事例123
「主体的・対話的で深い学び」の実現を目指したICT利活用授業実践
神奈川県立横浜旭陵高校 大久保美恵子先生
本校は、年次進行型単位制の普通科高校で、小集団や習熟度別の授業を行っているのが特徴です。コンセプトは「しっかりじっくりできる」「わかる授業の推進」で、組織的な授業改善に積極的に取り組んできました。毎年11月には公開授業も行っています。
勉強は苦手、中学のときの内容がわからない、一生懸命やっているけどなかなか力が付かない、という生徒が多いですが、基本的にはみんな素直で明るく、何とか頑張りたいという気持ちを持っています。
そのような生徒たちに対して、本校は、『人と社会と未来につなげる力』を身に付けることを目標に、日々教育活動を行っています。
「1人の10歩よりも50人の1歩」を目指す
本校は、平成25年度の「県立高校教育力向上推進事業Ver.II」から、ICT利活用教育の指定を受けています。少しずつ取り組みを進め、今年度からまた新たに3年間の指定をいただきました。
25年度の取り組みのときは、まさに「ICTって、何それ? 」というところからのスタートでした。そのときからの合言葉は、「1人の10歩よりも50人の1歩」です。誰か1人が頑張ればよいのではなく、全員がほんの少しずつでもいいから、着実に取り組みを進めていこうという意味です。
今年度からの3年間の目標は、ICTを効果的に使う学習を行い、まずは基礎的・基本的な知識・技能の習得を目指すこと、そしてこれからの社会を生きるために必要な情報活用能力の育成を図ること、この2点としました。
現在の本校のICT機器の主な利活用環境を一覧表にしました。タブレットPCに関してはリースなので、今年度で返すものもあります。学校で用意しているのはプロジェクターが数台、それからマグネットスクリーンが数本です。
平成28年度からの主な取り組み
本校の平成28年度からの主な取り組みについて、報告します。取り組みには、「研修」「実践」「支援体制の研究」という、三つの柱を立てました。
(1)研修 :外部講師・校内講師による研修と研究授業
まずは研修です。外部講師の方々を招いて『主体的・対話的で深い学び』はどのようなものなのかといったことや、ICTを利活用した授業実践についてお話していただきました。
また校内講師は、私以外にも、いろいろな教員がコンピューター室の使い方や、機器の使い方、クラウドに関する研修などを行っています。
それから、本校の大きな特徴は、公開研究授業として、全教科でICTを活用した研究授業をして、研究協議を行うということです。
下図は、平成28年度に研究授業を行った教科です。情報科は日頃からICTを使っているので、行っていません。
平成29年度・30年度の内容がその下になります。各教科それぞれに、教科の特性を活かしたICT利活用授業に取り組みました。
(2) 実践 : 一方向ではなく双方向授業の実現を
実践では、「深い学び」「対話的な学び」「主体的な学び」の実現を目標にしています。Chalk and Talkの授業も大事なのですが、一方向の授業だけではなかなかこれらの実現はかないません。そこで、双方向授業を実現するためのICTの効果的な活用について、様々な研究を行いました。
普段の授業におけるICT機器の活用には、大きく分けて三つの柱があります。
一つ目が「わかる授業」を展開するため、説明や課題提示等の場面でICTを活用することです。例えば、生徒には文章で示すよりも、映像や画像、グラフや表など視覚的に見せた方が、よりわかりやすくなります。また、表などは、ICTを活用して見せた方が時間短縮になり、その分、別のところに時間が使えることにもなります。
二つ目は、自分の考えを整理する場面で活用することです。調べ学習や、課題作成、振り返りなどでICTを利用しています。
三つ目は、共有や発表する場面で活用することです。一人の生徒の意見を全体に共有するときや、発表するとき、協働学習のときなどに使っています。
■各教科での活用事例
こちらは、服飾手芸の授業です。説明はモニターを見せて行いますが、実習はロイロノートの中に動画を入れ、生徒たちは自分の手順に応じた動画を手元の端末にダウンロードして、それを見ながら行います。
生徒それぞれのスキルがばらばらなので、自分に合った動画を見て実習を行うことができます。
理科では実験の様子を写真に撮り、その場でロイロノートを使って発表資料を作り、グループごとに発表します。
また音楽では、iPadの作曲アプリを使って創作活動をしたり、演奏を楽しんだりしています。
日頃の授業では、このようにICTを利活用しています。いろいろな授業でICTを使うようになると、自分の授業で使いたいときに使えない、ということも出て来ます。そこで有効なのがBYOD(Bring Your Own Device)です。本校も昨年度から研究校の指定を受け、BYODを導入しました。
例えば、ある日の授業でiPadを使おうとしても、iPadの競争率が高くて、予約がとれないことがあります。BYODであれば、「はい、自分のスマホを出して、ロイロノートを開いてね」という感じで授業を進めることができます。
こちらは生物の授業です。ここでは、まず顕微鏡を使って微生物をスケッチさせ、全員に貸し出したiPadでプリントのQRコードを読み取って指定のサイトを開き、生徒自身が見つけた微生物が、そのサイトのどれなのかを見つけるという授業を行いました。1人1台だからこそできる、学習のスタイルです。
こちらは倫理の授業で、「世界は何でできているか」という問いを投げ掛け、生徒たちがBYODで意見を入れているところです。
手前の生徒はスマホ、その斜め奥の生徒は、少し見えにくいのですがiPadを使っています。スマホを持っていない生徒や、通信制限かかってしまったという生徒もいるので、そういう生徒にはiPadを貸し出しています。
自分の意見を入力して送信すれば、自分の手元で周りの人と意見の共有ができます。
こちらは英語の授業です。スピーキングの評価をする際には、以前は廊下に生徒を一人ずつ出して、教員の目の前で生徒に話させていましたが、ロイロノートを使うと、各自手持ちのデバイスに向かって話したものを録音し、そのデータを指定のフォルダーにアップすればよいことになります。
教員はそのデータを回収して、後でゆっくり評価することができるようになりました。
■ネットワークの環境整備も必要
ただ、まだ導入したばかりなので、学校の中では、つながりにくい・途中で途切れてしまうといったことが起こりがちです。ネットワーク環境を整えることは、ひとつの大きな課題といえるでしょう。
また、情報モラルやマナーの教育が、まだまだ行き届かない面もあります。倫理やコミュニケーション英語Iのときはスマホを使いますが、使わないときは裏返しにして机の上に置きなさいという指導をしています。
この習慣を、これから学校全体に広げていこうと、準備をしています。「BYODをつないでスマホを使おう」という札を作って黒板に貼り、その札をひっくり返すと「BYODを切ってスマホを裏返しに置こう」のように提示しておくと、生徒にもわかりやすいのではないか、と考えています。BYODについて、スムーズな運用ができるように、引き続き工夫をしていく予定です。
クラウド環境にはG Suite(※)を利用しました。作業を自宅に持ち帰ったり、自宅で作った教材を載せたりするときに、USBメモリを使わずに済むのでとても便利です。また、職員室の中でも教材の共有ができるし、教室では授業用のパソコンから生徒の端末に教材を配布したり、回収したりすることもできます。
(※)https://gsuite.google.co.jp/intl/ja/features/
校舎内では、各階の廊下に二つから三つのアクセスポイントを置き、さらに、移動用のアクセスポイントをリースして、それを教室につなぐこともしています。シンプルに、有線でつなぐこともあります。
こちらは、クラウドを活用した保健の授業の様子です。クラスを何班かに分け、G Suiteのドライブの中に、パワーポイントの資料や、ワードの資料などを、すべて入れておきます。
生徒はG Suiteにログインして、ドライブに入り、適切な資料を選んでいきます。それぞれが、クラウド上で自分の班の作業をして、課題研究を進めていく、という手順になります。
グループごとに、パソコンを見ながら作業しているところです。1人の生徒が何か調べていて、もう1人の生徒はワークシート作っています。こちらからは見えませんが、向かい合って座っている生徒は、パワーポイントで発表資料を作っています。4人でそれぞれの作業しながら課題研究を進め、もうすぐ発表というところです。
G Suiteもこのように使うと、同時に同じファイルにアクセスできたり、自宅で追加の作業ができたりするなど、子どもたちの協働作業がうまく回っていくように思います。
本校のICTを活用した『主体的・対話的で深い学び』のイメージを図にしてみました。この三つの学びは独立しているわけではない、と考えています。わかる授業を展開するためには、この三つの要素が横断的に必要になる場面もあるし、教員が説明したり興味を喚起したりすることが必要な場面もあります。これが横浜旭陵高校スタイルの、『主体的・対話的で深い学び』であると思います。
(3) 支援体制の工夫~「1人の10歩よりも50人の1歩」の精神が生かされる
本校では、平成25年度の「県立高校教育力向上推進事業Ver.II」の頃からコンピュータチームを作り、そこを中心とした教員間の協力支援体制を構築してきました。このコンピュータチームは、情報科の教員と各グループの代表、そして、ICTに興味のある者が自主的に参加して、コンスタントに10人ほどで構成されています。
このチームのメンバーが、ICTに関するいろいろな困りごとを解決したり、ICTの活用が苦手な人の支援をしたりと、様々な支援を行っています。
例えば、「授業でこんなふうにしたいんだけど、うまくできなくて困っている」という相談があれば、チームのメンバーがすぐに動いてくれます。また、「今度授業でこんなことをしたいんだけど、どうしたらいい?」という声があれば、何となくみんなが寄ってきて、「それならこうしてみたら」「うちのクラスではこうやってみたよ」といった会話が、職員室のあちこちで、聞かれるようになりました。
こういった様子が見られるようになったのも、「1人の10歩よりも50人の1歩」の精神が、定着してきた証ではないかと思っています。
各学校では、学校ポータルサイトが運営されていると思いますが、本校ではこれを使って特別教室や、ICT機器などのすべての予約を行っています。
例えば、これはある週の特別教室の予約ページです。赤い所は情報科の授業、青い所は他の先生たちが使いたいということで、コンピューター室などの予約を取っているところです。このように、取りたい部屋や時間などをクリックして選んで行きます。
こちらは、ICT機器の予約表です。プロジェクターやスクリーン、HDMIケーブルなどの備品も、全部この画面からクリックして予約を取ります。
タブレットがこちらです。横に細長くなっているのは、長期にわたって授業で使うため、予約を取っているケースです。下の短いものは、生徒に使わせるために、iPad何台、タブレット何台という形で予約をしているものです。
タブレットは充電用のカートに入れて保管します。一方、プロジェクターやケーブル類は、保管が乱雑になりやすいので、ICTロッカーにまとめて整理しています。常に決まった場所に置いておくため、ガイドとなるポスターをロッカーに貼ってあります。片付けるときに、扉に貼ってあるポスターのとおりにしまえば、次の人も困りません。
あとはICT支援員の制度を活用するということが大事です。ICT支援員の主な役割は、ICT機器の管理やメンテナンスを行うことですが、どうしても私たち教員の手が回らないこと、例えばタブレットの更新など、そういったこまごまとした作業をお願いしています。
さらに、ICTが苦手な教員から相談を受けたときに、具体的な提案を行い、授業づくりをサポートしてもらっています。
ICTを授業に取り入れてから7年になりますが、生徒たちの興味関心、意欲の喚起、そして主体的な学びの姿勢を引き出せることを、強く感じています。本校の生徒たちを支援するのに、ICT利活用授業は非常に効果的な手段だろうと感じています。
思考の活発化、表現力の向上、コミュニケーション能力の育成、主体的な課題解決力の育成などのすべてにおいて、今はICTを使わずして進めていくことは考えられません。それを、一人一人の職員が実感しているからこそ、チャレンジする人が増えているのだと思います。
「1人の10歩よりも50人の1歩」を着実に進めた結果、ICT利活用は今や特別なことではなく、当たり前の教具の一つになりました。これが本校のスタイルだと思います。今年度からさらに3年間の指定ということで、まずは生徒のために、そして先生方にいろいろな情報提供をしながら、何とかICT利活用授業のさらなる推進ができればよいと思っています。これからも本校の目標である『人と社会と未来につながる力』を身に付けられるように、精いっぱい頑張っていきたいと思います。
神奈川県高等学校教科研究会情報部会 令和元年度研究大会発表より