事例125
情報Ⅰを見据えたデータ分析の実践
スマホの機能を利用した生徒によるスマホの利用状況の調査と統計の実習
東京都立江北高校 稲垣俊介先生
私は現在東京都立高校の教員で、東京都高等学校情報教育研究会(都高情研)に所属する傍ら、こういった場で発表させていただくことを非常に幸せに思います。
私は、情報の教員として様々なことに挑戦していますが、本日はその一つを紹介するとともに、皆さんに教えをいただきに来ました。ここで発表する授業は、自分では良かれと思って作ったものですが、もしよろしければ、皆さんから「ここをこうしてみたらどうか」というご助言をいただければ嬉しいと思い、発表をします。
高校生に「スマホを使いすぎ」と言うだけでは刺さらない…
まず、問題の所在です。現状にどのような問題があり、そして、今後始まる「情報Ⅰ」で何ができるのかについてお話をします。
まず、高校生はスマホを触り過ぎだと思います。これは、「私が思います」であり、主観的なものですが、私の中では確信となっています。最初にこれを思ったのは5年前、高校1年生の担任として、はじめて教室に行くときの話です。新しいクラスの教室に、ワクワクしながら入って行ったのです。「きっと生徒たちは、緊張感が漂う雰囲気の中で、「君、どこの中学?」などとコミュケーションの一歩をとっているのだろうな」なんて思いながらです。
ところが、実際、教室に行ってみると、皆がスマホを見ながら下を向いているのです。そして、会話も「Twitterの○○だよね?」みたいなことを話しており、SNS上ですでに知り合いとなっていて、そのLINEクラスグループができているのです。そして、その書き込みをするために、皆スマホを触りながら下を向いているのです。知り合いを事前に作るのはいいとしても、新学期早々、皆が下を向いてスマホを触っているのはいかがなものか、と考えたときに、私が高校生のスマホ利用について対策が必要だなと思った契機となりました。
情報科の教員ですから、スマホをうまく利用してほしいという気持ちは、他の教科の教員よりも強くあると思います。しかし、やっぱり触り過ぎではないかと思うのです。例えば1日4時間、5時間とスマホを触り続けていたとして、そして、その4、5時間を2時間に短縮できたならば、毎日2~3時間の時間が作れます。それだけの時間があれば、10代後半という重要な時期を生きる生徒たちは、どれだけのことができるでしょうか。そう考えると、より良いスマホの使い方をさせることが重要であると考えました。
もちろん、生徒にスマホを使い過ぎであることは伝えます。しかし、あまり効果はありません。生徒に柔らかく伝えても、彼らは「そうですね。今後気を付けまーす」とか私に言って、ニコニコしながらうまい対応をしてくれます。それだけを見ると、よくわきまえているのですが、これではスマホの利用は変わらないだろうと思うわけです。今度は、逆に強く「やめなさい。スマホを閉じなさい」などと私が言っても「はーい」と言って閉めて、また数分たったら、またスマホを開いているわけです。このような経験からも、教員が口頭注意をした程度で、スマホの利用に影響を与えられるものではないなと、私は考えています。
情報Iのデータ分析を利用して、自分自身のスマホ依存問題を考える
今度は客観的なデータの話です。有名な内閣府のスマホ利用の調査ですが、高校生のスマホ利用率は、ほぼ100%に近いものです。1日5時間以上利用する生徒は約23%、平均利用時間は3時間30分くらいとなっています。また、ネットにより勉強に集中できない、睡眠不足である、と答える生徒が15.2%です。
他にも様々な研究が行われています。どちらかというと、こちらに示したのはスマホ利用に対してネガティブ影響があることを示した研究です。コミュニケーションがよろしくない方向に行くとか、ネットの閲覧で他の人たちが幸せに見えてきて友人関係満足度が下がってしまうとか。あと、手前味噌ながら私らが研究したことですが、学校での生活をより良く生きるための「学校生活スキル」というスキルがあるのですが、そのスキルは、ネット依存傾向が高いことで、低下傾向となるということがわかっています。また、LINEが精神的健康を低下させる効果があるというセンセーショナルな発表をしている研究者の方もいらっしゃいます。皆が使っているツールであるからこそ怖いですね。
次に、新学習指導要領を見てみましょう。
情報Ⅰではどのようにネット依存の問題を取り扱ってくれているのかな、と読んでみますと、このスライドにあるように、「情報社会の問題解決」の項では、「SNSなどの特性や利用状況を調べる」ということが書かれており、「ネット依存やテクノストレスなどの健康面への影響が懸念されていることを扱うことが考えられる」とわざわざ書かれているわけです。私はこれを「ネット依存を問題視し、その解決が情報Ⅰに求められ、そして具体的な実践の検討が望まれているのではないか」と解釈しました。
実は私は、この生徒のネット依存の問題の解決には「データ分析」の実習が一番だと思っています。その理由は後で申しますが、そのデータ分析は、どのように新学習指導要領で取り扱われているのでしょうか。
新学習指導要領、情報Ⅰの「(4)情報通信ネットワークとデータの活用」には、「データを問題の発見・解決に活用する」と書かれています。そして、客観的な指標を基に判断する力、生徒自身の考えを基に適正な解釈を行う力を養う、と書いてあります。
私はこれらの文章から「高校生のスマホの利用の在り方を問題として設定して、解決のためにスマホ利用状況のデータを活用し、評価して改善する実践をすること」がよいのではないのか、と考えました。
そうすることによって、生徒はデータ分析をしながら自分のスマホ利用を意識できると考えたためです。そのような活動から、生徒は自分自身を客観的に認知する能力が身に付き、メタ認知がなされるのではないかと考えたのです。
「メタ認知」を学習にどのように活かすのかを、簡単に述べさせていただきます。ある論文から引用すると、「生徒が自身の利用状態を把握し学習をするための方法論として、学習者のメタ認知を高めるという方法がある」と書かれています。もう一つ、これは私の論文からの引用ですが、「自分の利用状況を認識させるデータ分析を行うことによって、ネット利用や依存傾向の自己意識ができメタ認知された」と示しています。これを利用して、自分のネットの利用時間を「メタ認知」させることが、よりよい教育効果をもたらすと考えたのです。
もし、ネットの利用時間のデータが生徒の自己申告によるものであった場合、実際の利用時間とは乖離している可能性があります。何となく、「今日は3時間ぐらい触ったかな」のような感じで答えさせるのでは、実際の利用時間とは言えないのではないでしょうか。
スマホアプリで利用時間を正確かつ客観的に収集し、分析する
例えば、この内閣府や総務省が行った大調査も、質問紙に生徒の自己申告で書かせて、その内容を集計したデータです。ということは、回答内容は、生徒に完全に任せてしまっているわけです。「これは主観的なデータなのではないか」そういった疑問を私は持ちました。ですから、この実践ではデータを正確に、文字通り客観的に取ることが重要であると考えました。
スマホ利用時間等のデータを正確に取るには、スマホのアプリや機能を使いました。iPhoneであれば、iOS12から機能として入ったスクリーンタイムを使うとよいでしょう。また、Androidのスマホを持つ生徒には、Digital WellbeingやAction Dashなどのアプリを紹介しました。それをインストールすると、スクリーンタイムと同じような機能が利用できて、使用履歴のデータを蓄積できます。そして、そこで蓄積したデータを集計し、分析させることにしました。
実践の内容としては、このような単元で行いました。この単元の詳しい内容はレポートの方にありますので、そちらをご覧ください(※)。
この活動では、生徒のスマホ利用の調査を実施して、クラス全員のデータからクラス傾向を分析させること、そして他者のデータと自分のデータを比較して自分の傾向を分析することをやらせました。それを根拠として、レポートとプレゼンを作成させるのが目標です。
※レポートダウンロードはこちらから
実践に入る前にExcelの基本的な集計操作と主張の方法を教える
最近は、スマホに慣れてしまったためか、あまりPCを使って表計算ソフトを使えない生徒が以前より多くいるように思えます。そのため、生徒には、表計算ソフトの基本的な利用方法から教えないと活用することができません。ですので、本単元ではそこから教えていきます。この単元では、関数の挿入の仕方、オートフィルと相対参照の考え方、さらに度数分布表の作成の仕方、COUNTIF関数の使い方を中心に教えました。その後、その発展として、複数条件によるCOUNT関数、つまりCOUNTIFS関数を使って度数分布表を作り、ヒストグラムを作成するという実習をさせました。
もちろん生徒にはこんな簡単に説明したわけではなく、一つひとつの作業を一緒に進めていかなければできません。ここまでできるようになると、ある程度は自分で統計するための準備ができたという段階といえるでしょう。もちろん他にも統計に関する簡単な関数と、ヒストグラム以外のグラフについて教えました。
ずっと表計算ソフトを使用する実習ばかりですと、そういった作業が大好きな生徒は楽しいと思うわけですが、逆に大嫌いな生徒もいます。よって、あまり連続で行わないようにしています。そのバランスをとるためにも、次の回では、論理的に文章を書く練習、つまりレポートの書き方の授業とします。
「Toulminの三角ロジック」をつかってレポートの書き方を学ぶ
こちらはToulminの三角ロジックです。この使い方として、例えば生徒が教室に入ってくるときにこの画面を出しておきます。
例えば、授業に入る前に、生徒は「先生、この部屋、暑い」などと言いながら教室に入って来ます。そこで私は、「『暑い』というそのデータを僕に伝えて何が言いたいのです?」とかいう、すごく面倒くさい先生を演じるわけですね。そして、生徒にこの図に気付かせると、彼らは「主張を言ってほしいのでしょ。だったら、『エアコンをつけてほしい』んですよ」と伝えてきます。
そこで、私からは、「そうですか、エアコンをつけてほしいのですね。でも、あなたの『暑い』から『エアコンをつけてほしい』までは論拠が足りないのではないのかな?」と返します。そして、「ここは僕を納得させることができるような論拠を言わないと駄目です。そうでない限りエアコンをつけませよ」…などといった件から、有効な論拠を考えてみよう、と授業の導入としていきます。データ(Data)やわかりやすい主張(Claim)は与えられていて、それらがうまく繋がる、論拠(Warrant)を考えることをやってみよう、という授業になります。
例えば、住民の全員が裸足で暮らす島があったとします(Data)。そこであなたは、その島の住民に靴を売りますか?(Claim)、それとも売りませんか?(Claim)それらの主張につながる有効な論拠(Warrant)を考えましょう、などといった実習をします。
授業の最後に、導入で話したエアコンの話をもう一度します。「やはり『暑い』だけではやっぱり説得力が足りません。」「例えば、『この部屋は35度である』と数値で伝えてくれるとわかりやすいと考えます。」「よって、次回の授業では数値で納得をさせることができる方法を検討しましょう」と、この授業を締めくくり、次は再度、表計算ソフトを使った統計の授業へと進んでいきます。
「カフェの売り上げアップ」の設定で統計分析に取り組む
私は、仮想データを使って統計の授業をやるのは駄目だと思っているのですが、演習では、生徒に「後で自分のデータを使って分析をするけど、最初はまず仮想データでやってみよう」と伝えた上で、統計のやり方を教えます。
ここでは、「統計を駆使してカフェKOHOKUの売り上げをアップしよう」という設定で、例えば、性別、年齢、客単価などのデータを使って統計分析を行います。
まず、散布図の作り方を教えます。本校は高校3年生で情報の授業を行っていますので、数学で散布図を既に学んでいるので、その復習となります。しかし、文系の生徒で覚えている生徒は少なめですので、再度解説をしていきます。例として、示した表の全体の散布図の作成方法の解説をした後は、生徒に任せて、条件別の散布図を作成してもらいます。
それができたら次は相関係数です。一応、数式も教えます。数式からやらせると拒否反応を示す生徒もいますが、やはり以前、数学で学んでいますので、その復習も兼ねて相関係数も求めます。
次に、カフェの割引きクーポンを配る前・配っている最中・配った後、という条件によって、実際に客単価や客層がどのように変化するのか、ということを、自分たちで設定して分析をさせます。
表計算ソフトではできない『検定』もあるので、js-STAR(※)というサイトを使って検定をさせます。それらについては実際の計算式はどうなっているかという説明をあまりしません。複雑で理解に時間がかかるためです。js-STARは非常に優秀なサイトで、ここに数値を入れると様々な検定を行うことができますので、皆さんもぜひ活用されるとよいと思います。私は生徒にも使わせています。
※http://www.kisnet.or.jp/nappa/software/star/
js-STARを使って、実際に客数の増減や、クーポンの客単価への効果などを分析したりします。
また、GlassのΔ(デルタ)を使ってさらに検定を行ってみます。
次回の授業がこの単元の最後となりますが、最初にお話ししたスマホ利用について、レポートを作成します。
アプリを見ながら記録された数字をGoogleフォームのアンケートに記入。集計・分析は生徒に任せる
生徒には、毎週Googleフォームを使ってアンケートを採っています(アンケートの内容は、こちらのQRコードからご覧ください)。取ったアンケートの結果はエクセルデータで拾うことができます。
例えば、先ほどご説明したスクリーンタイム、Digital Wellbeing、またはAction Dashのどれを使ってデータを取っているか、他にも以下のようなことをたずねています。
週の合計利用時間は何分か、スマホを1日当たり何分使っているか、平日の平均利用時間は何分か、休日の平均利用時間は何分か、…というようなことを、生徒がスマホを見ながら、そのフォームに入力をしていく、ということを週に1度、宿題として実施させています。
これらのアプリは使ったアプリごとに時間が出せますので、どのアプリに何分触っているかという利用状況がわかって、非常に面白いデータをとることができるのです。
出てきたデータは、プライバシーにかかわる箇所は全部削除して、自他の生徒のデータを全員に配布します。生徒はその配布された自他のデータから、自分が言いたいこと、すなわち主張(Claim)を検討します。つまり「あなたはこのデータから何がわかりたいか、どんなことを知りたいか、そして、なにを社会に知らせていきたいのか」と考えさせます。
そして、具体的にプリントに、出されたデータ(Data)を使って、どんなことを証明(Claim)していきたいか、そのためにはどのような論拠(Warrant)が必要なのか、ということを生徒に記述させます。これが記述できるかどうかが、今後、分析をしていくうえでとても重要であると考えます。なぜなら「分析をする」という辛い作業に意味を持たせることで、生徒の興味や関心を引き付けることができるからです。
そして、最終的にはレポートを作成します。そのレポートには、(1)自分の予測としての主張 (2)それを確かめるために必要なデータとその分析結果 (3)その分析結果が、自分の予測した主張へとつながるための論拠 (4)最終的に自分の主張が正しいかどうかを含め、主張をまとめる、という順番にレポートに書かせるのです。生徒には、このレポートの書き方をひな型として与え、そのひな型に合わせればうまくレポートが書けるという体験をさせます。
特に、この実践では、今まで培ってきた分析の知識を活用して、自分なりにデータ分析をして、他者に伝わるデータを作るという作業から、分析の面白さに気付きます。この面白さは自分のことであるから、さらに自分の関心のあることのデータであるから、ということも大きなポイントであると思うのです。
「自分のこと」に落とし込んだ情報から学ぶことの大切さ
生徒はこのデータの分析のリフレクションから、「利用時間が想像より長いことに驚いた」「スマホ利用に対する自己意識が高まった」ということを言っています。自己申告の調査ではそうはならないと考えます。自己申告の調査ではなく、生徒が自分の客観データを与えられ、こうなっていると分析を通じて気付くことが、非常に大事であると思います。
さらに面白いデータが出ています。2018年度と2019年度では生徒は違いますが、利用時間の比較をしたのです。2018年の1週間のスマホの平均利用時間は1578分でしたが、本年度(2019年)、実際にアプリを使ってデータを取ってみると1975分となったのです。つまり、生徒の自己評価は甘いと言えます。こういった気付きがあることも生徒には伝えました。
生徒には、これは「データ分析の授業」だよと紹介します。ですが、実は「情報モラルの授業」という側面を持っています。生徒には、情報モラルの授業として、道徳的な話を私がしたとしても、なかなか通用しません。ですので、自分で認識してメタ認知を与えることによって、『そうか、自分はスマホを使い過ぎていたのだな』と気付くことができる。それがこのデータ分析の作業を通してうまくいけばいいのかなと考えています。
この授業を行う上でのコツとして、情報というものを自分のことに落とし込むことが大切なのだと思っています。今回の授業、生徒たちは、まさに興味津々でやりました。なぜかと言えば、自分のことに落としたからです。ならば、他の単元も全部そうすればいいのではないかと思うのです。生徒は自分のことが大好きです。ですから、プログラミングの単元も、デザインの単元も、どんな単元であっても、できるだけ自分のことに引き寄せることによって、意欲的に取り組むことができるのではないかと思います。この実践の思いとして、最後に語らせていただきました。
第12回全国高等学校情報教育研究会全国大会(和歌山大会) 分科会発表より