interview

センター入試に「情報」を

-日本の明日を担う教科「情報」を高校教育の中でより意味のある教科とするために

久野靖 筑波大学ビジネス科学研究科教授


「情報処理学会」初等中等教育委員会 委員長(2005.10~2013.3)
「情報入試問題研究会」メンバー


日本の将来を左右する情報教育のあり方を憂う

 

情報技術の専門家が集まる「情報処理学会」では、大学や企業における専門教育だけでなく、小学校・中学校・高校における情報教育についても長年議論を重ねてきました。高等学校において「教科」の設置が決まった後はとくに、複数の学会員が様々な立場から関わりつつ、教科書の執筆等にも協力してきました。なぜなら情報や情報技術を理解した上で使いこなすスキルは、現代社会を生きる上で不可欠であると考えるからです。しかし残念なことに、日本では情報技術も情報教育も教科「情報」も軽く扱われ、多くの問題を抱えています。

 

なんといっても大きな壁は、情報技術に対する意識の低さです。一般の方にしてみればスマホやインターネットというモノがあればよく、それらを開発している技術者はリスペクトされていません。情報技術全般に無関心なのが現実です。当然ながら、小学校・中学校・高校で情報技術を身につけた人材を育てようという意識にもつながっていかない。欧米やアジア諸国の初等中等教育では、人材育成の必要を認識して情報教育に力を入れており、日本はきわめて大きく出遅れています。情報社会の担い手たる子どもたちの将来と日本における情報技術の発展を、非常に懸念しています。

 

高校「情報」の空洞化

 

高校においては、情報教育の担い手である高校教員の構造的な問題が指摘されています。先生方ならよくご存知のように、高校教員採用試験における「情報」採用枠は非常に少ない。このため教員志望の大学生も二の足を踏みますし、「情報」教員養成課程の維持が困難という大学も出てきています。さらに、既存教科の教員が教科「情報」を兼任している場合、情報教育への取組意識は本来の担当教科に比べて二の次になりがちです。

 

また、授業内容の質にも心もとないものがあります。あるべき基準としての学習指導要領や教科書に沿った授業がなされず、ワープロソフトや表計算ソフトの操作方法ばかりが教えられていたりします。そうなると、中学校までに一定レベル以上の情報教育を受けた高校生にとって、高校の「情報」は既知の内容の繰り返しになり、退屈でおもしろくありません。

 

このような状況では、教科「情報」設置の趣旨である「ソフトウェアという道具を使ってどう問題解決をどうするか」「どういう考えの手順で解決していくか」という段階には、とうてい至りません。これはきわめて重大な問題であると認識しています。

 

問題解決力の育成を打ちだした新課程「情報」

 

新課程における「情報」は、教科全体として問題解決力の育成を鮮明に打ち出した点が最大の特徴です。

 

個別の要素としては、「情報の科学」に、アルゴリズムや処理手順の自動化も問題解決に必要な知識として組み込まれました。とうてい教えられないと不安な方がおられるかもしれません。しかし、知識習得ありきではないということが重要です。「情報」は考え方を学ぶ教科であり、考えて答えを出すことを求める教科です。問題に向き合って考えて解決する力は、現実に生徒が世の中へ出た時に必ず必要となる力であり、それを身につける科目として捉えると、ずいぶんイメージは変わるのではないでしょうか。生徒が自分の考えを持って研究や仕事をしていくための学びの題材が、「情報」には盛り込まれていると考えていただきたいと思います。

 

近年、教育の方向性に大きな影響を与えているPISA型学力の枠組みにおいても、問題解決能力は大きな位置を占め、世界各国が熱心に人材育成に取り組んでいます。日本で検討が進められている高大接続テスト(仮称)や基礎学力を測定するテスト構想などにも、少なからぬ影響を与えています。このような問題解決能力の育成ニーズ増大にともない、教科「情報」の重要性はいっそう増していくでしょう。

 

そして、教科「情報」には問題解決能力を測定するテストのノウハウも蓄積されつつあり、様々な新しい入試・テスト等の先行モデルとなっていく可能性も秘めているのです。そうした世界的な教育動向を踏まえつつ、情報処理学会では関係学会・団体と連携して大学センター試験への「情報」の新設を働きかけています。大学入試における「情報」の動向にはぜひご注目いただければと思います。

 

試作教科書で、学ぶべき情報教育を提言

 

2013年度に学習指導要領が改訂されますが、情報処理学会ではさらに次期の改訂を念頭に、2つ提案をしています。

 

1番目は、試作教科書の形で、望ましい情報教育のあり方を提言していることです。その科目構成は、全員が一定の水準を保証された必履修科目(「情報I」)を受け、その後より深く学びたい人が選択科目(「情報II」など)を履修するという構成へと組み替えることが望ましいと考えています。

 

情報処理学会初等中等教育委員会は、3度にわたって「情報」の教科書を試作し、情報教育がいかにあるべきか提言してきました。中央教育審議会などで「情報」の学習指導要領を検討・答申する顔ぶれに、必ずしも情報処理の専門家が揃っているわけではありませんので、議論の方向性に道筋をつける具体的な素材が必要です。そこで、近い将来の学習指導要領改訂時に盛り込むべきと考える知識体系(BOK, Body Of Knowledge)を教科書形式で提案しているのです。

 

過去の試作教科書「試作教科書(1998)」「新・試作教科書(2006)」では、ややレベルが高めで難しいというご指摘をいただくことがありましたが、先日発表した「試作教科書(2012)*」では、全体として易しめにおさえつつ、手厚い項目と軽めの項目でメリハリをつけています。

http://www.ipsj.or.jp/12kyoiku/teigen/2012-10-EText.pdf

 

もちろん検定教科書とは異なる部分もあります。たとえば、概念の網羅性のために記載しましたが高校生に教えなくてよい範囲が含まれますし、概念や考え方は扱うが単語としては取り上げなくてもよいものもあります。それらは薄い色にして明示しました。また教科書並みの丁寧な説明だと分量が多くなり、「この項目を盛り込んで欲しい」という我々のメッセージが埋没しかねません。また審議会等で検討される方は大量の資料を読み込むことになりますので、あまりに分厚いものだと伝わらない可能性もあります。そうしたことも勘案しつつ、試作教科書は簡潔かつ明快なものを目指しました。教科「情報」の枠組みや理念を示す学習指導要領と、実際に教える教科書をつなぐような存在を目指しています。

 

実際のところ、2013年度からの新学習指導要領においては、私たちの目指すところもいくつか取り入れられていると思います。たとえば新要領において、「情報」は「知識と技能を習得させ」る教科となり、確実な情報知識・技能の習得が強調されています。また、情報を社会との関係性から扱う視点も盛り込まれました。さらに従来の3科目編成(「情報A,B,C」)から2科目編成(「情報と科学」「情報と社会」)に変更され、新しい科目名においては情報と社会との関わり重視が鮮明になっています。

 

「社会と情報」の目標としては、「情報機器や情報通信ネットワークなどを適切に活用して情報を収集、処理、表現するとともに効果的にコミュニケーションを行う能力を養い」と定められました。

 

「情報の科学」の目標にも、「情報と情報技術を問題の発見と解決に効果的に活用するための科学的な考え方を習得させ、情報社会の発展に主体的に寄与する能力と態度を育てる」という一文が入っています。

 

このように、両教科とも単にコンピュータ活用能力やセキュリティ知識、情報モラルを育成するだけではありません。情報化社会における積極的な態度やコミュニケーション能力、問題解決能力など、「考える力」を育成する教科としての位置づけを確立したという点で、私たちが求めてきた情報教育の方向性と一致しているのです。

 

大学入試センター試験に「情報」の導入を提唱

 

2番目の提案としては、大学入試センター試験、および、各大学独自試験への「情報」の採用働きかけを積極的に展開しています。そこで、どのような「情報」入試が望ましいかを検討する大学教員有志が集まり、「情報入試問題研究会」を立ち上げました。私のほかに、早稲田大学・筧捷彦先生、慶應義塾大学・村井純先生などが参加しています。

 

研究会では「情報」を採用する大学の入試問題を収集し、「情報入試フォーラム2012」では自らの考え方を示し問題解決能力を問う大学入試のアイデアの共有を図りました。また、大学入試における選抜機能としてこれぐらいは解けてほしいというレベルとともに、上位校から中下位校まで共通に出題されるような基礎的項目を、どう盛り込むかという観点でも議論を深めてきました。

 

現在は教科「情報」の入試問題や試験方式について検討を重ね、試作問題を公開しつつ、2013年度から3ヵ年計画で模試を実施する予定にしています。

 

具体的なスケジュールとして、2013年3月に実施計画を広く告知します。同年5月には、第1回模擬試験を首都圏、中部、近畿地区など数大学を会場に実施すべく準備を進めています。その後、2014年5月、2015年5月と模擬試験を計3回実施した上で、2016年度入試では、先行グループが各大学独自の「情報」入試を実施していくことを目指しています。

 

とりわけ慶應義塾大学環境情報学部が2016年度から入試に採用する「情報」が、どのような力を問う内容になるか、入試としてうまく機能するかという点が、その先の展望を切り開く鍵になると考えています。また、直近の2013年度入試では明治大で「情報」入試が新設されましたので、そこで問われる内容やそれに対する世の中の反応にも、大変注目しています。

 

さらには、大学入試センター試験への「情報」設置についても関連学会とも連携しながら、粘り強く活動していきます。大学入試センター試験については、既に専門高校卒業生を対象とした「情報関係基礎」という科目が出題されており、毎年数百名程度の受験者があります。この試験問題作成委員会にも、情報処理学会から多くの研究者が協力してきましたが、そこで得られたノウハウを元にすれば、「情報」の有効な試験問題も十分作ることが可能だと考えています。

 

「情報」の存在感を高めていく取り組みを

 

現在でも教科「情報」において、情報技術に関するモラルや安全の知識を教えることについては、一定のニーズがあります。そうした内容もしっかり教えた上で、既存教科で踏み込めない内容を、「情報」の素材としてどんどん扱っていければと考えています。そもそも情報技術はコンピュータサイエンスが土台となっているわけですから、理科の一部分を構成して良いはずです。諸外国の情報教育を見ても、もはやソフトウェア中心ではなく、きちんとコンピュータサイエンスを教えようという流れです。しかし、日本の高校教育における既存教科の枠組みでは受け入れられていない。それならば既存教科で扱いきれない内容を積極的に「情報」が担うことで、どんどん存在感を高めていきたいですね。

 

「情報と社会」「情報の科学」に含まれる内容だけで十分な情報教育がなされるかといえば、そんなことはありません。現代社会を生きる人々の基礎的なリテラシーとして情報への態度や考え方を習得して社会へ出る重要性は増しています。世界の潮流として専門性と情報リテラシーの双方を兼ね備えた人材が求められる時代になっています。高校の先生方におかれても、情報や情報技術を理解した上で使いこなす素養・技能を育成できる教育内容へと、日々の授業でさらなる改善・工夫が求められていくでしょう。

 

私たちはこうした国内外の情報教育をとりまく環境を踏まえつつ、「問題解決能力の育成や考え方の手順を習得する教科」としての「情報」の重要性を粘り強く訴え、現状を打破していきたいと考えています。

 

●久野靖先生プロフィール

1956年生まれ。1984年東京工業大学同理工学研究科情報科学専攻博士後期課程単位取得退学。東京工業大学理学部情報科学科助手、筑波大学講師・助教授を経て現在、筑波大学ビジネス科学研究科教授。プログラミング言語、プログラミング教育、情報教育、ユーザインタフェースなどに興味を持つ。著書に「Rubyによる情報科学入門」「Javaによるプログラミング入門(共著)」「入門JavaScript」「入門WWW」「UNIXの基礎概念」などがある。

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◆慶應義塾大学

総合政策学部および環境情報学部の一般入学試験における教科・科目等の変更
(2016年度より「情報」導入)
http://www.admissions.keio.ac.jp/exam/change_poli_envi.html

 

◆情報処理学会 

大学入試センター試験における「情報」出題の提言
http://www.ipsj.or.jp/release/kyoiku20120127.html

 

◆日本経済新聞
「明治大が教科「情報」を入試に導入、多様な人材集めて学びを推進」
http://www.nikkei.com/article/DGXNASFK0502P_V00C12A7000000/

 

◆明治大学
情報コミュニケーション学部で一般選抜入試に「B方式」を新たに導入。英語、情報総合、数学の試験科目構成で、各教科150点満点。
http://www.meiji.ac.jp/infocom/examination/generalb.html