「『情報』が好きな人・得意にしたい人に来てもらう入試」を目指して
~広島市立大学情報科学部 2025年度後期日程から「情報」の個別試験を実施
広島市立大学情報科学部は1994年設立。情報工学科・知能工学科・システム工学科・医用情報科学科の4学科を持ち、いま話題の人工知能はもちろん、ハード・ソフト、画像処理・認識や自動制御など、情報科学を主軸に幅広い領域をカバーするのが特徴の大学です。
開学以来のモットーは、「遠くを照らす灯台が荒波にさらわれないしっかりした基礎を持つように」情報科学の基礎をしっかり学べること。情報技術を使うことにも、新しい技術を生み出すことにも長けた人材を育てて、幅広い分野に送り出しています。
情報科学部では、高校の「情報」の学びの成果を入試で表現し、「情報」が好きな人・得意にしたい人に、より大きく門戸を広げるために、2025年度の一般選抜から「情報」をより重視した入試を実施することとしました。
具体的には、前期日程の共通テストでは、「情報」が課され、「国語」がなくなります。
また後期日程は、共通テストで「情報」が課され、「理科」がなくなるとともに、個別学力検査では「数学」に代わって「情報」が課されることになります。つまり、後期日程は、「情報」が得意な人にはより有利な配点となるわけです。
さらに、総合型選抜では、これまでの「情報」の学びの成果や頑張ったことをプレゼンする面接に加えて、これまでの筆記試験の「総合問題」に代わって、プレゼン内容に対する口頭試問が課されることになります。
このように学部全体として「情報」を重視する方向に大きく舵を切った背景や、求める学生像について、情報科学部副学部長で、入学試験ご担当の井上智生先生にお話をうかがいました。
(2023年6月23日インタビュー)
※広島市立大学情報科学部「情報(情報I)」模擬問題・出題意図と解答例はこちらから
■今回、個別試験で「情報」を導入されることで、どんな学生に志望してほしいのか。期待される学生像を教えてください。
井上先生:
情報学(情報科学・情報工学)の専門的な内容に対する興味・関心はもちろんですが、それ以上に、大学に入ったら純粋に情報の勉強を楽しみたい、という学生に来てほしいと思っています。
現在は、情報学でよく使う教科・科目が数学なので、個別試験は前期・後期とも数学を課しています。ところが入学してきた学生の中には、ときどき「パソコンは嫌い」とはっきりいう人もいます。とても残念なことです。
私たちは学生を情報の専門家として育てるわけですから、そんなことでは困る、という思いがずっとありました。令和3年度の入試改革のときは大学全体の入試を担当する立場でした。情報科学部には情報入試の導入を勧めましたが、かないませんでした。それがようやく、共通テストでの「情報」の導入をきっかけに、情報科学部の個別入試でも「情報」を課すことになりました。
入試の戦略として、まずは小さい区分の後期日程から始めてみよう、ということになりました。後期日程は得意科目で勝負に来る受験生がメインです。裏を返せば、後期日程でわざわざ「情報」を選ぶということは、ふだんから勉強していて相当自信がある人だろう、ともいえます。ぜひそういう人にチャレンジして欲しい入試です。「パソコンが嫌い」なのに入ってくる人が少しでも少なくなるとよいと思っています。
情報科学部では、情報入試の導入の公表に合わせて高校生のみなさんへのメッセージを出しています。そこに書かかれているとおり、この時代、情報分野の人材が強く求められています。そして、私たちは地元の企業に優秀な人材を提供したいという思いがあります。
そうなると、やはり何よりも情報が好きで、その仕事に就きたいと思っているような人に来てもらい、入学してからは私たちが全力で育てたいと思っています。
※「2025年度(令和7年度)入学者選抜における「情報Ⅰ」の導入について」
先日、高校の進路指導の先生を対象とした情報入試の説明会を行ったときのことです。高校の先生から面白い質問がありました。「『情報が好き』というのは、どうやったらわかりますか」というものです。一方で、「うちの生徒に、共通テストの『情報』のサンプル問題を自分で解いてきて、『先生、こんなに簡単でよいんでしょうか。読めばわかる問題ですよね』というのがいます」という先生もいました。「ぜひうちを受験させてやってください!」と即答しました。
ここでひらめきました。「情報が好き」というのは、「情報」の問題を解いて「楽しい」と思えるかどうかではないかと。例えば私たちの「情報」の模擬問題を解いていて「楽しい」とか「できるようになりたい」と思える人が「情報が好き」なのではないかと。
入試はクイズとは違います。今どきのクイズ番組のように、単純に覚えている知識をいかに速く答えられるかよりも、やはり解いて楽しい、というのは大事ですよね。受験生が解いて楽しい問題というのは、作る側も楽しい。大事なのはそういったことかな、と思います。
現在、情報科学部の総合型選抜では、「ふだんの情報学に関する学びや活動をアピールしてください」という入試をしています。令和7年度からの一般選抜後期日程もそのノリに近いかな、と個人的には思っています。
実際、総合型選抜で入学してくる学生は、プログラムのコンテストに出たことがあるとか、アプリを開発したことがあるとかいう人が多いです。一方で、一般選抜のように共通テストの勉強をしていないので、受験としての学力は高くないかも知れません。しかし、入学後に彼らのような学生がクラスに数人いてくれることで、例えばプログラミングの演習などでは、彼らが周りを引っ張ってくれるようになり、クラス全体の雰囲気がよくなります。
その観点で、令和3年度の入試から、入試区分ごとにアドミッション・ポリシーを色分けしています。多様な学生に、それぞれちょっとずつ違う「得意」を発揮してもらうことで、クラスで互いを高め合う環境づくりを狙うものです。
■今回、情報科学部が共通テストに課す科目から国語を外されました。これも大きな改革ではないかと思いますが、いかがでしょうか。
井上先生:
このことについても決定までに紆余曲折がありました。一部で強い抵抗もありました。しかし、入試として大切なことは、「単に課せばその科目ができる子が入ってくる」というわけではありません。入試の合否はすべての得点の合計で決まるので、「なんとなくまんべんなく点数が取れた」という子が入ってくることがあります(それもまあまあの数になります)。それはすなわち、どれも「得意」といえない可能性が高いともいえます。そういう子は、入学後に苦労することが多くなります。
一方で、共通テストではどの科目でも文章量が増えています。しっかり中身を読み込んで「何が解答として期待されているのか」を理解する必要があります。言い換えれば、どの科目でも一定の国語力(言語活用能力)が必要といえます。したがって、わざわざ「国語」を課さなくても「ことばを使ってしっかり考える」力は測れると思います。
実際、「情報I」のサンプル問題や試作問題をみてもしっかり読み込まないと解けない問題が多いです。逆にいうと、上述の「サンプル問題を自分で解いた生徒さん」のように「読めばわかる」ようになっているともいえますね。ならば、あえて「国語」を課さなくても、むしろ課さないほうが私たちの学部にあった子に「合格」といえるのではないかと思います。
■情報学がご専門の先生がいらっしゃるにもかかわらず、入試では「情報」よりも数学が重視されるのはなぜだろうと思うことがあるのですが。やはり先生方の中に抵抗感がおありなのでしょうか。
井上先生:
個人的には、入試での「情報」の利用をもっと拡大するべきだと思います。ただ、現実を見ると、国立大学でも「『情報』は課すけれど点数化しない」といったところすらある状況です。おそらく、入試のマーケティング的な観点で、受験生の「情報」に対する見方が読めない、というのが理由だと思います。
また、高校側の「情報」の授業がどこまでしっかりできているのか、ということを不安材料とする大学も多いと思います。実際、高校の先生方が「情報」の指導に苦労されている話はよく耳にします。私たちの入試への「情報」の導入について抵抗感を示す先生もいらっしゃいました。
これまでは、学力検査としてはやはり、昔からある(安定した)「数学」に頼らざるを得ませんでした。情報学で取り扱われることの理論的な裏付けは、すべて「数学」といっても過言ではく、普段の教育や研究でも常に「数学」を使います。したがって、情報学の素養を「数学」で測ろうとするのは自然な考えだと思います。
しかし今は、新しい学習指導要領で本格的な情報教育(「情報I」の必修化)がされるようになりました。「情報I」「情報II」の学習指導要領を見ると、非常にしっかりした内容になっていると思います。これまで大学で教えていた内容にまで踏み込んでいる部分もあります。ですので、情報学を専攻する先生方には、高校教育の「情報」の中身をしっかり見て、入試への導入の意義を考えて欲しいと思っています。
■貴学の前期試験の個別試験では、数学全分野を出題範囲とされていますが、そうすると、この数学で問いたい力はどのようなものでしょうか。
井上先生:
前でも述べたとおり、「数学」は、情報学を学ぶ上で重要な教科の一つです。共通テストの「数学」と同じ範囲の数学I・Ⅱ・A・Bのほか、数学Ⅲを出題範囲に含めていることに特徴があります。数学Ⅲで学ぶ内容の多くは、情報科学部での学びや研究で必要となることが多いからです。設問はとても素直なものばかりです。高校でしっかり勉強しているかを問う設問であり、高校の先生方にも評判の良い問題が多いです。
ただし、設問の一部は情報学でよく使われる数学(集合、組合せと数え上げ、確率など)の力を問う問題があります。言い換えれば、情報科学部で学ぶために数学を活用する力を問う設問になっています。このことは、アドミッション・ポリシーの入試区分ごとに設けられた「特に求める人物像」でも示されており、後期日程と色分けされている点です。
2025年度の個別試験前期日程でもおそらくこの出題方針になると思います。
■今回の模擬問題をはじめ、作問はどのような体制で準備をされているのでしょうか。
井上先生:
今回発表させていただいた模擬問題「情報」に限ってお答えします。2025年度の後期日程個別試験に「情報」を出題すると決めた2022年の夏ごろから、教員8名からなる模擬問題を作成するワーキンググループ(WG)を設置しました。WGでは、多くの「情報」の教科書や参考書などを参照しながら、議論を重ねて作問にあたりました。
模擬問題作成にあたって難しかったことは大きく3つあります。1つ目は、WGメンバがすべて情報科学部の教員であり、情報学の専門家であることです。「なぜ?」と思われるかも知れません。難しい理由は、大学での教育や研究で扱う「情報」と、学習指導要領で示された教科「情報」の内容は必ずしも一致しないことです。私たちは情報学のプロですから情報に関する問いはすぐにたくさん思いつきますが、それが高校で学ぶ「情報」の範囲にあるとは限らないため、そこに多くの注意を払いました。
2つ目は、難易度の設定です。授業の定期試験問題ではなく入試問題として初めて作るのですから当然ですが、それをさらに難しくしたのは、調査した「情報」の教科書の内容に大きなばらつきがあったことです。用語を1つ取っても教科書によって少しずつ違っています。そのため、入試としての「正解」を準備することにも苦労しました。情報学が急速に発展し、今も進化を続ける学問分野であることと、教科としての「情報」がまだ成長過程にあることが要因と思われます。
3つ目は、入試問題としての設計です。WGメンバーは様々な問題案を数多く用意しました。いずれも工夫された良問です。その中から「ベスト」を選ぶことはできず、悩みました。そこで原点に返りました。この入試でどのような力を測りたいのか、どのような人に来て欲しいのか(すなわち、この入試区分のアドミッション・ポリシー)を再確認し、問題の構成を決め、それに当てはまる問題を選択したセットを作ることにしました。
これらの悩み(?)を抱えながら、WGでは何度も議論して模擬問題を作り上げました。最終的には大問4つで構成する模擬問題を2つ作成し、2023年3月に発表しました。問題構成と各設問の出題意図を明確にし、「対策しやすい」問題になったと思います。ここで「対策しやすい」とは、「点数を取りやすい」ではなく、高校生が「挑戦してみたい」、高校の先生方が「指導したい、挑戦させたい」と思える、という意味です。
2025年度(令和7年度)の入試までにはまだ1年以上あります。この間にも高校での情報教育も充実・発展していくでしょう。本番までには、私たちもさらに勉強してよりよい入試問題を提供していく必要があると思います。
■個別試験で作られる問題と、共通テストとしての棲み分けはどのように考えていらっしゃるでしょうか。
井上先生:
2年ほど前に発表された共通テストのサンプル問題「情報」は良問ですが、少し理想的で難しすぎる印象でした。昨年発表された試作問題ではその難易度は抑えられた印象ですが、まだまだ難しそうです。
私たちが模擬問題を作成するにあたって心がけたことは、高校での学びをきちんとみようということです。単に入試の対策としての知識の詰め込みや暗記にならないよう、学んだことを使って考えて解いてもらう問題を用意しています。プログラミングの出題なのにプログラミング言語は出てきません。「考え方」を問う問題にしています。したがって、正解にたどり着かなくても「思考の過程」が伝われば部分点をあげられるように工夫しています。なので、解答にあたっては、まあまあの記述量が求められます。
問題の中には、数学の知識・技能が身に付いていれば「解きやすい」ものもあります。学んだことを使うクセの付いている人にとっては有利な問題です。とはいえ、例え試験本番でど忘れしてもそこでしっかり考えれば答えにたどり着ける、そんな問題になっていると思います。これらを総合して考えると、私たちが提供する模擬問題は(そしておそらく、本番の入試問題も)、問題を読んでしっかりと考える力とその考えを答えとして表現する力を問うものになっていると思います。
■先ほど、やはり情報学では数学は大事だというお話をいただきましたが、やはり「情報」の中でも数学と関連する形の問題を解いてほしい、ということなのでしょうか。
井上先生:
「数学」で学んだことを様々な課題解決のために活用できるようになって欲しい、というのが一番近い回答だと思います。言い換えれば、与えられた問題を数学的な見方や考え方をしてその解き方を導けるようになって欲しい、ということです。
みなさんは「情報I」でプログラミングを学ぶと思います。その一つとして反復処理があります。反復処理のプログラムを作るとき、そして、それが正しく動くことを確認するためには、
(a)初期条件(i = 0 のとき)
(b)毎回の繰り返し(i = k のとき)と次(i = k+1 のとき)との関係
(c)終了条件
を正しくイメージできるかが大切です。これはすなわち、数学的帰納法による証明の形になっています。そこに気づけるか(数学で学ぶことと情報で学ぶことがつながっていることを楽しめるか)ということになります。
上でもお話ししたとおり、それがわかると「解きやすい」「楽しめる」になるということです。これは「数学」と「情報」との関係に限らず、高校で学ぶ様々な科目間でもいえることだと思いますので、みなさんも普段からそのような学びに心がけて、高校での勉強を楽しんでもらえたらと思っています。
■最後に、広島市立大学情報科学部を志望する学生さんへのメッセージをお願いいたします。
井上先生:
情報学の分野は、大きく「情報の技術を使う」と「情報の技術を作る」の2つの視点・立場に分かれます。私たち情報科学部は、後者の「作る」側でスタートしました。今の高度情報化社会では前者の「使う」ことも大きな位置を占めるようになりました。情報学の研究においても、他の分野の成果を使って、自分の専門分野の新しい技術を作ることが一般的になっています。私たち情報科学部の教員も日々新しい情報を学びながら、「使う」と「作る」の組合せを繰り返しています。
みなさんにもぜひそうあって欲しいと思います。まずは情報(の技術)を使ってみる、楽しんでみることから始め、「ここはどういう仕組みだろう?」と疑問を持ち、「これを自分で作ってみたい」「そのためにはこれを使ってみよう」と思ってもらいたいと思います。「情報が好き」ということはそういうことかなあと思います。
情報技術を上手に使うことで、社会の課題を明らかにしそれを解決することができるようになります。それは、教科「情報」を学ぶ目的の一つとして示されていますし、私たち情報科学部のアドミッション・ポリシーにも示されています。広島市立大学情報科学部は「情報で社会に貢献したい」という人を待っています。私たちと一緒に情報技術を使って(そして作って)世界の人々を幸せにしましょう。みなさんと広島市立大学のキャンパスでお会いできるのを楽しみにしています。