中学と高校の連携は、今までなかなか実現することがなかったので、この機会にぜひお互いのことをよく知るようになってほしいと思います。また、中学の先生には、この先共通テストが大学入試に入って来るので、中学校の間にどこまでやったらいいのか、ということを考えていただきたいと考えています。
高校の先生方には、中学校で今どんなことに取り組んでいるかを知って、大学以降にどのようにつなげるかを考えていただきたいです。目の前のテストや資格試験に対応する授業内容はどうしたらよいかとか、限られた時間だからこの程度までやっておけばよいだろう、といったことは明日の授業を考える上では必要ですが、それよりも、10年後の子どもたちがどうなっていたらよいのか、ということを一緒に議論できたらと思います。
そういう点で、大学や学会のような立場のところが積極的に情報発信をしたり、いろいろな団体や企業と連携する橋渡しをしたりすることで、こういった連携のあり方の研究を深めていくということが必要不可欠だと考えています。
Q6:高校情報科の学習指導要領では、数学や公共といった他教科・科目と連携しなさい、ということが謳われていますが、中学の技術科では、理科や総合的な学習の時間といった他教科との連携というのは、どれぐらい意識することになっているのでしょうか。
村松先生:他教科との連携は、学習指導要領にも明記されていますし、教科書でも、同じ教科書会社同士であればリンクマークのようなものが付けられてます。
例えば、「電気」の場合で言えば、技術科で理科の電気の単元と密接に関連するのは、どちらかと言えば、情報分野よりもエネルギー分野の内容です。
総合的な学習を意識している学校もかなり増えていると思います。最近は、STEAM教育やSDGsなども注目されているので、そういうことに取り組んでいる学校は教科横断をかなり意識してきていると思います。
Q7:中学校の場合は、2019年度入学の生徒は「基本は旧課程の内容でもよいけれど、3年で卒業するま でに差分のところをきちんと学ばせた上で卒業させなさい」という形になっていたと思います。 結果的に、3年次は新課程の内容に差し替えた、といったことはあったのでしょうか。
村松先生:経過措置に関して言えば、文科省の指示通りにあの法令どおりに、3年次に卒業までに詰め込んでやる学校よりも、前倒しでやった学校の方が多いと思います。今までもそうでしたが、多くの学校は先を見越して先行して取り入れていこうという方向でやっていましたので、そこは過度に心配する必要はないと思います。
ただ、先ほどもお話ししたように、技術科の場合、これまでは授業の内容を教材会社が出している教材に依存する部分が大きかったですが、今回新しく入ったD(2)の内容については、教材会社にも、蓄積がない。会社にとっても、これに投資をしてもビジネスとして回るのかというのが不安な領域でもあります。
その意味で、先生たち自身が教わったことがなかった内容を扱うという心配があって、これは高校の多くの先生がプログラミングを学んだことがなくて困ったという話と、ニアリーイコールだと思います。 ぜひこの機会を捉え,高校の先生方と中学校の先生方,さらに学校現場と学会や大学それぞれが連携できるようになればと願っています。