事例72
Innovate for the present~ICTを活用した新しい教育の創造
立命館小学校 ICT教育部長 正頭(しょうとう)英和先生
今、私が話している言葉がスライドに字幕で出ているのが、おわかりですか。これは、PowerPointに付属しているPresentation Translator(※)いう機能ですが、意外と知らない方が多いので、ぜひご活用いただければと思います。
この機能がすごいのは、話したことが全部文字化されて、あとでWordに起こすができることです。これは、自分の授業の発話分析に大変便利です。以前は、授業研究をする時には、ビデオで撮ったものを再生しながら、「こんなしゃべり方か」「わかりにくい説明だな」とへこんだり、落ち込んだりしたものでしたが、これは自分が話したことが文字データになるので、通勤の電車の中で読みながら分析することができるのです。
※https://translator.microsoft.com/ja/help/presentation-translator/
精度の点などまだ問題点はありますが、けっこう使えますし、しかも無料です。さらにこれを使って授業をすれば、話していることがそのまま字幕になって出てくるので、聴覚障害を持っている子どもへのサポートにもなります。さらに、英語で設定すれば、英語で文字化してくれます。ということは、リスニングとリーディングのスキルを同時に鍛えるということもできるのです。
私は英語科の教員ですが、本日は立命館小学校のICT教育のことをお話しします。こちらのQRコードで出てくるサイトに私の実践事例を載せていますので、こちらもぜひご覧ください。
「10年後にも使えるICTの能力を育てるために、今何をすべきか」を考える
本校は5年生と6年生が一人1台タブレットを持っています。導入にあたっては、何度も「AppleとMicrosoft、どっちにする?」という生々しい議論をしました。この点は、やはりきっちり議論しなければならないところだと思います。
10年前、AIがここまで進化するなんて、誰も想像できなかったですよね。ちなみに、先ほどご紹介した「PowerPoint Translator」もAIです。精度はまだ十分ではありませんが、現在のこの精度が最低レベルで、明日はもう少し進化しているし、明後日はもっと進化するでしょう。Softbankの見解では、シンギュラリティーは2018年に起こる、つまり来年にはAIが人間の知能を追い越すというのです。今のAIの知能は、人間の知能で言えば6歳レベルですが、来年にはそれがもう大人のレベルを超えていくのだと。
ですから、私たちが5年前に教員会議でタブレットをどちらにするかを議論した時、「今教えていることは、10年後にはたぶん役に立たないだろう」ということからスタートしました。私たちが今教えていることは、10年後、20年後にはたぶん「まだそんなことやってるの?」と言われるものになるでしょう。だから、私たちがICTを使う時に気をつけなければいけないのは、「最先端であると同時に永久不変であるもの」というのを同時に伝えていくことです。それで、10年後・20年後も使えるICTの能力とは何だろう、というところから議論を始めたのです。そして、結論としてWord、Excel、PowerPointの3つは、絶対に10年後も生き残るだろうということになったのです。
ですので、本校はタブレットとしてWindows機を選びました。そして、Word、Excel、PowerPointを使うのであれば、キーボードは必要だということで、2in1のもの、具体的にはSurfaceを選びました。
そして5年経ちましたが、この3つはやはり生き残っている、と言うより、むしろ進化していると感じていますし、おそらくこの先5年も確実に生き残っているだろうと思います。
今、立命館小学校はここに挙げたような企業や省庁と連携しています。この他にもたくさんあります。ここにいらっしゃる先生方は、ICTを推奨されている方が多いかと思いますが、それはおそらくICTが便利だからですよね。ICTを使うとこんな便利です、こんなに授業が画期的に変わります、ということを推奨されている先生方ばかりだと思いますが、私が見ている限り、なぜかそういう先生は大体忙しそうです。ICT関連に振り回されてしまうのですね。僕もその一人です。今年からICT教育部長という立場となって、ICTのスキルは格段に上がりましたが、忙しさも格段に上がりました。
ICTを使うメリットを語らせてもらえれば、今日の持ち時間20分の10倍は語ることができますが、ICTの文句を言い出したら、その100倍は語れます。それくらいICTというのは大変なのです。ですが、本当にICTを進めて行こうと思うのであれば、私たちは涼しい顔をして仕事を進めていく必要があると思うのです。ICTを学校に浸透させるということは、そういうことだと思います。
教育改革のキーワードは「英語教育」「プログラミング教育」「カリキュラムマネジメント」
日本の教育が今どのように進化しているかというと、小学校で言えば、主にこの3つのキーワードです。
英語教育は、2020年度から「小学3年生からの必修化」「小学5年生からの教科化」が完全実施されますが、もうほとんどの学校で始まっています。それから、プログラミング教育も必修になります。
そして、小学校でトレンドになるのが「カリキュラムマネジメント」です。中学校・高校の先生方は、小学校でこのような教育を受けた子どもたちを受け入れていただくことになりますので、ぜひこの3つについては知っておいていただきたいと思います。
カリキュラムマネジメントとは、要は国語で学んだことを英語で発表してみようとか、社会で得た知識を図工の作品で表現しようといった形で、教科を横断していろいろな活動をしていこう、という取り組みです。
学びを深めるために、当たり前と言えば当たり前の活動なのですが、日本ではなぜかこれができないのです。例えば、社会で習ったことを英語で発表をさせる時に、ブレインストーミングやマッピングをしますが、まずマッピングのやり方から説明するのです。
ところが、子どもたちはマッピングのやり方は実は国語でもうすでに習っていたとか、図工でやったことがあって、説明を聞くのは2回目、3回目ということもある。しかし、先生の手前言い出せなくて、黙って同じ授業を聞いているのです。これは、結構無駄ですよね。さらに、国語の先生と英語の先生のマッピングのやり方が違ったら、子どもは混乱します。そういったことが放置されたままだったので、こういったことを体系化するために、教科のボーダーレス化を図っていくのが、カリキュラムマネジメントの狙いの一つです。
3つのキーワードを全部まとめて行う マインクラフトによる「京都の街紹介」
私は今、立命館小学校の6年生に英語を教えていますが、英語教育とプログラミング教育とカリキュラムマネジメントをばらばらに実施すると大変なので、全部まとめてやってしまおうと行っている実践をご紹介したいと思います。
これは、京都を世界に紹介しようという取り組みです。実は、この取り組みは子どもたちとの会話から出てきたものです。
京都には非常にたくさんの観光客が来ますし、我々の小学校には海外からの授業視察やお客様がたくさん来られます。休み時間に子どもたちと話している時に、「そういう人たちのために何かできたらいいよね」というようなことを、子どもたちがぼそっと口にしたのです。「そうだね。何か面白いことができないかな」という話をしている中で、中高生に大人気の「マインクラフト」(※)というゲームが本校に入っているので、「マインクラフトを使って何かできたらいいね」ということになり、「じゃあ先生、マインクラフトを使って京都の街を作ろう。それを世界に発信しよう」ということになり、このプロジェクトがスタートしました。
マインクラフトというのは、レゴブロックのようなものを使って、子どもたちの想像した世界をインターネット上に作っていくものだと思ってください。
※http://www.jp.playstation.com/software/minecraft/about/
「さて、京都を世界に紹介しようというけど、君たちは京都のこと知っているの? 何を紹介するの?」ということで、まず京都の歴史を知ろうという学習から始めました。これは社会の授業で取り組んでもらいました。社会の授業の中で、金閣寺や平等院、清水寺などの歴史に関する情報を集めます。6年生は歴史を少し習っているので、そこで学んでいることにつなぎます。
インターネットで情報を集めることも大事ですが、やはり本物に勝る知識はないので、実際に現地にも行ってみました。この活動は、英語と社会の授業でコマ数を取って行きました。なぜ英語なのかは、また後ほどお話しします。
こうして京都の街を知り、グループで一つずつ、マインクラフトで建物を組み立てていくのですが、その時に一番大事なのは、A君とBさんが同じ地図を頭の中に描けているかということです。例えば、「僕こっち側を作るから、君はそっちを作って」と言って同時に作っていって、いざくっつけようとするとサイズが合わない。そういうトラブルを、わざと1回起こさせました。
そうなったところで一度全員を集めて、これを解決するために何が必要かを聞くと、「設計図が必要だ」「地図がいるよ」「皆でこんな大きさのものを作ろうという共通概念が必要だよ」などという意見が出てきたので、そういったところを図工の先生と共有し、これは大きすぎる、これは小さすぎるといったことをグループの中で話し合わせながら作っていきました。
ICTを使って「学校でしかできない学び」を創り出す工夫
ICTを使うと、どうしても黙々と個人作業をするという印象がありますが、実際は逆で、必ず対話が多く生まれます。逆にこういうことをしていかないと、学校の授業として成立しない時代になってきているということです。
パソコンと向き合ってする勉強は各自の家でできますから、学校では学校でしかできないことをしなければならない。パソコンを使うけれども、問題解決のためにコミュニケーションを取らなければならないというのは、まさにこれにあたるのではないかと思います。
今日は、実際に子どもたちが作ったものをご紹介します。
これは、子どもたちがマインクラフトで作った平等院鳳凰堂です。これは全部、何もないところに子どもたちがブロックを1個ずつ置いていって作りました。
この建物を作るのに6時間使いましたが、集中してある時期に固めて時間を取ったわけではなく、年間でばらばらに取っていきました。トータル6時間で、これぐらいの作品は作れます。
そして、このような建物を作って海外の人に紹介しようとなると、この建物があるだけでは、何なのかわからない。だから、観光ガイドさんが必要だねという話になりました。そこで、今度は観光ガイドをロボットでプログラムしようということになりました。これがプログラミング学習につながっていくことになります。
そして、Javascriptを使って、チャットコマンドを使ってロボットの動きやセリフを作っていきます。
例えば、自分達の学校内の案内であれば、まずロボットが“Welcome to Ritsumeikan primary school.”と挨拶します。そして、このロボットについていくと、“This is the entrance. This is our library. Enjoy reading!”と次々に紹介してくれるわけです。
最終的には、これを海外の人に発表して、Skypeでやりとりをしようと思っています。プログラミングをやっているので、「どこどこのプログラミングがうまく動かなかったよ」とか、「こういうところがわかりにくかったよ」などということを、海外の人とのやりとりからフィードバックしてもらおう、ということができればと思っています。
こういうことをしていると、英語教育に関していえば、英語を使わなければいけない必要性が生まれるので子どもたちがものすごくアウトプットをするようになります。今お話ししたことはまだ完成途中ですが、このようにして英語教育のアウトプットの時間を多く取っています。
そして、子どもたちのクリエイティビティーはすごいと思います。先ほどお見せした鳳凰堂も、子どもたちがブロックを1個ずつ置いて作り上げたものですが、なかなかのクオリティーだと思います。
「一体何の授業なのか」という活動こそがカリキュラムマネジメント
こういう授業をしていると、「これは一体何の教科ですか?」と疑問が生まれると思います。英語の授業なのか、図工なのか、社会なのか、総合的な学習の時間なのか、一体どれなんだ、と。私は、これこそがまさにカリキュラムマネジメントであると思います。
ちなみに英語の授業では、海外の方を実際に京都観光に連れて行くということもしています。実際に海外の方を清水寺に連れて行って、たくさん質問してもらって、海外の方がどういうことに興味を持つのかということをメモして、その場で英語で答える、というようなやりとりも行っています。
Skypeでいろいろな国の人とコミュニケーションを取る活動も行っています。一対一の英会話のオンラインレッスンなどというのは、いろいろな学校でされているかと思いますが、一番の問題はお金がかかることです。でも、Skypeで海外の学校と日本の学校をつなぐということ自体は無料でできますから、要は相手先の学校を探すことができれば、一対一で会話というのも、それほど難しくありません。そういう機会を作って、向こうの中学生、高校生、あるいは小学生と会話ができればと思っています。
大阪私学情報化研究会第17回大会「デジタル教材勉強会」講演より