事例61
ICTの利活用で「データの分析」の学習をさらに発展させる
~早稲田大学高等学院 情報教育推進校(IE-School)公開授業 2年生「社会と情報」「データ分析による問題解決」
■高校数学で統計を扱う際の問題点
教科『情報』の学習目標である「情報社会の問題解決」の具体的な学習活動としては、プログラミングによる処理手順を考えることと並んで、コンピュータ等を適切に用いて情報を整理・分析し、問題の発見と明確化、解決策の検討をはかる、というものがあります。後者は『数学I』の「データの分析」の学習内容と大きくオーバーラップします。
ビッグデータの時代を迎えて、統計的なものの見方・考え方は、自然科学だけでなくあらゆる学問分野、さらには産業活動で重要視されるようになったことを背景に、2013年の学習指導要領の改訂で、旧学習指導要領の数学Bで扱われていた「統計とコンピュータ」の内容が移行された形で、数学Iに「データの分析」の単元ができました。ここでは、「統計の基本的な考えを理解するとともに、コンピュータや電卓を適宜用いるなどしてデータを整理・分析し、傾向を把握できるようにする」ことが学習目標となりました。
しかし、統計を「計算すること」に重きを置く数学で扱うことの問題も生じています。現行の数学Iの教科書では、統計用語の定義から始まり、計算方法を示すことによって意味を理解させた上で、例題と問題によって、それらを利用してデータの傾向をとらえ、説明できるようにする、という流れとなっています。
コンピュータや電卓などの機器の使用を前提とせず、手計算で扱えることを前提にしているので、サンプル数は10~30と実際の統計学で扱うサンプル数に比べて極端に少なくなっています。また、結果をモデル化して提示しやすくするために、イレギュラーな値もほとんど入っていません。
エクセル等の表計算ソフトを使えば、「データの散らばり」の四分位偏差、分散および標準偏差の算出、「データの相関」の散布図や相関係数を簡単な操作で出すことができ、本来の目的である傾向の把握や問題点の抽出に重点を置くことができるのですが、そもそも、数学Iの教科書には、コンピュータや電卓などの使用法の解説がほとんど掲載されていません。
また、分散や相関の概念はΣ記号を学んだ後の方がイメージがわきやすいのですが、教科書でΣが登場するのは数学Bの「数列」であるため、数学IではΣを用いずに説明せざるを得ない、というジレンマもあります。
■情報と数学を融合することによる相乗効果
教科情報のオリジナルテキスト(学院テキスト)と、LMS(Learning Management System:学習管理システム)のCourse N@viを使ってユニークな情報の授業を行っている早稲田大学高等学院では、「社会と情報」を1年生と2年生で各1単位履修しています。2年生の2学期と3学期は、表計算ソフトを使ったデータベースの操作や分析の手法を学びます。
今回見学したのは、2年生3学期の第4回の武沢護先生の授業。データ集計・分析の基礎となるExcelのピボットテーブルの使い方を学びます。
最初にCourse N@viのスライドで、これまで行ってきたデータ分析のための用語を説明し、Excelにはこれらが関数として組み込まれていることを確認しました。
次に学院テキストの例題で、様々な項目が入っているデータをクロス集計するために、ピボットテーブルを使うことを説明し、CourseN@viからサンプルデータをダウンロードして実習します。
ここからの実際の操作は、テキストではなくCourse N@viを使います。使用するデータは、ミシガン州の小学生に対して、「成績」「スポーツ」「容貌」「お金持ち」の4つについて重要であると思う順番を答えたアンケートで、テキストに載っていたものよりも多い約90のサンプル数があり、もちろん手計算で分析することはできません。この回答と、回答者の属性(学年、男女、人種、居住地域)をクロス集計することで、どのような傾向が見られるかを調べます。
ピボットテーブルの使い方については、最初に画面を使って操作の説明を一斉で行い、その後は先生が机間巡視で質問に答えたり、生徒同士教え合ったりする形で進めていきました。
授業ではこの部分に十分時間を取り、操作を通して手順を習得することと、「クロス集計の観点を決める(=仮説を立てる)→集計して結果を表やグラフに表してみる(=検証する)」ステップを繰り返し経験させていました。ピボットテーブルを扱うのは今回が初めてと見られる生徒も、友達と相談したり、先生に質問したりして何度か繰り返す間に、スムーズに操作を進められるようになっていました。
次週は、オンライン教材の日経パソコンEdu から官庁等のサンプルデータを取り、Excelを使った回帰分析を行います。さらにその次の週にはExcelを使ったデータベースの実技試験を行うので、日経パソコンEduで各自復習をしておくよう指示されました。
■与えられた問題を解くのでなく、自分で観点を決めて分析する場面を作る
統計教育では、生徒が興味を持ちやすいデータを題材として、実際に様々な観点からデータを整理して分析し、気づきを得ることを通して、データを扱う手順や意味を身につけていくことが重要です。
そのためには、教科書的な「〇〇について傾向を調べなさい」という問題を手計算で解くよりも、表計算ソフトを使って観点をいろいろ変えて試行錯誤的に試してみることは、同じ時間をかけてもより深い学びにつながることが感じられました。
もう一つ重要なのが、統計が自分たちの学びや生活に深く結びつき、役立っていることを意識させることです。早稲田大学高等学院では、3年生の総合的な学習の時間で、全員がテーマを決めて卒業論文を書きます。テーマは自由ですが、自分でアンケートを作成・実施したり、実験や観察を行ったり、様々な統計データを収集したりしたものを、統計の知識や手法を活用して分析し、論文にまとめます。
2年生のこの時期に、アンケート設計の作法や統計的な分析手法を身につけることで、卒業論文という問題解決の場面で、収集・選択したデータをもとに適切な判断をすることができるようになります。
卒業論文が高校の学びの最終目標であり、統計手法も生徒が卒業論文を書くためのツールとして位置付けられるという、カリキュラムマネジメントが明確になっています。
■高校のプログラミングで何を学ぶか
早稲田大学高等学院では、このIE-Schoolのプロジェクトに合わせて、2017年度の2年生からデータ分析に加えてR言語によるプログラミングを導入します。Rは統計解析用の言語なので、統計解析に関しては非常に簡単にプログラムを作ることができます。
今後、小中学校でプログラミング教育が行われるようになると、現在高校で行われている内容が繰り下げられる可能性があります。そうなった場合、高校のプログラミングでは何を扱えばよいか、ということを考えていく必要があります。早稲田大学高等学院の取り組みは、統計とプログラミングを融合することによる相乗効果を目指すものとして注目されます。
※早稲田大学高等学院 IE-Schoolのプロジェクト内容 詳しくはこちら
https://www.waseda.jp/school/shs/education/ie/
■見学を終えて
今回の公開授業では、ICTの活用もさることながら、データベースや統計といった、一般的に高校では扱いづらいと考えられている学習項目を、問題解決の文脈を通してうまく教科「情報」の中で融合させて取り扱っていることが印象的でした。早稲田大学高等学院ほどICT環境が整っていない高校においても、自ら設定した課題に向けて数学・情報の両方の知識を用いて分析するような場面を設定することで、統計的なものの見方を育てるカリキュラムを作っていける可能性が広がるのではないかと感じられました。