事例155

“怪しげな情報”の「作成・法則・検証」で養うメディアリテラシー ~「噂」と「広告」を題材に~

日出学園中学校高等学校 武善紀之先生

コロナ禍の今こそ、「怪しげな情報」に騙されない方法を身に付けるために

神奈川県高等学校教科研究会情報部会 情報科実践事例報告会2019 
神奈川県高等学校教科研究会情報部会 情報科実践事例報告会2019 

全高情研では2016年から発表をしており、最初は3Dプリンターやロボットについて扱っていましたが、最近は認知科学や仮説検定といった、データサイエンス寄りの発表をしています。今回は、一言で言えば「バイアス」というテーマでお話しします。この発表の前に、今回の実践に至ったきっかけと、ミニ実習についてお話しします。

 

実践のきっかけは、新型コロナウイルスのデマでした。私どもの学校も3月にいきなり休校となり、新学年は初っぱながオンライン授業ということになってしまいました。

 

ちょうどその頃、生徒たちはTwitterなどでこういったデマをたくさん見ていたと思います。デマの中には、トイレットペーパーが売り切れになってしまうという予言の自己成就のような現象もありました。

 

 

総務省が行った「新型コロナに関する情報流通調査」の結果を紹介します。これは、日本の中で話題になった17のデマとフェイクニュースについて、年代ごとにどの程度流通していたかを調査したものです。

 

 

これによると、およそ4人に3人がこういったデマを見聞きしており、さらに、若い年代ほどその内容を信じてしまったということが明らかになりました。これを受けて、情報科として何とか生徒たちにデマに惑わされない方法を伝えられないか、と考えました。

 

怪しげな情報を見たら、1次情報を見る、2次情報を出典の確認する、専門機関に聞くといった作法はいろいろとありますが、以前メディアリテラシーに関する講習を日本テレビの方から受けたときに、面白い例え話を聞きました。

 

メディアリテラシーというのは、いわば腐った牛乳であると。口に含んだ瞬間に、「これはおかしい」と感じて吐き出せる感覚が大事なんだ、ということです。そこで、まず見た瞬間に気付く方法はないかと、考えてみました。

 


 

そこで思いついたのが、こちらです。ネットには「創作実話」とか「嘘松」といわれるスラングがあって、いわば「実話のような作り話」なのですが、これにはかなり型があります。

 

 

例えば、「聞いた話なんだけど」とか、「外国人の友達が言っていたけど」という設定から始まり、自分の主張が続いた後に、オチとしてみんなが拍手喝采したとか、お互い握手で親交を深め合った、と終わるのは大体ウソ話だ、というものです。ネットでは、こういった話に対して、何がウソだ、何が本当だという特定で盛り上がるのですが、この形式は先ほどの「腐った牛乳」であり、授業でも使えるのではないか、と思ったのです。

 

自分でウソ情報を作ってみることで、つい信じたくなる情報の吟味の仕方を見つけ出す

 

そこで、ネット上に飛び交うデマやフェイクニュースを収集して、そこに含まれる法則を見つけ出し、それに基づいて自分でウソ情報のうわさを作って、みんなでぶつけ合うことによって、情報への吟味の仕方が身に付くのではないか、と考えました。これを踏まえて、オンライン授業の初回でオリエンテーションの意味も込めてやってみたミニ実習が、「実践1:学校の『うわさ』を作ろう」というものです。

 


対象は、高3で「情報の科学」を取っている生徒です。本校では、高2で「社会と情報」を全員が履修していますので、情報を本当にやりたいという生徒が高3で選択履修する科目です。

 

オンラインでしたので、授業は毎回10分程度、YouTubeで動画を配信した後に、Googleフォームやclassiで課題を解かせて、回収して返却する、ということを繰り返して行いました。

 

 

実習は、噂の収集→噂の法則化/吟味→投票→振り返りという4段階で行いました。

 

まず収集の段階では、説明ビデオとして、「コロナのデマがいろいろあったよね。実は、噂には昔から法則があるんだよ」ということで、噂が広まる量は重要性とあいまいさに比例するという、有名な公式をさらっと紹介しました。そして、「まずは皆さんから、噂を集めたいと思います」ということで、学校ではやったうわさと、SNSではやった噂を収集しました。ここにあがっているように、「〇組の担任は○○先生だ」、「学校の踊り場の鏡には幽霊が映るといわれてる」といったものから例のトイレットペーパーの話とか、ディズニーの都市伝説、ゲームのガチャの裏技の話…と、とにかく様々なものが集まりました。

 

 

次の授業では、うわさが大きな影響をもたらすことがある、ということで、豊川信用金庫事件(※)を紹介しました。その上で、集まった噂の中から自分で何個か抽出して、それについて法則を作るという活動を行いました。

 

スライドの下にある吹き出しが、生徒たちが見つけた法則です。自分自身に関わる要素がある、自分より目上の人・偉い人が出てくる、内密にしてある設定、現実逃避できる内容等など、いろいろな法則を自分たちで見つけてきました。その上で、この法則に基づいて、オリジナルの学校に関するうわさを作らせました。このとき、学校の行事予定表や学校の配置図も生徒に渡しています。

 

※197312月、愛知県宝飯郡小坂井町(現・豊川市)を中心に「豊川信用金庫が倒産する」という噂(デマ)が流れたことから取り付け騒ぎが発生し、短期間に約20億円もの預貯金が引き出された事件。警察が信用毀損業務妨害の疑いで捜査を行った結果、女子高生3人の雑談をきっかけとした自然発生的な流言が原因であったことが判明。[Wikipediaより]

 

 

その次の授業では、皆が作った噂に対して、「一番信じそうな噂」と「自分だったら拡散してしまいそうな噂」について、それぞれ投票をさせました。

 

生徒が作った噂で一番票数集めたものを紹介すると、「パソコン部が情報科の先生から聞いたらしいんだけど、日出のWi-Fiの設定を武善先生がして、パスワードは武善先生の電話番号にしたらしい。だから、武善先生からうまく電話番号を聞き出すとWi-Fiが使えちゃうらしい」というものです。根も葉もない噂ではありますが、いろいろな法則がもとになっていて、私自身が自分で信じそうになるくらい、よくできていると思っています。

 

 

他にもいろんなものが出てきましたが、いくつか感想を紹介します。まず、根も葉もない噂は、高校生でも簡単に作れるということ。それから、噂の中には、発する人の意図が見えることもあること。そして、拡散したくなる噂と信じたくなる噂は違うものであると。このように、生徒たちはかなり深いところまで考えてくれました。

 

この実習で生徒たちは自分たちの日常を振り返りながら、噂との向き合い方をうまく見つけられたかなと思います。また、オンライン授業としても盛り上がったので、この点でもよかったと思っております。

 

 

怪しい統計調査のからくり(バイアス)を見破るために使えないか? 

さて、この収集→法則発見→作成→吟味の流れが生徒たちにも好評だったので、他の場面でも使えないか、考えてみました。例えば、今回のコロナのデマについては、ネット上には単なる噂に加えて、怪しい統計調査もたくさんありました。そこで、これまで講義で教えてきた「バイアス」を、この収集→法則発見→作成→吟味のやり方で教えられないか、と考えたのが後半のメインの話になります。

 


まずは、現行の情報科ではなじみの薄い「バイアス」について説明します。バイアスは、「情報Ⅱ」の指導要領解説に「測定や標本抽出の際に、系統的に生成される、偶然ではない誤差」として、具体的には「選択バイアス」と「情報バイアス」が掲載されています。

 

選択バイアスというのは、そもそも統計調査をする際に、その対象の選び方に何か問題ないかということです。有名なものが生存バイアス、脱落バイアスです。「1年後、調査で95パーセントが痩せていた奇跡のジム」という触れ込みがあったとき、実はこれはある程度当たり前のことを指しているのですね。ジムの開始時は体重が増える人も減る人もいますが、体重が増えてしまって効果がないと思った人や、こらえ性のない人はどんどんやめていってしまって、1年後に残ってる人は、ほとんどが効果のあった人しかいないので、この結果はある程度当然と言えるのです。

 

一方、聞き方に問題があるんじゃないの?というのが情報バイアスで、誘導的な質問があるとか、あるいは社会的に望ましいものが選ばれやすいといったものです。

 

情報分析の世界だけでなく、コンピュータサイエンスの世界にはGIGO(Garbage in, garbage out)という言葉があります。「ごみの入力からはごみの出力しか生まれない」という意味で、高度な分析であっても、そのために集めてくるデータに問題があると、頑張って分析してもその結果に意味がなくなってしまう、ということです。

 


実際、今回の新型コロナに関する統計調査には、バイアスにまみれたものが結構な数、あったと思います。これを生徒たちが自分自身で発見するということで、怪しい噂に加えて、怪しい統計調査への目利きも鍛えたい。そして、今までの実習を応用して、噂発見の感覚でバイアスを発見するというのをやらせてみたい、ということで実践を作ってみました。こちらは通常登校が始まってからの実施です。流れはかなり似通っていて、作成→吟味→法則化→検証という、先ほどとは少し順番の違うサイクルで怪しい情報を見つけるというワークを行いました。コマ数としては、合計4、5コマを設定しました。

 

 

バイアス満載のアンケート調査をもとにミニ広告を作り、相互にツッコミを入れる

 

最初に、「作成」のステップとして、生徒たちには「あなたは広告デザイナーで、ジムの新規会員とサプリメントの単品販売を促進する、ミニ広告の作成を依頼されました」という設定を伝えました。紹介する日出トレーニングジムは、1年間で必ず痩せるという触れ込みです。これは先ほどお話ししたようなバイアスが掛かっていて、実際は驚異の効果でも何でもなく、当たり前の結果、ということになります。

 

 

そして、「こんなアンケート調査のデータを企業から与えられたから、これに基づいてミニ広告を作ってください」と生徒たちにはアンケートの結果を配布します。この項目はどれもよく見ていただくと、選択バイアスあり、非対称な選択肢があり、ダブルバーレル質問があり、錯誤相関がありと実際は使い物にならないものばかりです。ただこのことは、この段階で生徒たちには伝えません。

 

そして、生徒たちには、私が作った左側の作例に基づいて、実際に広告作りをさせました。

 

今回、画像の使用は自由にしたので、面白いものもいろいろありましたが、右側の生徒の作品例は、オンデマンドで配信しても問題ない、いらすとやさんの作品を使ったもののみを掲載しています。こんな感じで、合計40作近いポスターができました。

 

 

これを使って、情報収集・表現のチェックリスト作成のグループワークを行いました。ここでは、原則会話はせず、用紙を回して付箋を貼り付ける、という形で行いました。

 

生徒たちは、このジムの効果に疑問を持った市民団体という設定です。全員が自分の作ったアンケートチラシと、アンケートの元ネタを手元に持ちます。そして、自分が作った広告を順繰りに回して、問題がありそうなところに付箋を貼るというワークを行いました。生徒はあちこちに付箋を貼って、いろいろな問題点を見つけてくれました。

 

 

着眼点をもとにチェックリストを作り、「選択バイアス」と「情報バイアス」につなげる

 

後半は、ここで貼った付箋の内容を整理して着眼点をまとめ、「こういうとこに注意すればだまされなくなる」というチェックリストを作ることにしました。

 

出来上がったチェックリストを見ると、「誘導的な表現がある」「メリットと思う人たちが答えている」「対面式だと本当のこと言わない」など、説明する前からバイアスによく気付けていることがわかりました。

 

 

さらに、「こういった広告では不利になりそうなことは小さく書くのがポイントだ」「うわさと同様に専門家が出てくるとうさんくさい」「驚異の効果って言うけどアフターの写真しかなくてビフォーと比較ができない」さといった意見も出て、この辺りはうわさ実習がある程度生きてるのかな、と嬉しく思いました。

 

 

以上の内容を踏まえた上で、いきなり実践に移ってもよかったのですが、全体の足並み揃えとともに、生徒たちに自信を持たせることも兼ねて、選択バイアスと情報バイアスの説明をしました。そして、生徒たちがよく注目した、表現に関する違いについても、改めて補足をしました。これには、グラフを3Dにすると印象をごまかせるということや、同じ聞き方でも言葉の選び方で全く印象は変わってくるという話もしました。

 

 

チェックリストをもとに、新聞の世論調査のバイアスを検証する

ここからが実際の検証段階です。今回生徒たちが作った気付きリストという宝の山を実例に当てはめていきます。授業では、実際に皆で練習をした後に各自で実践するというプロセスを踏みました。

 


 

皆で練習する際には、怪しくない新聞記事の分析を行いました。これは、過去に怪しい調査実習をやると、大体、いかにも怪しいグラフや統計を探してきて、かえってあまり考える必要がなくなってしまう、ということがあったためです。これだとせっかくチェックリストを苦心して作った意味がなくなってしまいます。

 

 

実際に怪しくない調査として、読売新聞の世論調査を使ってみました。私どもの学校は、読売新聞のオンラインデータベースである「ヨミダスforスクール(※)」というサービスに加入しています。時々新聞記事と設問文と調査方法を全部見られる形にした世論調査記事が出るので、これをあえて批判的に読んでみようという実習をしました。

 

今回は、新聞およびネットの信頼性に関する世論調査です。

 

 ※https://database.yomiuri.co.jp/about/school/

 

 

練習として、記事の中で「主張は何か」「可視化されたグラフの表現はどうか」「データはどこか」、「収集対象は誰か」というものを全部つなぎ合わせたものをパワーポイントで表示をしました。そして、「若者は本当に偽情報を信じやすいのか」「新聞は本当にネットより正しいことを伝えてるのか」「聞き方にも問題はないか」といったところを、無理やり掘り出すという作業をやってみました。

 

実際は非常によく組み込まれた世論調査なので、突っ込みどころはほぼないのですが、あえて言えば、というものを探し出してみることで、自分で事例を見つけてバイアス検証に取り組む姿勢ができるかな、と思ったところです。

 

 

自分が見たことがあるサイトでバイアス検証を行ってみると…

 

この後、生徒たちは宿題、あるいは残りの時間を使って、実際に自分が見たことのあるサイトでバイアス探しをやってみました。活動例を紹介しますと、まずこの生徒は、某加圧式スパッツの商品紹介ページに対して、自分のチェックリストを当てはめてみました。実際のサイトをお見せできると、実際の問題点が対応して見せやすいのですが、それはできないので、イメージでご覧ください。

 

これを見ると、この生徒が取り上げたWebサイトは、この生徒が作ったチェックリストにかなり当てはまっていたことがわかります。生徒に感想を聞いてみると、実はこれは実際に買うかどうか悩んでいたサイトで、今回のチェックリストを使ってみて、買うのをやめようかなと思うことができた、ということでした。

 

 

他にも、着圧レギンスの商品紹介ページに当てはめた生徒がいましたが、こちらもかなりの点が当てはまったようです。詳しく聞いてみると、今回の分析対象は、自分が買った商品のページで、そのときは買ってしまったけれど、今チェックリストに当てはめてみると、結構怪しいところがあって、当時これを知っていたら買ったかどうか怪しい、というコメントが返ってきました。実習をうまく実体験と結び付けることができたかな、と思っております。

 

 

最後に振り返りです。この実習を通じて、情報の生産者あるいは消費者として、収集と表現の段階にそれぞれどれくらい気を配れるようになったと思うか聞いてみたところ、消費者のほうにやや強く、とてもそう思うという回答が多く集まりました。

 

ただ、このアンケートを取ったとき、生徒の自由感想で、「このアンケート自体、どこか誘導バイアスがあったりして、必ず『そう思う』『とてもそう思う』と答える人が増えるようにアンケートを仕組んでないか」という話が出てきて、面白かったです。

 

 

授業に対する興味関心も聞いてみました。スライドの上が本実習内の興味関心について、下が学期全体で面白かった演習を選ぶというものです。本実習に関しては、広告の作成が一番面白くて、後半に進むにつれ考察がだんだん難しくなり、興味を持ちにくくなったという感覚が生徒にあったようです。また、演習としても「うわさ実習」や「広告作成実習」より、micro:bitやシミュレーションの実習のほうが人気で、そこはちょっと残念だったかなと思ってます。

 

 

ただ生徒からは、「自分が普段見るアンケートに対して意識が変容した」など、うれしい感想も多く得ることが出来ました。特に今回はコロナのデマを1つのテーマとしていましたが、これについても「感染者集だけでは見えない様々な視点から物事を見られるようになったと思う」という感想がありました。

 

 

課題としては、バイアス発見や検証の段階で、生徒間の差が非常に大きかったことです。実は、新聞実習も1回は失敗していて、そもそも主張とデータと収集対象という3点関係がなかなか、読み取れない、ということがありました。また、自分たちの作例に対してバイアスを発見するプロセスを今回は取り入れてみましたが、バイアス検証の段階における量や質については、以前の講義型と、大きな差異は見られなかったようにも少し感じています。

 

今回の実習は、生徒たちにコロナのデマにだまされない力をつけたい、その為の判断根拠を与えたい、という目的がありました。この目的は、生徒たちが自分たちで作り上げた法則・チェックリストを一人一人手にしたことで、達成できたように思います。このリスト、あるいは作成の経験を生かし、生徒たちには普段から各種の情報に対して、これは怪しい・怪しくないという判断を行う癖を身に付けて欲しいと思います。

 

第13回全国高等学校情報教育研究会全国大会(オンライン大会)より