事例82
宇宙エレベーターをテーマとした課題解決型学習(PBL)
神奈川大学附属中学・高校 小林道夫先生
これからお話しする「宇宙エレベーター」が、具体的にどのように役に立っているのかと言うと、正直心もとないところもあります。しかし、情報教育の一つの可能性として、こういったスケールの大きな取り組みもあるということで、ぜひお聞きください。
情報教育の中で「課題解決型学習」を行うために
情報教育の次なる方向性として、今、プログラミング教育が注目されていますが、その目的は、大きく三つにまとめられます。
1.「コンピューターのしくみに対する本質的な理解」。
2.「ITを活用してアイデアを具現化する」ことを身につける。
3.「様々な課題に試行錯誤しながら主体的かつ創造的に取り組んでいく姿勢」を育んでいく。
プログラミング教育を段階的に見ていくと、小学校ではScratchなどのビジュアル言語を使ったアルゴリズム学習から入ります。それを使って、センサーロボットなどを動かす活動ですね。これからお話する宇宙エレベーターも、レゴのマインドストーム(※1)というロボットを使ってプログラミングを行います。
(※1) https://www.lego.com/ja-jp/products/themes/mindstorms/mindstorms-ev3-31313
そして中学校では実際にプログラミング言語を使ってコーディングを行い、与えられた課題から推論を検証していきます。高校になると、身近な課題から自分で推論を立てて検証する、問題解決のためのプログラミングに取り組みましょう、ということになります。このような形で、徐々にステップアップしていきます。
以上の三つが、これからの学習指導要領で具体化されていきますが、ロボットを作ったり動かしたりということになると、やはりセンサーロボットでライントレースというのが一般的です。
本校でも中学生を対象に、こういったライントレースを通して、プログラムで言えば順次処理と条件分岐と繰り返しといったものを教えていきます。
ただ、私自身、課題解決型の授業を行いたいという思いは常にあり、高校の情報ではWebページや映像を作るなど、いろいろな取り組みをしています。
アクティブラーニングやPBL (Project Based Learning) については、こちらの長崎大学の山地弘起先生が作られた図が、非常にわかりやすいので、ご紹介します。
「構造の自由度」と「活動の範囲」を、それぞれ縦軸・横軸とすると、やはり中学から高校に進むにつれて、より自由度が高いもの、活動の範囲が広いものに取り組んでいきたくなります。
そうすると、これまで得た知識やスキルを活用したフィールドワークや実践が考えられますが、その中でも、何か一つの問題について、生徒たちが自分で調査して問題解決を目指すような探求的な活動が理想的といえます。
「宇宙エレベーター」の構想が、これからの宇宙ビジネスを加速させる
そこで、今回のテーマ、「宇宙エレベーター」についての話になります。宇宙エレベーターというのは、今のところ、まだ存在していない、SFの世界のお話です。
われわれが見ているBS放送の放送衛星や、天気予報の気象衛星というのは、36,000km上空の、地球の自転と同じ速度で回転する静止衛星から信号が送られてきています。つまり、その衛星からひもを垂らして地球に下ろせば、地球はひもと一緒に回転するので絡まらないことになります。そこで、衛星まで届くエレベーターを設置して、人や物を運んでみようというのが、宇宙エレベーターの構想です。
時速200km、新幹線と同じくらいのスピードなら、1週間ほどで宇宙ステーションにたどり着けます。ただし、地上36,000kmから物を垂らすと重くなってしまうので、遠心力を利用するため、地球の反対側にケーブルをどんどん伸ばしていく必要があり、約10万kmのケーブルを伸ばしてやってみようということになっています。普通に考えると、できるわけがないと思いますが、カーボンナノチューブなどの軽くて強い新素材が登場したこともあり、最近では、実現の可能性もあるのではないかと言われるようになってきました。
今現在、宇宙空間へ行くにはロケットしか方法はありません。先日も金井飛行士がロケットで国際宇宙ステーション (ISS) に行きましたが、実は、ISSは地球から400kmしか離れていなのです。そして、人間はかつてアポロ計画で、38万km離れている月へ行ったことはあるのです。
月と言えば、「HAKUTO」という団体のチャレンジを紹介しておきます。HAKUTOは、月面探査レースに唯一日本から参戦しているチームです。これは、Googleがスポンサーになって、地球からロケットを飛ばして月に着陸し、探査車を500m走らせて、その写真と映像を地球に送る、というレースです。このHAKUTOは、最初に選抜された世界16チームの中でも、さらにここから絞られた5チームの中でも、最軽量の月面探査車を使っているという、優秀なチームです。2017年12月28日までにロケットを発射する予定でしたが、期限が延長され、2018年3月31日までに発射することになりました(※)。
※「Google Lunar X PRIZE」を運営する米国の非営利財団は、2018年1月23日、期日の2018年3月31日までに月に到達できるチームはないと結論付け、総額3000万ドルの賞金を受け取る受賞者はいないと発表しました。
なぜこの話をしたかというと、現在の宇宙開発は、「人間が月に行く」のではなく、このようにロケットを飛ばしたり探査車を走らせたりするのが中心になっていているからです。
2017年、アメリカでトランプ氏が大統領になり、再び月の開発を始めるという方針を打ち出されました。これによって、アメリカは宇宙開発に多額の費用を投入することになりました。今後大きな利益を生む宇宙ビジネスをより積極的に展開していこうというのが、大きな流れになってくることでしょう。
大林組の「宇宙エレベーター建設構想」
その流れの中で、宇宙エレベーターは、ロケットではなく、エレベーターを作ろうというものです。カーボンナノチューブで作ったテザー(鎖)を地上に垂らして、そこからクライマーと呼ばれる宇宙エレベーターを上下させようという構想です。
※クリックすると拡大します
これを実際に作ると手を挙げたのが、スカイツリーを作った大林組です。2050年、あと33年後に完成予定ということで、赤道上にアースポート (宇宙エレベーターの駅) を作って、そこから宇宙エレベーターをステーションまで持ち上げようというものです。エレベーターは、新幹線のような細長い形になるのではないかと想定されています。
そして、そのエネルギーは宇宙太陽光を利用した再生エネルギーです。途中にコロニー、いわゆる宇宙ステーションを作り、そこにロケットや宇宙船の発射場を作って発射すれば、より火星が近くなり、さらにその他の惑星にも飛んでいけるだろう、と考えられています。
今現在、ISSにある「きぼう」という日本の実験棟に、テザーの素材となるカーボンナノチューブを持っていき、宇宙での耐久実験を始めています。また、ソーラーパネルを宇宙に展開して、「宇宙太陽光システム」を建設する準備もしています。宇宙太陽光で生まれた電力エネルギーを地球に送信することができれば、地球のエネルギー問題は一気に解決するだろうとも言われています。
この計画は2050年の完成を目指して進められていますが、人類は、2030年には火星に到達する話もあり、これからの宇宙開発はさらなる進化を遂げていくと考えられます。大林組のインターネットサイトでは、解説動画もありますので、興味のある方はアクセスしてみてください(※2)。
(※2) 大林組「宇宙エレーベーター建設構想」
https://www.obayashi.co.jp/recruit/shinsotsu/challenge/spaceelevator.html
宇宙エレベーター構想を五つのステップで授業に展開
こういった、宇宙に関する様々なことも含め、情報の授業で「宇宙エレベーターロボット」というものを作ってみよう、というのがここからのお話です。学習効果としては、以下のようなものがあげられます。
1. 物資や人を運ぶ問題点や、安全について考える契機となる。
2. 主体的な学びの3要素「メタ認知」「学習意欲」「学習方略」を持った課題になる。
3. 興味を持って関わることによって、生徒自身が将来の可能性を考えるようになる。
そこで、具体的にどのように宇宙エレベーターの授業を進めるのか、ということで、以下の五つのステップを考えました。
1. 【宇宙開発の目的、宇宙エレベーターロボットの構想】
最初に、なぜ宇宙エレベーターロボットが必要なのか、どんな形でどんな動きをするのがよいのかということを考えた上で、マインドストームを使ってロケットの模型を作っていきます。マインドストームはブロックなので、いろいろな形を作ることができます。さらに、いろいろなセンサーがあるので、センサーを使って自動処理や計測を行うことができます。
2. 【宇宙エレベーターの製作】
構想が固まったら、ロボットの制作にとりかかります。ベルトを挟みながら上る仕組みを考えよう、ベルトの挟み方を変えながら作ってみよう、さらに、タッチセンサーや超音波センサーを搭載して試走してみよう、といったことに挑戦します。また、ロボットはひもを垂らして上っていく形ですが、バランスが悪いとどうしてもうまく上らないので、ジャイロセンサーを使って補正をするといったことなども考える必要があります。
3. 【プログラミング】
できあがったロボットを動かすためにプログラミングをします。ここでは、コーディングをする必要がない、iPadやPCを使って配置するだけの簡単なプログラムを使います。
4. 【プレゼンテーション】
自分の作ったロボットの設計や、未解決な問題点などについて発表します。
5. 【宇宙エレベーターロボット競技会】
最終的には、「宇宙エレベーターロボット競技会 (※3) 」に、出品できるまでのものを作りたいと考えています。実際に、ベルト状のケーブルを上っていくロボットを作り、これを約2mほどの高さに設置した「ステーション」までピンポン球やフィギュアなどを乗せて到達させます。
(※3) http://space-elevator.tokyo/
以上のようなステップで、授業を進めていきます。実際の授業では、これだけでだいたい7~8時間程度かかります。
宇宙エレベーターロボット競技会
最後に「宇宙エレベーターロボット競技会」についてお話しします。競技会と言っても、単に競うだけではなく、宇宙エレベーターの研究者に講義をしてもらい、勉強をしながら取り組むという感じになります。
競技には、例えば3分以内で60個のピンポン球を、できるだけ落とさないように運ぶというタイムトライアルがあります。球を落としてしまうと、その分減点になります。安全性を考えて確実に運ぶということが、重要なポイントになるわけです。また、ロボットが動きだしたら自動走行にまかせ、プログラムに対しては絶対に手を出さないというルールになっています。
こちらは日本科学未来館で行った第4回大会の様子です。今回、2017年の第5回大会は、11月5日に神奈川大学の横浜キャンパスで実施しました。
第1回目の参加校は8チームでしたが、今回は韓国からの参加もあり、143チームにまで増え、関西大会と東北大会も開催されています。来年は九州大会をやりたいという声もあり、徐々に広がりを見せてきています。
こういったロボット大会は、有名な「ロボコン」なども含めて様々なものがあり、回を重ねるごとに、どんどんレベルが上がっていきます。高専高校や工業高校などが入ってくると、普通校の高校生や中学生のレベルでは参加するのも難しくなりますが、この「宇宙エレベーターロボット競技会」は、非常に簡単なルールと簡単なプログラムで参加することができるので、導入として取り組みやすいものです。現在は、小学生部門・中学生部門・高校生部門があり、それぞれのレベルで頑張っています。