事例98
生徒がクラスと自身のネット利用状況について仮説を立て、その検討のためにデータを収集・分析をし、その結果をレポートとしてまとめ、プレゼンをする横断的な実践!~情報活用能力を育むことでネット依存の自覚を促す、情報モラル教育
東京都立江北高校 稲垣俊介先生
自律を促す横断的な情報モラルの学習
今日の高校生は長時間かつ頻繁にインターネットを使っています。内閣府の調査では、1日に5時間以上利用する高校生の割合は4人に1人、1日の平均ネット利用時間は約3時間です。インターネットにのめり込んで勉強等ができなくなった経験が「ある」と答えるのは学校種が上がることで増えるという結果が出ています。しかし、自分自身が他の人と比べてどの程度使っているかを知る機会は、実はあまりありません。
今回の私の授業の目的は、ネット利用の自覚を促し、自律的な利用をさせることにあります。
そのためには長時間使ってはダメだと従来の指導をしても、簡単に利用時間を減らすことはできません。何故かといえば、それは生徒に欠かすことのできないツールにスマホがなっているからです。私は情報科教員として、科学的な視点で自分の利用状況を分析させて、その結果、自分の状況を自覚し、自律したネット利用を促すことが、情報科らしい情報モラルの指導だと考えました。
静岡大学の酒井郷平先生と塩田真吾先生のグループは、学校教育におけるネット依存の指導や先行研究に対して、図に挙げた3点を課題として指摘しています。
今回ご紹介する授業は、これらの課題を見据えたネット依存の改善を目的とし、2018年4月から6月にかけて、私の勤務校の3年生の「情報の科学」にて実践しました。対象生徒314名(男子165名、女子149名)にです。本単元は12時間であり、プレゼンテーション、表計算ソフトによる分析、問題解決、ネット利用について横断的に学ぶ、情報モラルを含む「情報活用能力」の育成を目指しました。
情報モラル単元に12時間も使うのは多すぎるのではないかと、考える方も多いかと思います。しかし、12時間の中には、情報活用能力を育むための、様々な単元や内容を横断的に取り扱っています。それらの実践の結果として情報モラルの育成となるように以下のような単元を設定しています。
実践の内容~「主張」「論拠」「根拠」を組み立て議論のしかたを学ぶ
その授業の流れと内容は次のとおりです。
まずマインドマップを用いて自己分析し、さらにこの自己分析を利用してプレゼンをさせました。そのプレゼンは後ほど自身のネット利用状況をプレゼンする練習となっています。このプレゼンは自己を表現するということで共通のプレゼンとなっています。
マインドマップは、真ん中に「自分の似顔絵」を書いて、そこから自分自身の興味や関心に関連する内容など、思いつくことをどんどん書いていきます。
この時に大事にするのは、思考を発散させながら書いていくだけでなく、最終的には収束をするということです。その収束はマインドマップを見ながら、その内容をアウトライン構造となっている箇条書きを書かせることで行っています。これはあとでレポートの書き方や章立ての仕方の練習となっています。
次にトゥールミン・ロジックを使って、「主張」「論拠」「根拠」とは何かを学び、主張の組み立て方を習得させました。
まず、「主張」とはあなたが言いたいこと、「根拠」は主張のよりどころとなるデータのこと、「論拠」は、データが主張に繋がるためのロジックのことであることを説明します。
さらに議論の具体例として、「未成年者が携帯電話を持つ際にはフィルタリングを必ず設定する法律をつくるべきか」という議論のテーマに、「賛成する」「反対する」という主張、その主張の根拠になるデータ、主張の論拠を使って検討することを行いました。
次に表計算ソフトを使って分析を行いました。データ分析を行うと同時に基本操作、各種関数やグラフの作成などを学習しました。
次の授業で生徒に自分たちでデータを取らせ、データ分析をさせます。その中で、生徒は自分の収集したデータをそのまま使うと、表計算ソフトではグラフ化ができない、ということに気づきます。グラフ化ができるようになるには、生データのままではなく、収集したデータをグラフ化できるデータに直す必要があることに気づきます。例えば、選択肢から回答者が選んだデータなどを数値に割り当てるということなどです。また、平均をとってよいデータかそうでないかを判断する必要があることにも、分析をする際には考えさせました。これらの気づきは、この単元にて表計算ソフトと分析の方法を学んでいるためだと、生徒自身も気づく仕組みとなっています。
想像を超えた生徒のレポート作成、発表力
分析のために、ネット利用に関するアンケートを実施しました。項目はSNS利用やゲーム利用など、高校生のネット利用全般を対象にしました。
その結果をもとに生徒が分析・検討するのは「所属クラスの利用傾向の分析」と「自分と他者の利用傾向の比較」の2点としました。
このアンケートの分析をもとに、全12時間の情報モラルの授業の最後にレポートを作成し、プレゼン発表しました。レポートの作成は、先ほど紹介したトゥールミン・ロジックの雛形に合わせて行いました。
結果は私の想像を超えたレベルのレポートがありました。
例えば最初に「ネット利用は女性の方が多い」と予測した生徒は、データの収集・分析から意外にも男子のほうが長いことを発見し、そこから「男子の利用時間が長いのはゲーム利用に費やすためであり、それと比較して、女子の利用するSNSは自分や他人の書き込みなどの更新がない限り利用することが少ないからなのではないか」というところまで論拠を展開したのです。
この生徒は最初に立てた「ネット利用は女性の方が多い」という予測が違っていたわけですが、その結果を活かしてさらに興味深い考察をしていました。
結果は私の想像を超えたレベルのレポートがありました。
例えば最初に「ネット利用は女性の方が多い」と予測した生徒は、データの収集・分析から意外にも男子のほうが長いことを発見し、そこから「男子の利用時間が長いのはゲーム利用に費やすためであり、それと比較して、女子の利用するSNSは自分や他人の書き込みなどの更新がない限り利用することが少ないからなのではないか」というところまで論拠を展開したのです。
この生徒は最初に立てた「ネット利用は女性の方が多い」という予測が違っていたわけですが、その結果を活かしてさらに興味深い考察をしていました。
「確かにネット利用時間は男性のほうが多かったが、女性は利用していない時間も、いつ更新があるかと常に気にしている可能性がある。だからこそ、利用時間の長い男性よりも女性のほうがネット依存しているのでないかと考えられる」というところまで考えを深めることができていました。
プレゼン発表でも想像を超えた発表がありました。
ある生徒は、最初は女性のほうが男性より「既読」を気にするからSNSの利用時間は長くなると予測しました。しかし、実はデータから男性のほうが「既読」を気にすることがわかりました。そこから彼女は「男性は用事がある時にしかLINEを利用しないため、逆に女子よりも既読を気にするようになったのでないか」と論拠を展開していきました。これらの論拠はあくまで予測であり、この結果によって明らかとなったわけではありません。明らかとするためにはロジックが足りていません。しかし、得られたデータから論拠を考えることは、研究をする上で大切な思考であり、さらに、生徒がネットの利用や依存について考える良い契機となったと考えます。
ネット依存の自覚は促されたか
また生徒が分析・検討した「自分と他者のネット利用傾向の比較」についても、興味深い意見がありました。ある生徒は「私のネット利用時間は、クラスの平均より少ないことがわかったけれど、SNS利用時間は平均より長かった。よって、SNS利用時間をもっと減らす工夫をして、勉強などにネットを活用していこうと思った」と述べました。つまり自分のインターネット利用時間は長いか短いかという視点のみで考えるのではなく、ネットを勉強などに有効に利用しようという考え方に変えていこうという提案をしてきました。
最初に示したネット依存の問題を改善する3つの課題については、成果はあったのでしょうか。
一点目の「ネット依存への自覚が促されていない」という課題については、多くの生徒が感想に「自分の利用状況を改めて数値化・グラフ化することで、使い過ぎであることを認識できた」と記述していました。このことからネット依存の自覚とまで言えないまでも、利用状況に対する自覚が多くの生徒に見られたと考えられます。
二点目の「他律的な指導により自律が促されない」という課題については、生徒の感想に「教師の具体的な指示のない中で、自分で分析することの難しさや面白さ」といった分析に対する感想が多くありましたし、それに引き続き、「分析から自分の利用状況が明らかになることでネット利用を検討する必要性に気づいた」といった記述が見られました。
この授業実践は、テーマは与えていますが、生徒は自分の状況を検討する自主的な実習と受け取っていたようです。その意味では、他律的な指導のない中で、生徒の自律は促されたと考えています。
三つ目の「単発的な授業が多く、行動改善につながりにくい」という課題ですが、最初に述べたように、そもそも本単元は複数単元にまたがる横断的な学習として始めたものであり、単発的ではありません。
ただ、授業を受けて行動改善につながったかについては、今後の課題となりました。長期的に振り返った時に、本当にネット利用に関して改善があったのかを今後も調査を続ける必要があると思っています。
第11回全国高校情報教育研究会全国大会事例発表より