事例78
矛盾した複数の文章の読解を通した情報リテラシーの実践授業
神奈川県生田東高校 大石智広先生
情報があふれる現代社会でこそ必要な「情報の信憑性を評価する能力」を育てる
今回ご紹介する授業の目標は、「新しい情報リテラシーの授業を作る」ということです。情報の信憑性については、「信頼できる情報源からの情報であるかどうかを基に判断する」という教え方が一般的ですが、今の時代、それが通用するでしょうか。某国の大統領の例にあるように、公的な人や機関が恣意的な情報を発信するというのが当たり前になってきているのに、情報源の信頼性だけで判断してよいのでしょうか。
もう一つ、人間が情報を受け取るときの偏り(ヒューリスティックバイアス)が考慮できていない、という問題があります。これまでは、「正しい情報さえ受け取れば、正しく判断できる」という考えがあったと思いますが、これでは十分ではありません。
ではどうするかということで、「情報の信憑性を判断するためには、その情報が生み出されたプロセスに注目することが必要だ」という研究結果が出ています。そのためには、プロセスに注目した情報リテラシー教育をしなければいけないと考えられます。
これを形にしたのが、今回の「矛盾した複数の文章を読み解く授業」です。このような形にした理由として、まず現代では、矛盾する情報を同時に受け取ることが当たり前になってきています。それを比較して信憑性を評価する能力が必要であるということがあります。
もう一つは、これまでの研究で、矛盾する理由を考えることで、バイアスに影響されず複数の文章を深く読み取ることができるという研究があります。理由に注目することで、先ほどお話ししたプロセスに注目して情報を読み取ることができるのではないかと考えました。一方で、矛盾する情報の読み解き方の教育方法は、まだ十分に研究できていないということもあります。
矛盾する文章を読んで、矛盾する理由にラベル付けする
授業の進め方は、まず生徒が矛盾する文章を読みます。次に矛盾する点を見つけさせて、その理由を考えさせます。そして矛盾している理由に名前=「ラベル」を付けて再利用できる形にします。このような3つのステップで進め、生徒が矛盾点と理由をどのように見出したかを評価します。
具体的な授業の方法について説明します。本校の1年生の「社会と情報」の6クラスで全4回行いました。指導要領の位置付けは、「(1)情報の活用と表現」の「(ア)情報とメディアの特徴」にあたります。
それぞれの回の題材と、矛盾する理由のラベルがこちらの図です。各回の説明ごとに、各回の資料を添付しますので、ダウンロードしてご覧ください。
下図が授業の流れです。信憑性を評価し、分析し、違いを見つけ、理由を考えて振り返る、という4ステップで進めていきます。
「都道府県別学力調査の結果」と「1人あたりの教育費」の関係→→「バイアス」に気付かせる
具体的に見ていきましょう。1回目は、「文部科学省が、都道府県別の学力調査の結果と、都道府県別の1人当たりの教育予算の関係を発表した。それに対して、文科省の事務次官と財務省の事務次官がコメントをそれぞれ発表した」という設定です。
文部科学省の事務次官は「相関係数は0.2で相関があるので、学力を伸ばすのに税金を投入しよう」と言い、財務省側は「相関係数は0.2で相関はないから、税金を投入するのは無駄だ」と主張している、という2つの矛盾する文章を用意しました。
ちなみに、事前の授業で「相関係数0.2というのは、弱い相関があると見るか・ないと見るかのちょうど境目である」ということは教えてあります。
生徒はグループワークで取り組みます。まず、それぞれの文章に何が書かれているかを付箋に書き出して、それをワークシートで整理するという活動を行いました。ピンクの付箋に財務省事務次官、水色の付箋に文科省事務次官が言っているということをそれぞれ書き出して、それをワークシート上の「2つの文章の関係」の4つの分類について整理していきます。
実際に生徒が整理したものが下図です。例えばこのグループは、「『相関係数は0.2』ということ自体は一致している」と見ています。一方違っているのは、それを「相関がある」と見るか、「相関がない」と見るかということです。このように、2つの文章について矛盾する点、違っている点を見つけ出すことができます。
次の活動では、このような違いが生まれる理由考えさせます。これは、まず個人で考えてからグループで考えるというステップで行います。グループで話し合っているときには、机間巡視でうまくできたグループのワークシートを中央モニターに映し、生徒は自分のグループのものと中央モニターのものを、両方見て考えます。
このグループは、「(文部科学省と財務省の)立場の違いという、こちらが狙った理由を発見してくれました。このように、机間巡視をして、よくできたグループを2つ程度見つけて、皆の前で発表させます。
この後の活動として、「このように同じ事実についても矛盾する見方が出てくることをバイアスの影響というんだよ」と、「バイアス」という名前を示してあげ、振り返りの事後課題を行って終了しました。
「朝食の喫食率」と学力の関係→→相関と因果関係について「理由の理由」まで考えさせる
2回目の題材は、朝食の喫食率と学力の関係です。「朝食の喫食率と学力に相関がある」ということを文科省が発表したことに対して、教育評論家AとBがそれぞれコメントを発表した、という設定です。Aは「朝食の喫食率と学力には相関があるから、学力伸ばすために朝食を摂ろうね」と言っています。一方Bは「相関はあるけど、朝ごはんを食べたら学力が伸びるというものじゃないだろう?」と言っている、という文章になります。
これについて1回目と同様に付箋で整理します。
下図が生徒が整理したものです。理由のところに注目して見ると、「これは朝食だけの話か、それ以外にも原因があるんじゃないのかという見方の違いだよね」ということを、生徒はきちんと見出しています。
よく見ていただくと、理由の欄の中央に点線があって左右に分かれていますが、左側を「理由」、右側を「理由の理由」と呼んでいます。これはなぜかと言うと、「理由を考えなさい」と言うと、「考え方が違う」「発言する人が違う」で止まってしまうのです。「じゃあ、どう違うの」と訊くと、より深く考えたことが出てくるので、「どう違うのかという、『理由の理由』を見つけよう」と、できるだけ右側に入るものが出てくるまで考えるように促しています。
この後は、「矛盾する条件のラベルとして、相関と因果関係っていうのは必ずしもイコールではない。では、この場合はどちらの考えが正しいのか」ということを話して、この授業は終わりました。
相反するダイエット法の効果→→対象、期間、メカニズムの違いを見い出す
3回目がダイエットの話題です。医学博士AとBが、低炭水化物ダイエットと低脂質高炭水化物ダイエットという、真っ向から反するようなダイエット法を、それぞれ効果があると主張している文章を読んで考えます。
生徒が整理したものが下図です。いずれも「減量に成功した」という点では一致しています。一方で相違点は、男女の肥満両方に効果があるのかと女性限定か、などといった対立点を比較していて、「理由の理由」では、「対象が違う」「長期的な効果か短期かが違う」といった相違点のラベルを見つけていて、矛盾が生まれていることをきちんと見出しています。
ただ、ラベルとして、減量法のメカニズムの違いまで見つけてほしかったのですが、そこまでは難しかったようです。そこについては私の方で「効果の内容(=メカニズム)の違いというものもあるんだよ」と説明して、「今後、ダイエット情報を見るときには、どんなことに気を付けたらよいか」を振り返りで書かせて終わりました。
「動機付けとパフォーマンスの関係」→→条件の違いに気付かせる
最後の4回目が、動機付けを題材としたもので、矛盾する理由のラベルは「条件の違い」です。これは、条件付き報酬とパフォーマンスに関して研究した3つの文章を読んで比較しました。
一番上が大学生、真ん中が子ども、一番下がインド人について研究したもので、一見すると「対象の違い」に見えます。実は対象が変わっても結果は変わらず、「励ましがあるときだけパフォーマンスが変わる」ので、そこを理由として見出せるかどうかがポイントです。
生徒が整理したものを見てみましょう。ピンクが文章1、薄緑が文章2、薄紫が文章3の主張について抜き出したものです。今回は、ワークシートの付箋貼り付け欄を、パフォーマンスが上がっているものと下がっているものに分けました。生徒は「励ますと成果が上がる」ということをきちんと読み取ることができています。
また、理由についても、ボーナスに加えて励ましがあるときだけパフォーマンスが上がるという条件が利いているということを見出すことができています。
授業のまとめは、「励ましがあるかないかという条件によって全然違ってくるね」とラベルの説明をして、パフォーマンスが上がるモチベーションの与え方と、上がらない与え方について、部活など身近な例について考えてみよう、という振り返りをさせました。
生徒はどのようなことを見つけ出したか
ここまでの活動について、生徒が、矛盾する理由についてどのようなことを見つけたかについて、生徒が「矛盾の理由」に関して記入した内容を、収集して分類しました。分類の基準には、授業で示した「ラベル」以外の理由も入れました。
1回目の授業では、かなりの生徒が「バイアス」を同定できています。正直なところ、最初は生徒が理由を見出せるか自信がなかったので、授業の最初に「バイアス」という概念を説明してから活動を行いしました。ですから、矛盾理由が見つけられるのは、ある意味当然とも言えます。
2回目の、相関と因果関係について扱った授業では、「異なる原因」、つまり他に原因がある可能性を、多くの生徒が見い出すことができています。注目していただきたいのが、前回扱ったバイアスについて触れている生徒がかなりいたことです。教育評論家A・Bというように、名前や肩書でバイアスがかからないようにしたのですが、それでもかなりの生徒がひっぱられています。
3回目の「メカニズムの違い」のところでは、多くの生徒が「対象の違い」や「期間の違い」、それから「効果の内容(≒メカニズム)の違い」に注目しています。
4回目は、こちらが狙いとした「条件の違い」に触れている生徒もいますが、かなり多くの生徒が前回勉強した「対象の違い」に触れているということがわかりました。
これらを基にラベルの発見について考察していきます。まずは「矛盾する理由」というラベルは、多くの生徒が発見することができました。ただ、グループワークなので、どうしてもクラスやグループの雰囲気で、どれだけ真剣に取り組むかということに左右される部分はあります。ここは改善しなければならないと思います。
先ほど「理由の理由」ということをお話ししましたが、「理由を考えろ」だけだと、「人が違う」といったところで止まってしまうことが多いです。そこで「じゃあ人がどう違うのか」という「理由の理由」を考えようと指示しました。すると、深くまで考えることができました。「理由の理由」という名前で、「どのように違うのか」を考えさせる指示が有効でした。
もう一つは、ラベルはけっこう定着するということです。今回の4回の活動で、前回学んだラベルが次にも出てきていました。それ自体は誤りではありますが、「前はこうだったから、次にも使ってみよう」という、他の問題に応用できる形で学ぶことができるということにもなると考えています。
2つの文章の比較は、他の授業でも考えを深めることに応用できる
今回授業を行ってみて、2つの文章を比較するという活動自体が、生徒に深い考えを促すのに非常に有効なものであることに気が付いたので、他の授業でもいろいろ使ってみました。
まずは情報モラルのところで、「鍵アカ(鍵付きアカウント)なら何を書いても大丈夫」と主張する女子高生と、「鍵アカでも何だか危なそう」と主張する女子高生の文章を読ませて、この2人の考え方の違いを見つけてみよう、ということをやってみました。ここでは、「大丈夫だと言っている人は、拡散性や残存性、検索性といった情報の特性を忘れているね」ということを見出させることを狙ってみました。
もう一つは、インターネット前夜という設定で、次世代のコンピュータ同士の通信に、どういう技術を採用すべきか、一人の技術者はパケット交換方式を、もう一人は回線交換方式を主張しているという設定です。それぞれが主張している文章を読んで比較し、コンピュータ通信の未来の描き方が違う理由を見つける授業を行いました。これはけっこう面白い議論ができました。
さらに来年度は、これをプログラム教育にも応用したみたいと考えています。指示された2つのプログラムの記述と実行結果を比較して、違いをもとにプログラムの意味に気付くことができるかもしれません。
さらに、それをどうやったら確かめられるのかという仮説と検証の学習が、プログラムを通してできると考えています。これは来年度やってみたいと思っています。