事例87
問題解決の手段としてプログラミングを活用するための工夫
~「学校生活をより楽しむためのアイデア」を形にする
神戸大学附属中等教育学校 米田貴先生
現行の学習指導要領の「情報の科学」では、「問題解決との関わりの中で、情報機器や情報通信技術を効果的に活用するための情報通信技術を習得させること」が目標となっています。そして、ただ問題解決を行わせるだけでなく、そこで利用されるコンピュータによる処理手順の自動手順実行や論理的な考え方、統計データの扱い方など様々な場面で活かせる応用力を習得させるのであって、コンピュータやソフトウエアの習得やプログラミング言語の記法などが主目的にならないように留意すること、とされています。
しかし、実際には初学者が作ることができるプログラムでは、高校生の「問題解決」のレベルとしては物足りず、また逆に、高校生にふさわしいレベルの問題解決を情報科の授業の中だけで行うためには、材料や設定に様々な工夫が必要です。
生徒が自ら発見した課題を解決するために、授業で学んだことを活かして問題解決のためのよりよい方法を探ること。それが主体的・探究的で深い学び=いわゆるアクティブ・ラーニングにつながることは、高校のみならずあらゆる学校段階でのプログラミング教育で目指すべき授業のあり方です。
今回見学したのは、神戸大学附属中等教育学校4年生(高校1年生)の「情報の科学」の授業です。「学校生活をもっと楽しく!『あったら楽しい』アイテム開発」というテーマについて、4~5人の班で学校生活における解決すべき問題を討論し、設定した課題を改善するためのアイデアを討論して、班としてのアイデアをmicro:bit(※1)、ブロック、ペーパークラフト等で形にして、作品のプレゼンと相互評価を行います。相互評価は、「出資会」形式で行い、優秀班を決めます。
当日は、この一連の活動の最終回の発表と相互評価を行いました。
(2018年2月10日(土)神戸大学附属中等教育学校公開授業)
※1 Micro:bitイギリスのBBCが主体となって作った教育向けのマイコンボード
micro:bitを使って「学校生活をもっと楽しくするアイデア」を形にする
この単元の実施までに、生徒たちは「ピクトグラミング」(※2)でプログラミングの処理の基本構造(逐次処理、繰り返し処理、条件分岐処理)や変数について学んできています。この10回の授業では、生徒たちが日常生活の中で発見した問題を解決するためには「どのようなアイデア」があり、そのアイデアを具体化するために、プログラミングを使ったモノ作りを行います。
単に「問題解決」だけでは考えにくいため、「学校生活をもっと楽しく!」という観点で、生徒たちが「こんなものがほしい」というものを考えます。これをブロックやペーパークラフトを使って形にしていくわけです。
※2 ピクトグラミングを用いた授業については下記記事参照
https://www.wakuwaku-catch.net/jirei1876/
この活動で使うのがmicro:bitです。micro:bitは、ユーザーが動作をプログラミングできる25個のLEDと2個のボタンスイッチ、加速度センサ、磁力センサ、無線通信機能(BLE)を搭載しています。LEDは明るさセンサとしての機能も持ちます。またwebブラウザ上で開発できるため、環境構築を行う必要がありません。本体をUSBケーブルでPCと接続し、開発したプログラムをドラッグアンドドロップで書き込み、動作を確認します。
前半の4時は、簡単なプログラムによる制御を通して、micro:bitの使用法を個人で学びます。ここでは、スピーカなどの外部デバイスと接続したり、micro:bitに内蔵されている様々なセンサの値を取得して設定した変数に代入したり、といった基礎的な操作を経験しますが、それを使って何ができるかというのは、後半のグループによる製作の中で、「こういう動作をするプログラムが作りたい」という、内発的な動機のもとに応用されることになります。
「出資会」形式で、自分が気に入ったアイデアに投票
プレゼンは、前半・後半各15分の2回行います。班の中で前半・後半のプレゼン担当を決め、担当以外の人は他の班のプレゼンを聞きに行きます。こうすることで、自分の班の作品について全員が責任を持って説明することになります。プレゼンを聞く際には、ただ説明を聞くだけでなく、なぜそのようなアイデアにしたのか、プログラミングで工夫した点はどこか等の質疑応答も行います。
相互評価用には各自が、「20ピク」「10ピク」「5ピク」の3種類の紙幣を持ち、「おもしろいアイデアなので出資したい」と思う班にピク札を投票します。
プレゼンでは、実機のデモンストレーションとともに、プログラムをパソコン画面に提示します。ポスターやCM動画を作る班もありました。
[クレーンゲームによるくじ引き]
黄色の〇で囲んだものがmicro:bitです。この班は、途中で実機が動かなくなってしまいましたが、動作の様子を撮った動画でプレゼンを行うという対応ができていました。
[プレゼン応援ツール]
プレゼンボックスに立つと、スポットライトやBGMが流れます。
[授業中眠くなったら起こしてくれるマシーン]
この班は、スマートフォンで動画のCMを見せながら説明していました。
[シューティングゲーム]
ブロックで作ったコントローラーの中にmicro:bitが入っています。
最後までプレゼンの意欲を保つ工夫も
この発表形式では、班のメンバー全員が説明することになり、ただ聞いているだけという人が出てきません。また、どの班の作品にも常に説明する人がいる状態になるので、作品をじっくり見たり、質問をしたりしやすい雰囲気になります。
さらに、実機とともにプログラムも提示してあるため、動作の説明をする際にプログラムの該当部分を見せて説明する班もありました。
前半・後半のプレゼンが終了した後に、各班に集まったピク札の集計をします。全員が起立して、〇〇ポイント以下の班が座っていく、という形で結果発表を行いました。一人1票の投票よりも高いポイントが得られ、またポイントにバラつきが出やすいため、教室内は大いに盛り上がりました。
投票の結果、準優勝となったのは、遠隔操作によってギアの組み合わせでペンを動かしてジグザグの線を描く装置を作ったチーム。サインペンを上手につかんで、大掛かりな装置で描線を実現していました。
優勝は机の上のゴミを遠隔操作で掃除するロボットを作ったチームでした。このチームは、Bluetoothで進行を制御するためのコントローラーを、前後方向と左右方向の2つ付けることによってなめらかな動きを可能にしたことが、高い評価を得ていました。
「こんな動きを作りたい」という思いが学びを深める原動力に
どの班も、センサやBluetooth、LEDなどを組み合わせて楽しい動作を実現していました。例えば、先ほどの「プレゼン応援ツール」では、プレゼンが苦手な人でも楽しくプレゼンができるように、ということで、プレゼンする人(=人形)がボックスに立つと、スポットライトが当たったり、リラックスできるBGMが流れたりします。「苦手なプレゼンを楽しくするためにはどうしたらよいか」という問題意識があり、それを解決するためにはどのような仕組みがあればよいのか、さらに実現のためにはどのようなプログラムを組んだらよいのか、ということを一つひとつ考えたのだそうです。単なるものづくりでなく、「こういう動きを作りたい」という思いが、自ら学習を深めていく原動力になっていることが見てとれました。
[米田先生のお話]
「試行錯誤することは楽しい」と感じられる活動を目指して
この授業は、青山学院大学の協力を受けて行っています。昨年電波法が改正になり、授業の中でも無線通信を使った活動ができるようになったので、今年度初めてmicro:bitを使いましたが、動作のコントロールがしやすく、とても使い勝手のよい教材です。
micro:bitは、1クラス分でセンサーボードとケーブルを合わせて15万円くらいです。ブロックはもともと学校にあったもので、この材料で5クラスが廻して使うことができます。またソフトは無償ですし、ブラウザ上で使うことができるので環境設定の必要がなく、手軽に始められるという利点もあります。
授業は、前半の5コマでmicro:bitの使い方を説明し、後半の4コマでアイデアを具体化する活動を行いました。製作期間中にインフルエンザによる学年閉鎖があり、十分な製作時間を取ることはできませんでしたが、生徒たちはよく頑張って作ることができていました。
実は、前半の授業では、DCモータやサーボモータ、Bluetoothについては、あまり詳しい説明はできなかったのです。でも、自分たちがほしい動きを作るためにこれらを使わざるを得ないという班には説明書を渡して、自分たちで試行錯誤しながらやらせました。苦労の末に動いた時には、ほとんど悲鳴に近いような喜びの声が上がっていました。全体を通して、ものを作る・試行錯誤をするのは楽しいと思うことができる活動であることを目指してきましたが、その点は達成できたと思っています。
[指導助言者より]
学んだ知識を再構築し、学ぶことを学ぶ場としての「ものづくり」
青山学院大学社会情報学部助教 吉田葵先生
この授業は、情報科の「ものづくり体験型授業」として、昨年度から米田先生と協力して行っています。内容としては、フィジカルコンピューティング(※3)を取り入れ、自分たちの生活環境に寄り添った問題解決の手段としてのコンピュータのあり方を考え、アイデアを形にしていく演習型の活動です。昨年度は「NanoBoardAG」(※4)とScratchを使って行いました。
今年度はmicro:bitを利用したことにより、ハードの機構にこだわった作品に加え、プログラム制御に注力した作品も見られ、昨年度よりも多様な作品制作を行うことができたと思います。
※3 人間とコンピュータを、様々なセンサ技術を用いて結びつけるシステムや手法。ディスプレイ
やキーボードといった従来のインターフェースだけでなく、人間の表情・音声・動作などをセン
サで捉え、電子機器やロボットなどを操作・制御する。
※4 Arduino互換でScratch用センサーボードの上位互換機
http://tiisai.dip.jp/?page_id=935
青山学院大学社会情報学部准教授 伊藤一成先生
一応本日は,指導助言者という立場らしいのですが、特段言うことも、することもありません。先生と生徒の信頼関係の下、生徒たちがいろいろなアイデアを実現していくので、やはりその場にいて楽しいし、これが健全な状態であると思います。ピクトグラミングの時とは別の創作のプロセスを見ることができました。近年、自由度が高くない上に非常に高価なデバイスを使い、費用対効果からも良くない事例も散見されます。特に公教育の場では予算も限られますので、まずは高かろう悪かろうの状況にだけはならないように努めることが大切だと思います。