事例77
生徒にもっと身近な題材で情報モラル教育を~LINEのトークで表現しよう
神奈川県立茅ヶ崎西浜高校 鎌田高徳先生
情報モラル教育を行う上で、非常に重要なのは「題材」を何にするかということです。題材が高校生にとって身近なものであれば、生徒も俄然やる気が出るからです。
「あ、これ知ってる」とか、「ああ、あのゲームのしくみか」となると、非常に理解しやすく、また、現実にも行動しやすくなります。生徒が、いかに自分のこととして情報モラルをとらえられるか、それを考えながら授業を展開することが大切です。
そこで、今回、情報モラル教育の教材として、LINEを使うことにしました。LINEは、高校生のコミュニケーションツールとして、圧倒的な支持を受けています。最近は、少しずつインスタグラムに移ってきてはいますが、高校生にとっては、まだまだ重要なツールといえます。
情報モラル四つの柱~「ピクトグラム制作」「個人情報の価値の違い」「LINE社の教材」「トーク事例」
本校で行っている情報モラルの授業は、大きく四つに分かれています。
一つ目がピクトグラムの制作です。これは「情報の表現・伝達の工夫」の導入として、1学期の一番初めに取り組みます。生徒たちに、エスカレーターのピクトグラムなどいろいろな素材を見せ、パワーポイントを使って練習してもらってから、実際の作品作りにとりかかります。
課題は、「SNSで困ったことや嬉しかったこと」としました。ピクトグラムですから、見ただけで、すぐに伝わらないと意味がありません。生徒は、それぞれ一生懸命頭をひねって、困ったことや嬉しかったことを表現してくれます。
悪意のある書き込みのピクトグラムとか、スマホを持っていないから仲間はずれになってしまったピクトグラムなどの作品が見られます。
作品が完成したら、「このピクトグラムは何を表していますか」、ということを、ほかの生徒3名にチェックしてもらい、ルーブリックによる相互評価で形成的評価を行っています。自分の作ったピクトグラムの意図が、他の人たちに正しく伝わらないといけないわけです。
ピクトグラムを作った生徒が口頭で説明しなくても、作品をチェックする生徒たちの、三人中二人以上の人にピクトグラムの意味が正しく伝わっていたら、ルーブリックで言う「A」ということで評価をしてもらいます。ルーブリックの観点は「三人中二人以上の人」に、「しっかり伝わったか」ということになります。
こういった形で、「情報の表現と伝達」と「情報モラル」の両方の導入としています。
二つ目が、個人情報カードを空間配置して、個人情報の価値の違いを考えるという授業です。これは、大阪府立東百舌鳥高校の勝田浩次先生の実践を参考にしています。
こちらは出席番号や性別といった生徒の個人情報をカード形式にして、パワーポイント1枚にまとめたものです。左上の赤いところが一番知られたくない情報、右下の青いところは知られてもいい情報となっています。生徒にパワーポイントのデータを渡して、それぞれ自分の考えで配置してもらうと、カードが左上と右下、真ん中に分かれます。
次に、知られてもいい情報のベスト3、知られたくない情報ベスト3を、ワークシートに書いて発表します。同じところに配置されていても、自分とは理由や意図が違うことがあるので、個人情報の価値は人によって違いがある、ということに気付くことができます。
個人情報の管理は、「自分はこの情報をネット上で公開してもいいけど、あの人は嫌なんだ」ということを理解した上で、できるようにならなければいけません。その部分を理解してもらうのが、この授業の目的です。
そして、三つめは、LINE株式会社で作っているカードを使ったものです。このカードは、LINEの情報モラル教材で、ネット上で調べれば、すぐに出てくるくらい有名なものです。ここには「おとなしい」「真面目」「個性的」など、一見悪い意味ではないものの、自分がクラスメートに言われたら嫌だと感じる言葉が書かれています。どの言葉が一番嫌だと感じるのかは、人によって違うのです。
また、LINEですぐ既読がつかない、返信が来ない、自分の写真を勝手に使われている、といった「嫌なことのデータ」を毎年とっておき、去年のデータと今年のデータの違いを比較することも行っています。そうすると、例えば、去年は「知らないところで自分の話題が出ている」というのが一番嫌だったのですが、今年は「すぐに返信が来ない」が一番になっています。
嫌だと感じることは、その年によっても違うし、世代によっても違う。また、状況によって嬉しかったことが嫌なことになってしまう場合もあるし、個人情報の公開についても、嫌なことや違いがあることがわかるわけです。そういうことに気付かせるのが、モラル教育の基本といえるでしょう。これを1学期の前半に行います。
四つ目は、身近な題材を用いるということで、LINEトラブルをトーク事例で紹介する試みです。
例えば、「明日の持ち物何?」と、友達がラインのトークで聞いてきます。すると、聞かれた方は「まじ、卍だわー」と言って、卍のスタンプを送り返してきます。返された方は「?」となるわけです。
これは、流行の言葉を使ってごまかしたり無視したりする、というタイプのトラブルです。生徒がこういうものを挙げてくることで、こんなトラブルがあるんだ、ということがわかります。こういうものは、こちらが全然知らなかった世界で、逆に私たちが勉強になります。
これは、パワーポイントのテンプレートを使って、生徒たちに1時間以内に作ってもらいます。そして、これに加えてどうしたらトラブルを回避できるかを書いてもらっています。
例えばこちらの例です。
「みんな、明日の遠足楽しみだね! 大縄がんばろう! 」
「うん」
これだけで何がトラブルか、と思われる方もあるかと思いますが、生徒たちにすれば、返信を受け取った側は、返ってきたコメントが短いので、相手が怒っているのではないかと思ってしまうということです。これに対しては、「怒ってるの?」と、一言返信を入れることでトラブル回避になります
もちろん、これを、トラブルと考えない子もいるでしょう。でも、こういうことがトラブルの原因になることもあるんだということがわかります。
さらに、秀逸で感動したのが、代表的なLINEトラブル「未読無視」です。
「今何してるの? 」「わり、寝てた」「お前、ツイッターで呟いてたやん」
ああ、これ、あるある……そういうのが見えてきて、非常に面白いです。こうしたトラブルを経験して、改めてTwitterに投稿した内容は全員に知れ渡っているという認識が必要だと生徒はコメントしていました。
自分たちが今どういうトラブルに遭っているのかを表現すると、自分がトラブルだと思うことが、ほかの子たちにとってトラブルではなかったということにも気付きます。個人情報もLINEトークも、人と自分の違いを知るということを意識して、情報モラルの授業を行っています。
「人と自分は感じ方が違う」「自分のことのように共感できる内容か」~これからの情報モラル教育とは
授業を受けた生徒たちのコメントがこちらです。
「人それぞれ感じ方が違う、やはり違いがあるということをふまえた上で、個人情報を扱わないといけない」ということ。それから、「リアルに、すごく身近なことをイメージして作品を作ったので、身近だったからこそ勉強できた」という感想もあります。
そして、やはり「自分とみんなの考えが違うことが面白い」ということが書かれています。みんなで同じ作品を作っても、あまり面白くない。自分の経験を踏まえた、それぞれの作品が出てくるから面白いということでしょう。
ちなみに、去年と今年では、題材を変えています。例えば、ピクトグラムのところですが、去年は「茅ヶ崎西浜高校に必要なピクトグラムを作ろう」というテーマにしました。例えば、「ゴミ箱が汚いからゴミをまとめてきれいに捨てよう」というものでしたが、正直、生徒たちの反応はいまひとつでした。
身近な問題だったと感じた人は25%、切実な問題だったが53%、できる課題だったが91%でした。あまり身近ではなかったものの、課題としての取り組みやすさは高かった、という結果です。
ところがテーマをSNS ( LINE ) にしたら、「身近さ」と「切実さ」が、一気に跳ね上がりました。その代わり、題材は少し難しいと感じた生徒が多かったようです。
やはり、生徒たちにとって、身近な題材にすれば学習意欲が上がりますし、情報モラル教育としても価値があると言えます。
また、去年は「メディアの特徴」のところで、東京大学学長のスピーチが、まわりにどう伝わるかということを題材にしましたが、こちらも生徒たちにとってはあまりピンとこなかったようです。今回のようにLINEトークのトラブルをもってくることで、メディアの特性のとらえ方の違い、具体的には文字メディアと写真やスタンプのメディアの違いをとらえたところ、「身近であった」が61%から94%、「切実であった」が62%から86%と、飛躍的に数値が上がりました。やはり教える側は、情報モラルは身近なものである、ということを意識して授業を設計し、生徒たちに考えさせることが大切だと感じました。
神奈川県は、LINE株式会社と協同で研究をしていて、LINEのトラブルをデータ化しています。今回、本校のLINEトラブル生徒のデータを抽出したところ、「トーク内のトラブル事例」が一番多かったのですが、LINEのデータでは、神奈川県の高校生が一番のトラブルとして挙げていたのは「知らない人から『友達追加』」というものでした。来年度は、友達追加やLINEブロック・招待といったものも含めて授業を展開していければと思っています。
神奈川県高等学校教科研究会情報部会 実践事例報告会発表より