事例96

3年目を迎えた専門科目「情報学基礎」

~次期指導要領における「情報Ⅰ」を見据えたプログラム開発

京都市立西京高校 藤岡健史先生

「情報学」はプログラミングだけではない

私は2003年、ちょうど高校に教科「情報」が導入されたときに教員として採用されました。そのときは数学での採用でしたが、大学の研究室ではプログラミング、データベースなどを研究していたので、もともとは情報科学が専門です。

 

最初の勤務校の京都市立堀川高校がSSH(Super Science High School)の学校だったので、2003年ごろ「探究」の内容を情報に入れるとしたらどうするかという課題について、研究開発的な形で仕事に取り組むことになりました。堀川高校には10年ほど勤務しましたが、その間ずっと情報科学の仕事をしてきたわけです。

 

最近、新しい学習指導要領が出され、小学校からプログラミングを学習して、大学入試にも教科情報が入るのではないかということが検討されつつあります。「これは大変だ」という声も結構あるようですが、私はいわゆる「そっち側」にどっぷりいた人間ですので、「情報とはプログラミング(の技術)である」という雰囲気には違和感があります。もちろん、プログラミングも重要な力の一つなのですが、それだけではないからです。

 

教科「情報」がスタートした2003年当初は、子どもたちが身に付けるべきコミュニケーション能力や、伝えたい内容をどのようにして伝えていくかといった、いわゆる「情報活用能力」に主題を置いた授業をしていた学校が多かったように思います。

 

当時を振り返ってみると、情報A、B、Cとあるうち「情報A」を設置する学校が、非常に多かったという歴史があります。ワード、パワーポイント、エクセルでお茶を濁しているんじゃないかと揶揄された時代でもありましたが、そういうところも含めて、情報活用能力に重点を置いていました。そこから近年は、Scratchを使ってみましょうとか、プログラミング言語はJavaScriptにするのかPythonにするのかなど、プログラミングの方に大きく舵が切られている感じがします。

 

この「情報」という言葉が表している意味ですね、これが大きく異なっていることに、先生方はもうお気付きだと思います。例えば、「この本、1週間かけて一生懸命読んだけど、なんか情報が少なかったなあ」というときの「情報」と、コンピュータにプログラムを書いて、それに従って計算や処理がなされて結果が返ってくるという情報処理をするときの「情報」。この二つは、果たして同じ意味なのでしょうか。教壇に立って説明するときに、無意識的にごっちゃにして説明していることもあるかもしれません。しかし、これは非常に大きな誤解を生んでしまいます。

 

ニュースなどで、「これからAI社会が訪れる」といったとき、当然AIはコンピュータですから、後者の意味での「情報」です。にもかかわらず、AIが出してくる「情報」というのは、人間がコミュニケーションに使っているときの「情報」と、同じ意味で使われてはいるのではないでしょうか。

そこをきちんと子どもたちに教えないと、これからAIが生活の中に入ってきたときに、世の中にはとてつもなく大きな誤解を持った人たちがたくさん生まれてしまうのではないかと、大いに危惧されます。誤解を生まないためには、学校教育で「情報」をきちんと扱う必要があるのです。

 

ただ、情報とは何かということを、情報科でやるかどうかというのは、また別の議論なのかもしれません。例えば、諸外国の中には、国語で「言語とは何なのか」ということを教える延長で、「情報とは何なのか」ということをレクチャーする国もあります。

しかし、日本の国語教育では、自分が担当する以外の教科を教えることは、あまり好まれず、この点の理解が進んでいないという現状があります。やはりこの国の中で、学習指導要領にある中で、やるとしたら情報科しかないのです。

 

次期学習指導要領の「情報Ⅰ」「情報Ⅱ」の中で、「情報とは何か」という内容を取り入れるとしたら、「コミュニケーションと情報デザイン」になるでしょう。この中で、「情報」にはいくつかの種類があるということをきちんと教えるべきだと思います。その上でコンピュータ、あるいはプログラミング、モデル化とシミュレーションというところとしっかり区別して教えなければならないと、強く思っています。

 

大学との連携を見据えた「情報一般の原理」

これは私だけが言っていることではなくて、2年前に日本学術会議が、大学教育で情報学の何を教えるかというところについて出した、参照基準でも言及されています。

 

ちょうど2年前の3月に、日本学術会議が大学教育で情報学の何を教えるかということについて、参照基準を出しています。そこで委員長の萩谷昌巳先生が、情報学を大学だけで考えるのではなく、高校との接続をきちんとやるべきとの提言をされています。

 

小学校からプログラミングということばかり言われますが、そういうことだけではなく、大学の情報教育がどうなっているのかというところを、高校教員はよくわかっていないといけないということです。

 

そして、参照基準の中では、これを『情報一般の原理』と述べています。ここには、「よりよい情報社会を築くためには、コンピュータ上で処理される情報と社会におけるコミュニケーションに用いられる情報を、共通に理解し統御するための普遍的な原理が必要である」と明記されています。

 

こういった文言を見ると、やはり情報については、国語等でやるよりも、情報科で学習するべきものだという思いが強まります。

 

情報一般の原理は、参照基準の中で言うと5項目あり、『ア』『イ』『ウ』『エ』『オ』と分けられています。『イ』から『オ』の部分については、今回の指導要領の改訂で、情報ⅠやⅡの基礎的で重要な部分には、エッセンスが確かに入ってきていますし、中学校の技術の内容にも、かなり深いところまで入ってきているように思います。

 

ただ、『ア』の部分があまり具体的に明記されていないのは、私としてはやや危惧しているところですが、これはまだ始まっていないので、仕方ないことなのかもしれません。

 

実際の学校現場で先生方が、日常生活で使う情報とコンピュータが処理する情報は、違うということを最初にきちんとわかった上で、これからAI社会で生きていく生徒たちを育てるという、強い思いを持っていただければよいのではないかと思います。

 

専門科目「情報学基礎」のプログラム設計方針

私は現任校で「情報学基礎」という内容の実践を続けてきています。私自体のリサーチクエスチョンはずっと変わっていなくて、情報一般の原理というものを、高校の情報で学び、きちんとわかった状態で生徒たちに情報社会に出ていってほしいという強い思いを持っています。

 


 

実践紹介「コミュニケーションとメディア」

ここからは、実践の内容をご紹介します。

私の現任校の京都市立西京高等学校は、もともとは商業高校でしたが、現在は附属中学を持つ中高一貫校です。内部進学3クラスと外部募集4クラスを設置し、平成27年度から5年間SGH(Super Global High School)に指定され、生徒全員にタブレットPCを持たせて、情報教育と英語教育に力を入れています。

 

こちらの図は、「コミュニケーションとメディア」の学習例です。生徒にはワークシートにして渡します。まず、自分を中心にして、クラスやクラブなど、自らが所属している集団名を書き込んでいきます。

 

これを書かせた上で、メディアの話をします。

 

メディアには「二つのメディア」という概念がありますが、一つは皆さんもご存じのいわゆる普通のメディア。それをこの基礎情報学、情報一般の原理の流れでいうと、伝えるためのメディアで「伝播メディア」と呼びます。いろいろなマスメディアもこれに含まれますし、今私がこうやってしゃべっていることも、言葉を発すると音声として聞こえるのであれば、空気も伝播メディアであるということになります。

 

情報の種類によってメディアは異なる

この図にあるように、情報には「生命情報」「社会情報」「機械情報」の三つがあります。そのうちの、「機械情報」を物理的に媒介するのが「伝播メディア」です。

 

もう一つは、「社会情報」です。これはコミュニケーションに使われるもので、簡単な例で言えば言語はまさにその典型ですし、ピクトグラムもそうです。要するに、記号に意味が乗っているようなものを言います。

これ見たらこうだとわかるものですが、これを媒介するのが「成果メディア」です。私たちは、宗教や法律など、特定の集団の中で、価値観を共有しているために、コミュニケーションの誤解は生じにくくなります。

 

ここまでの説明を聞いた上で、先ほどの「自分が所属する組織」の図を、もう一度見てみてみましょう。その中で、どれでも結構ですので一つの組織に着目してください。すると、その中でしか通じない内輪ネタというのがあると思います。例えば勤務先の学校と書かれた先生でしたら、その学校の中だけでしか通じないようなネタがあるはずです。企業の方なら、その部署の中でしか通じないような、言葉や文化などがあるのではないでしょうか。

 

それを授業中に生徒に発表させると、めちゃくちゃ面白いです。発表してもらっても、その組織にいない他の生徒は、何もわかりません。すごく乾いた空気になります。

 

こういうことは、実は情報社会でよく起こるのですが、ある限られた組織の中では成り立つものの、その組織から一歩離れると、全くもってそれはメディアとして機能しなくなるというのが「成果メディア」の特徴です。

 

イツメンでプリクラ?!

「成果メディア」の「成果」というのは、コミュニケーションの成果を生むという意味です。ですから、物理的なメディアとはちょっと意味が違うのですが、その社会情報を論理的に媒介するもので、意味的な領域を狭めて論理的なつながりを与えるため、コミュニケーションの誤解は生じにくくなります。

 

生徒たちは、これをよく理解してくれています。例えば「イツメンでプリクラ撮りに行こう」…なんだかよくわかりませんね。「イツメン」というのは、いつものメンバーという意味なのですが、まさにこれです。その中でしか成り立たないコミュニケーションであり、それを突き詰めていくと、実は誰かを「ハブる」、つまり仲間はずれにする、ということが起こるのです。

 

こういうことは、私たち大人の情報社会でも起こっていることです。今ここでも起こっています。

 

例えば、情報の研究会には私もよく参加させていただいているので、よくお顔を拝見する先生方がいっぱいおられますが、そのコミュニティーの中でのコミュニケーションが高まれば高まるほど、他の研究会との間でのやりとりはどんどん薄れていきます。これはルーマンの言葉を借りると「排除」ということになるのですが、そういうようなことが生じてしまう、一種、浮きやすい社会になっていくのです。

 

実は内輪ネタ以外にも、成果メディアというのはたくさんあるのですが、これ以上やると時間がなくなるので、詳しくは西垣先生の本(※1)を参照していただければと思います。

(※1)「生命と機械をつなぐ知」http://koryosha.co.jp/menu/243/

 

実践結果・考察

最後に、3年間やってみてということで生徒にアンケートをとりました。まず、2016年のアンケート結果です。正直に言いますと、当時は「情報」と「コミュニケーション」のところは、反応はあまりよくなかったです。授業が面白くなかったのかもしれません。

それでも、生徒受けをよくするためにやるとか、逆に生徒受けが悪かったからやめるというのはおかしいと思います。大事だと思うからやるわけであり、2018年の結果を見ると、少しは改善されました。今後は課題を改善しながら取り組んでいきたいと思っています。

[質疑応答]

高校教員 : 先生が「情報」という言葉を生徒に説明するときは何と説明するのか、また、コンピュータが扱う「情報」というのが、例えば具体的にはどのようなものを指しているのか、この2点について教えていただければと思います。

 

藤岡先生 : コミュニケーションの授業をする前に、「情報とは」という授業があり、先ほど挙げた三つの情報概念について、説明しています。

 

情報とは「inform」つまり、in=内側に、form=形作るという意味です。先生方が、今私の声を聞いていて内側に生じているもの、先生方の内部に立ち上がっているものが、一番広い意味での情報ということになり、これを「生命情報」と呼びます。

 

その中で、人間がコミュニケーションに使っているものが「社会情報」、つまり、言語やピクトグラムなどです。そして、その中で情報科学や情報工学で対象とするのが「機械情報」になります。と、このように説明しています。

 

図書館職員 :このような授業はとても重要だと思うのですが、こういった内容を広めていくにはどのようにしたらよいのでしょうか。

 

藤岡先生 :おっしゃる通り、なかなか広まっていかないのが残念だと感じています。もちろん、情報科も重要なのですが、英語、国語、倫理・社会、哲学など、大学の先生方も含めて、アイディアを聞きかせていただきたいと思っています。日本だけではなく、世界中が協力していかなければならない課題なのではないかとも思っています。

 

第11回全国高等学校情報教育研究会秋田大会講演より