事例57
高校生向けのCALL教室での速読教材の開発
~多読と速読の併用による、英文読解力向上への効果の検証に向けて
京都府立城南菱創高校 杉本喜孝先生
速読と多読の併用によって読解力はどのように向上するか
私は現在、公立高校に勤務しながら大学院で英語教育学を学んでいます。大学院では、従来のリーディングの授業の他に『速読』と『多読』の授業を提供することによる高校生の英文読解力の向上をテーマに研究を行っています。
『多読』『速読』それぞれ単独の先行研究はいくつかありますが、双方を併用した場合についての研究は見当たりませんでした。そこで、通常のリーディングの授業に加えて『多読』と『速読』の教材を併用することで、どれだけ読解力が伸びるか、さらにどの学力層の生徒に一番効果があるか、という2点を私の研究のポイントとしています。
今回は、まず私が作っている速読用教材をご紹介します。これは簡単に言うと、CALL教室で使うPowerPointを使った速読用教材です。この教材を使った『速読』の授業のデモンストレーションを後ほど行います。
もう一つは、速読と並行して展開する多読の授業の紹介です。使用教材は、SRAのReading Labの2aで、これについては従来のリーディングの授業の教科書と比較してお話しします。効果検証については、入学時点と7月・11月の成績の比較で行うため現在データの分析をしているところですので、今回は実践報告ということでお聞きください。
従来の授業に『多読』『速読』を併用して約10倍の語彙数に触れる
この取り組みの対象生は、2016年4月入学の1年生84名(男子50名、女子34名)です。本校を第一希望として入学する生徒が非常に多いため、様々な教科へのモチベーションは、英語に限らず総じて高いです。
本校の1年生の英語は、週5時間のリーディング(コミュニケーション英語I) と週2時間oralの授業があります。後者のうち1時間を図書館での『多読』、もう1時間をCALL教室での『速読』に割り当てました。このようなトライアングルで1年間授業をした結果として、リーディングの読解力がどのように向上したかを検証しようとしています。
授業の構成です。3つの異なった進め方の授業を並行して行うことによって、読解力がどのくらい向上するのかを見ようとしています。
下図のいちばん左が通常の週5時間のリーディングで、教科書は数研出版のPOLESTARの「コミュニケーション英語I」を使っています。この教科書では、1レッスンの単語数が、およそ440 語です。ですから、通常のリーディングの授業だけだと、1年間で10レッスン程度ですので、4000語程度しか読まないということになります。
スライドの真ん中が週1回の多読教材の一例ですが、この本1冊だけで874語あります。右が同じく週1回の速読の授業で、こちらが234語ですので、学年終了時にはトータルで約4万語を読みこなすことになります。外国語の学習において大切なのは多くのリーディング教材に当たることであると言われますが、検定教科書だけを使った授業とは、扱う語彙数に大きな差が出ます。
下が多読の授業で使っているSRAのリーディング教材です。本の色でレベル(=教材で使用されている語数)が違います。いちばん易しいブラウンから始まって8段階あり、最高難度のゴールドに到達すると、ほぼ9万8000語となっています。
個人により読み進む速さは違いますが、現段階で平均的な生徒で第4段階くらいに入っているので、参加者の平均で大体2〜3万語の語彙を持っていると考えられます。生徒のうち1名だけは「英語がほぼネイティブ」の帰国子女で、4月から11月で既に教材全てを読み終わっているので、約9万8000語を読みこなしていることになります。
成績の上位レベルの生徒は、どんな教材でもそれなりの効果は上がると思いますが、私としては、中位から下位の生徒で何らかの良い結果が出たらよいかと思っております。
PowerPoint、Word、Exelの機能を活用した教材作り
それでは、CALL教室で行う速読の授業の展開をご紹介します。速読の授業で扱う教材の語数は、1回につきおよそ230 語です。
授業の流れは、
(1)オーラルでイントロダクション
(2)新出単語の発音練習
(3)速読と内容理解
(4)ライティング
(5)リスニングと音読練習
この中で先ほどお話ししたPowerPointの速読用の教材、さらにWordとExelを使います。
(1) オーラルイントロダクション
最初にPowerPointで今日の教材の導入をします。今回の話題は和食です。
Do you like any food? This one? This one? Which food do you like? ... For example,this one is Japanese food which is called "washoku" in English.
How about this one? Yeah, Western food! But do you know the real name of this dish? Not just spaghetti, this has a special name. Do you know the real name of this dish? This is not Ton-katsu. This is pork cutlet. Yes, this is oil, frying pan, fry, not fly.
… という形で進めていきます。
(2) 語彙の発音練習
導入の後、生徒を指名してクイズ形式でこの課で登場する語彙の発音練習と、意味の確認をします。
最後に今日出てくる単語をすべて見せて、一つずつポインターで指してリピートさせます。このようにしてすべてを頭に入れてから速読に入ります。
(3) 速読と内容理解
CALL教室の特徴である生徒一人ひとりが「自分のペースで学習ができる」ことが大事で、それが生かされる教材が必要です。
この速読教材では、生徒たちは各々のクリックで自分が今取り組んでいる該当部のフレーズが画面に現れるので、自分のペースで読んで内容を理解していくことができます。
この時、生徒はPowerPointのリハーサル機能を使っていますので、左上のところに秒数が表示されます。この秒数を自分で記録しながら、読んでいきます。
画面では、英文がフレーズごとに表示されるようになっています。この表示方法については、先行研究で「一旦画面に出した英文のフレーズは、読んだら消すよりも残しておく方が、速読の効果がある」というものがありますので、私はこの方式を採用しています。
速読の後にPowerPointで内容理解の問題を行い、クリックして各自で答合せをします。例えば、この問題に対する正解は下のスライドで、このようにプラスαの情報を見ることができるように作ってあります。
(4) ライティング活動 –英作文とピアチェック-
音読の前に下図のExcelのシートを使ったライティングの活動を行います。まず、自分が読んだ部分のサマリーと、コメントや感想をそれぞれ2行程度の英語で書きます。ここまで終わったら隣同士で座席を交代させ、相手の書いた英文を読んだ上でコメントを書いてあげて、また元の座席に戻ります
(5) 音読 –重ね読みをする英語の音声の速度に工夫-
下図が重ね読み(Shadowing)をさせる時に使う音読シートです。音声は、編集ソフトのAudacityを使って、一つずつ貼り付けてあります。
英語の苦手な生徒は、「通常速度でフレーズ間のポーズなし」ではついていけないので、大学院の先生と相談して、再生速度が遅いものも作りました。速度はマイナス11%ぐらいから試作を始めて、1~2%ごとに試してみました。マイナス5%では通常速度とあまり変わらないことがわかり、最終的にマイナス7%に落ち着きました。
また、京都外国語大学の鈴木先生らが、よく「音読させるときにはフレーズ間に1秒のポーズを置くのが効果的である」と述べておられるので、この点も考慮して速度を7%に落とした上でフレーズ間に1秒のポーズも置きました。
1秒のポーズを入れることで、前のフレーズで聞き取れずついていけなくなった生徒も、そこは諦めて次のフレーズの準備をして最後まで音読することが可能になります。
そして、下表が生徒の成績をまとめたエクセルシートです。予めレッスンごとの単語数を母数として計算式を入れてあるので、生徒が自分で計って記録した秒数を記入するとWPM(1分あたりに読む単語数)がさらに正答数を記入すると、読解の正解率が出てくるようになっています。この授業は4講座展開で、1学期が9回、2学期が9回です。今は2学期の最終回が終わったところで、集積したデータの分析をこれから行うところです。
研究過程の最大のメリットは同僚間での協力関係と教材の質の向上
4月に始めたこの研究の過程で得られたいちばん大きなメリットは、この教材を作ることによって英語科の同僚間の関係性を高められたこと、そしてそのことによって教材の質が向上したということでした。
1学期の9回分のPowerPointは私が一人で作成しましたが、2学期の14回分のスライドの作成を4名の若手の先生にお願いしてみたところ、快く協力してくれました。私が関わらなかったことで、むしろ改善された部分もあります。
例えば、私が作成した1学期分の「語彙練習」のパートは、1枚のシートで音読練習をさせ、少し覚えてから内容理解に入るという作りでした。しかし、若手の先生のアイデアで、写真と単語を組み合わせてイメージで覚えるという形になりました。いわゆるデジタルネイティブの若い先生方が、アイデアを結集して作ったのが非常に良かったと思います。
この取り組みは、今年度京都府教育委員会から「英語指導力向上授業」の指定を受け、そこでも発表しています。この教材は、CALL教室がなくてもコンピュータ教室でも何とか動くように作ってあります。簡単な作りなので、私が転勤した後も現任校で使ってもらえるし、他校の先生方にも簡単に加工していただけます。
私は、小中高の現場における研究の大事な点は、その研究が「汎用性」を持っていることだと思っています。プログラミングをしてまで教材を作る英語科の教師はめったにいません。PowerPointなんてもう時代遅れなのかもしれませんが、公立高校はネットにつなぐことすらアクセス制限がかかってしまうというのが現状で、その中で何とかできないかと作ったものです。
簡単な作りであるからこそ、どなたでも触って改良版を作ることができ、良いアイデアや工夫をフィードバックしていただけるような教材を、との思いで開発に取り組んでおります。1・2学期分の教材が全部で24回分ありますので、1年間通して使っていただくことができます。遠慮なくご連絡をいただければと思います。
※大阪私学情報化研究会 第11回大会「デジタル教材勉強会」発表より (2016年12月3日@内田洋行大阪支社)