事例67
オープンデータを活用した地域貢献アプリ
静岡県立島田商業高校 鈴木滋先生
商業高校の中で 情報科を設置している学校は年々少なくなっていく傾向にあり、静岡県の中でも情報科が設置してある商業高校は4つしかありません。島田商業高校の情報ビジネス科はそのうちの1つです。
本校では、「シビックテック」という概念を用いて地域のためのアプリケーションを作成する活動をしています。シビックテックとは、「CIVIC : 市民の・みんなの」「TECH : テクノロジー」を合わせたもので、「テクノロジーを活用しながら自分たちの身の回りの課題を自分たちで解決していこう」という考え方やムーブメントのことをいいます。
地域とのつながりを目指す~生徒主体の「島田フューチャーセンター」
本日は、本校における「地域とのつながり方」「情報をどうやって活用していくか」「学校外でのいろいろな活動」の3つを紹介していきます。
まず、紹介したいのは本校の生徒が企画運営をしている「島田フューチャーセンター」です。フューチャーセンターというのは、様々な参加者が主体的に考え、未来志向で行動する「場」のことで、社会的な課題を解決したり参加者同士のつながりを深めたりすることを目的に運営されています。大学では静岡大学や静岡県立大学、東京大学などにも設置されていますが、高校生が主体となって活動しているのは珍しい例です。地域の課題を高校生が積極的に考え、未来に向けて行動することで、学校と地域との壁がなくなり、様々な課題解決の方法が生まれていきます。
島田フューチャーセンターでは、大人から子どもまで、地域の方々を集めて意見を聞き、生徒たちがファシリテーターとなって様々な課題を吸い上げていきます。
その中で「ここを直したらもっとよくなるのではないか」「こんなものがあったらいいのでは? 」「今よりもっと便利にできるんじゃないか」という発想が生まれてきます。その中でも情報ビジネス科の生徒は「情報」という観点で解決していこうということを目的にしています。
地域のデータや情報分析システムを活用して「島田商業のオープンデータ」を作る
本校の情報ビジネス科では、1年生でC言語とHTML、2年生でJavaとJSPとMySQL、3年生でJavaScriptとjQueryなどのライブラリの学習をします。そして、学習の総まとめとして総合実践・電子商取引の授業でアプリの開発を行います。最近は、JavaScriptで様々なことができるということで、アプリ開発プラットフォームのMonaca(※1)を導入しています。
3年生になったらグループに分かれて、観光、少子化、ごみ処理、子育てや高齢の支援など、地域の課題の解決に役立つアプリを作るという授業になります。それぞれのグループが、どんな課題に取り組むかを決めたら、次に、各県の公開されているオープンデータを見て、それを活用しながら「自分たちのオープンデータを作る」という作業に入ります。オープンデータは自由に二次利用ができるデータで、経済の活性化を図るという目的で、近年総務省が推進しています。
静岡県には「ふじのくにオープンデータ」(※2) というサイトがあって、その中にある「オープンデータカタログ」から自由にデータを活用することができます。オープンデータをどのようにしてアプリに反映するのか、というのがなかなか難しいところなのですが、高校生の柔軟な発想で、アイデアを生み出してくれるのが面白いです。
(※2) https://open-data.pref.shizuoka.jp/
まずは、オープンデータの種類や使い方、ライセンスなど基本的なことを教え、「このデータ、使われないで残っているよ」、「もっとうまく活用できるのでは?」といったことを説明しながら授業を進めます。
本校では、コモンズライセンスに従った形で自治体の公開しているオープンデータなどを使っていますが、お店などの場合、オープンデータという形で存在していないケースがあります。その場合は、それぞれのお店に直接連絡をして、お店が持っているデータをオープンデータとして利用したいということ、また、利用するときにはコモンズライセンスを付加します、ということを説明して許可をもらっています。
例えば、「えい茶いくん」というゆるきゃら(島田の茶業組合所有)は、ライセンスを持っている組合にオープンデータの説明に行った際の打ち合わせで、「画像のアイコンを作成してもいいですか」というお願いをしたところ、即答で、「ああ、いいよいいよ、後日見せてくれれば」と言ってくれました。現在、ライセンスをつけて、実際に島田商業のHPで公開されています。
データは、静岡県内だけではなく、福岡市や横浜市、千葉市、会津若松市、名古屋市など、公開されている様々な自治体のものを見ていきます。多くのデータを見ていくうちに、AEDの設置場所を案内するアプリにしよう、あるいは、防災マップを作ってみよう、といったアイデアが浮かび、自分たちでまとめていくようになります。
また、RESAS(※3)という地域の情報分析システムも使っています。今年の3年生の中に、名古屋の観光向けアプリケーションを作っているグループがありますが、彼らはこのRESASを使って分析を行い、名古屋に外国人の観光客が多いということを知りました。その中でも特に多いのが中国人です。そこで、日本人向けよりも中国人向けのアプリケーションを作った方がいいのではないか、ということに気づきました。とはいえ生徒たちも中国語はわかりません。そこで、フューチャーセンターでつながりを持った中国人留学生に翻訳してもらうということになったのです。こんなふうに、分析からアイデア作り、実際の作業というステップを経て制作を進めていきます。
(※3) https://resas.go.jp/#/13/13101
グループ制作だからこそ生まれる「気づき」
作業そのものは、グループ内で役割分担をして進めています。3~4人で1グループを作り、プログラム担当・デザイン担当・プレゼン担当に分かれます。
ただ、実際にはグループで制作していきますので、「ここはどういうことだろう?」「ちょっとわかりにくいかな」など、ユーザー側の視点からグループの中で話し合い、作っています。特にデザインは、「このデザインでボタンを押してくれるか」など、かなり細かいところまで気を配って実施しています。
デザインを担当する生徒たちは、2年生で「情報デザイン」という授業を選択し、デザインの勉強をしているのですが、それでもいざとなるとやはり悩むようです。
グループ制作のよさは、いろいろな人の意見を聞き、そこから様々な気づきが生まれる、というところです。それぞれが発見したことをグループ全体で共有し、それがまた、各自の発想や行動へとつながっていきます。
アイデアが固まったらいよいよアプリの制作へ
アイデアを出したら、スライドシェア(※4)を使って外部の人たちに見てもらいます。スライドシェアはプレゼンテーションのデータを共有できるサービスで、生徒たちが作ったスライドをこのサイトにアップロードすると、企業の方やCode for Japan (※5)といった、地域活性化を目的とした団体などからの意見が聞ける場合もあります。
(※4) http://www.slideshare.net/
(※5) http://www.code4japan.org/
また、データの共有は、Google G Suiteを利用しています。生徒とクラスルームを作り、自宅のパソコンやスマホ、タブレットなどを用いて作業を続けます。
アイデアがある程度固まったら、既存のものと自分たちで考えたものとを掛け合わせてオープンデータを作成し、学校のホームページで、Excel形式とCSV形式で公開していきます。
データとアプリは同軸で作っていきますが、アプリの作成に使っているMonacaにはデバッカーもついていて、使いやすいのが魅力です。自分たちで作ったものがスマホですぐに見られるのもよいところです。
生徒はHTMLやJavaScript、jQueryを使って形にしていきます。cssでレイアウトが難しいという場合はDreamweaverを使います。それをMonacaにアップし、実際に携帯端末で見てみます。そして、ずれているところを修正したり、よりよい見え方を工夫したりしながら、完成形に近づけていきます。
最近は、ソフトウェアの一部をwebに公開して、誰もが利用できる「API」が盛んで、Yahoo!やFacebook、Twitterなど様々な企業がAPIを提供しています。APIを利用すると、地図情報、天気情報などを、生徒たちのアプリに追加することができます。プログラミングの仕方は最初に教えますが、そのうち自分たちでいろいろなAPIを見つけてきて「こういう方が見やすいね」「これカッコいいんじゃない」などと言いながら、生徒たち自身で利用するようになります。
できあがったアプリは外部に公開
できあがったものは外部に発表しています。大人が作ればすぐにできるものかもしれませんが、高校生が初めて苦労して作ったものですから、ぜひいろいろな人に見てほしいと思います。
毎年2月には、情報系の企業の方たちや大学の先生、地域の方たちを招いたりして生徒たちが作ったものを発表する機会を設けています。
来てくださった情報系企業に、生徒たちが就職するケースもありますし、将来につながりを持てるような方たちと会う機会になるといいなと思っています。
地域とつながる様々な活動
最後に紹介したいのが、学校を飛び出して、土曜や日曜に行っている活動です。
まずは、子ども向けのプログラミング教室です。子どもたちに教えることで、本校の生徒たちも非常に力が延びていきます。同じ目的で、高校の体験入学に来た中学生に、Scratchを教えるということもしました。情報を絵や図で可視化する「グラフィックレコーディング」を学ぼうということで、専門家や大学に協力してもらったこともあります。
また、ゴミに関する市民の課題をITで解決していく「5374.jp」(※6)というものにも参加しています。自治体の方とやりとりをして、ゴミの種類や収集日を確認できるアプリを作りました。こちらは、島田市、三島市、御前崎市、伊東市の4市で実際に運用されています。自治体で、オープンデータの活用に取り組んでいるところはまだまだ少なく、高校が取り組むことで、オープンデータ活用の流れが加速していくのではないかと期待しています。
(※6) http://5374.jp/
さらに、掛川市の大日本報徳社で行われた「ウィキペディアタウン」のイベントにも参加しました。報徳社をはじめ、掛川城や竹の丸といった地域の文化財を実際に見て、書籍を探し、ウィキペディアに書き込むというイベントです。これには、グループの半分くらいの生徒が参加しました。
また、大井川鐡道を走っている「鉄道」の位置情報を知らせるナビゲーションシステム、VRやARを使って島田を観光できる観光アプリの作成も行いました。
情報の題材になるものは、身の回りにたくさんあります。生徒たちは、こういった活動を通して「情報」という視点から、地域貢献を考えられるようになります。この活動をきっかけに、彼らが今後、地域にとって重要な役割を果たす人材に育っていくことが期待されます。
※第10回全国高等学校情報教育研究会全国大会(東京大会)(2017年8月8日・9日)の講演より