事例149
小中高等学校のつながりを意識したプログラミング教育のために
~小学校プログラミング教育で何を学ぶのか
大阪府教育センター 野部 緑先生
私は今、大阪府教育センターで来年度の全面実施に向けて、小学校教員のためのプログラミングの研修を行っています。実は昨日(12月26日)午後、府教育センターで研究フォーラムがあり、『やってみよう!小学校プログラミング』という3時間の分科会を行いました。今日は、そのフォーラムの分科会の内容や、小学校のプログラミング研修の内容を中心に、小学校の先生方に、何を伝えているのかをお話しします。
小中高を通して「情報活用能力の育成」を図ることを知ってもらう
「プログラミング教育」という言葉だけが注目されているため、小学校教員対象の研修では、「情報教育とは何か」いう話をさせていただいています。情報教育の目標は「情報活用能力の育成」であることを示して、情報教育の目標の3観点、すなわち「情報活用の実践力」、「情報の科学的な理解」、「情報社会に参画する態度」をバランスよく育成すること、プログラミングをすることだけにならないように、カリキュラムを考えることが大事ですと伝えています。
さらに、情報教育は、小中高と段階的に育成することを説明しております。
今年は6校の小学校で、先生方にお話をする機会がありました。中学校の先生も来られるので、この図を見せて、小学校から中学校に進むときの「出口」を見てください、とお願いします。小学校の先生は、小学校で何を身に付けさせて中学校に送るのか。逆に中学校の先生は、小学校でどんなことを学んだ子どもが中学校へ来るのかということを、意識することが大事です。同様に、本日お越しになっているのは、高校の先生方がほとんどだと思われますので、小中学校で何を学んで子どもたちが高校に入学するのかということを意識してください。
※クリックすると拡大します
小中高を通して「アンプラグドだけでは難しい、実際にコンピュータに触れなければ身に付かないことがある
このスライドでは、小学校の新学習指導要領に書かれていることを抜き出しています。ここには、「情報活用能力が言語能力、問題発見・解決能力と同様に学習の基盤となっている」、「情報手段を活用するために必要な環境を整え、これらを適切に活用した学習活動の充実を図る」ことと書かれています。
コンピュータを使わない、いわゆるアンプラグドでいいのではないかという質問がありますが、このスライドには、「児童がプログラミングを体験しながら、コンピュータに意図した処理を行わせるために(以下略)」とあります。
児童がプログラミングを体験して、コンピュータに意図した処理を行わせるためには、アンプラグドでは難しいです。なぜなら、人をコンピュータに見立てて命令をおこなっても、「もしかすると命令をしている人はこんなことを考えているのではないか?」などと考えてしまうことがあるからです。また、私は、よく道案内の例で説明をするのですが、壁の前で「一歩進む」と命令されたときに、やはり人は躊躇してしまうのではないでしょうか。ロボットカーなどは、そのまま壁に進んでぶつかってしまいます。このようなことを体験するためには、やはりアンプラグドだけでは難しいと考えます。
最近GIGAスクール構想(※1)が話題になり、一人1台端末と高速大容量の通信ネットワーク環境整備がようやく実現に向かって動き出しました。しかし、残念ながら、現段階ではこういった環境がまだ整備されていない学校もあります。
環境が整っていない中で、コンピュータを使った授業を行うのは大変だと思います。それでも小学生の間に、コンピュータの良さや、コンピュータにしかできないこと、逆にコンピュータではできないこと、といったことはぜひ体験しておいていただきたいと思っています。それが高校で強調されている「情報の科学的理解」につながるのではないでしょうか。
※1 https://www.mext.go.jp/a_menu/other/index_00001.htm
ただ、アンプラグドを否定しているのではなく、むしろ、コンピュータを使ってからアンプラグドをすると、考え方を整理することに役立つと思います。
体験を積み重ねることの大切さ
次に「なぜプログラミング教育なのか」です。研究フォーラムの講演においては、大阪電気通信大学の兼宗教授から、様々な機械の中に何があるか知ってみることが大事であるという話がありました。外からは見えないけれど、どのように動いているのか、仕組みを知ることは必要であるということです。
また、別の発表者からこのような話がありました。「野球をやっているから、大谷翔平のすごさがわかる。やっていなくてもすごいことはわかるけれど、やってたらこそよりわかることがある。体育をやったからといって、皆がアスリートになるわけではない。音楽をやっても、皆が音楽家にはなれない。それでも、体験してみることに意味がある。同様に、自分でプログラムを作ってコンピュータを動かす体験というのが非常に大事ではないか」という話でした。プロにならなくても、自分が体験することで、コンピュータの良さがわかり、仕組みがわかるという話は、兼宗教授の話にも通じるところだと思います。
今、この世の中に生きていてコンピュータを一切使わずに生活するいうことはありません。そのため、コンピュータはプログラムで動いていることを確認するために、体験することが大事です。
そして、この体験が積み重ねられて、小学校、中学校、高校と少しずつできることが増えていくといいなと思っています。
小学校でリコーダー(縦笛)を買って中学校でも使っていくのと同様に、小型マイコンボードも一人1台を購入し、小学校1年生から学年に合わせていろいろな活動で使って、卒業制作でオルゴールを作るというような活動があればいいですね。さらにそのまま中学校の技術科でも使って、高校に行ったらPython等で動かすという活動を考えると、小学校から高校までを繰り返し、積み上げることができます。小学校だけ、中学校だけではなく、つながりのなかで学ぶことができればと思っています。
カリキュラム例では授業を実施しやすくするためのヒントをきめ細かく盛り込む
大阪府教育庁と大阪府教育センターでは、「コンピュータに関わる情報活用能力を育むカリキュラム例」を作成しています。
カリキュラム例には、教科書にも掲載されている5年生・6年生の活動だけでなく、低学年もこんな活動ができますよ、というものを載せています。下記のURLからご覧ください(※2)。
「とにかくコンピュータを使わなければいけないから使ってみよう」ということになると、どうしてもプログラミングをすることが目的の活動になってしまいがちです。
「カリキュラム例」では、教科の内容を深めるために、授業の中でコンピュータを使う活動を取り入れていくように、単元を考えました。下記のURLからPDFをご覧ください。
※2 http://wwwc.osaka-c.ed.jp/category/forteacher/programming/index.html
例えば、2年生国語の「主語と述語に気を付けながら文をつくろう」では、英語のアンプラグド教材「Go Straight」にヒントを得て、国語の主語と述語つなげる教材を作成しました。これは、低学年の活動をアンプラグドだけではなく、さらにコンピュータを使った活動を取り入れていただきたかったからです。
この国語のように、学習指導要領には明示されていない教科でもコンピュータを使った活動を取り入れられるものを作成しています。
ほかの工夫としては、少しこのようにした方がわかりやすいのではということを付け加えています。例えば、算数の多角形はコンパスを使って描きますが、Scratchは進んで曲がるとなり、イメージが違います。ここでまず、「運動場に多角形を引くにはどうするか」と考えてもらいます。さらにScratchで多角形を描くときにネコを動かしますが、このネコの顔はご存知のように前(こちら側)を向いて動きます。グラウンドでネコが歩いて多角形を描くのであれば、実はデフォルトの猫ではなく、上から見たネコにしたほうがわかりやすいです (※3)。そのような一言のヒントにあたるものを教材の中に反映し、「Scratchを使う時にはネコはこの状態にしましょう」というコメントも入れています。このように、先生方が使いやすくなるための工夫を入れているのが、大阪府教育庁と大阪府教育センターで作成した教材の特徴です。小学校の先生のお知り合いがいらっしゃいましたら、ぜひご紹介ください。
※3 http://wwwc.osaka-c.ed.jp/category/forteacher/programming/siryo/07_scratch1.pdf
コンピュータと人間の考え方の違いも知ってほしい
コンピュータと人間の考え方の違いを知るのも、情報教育の大事なことです。
例えば、コンピュータで公倍数を求める場合、まず1は2でも3でも割り切れない、2は2で割り切れるけれど3はダメ、3は3で割り切れるけれど2ではダメ、…6は2でも3でも割り切れる、というように見ていくと、2と3の公倍数は6の倍数であることがわかります。コンピュータはとても計算が早いので、こういう方法でも1000くらいまでであればあっという間に計算できてしまいます。人間はそんなに早く計算できないかわりに、最小公倍数という考え方を知っています。だから、大きい数になっても公倍数がわかりますという説明から、人間の考え方とコンピュータの考え方は実は違うこと、そしてコンピュータの良さ・人間の良さをそれぞれ生かしてコンピュータを使う必要があることもわかってほしいことです。
大阪府の小学校プログラミング教育の取組みの考え方です。まずは「コンピュータに慣れ親しむこと」、要するにとにかく使うことを通して「情報活用の実践力」を身に付ける。小学校のうちに基本的な操作を身に付けた生徒が高校に入ってくる頃には、先生方が時間をかけて準備していたことを生徒に任せることができるようになり、本来の情報教育により時間をかけることができるようになります。
また、先ほどお話したようなコンピュータの特性(利点・欠点)に気付くということは、実は「情報の科学的理解」につながります。さらに、作品を作ったらお互いに見せ合うことで、他人の著作物に対する配慮などの「情報社会に参画する態度」も身に付いてくるでしょう。このように教科の学びを深めるためのICT活用であっても、教員や児童生徒が段階を追って取り組んでいくことで、情報教育としての力を育成することができると考えています。
中学校・高等学校でのプログラミング教育(情報教育)がめざすところについてです。高校でぜひやっていただきたいのが、「情報社会に参画する態度」の技術者としての倫理と法律等の知識です。
中学生が学校のシステムに侵入して、自分の成績を書き換えてしまった、という事件がありました。ある講演で新聞記者の方が、プログラミングコンテストに出るような優秀な子どもとハッカーになって犯罪を犯してしまう子どもは、知識や技術のレベルはそんなに変わらないと話をされていました。犯罪ではなく、コンテストで賞をとる子どもに育てるためにも、倫理やモラルをきちんと学ぶ機会を作ることが大事だと思います。
高校では、先生方が、「こういうことは法律で禁止されてる」とか、「技術者としてはこういう倫理観を持っているべきだ」ということを授業できちんと教えることが、これからは非常に大事です。もしかしたら、これは高校だけでなく中学でも必要なのかなと思っています。知識や技能を持った子どもが活躍できる方向に行ってほしいですね。
最後に、本日は、小学校プログラミング研修においてどのようなことを伝えているかということをお話ししてきました。この内容を踏まえて、高校ではさらに高度な内容をめざして、組み立てていただければと思っております。
[質疑応答]
Q1高校教員:2点あります。まず、今小学校のコンピュータ環境はどのくらいのものなのか、おわかりになる範囲で教えてください。もう一つが、小学校卒業する時点で、例えばタイピングは皆ができるようになっているというような、何か具体的なゴールというのはあるのでしょうか。最低限このくらいはできるようにすることをめざしていることが、もしあれば教えてください。
A1野部先生:コンピュータ環境については、今の段階では自治体によって全然違うとしか言いようがありません。ただ、最近GIGAスクール構想などが発表されていますので、いずれある程度揃ってくると思います。
タイピングについては、一応、文字入力については400字程度の文章を正確に入力できるということを、例として示しています。しかし、私たちが考えている活動事例は、プログラミングだけではなく、「コンピュータに関わる情報活用能力を育むカリキュラム例」ということになっています。プレゼンテーションソフトや表計算ソフトを使ってみよう、という活動も入れています。詳しくはカリキュラム例を見ていただければと思います。
※神奈川県高等学校教科研究会情報部会 情報科実践事例報告会2019 口頭発表より