知的財産権の授業実践 ~生徒に法律を作らせてみた~

中川久倫さん (青山学院大学/神奈川県立生田東高校 教育実習生)

ご本人提供
ご本人提供

私は今年度、神奈川県立生田東高校で教育実習を行いました。本日は、そこで実践した知的財産権の授業について報告します。

 

私が行ったのは、「生徒に法律を作らせる」という授業です。その概要と授業の流れを簡単に説明した後、授業の内容、意図と目的、生徒の反応について詳しく説明します。そして最後に、教育実習生として感じたこと・考えたことについてお話しします。

 

「著作権を守るために法律を作る」活動の意味を理解する

まず私が行った授業について説明します。私は、生徒が主体的に、楽しく活動する授業を目指したいという想いを持っていました。そして、教育実習で知的財産の単元を扱うことが決まったので、生徒自身が法律を作るという授業を考えました。この授業での狙いは、ただ主体的に楽しく活動するだけではなく、法や権利の重要性や多様性について考えてもらえるような内容としました。

 


実際の授業の流れがこちらです。まず生徒に「怪盗イクヒマンからの犯行予告状」(生田東高校の通称”イクヒ”から名付けました)を見てもらいます。ここには知的財産がいくつか書かれていて、これについて、怪盗イクヒマンが何かしらの犯行を行う、というものです。

 


 

これを受けて生徒は、どのような犯行が行われるのかを予測し、それを踏まえたうえで、犯行を防ぐためにはどのような法律があればよいのかを考え、実際に法律を作ります。そして、彼らが作った法律で実際に犯行が防げたかどうかを確認し、最後に実際の知的財産権に関する法律はどうなっているのかを見ていきます。この流れの授業を2コマで実践しました。

 

ここからは、実際の授業の内容について詳しく説明します。

 

こちらが、最初に生徒に提示した「犯行予告状」です。ここには7つの知的財産が具体的に書かれています。

 


 

次に、生徒にこの授業における設定を周知しました。

 

まずこの怪盗イクヒマンは、法律は絶対に守るということ。そして、「ここは知的財産だけが、法律で守られていない世界」であるということです。このような設定を示すことで、生徒は「怪盗の犯行を防ぐために法律を作る」ということを確認した上で授業を進めることができます。

 

ただ、いきなり「さあ、法律を作ってみよう」というのは難易度が高いかな、と考えたので、まずはどのような犯行が行われるのかを予測させ、それを踏まえて法律を作る、という段階的な構成にしました。

 


 

スモールステップで「犯行の予測」→「それに対応する法律」は何かを考える

まず1つ目の活動では、具体的にどのような犯行が起こるか予測します。4人程度を1グループとして、グループ内で話し合いながら、Googleの Jamboardを使って付箋に意見を書いていきました。活動時間は10分程度です。ここでは、生徒の意見がなかなか出にくいのではないかと考えていたため、あらかじめ具体的な例をいくつか示しておきました。

 

 

そして、実際に生徒が考えた犯行の予測がこちらです。「アニメや映画などをYouTubeに載せる」というものから、「スマートフォンのロゴを勝手にアレンジして使ってしまう」というようなものまで、様々な犯行が出てきました。犯行予告状で具体的な知的財産の例を挙げておいたことで、生徒が具体的なシチュエーションを想像しやすかったのではないかと考えています。

 

2つ目の活動では、先ほど考えた様々な犯行の予測を踏まえて、これらを防ぐために、どのような法律が必要であるかを考えます。こちらも先ほどと同様に、4人1組のグループで、Google Jamboardを利用して15分程度の時間を取って行いました。

 


 

ここでは、「良い法律を作るために」ということで、2つのヒントを与えました。それが、法律の書き方で「~してはならない」と、「~する権利をもつ」の使い分けです。

 

「~してはならない」というのは、産業財産権や著作権(財産権)など、知的財産の所有者以外の目線からの法律について書きやすくするもの。そして、「~する権利をもつ」というのは、著作者人格権のように、著作者側の立場や権利を守るための法律を書きやすくするものであることを説明した上で考えてもらいました。

 

 

こちらが、実際に生徒が考えた法律です。「漫画や小説などを無断でコピーしてはいけない」「作者の許可を得ないとインターネットに載せることができない」といったものや、「自分の作品をどう扱うのかを決める権利を持つ」という著作者人格権をふまえたものも見受けられました。

 

 

犯行を阻止できたかを確認したうえで実際の法律と比べてみる

最後に、実際に犯行が防げたかどうか、答え合わせを行いました。ここでは、怪盗イクヒマンが7つの知的財産に関して、実際にどのような犯行を行おうとしたのかという予告状の答えを見せます。

 

例えば、漫画であれば、「漫画をインターネット上に勝手に公開する」という犯行です。これを受けて生徒たちは、グループごとに作った法律で、こういった犯行が防げているかどうかを判定します。

 


 

この漫画の例については防ぐ法律を考えられた班が多かったですが、「小説の朗読会を開き、聞いた人からお金を取る」とか、「絵がうまい友達の絵を借りて、その絵で勝手に展覧会を開き、来場者からお金を取る」といったものについては、防げている班は少なかったです。

 


 

そして、活動の最後に、実際の法律と生徒が作った法律を照らし合わせながら、法律がどのような構造になっているのか、知的財産がどのように保護されているのかについて確かめていきました。

 

 

「法・権利の重要性と多様性」「活用と保護のバランス」に対する生徒の気づき

ここからは授業の意図と目的についてご説明します。

 

今回私の授業では、「興味を持って楽しく活動する」ということを第一に考えました。そのため、「怪盗からの予告状」を用意したことで、生徒自身が主体的に法律を考えるという楽しい活動が実現できたのではないかと考えています。

 


そして、「どのような犯行が行われるか予測する」という活動では、「法や権利がない世界においては、どのような『わるいこと』ができてしまうのか」を考えさせることによって、生徒に法と権利の重要性を認識してもらうことを意図しました。

 

さらに、法律を作成する活動や答え合わせでは、「Aのような犯罪は防げたけれど、Bのような犯罪は防げなかった。だから、もっとこういう法律が必要なんだ」と、様々な種類の法律が必要であることを実感してもらうという意図を持って行っています。

 

一方で、「厳しい法律を作れば犯行を防ぐことはできるが、かと言って厳しすぎる法律を作ると日常生活が不便になってしまう」という側面に目を向けて、知的財産の活用と保護のバランスについて、考えてもらいたいと思っていました。

 

 

実際の生徒の反応が下図です。

 

まず、「法・権利の重要性と多様性」については、「法律がなければ何でもありになってしまう。法律をしっかり作るべきだと思った」などといった意見の他に、「法律にはいろいろな種類がある」ということを実感できたことが見て取れました。

 

 

そして、「活用と保護のバランス」についても、「自分たちが作った厳しい法律が本当のものになってしまったら、パソコンやスマートフォンが触りにくくなる」「いちいち許可を取らなければならなくなって、不便になってしまう」という意見が出され、単に法規制を厳しくすればよいわけではないことも理解できたことが伺われました。

 

 

教育実習を振り返って~主体的で楽しい授業を創るための授業準備の工夫

最後に、教育実習生として考えたことについて、述べたいと思います。

 

教育実習の準備に関しては、私は実習開始の約2か月ほど前から、実習先の高校で授業見学をさせていただきました。そこでいろいろなものを確認できましたが、一番大きかったのは授業に利用できるものを確認できたことです。

 

今回の授業では、GoogleのJamboardを利用しましたが、こういったものが利用できることを事前に知っていたおかげで、授業の準備などを事前に行うことができ、かなり余裕を持って進めることができました。また、ふだんの授業の進め方や生徒の様子を知ることができたのも大きかったです。

 

 

次に、「主体的な活動」を行う際に、私が考えたことが下図です。

 

生徒に何か主体的な活動をさせようとする際に、その課題の自由度が非常に重要になるのではないかと考えました。自由度の高い課題は、主体性が強く、楽しくなるという傾向がある一方で、明確な指示が出しにくく、生徒がどんなことをやれば良いのかわからなくなってしまうということに陥りやすいように感じました。

 

一方で自由度が低いと、主体性が弱く達成感が小さい、いわゆる「やらされている感」が発生してしまいます。しかし、明確な指示が出しやすいため、授業が進めやすいという印象です。

 

 

そこで私は、自由度の高い活動でも指示を明確に行うためにヒントを何段階か用意しておき、生徒の様子を見ながら、必要に応じてそれらを提示することにしました。また、グループ内やクラス内での意見共有を活発に行う工夫も取り入れました。特にJamboardを使う際に、他の班の付箋を見ることができる設定にしておいたことで、どのようなことを書けばいいのかわからないグループも、他の班のものを参考にしながら進めることができたのではないかと考えています。

 

「楽しい活動」について考えたことがこちらです。

 

まず、「楽しい授業」を構築するにあたっては、活動の構造自体を楽しくすることが重要ではないかと考えました。

 

これについては、グループ間で競い合ったり、ゲーミフィケーションなどを取り入れたりすることによって、自然な形で構造自体を楽しいものにしていくことができるのではないかと考えました。 


 

2つ目に、題材やストーリーを楽しくするということも重要であり、有効であると考えました。今回は、「怪盗からの犯行予告状」を用いたことで、興味を持って活動に参加してくれた生徒が多かったという印象があります。

 

そして、いかにも「授業」といった感じ(授業感)を無くすこと。これは、興味を引きつける手法として、ふだんはなかなか起らないような驚きなどを演出することも有効ではないかと考えました。その1つの例として、今回私は授業前に「犯行予告状」を生徒1人のパソコンの下にあらかじめ仕込んでおき、それを授業中に発見する、という演出をしました。そういったことを驚いたり楽しんだりすることで、より関心を持った状態で授業の活動に挑むことができたと思います。 

 

最後に、今回私が最も重要だと考えた「第一印象」についてお話しします。今回、「怪盗からの犯行予告状」を使いましたが、こういったストーリーを作らなくても、「法律を作ってみる」という授業自体は実践できます。

 

しかし、同じ活動を行うとしても、第一印象で「おもしろそう」と思ってもらうことで、活動全体における意欲が向上するのではないかと考えています。

 


■教育実習を振り返って

1.今回の授業の生徒の活動で、ご自身の予想以上に良かったことを教えてください。また、それはどのようなきっかけ(あるいは理由)があったと思われますか。

 

授業を実施するまでは、「犯行を予測する活動」や「法律を考える活動」で、生徒から意見が出るかどうか不安に感じていました。ですが、実際にやってみると想定以上に意見を出してくれていました。

この原因としては、やはり具体例をいくつか提示していたことが挙げられると思います。むしろ具体例を出しすぎてしまい、生徒が考える範囲を狭めてしまった部分があり、ヒントをどの程度出すかというバランス設定の難しさを実感しました。

 

加えて、今回の授業の冒頭で行った「犯行予告状が生徒のパソコンの下から出てくる」という演出を通して、柔らかな雰囲気を作ることができ、あまり堅く考えすぎずに意見を出せた、という面もあるのではないかと思います。

 

 

2.今回の実践を振り返って、「もっとこんなことができればよかった」ということがあればお教えください。2時間分の授業内だけでなく、年間のカリキュラム全体、あるいは他教科との連携を考えてくださってもけっこうです。

 

今回は、怪盗がどのような犯行をしようとしたのかを教員側が設定し、生徒にはそれらを防ぐための法律を作ってもらうという形で授業を進めました。ですが、当初は防ぐべき犯行も生徒に考えてもらい、生徒同士で犯行を防ぎあうような構造も考えていました。

 

活動が複雑になりすぎてしまう点などから断念しましたが、生徒同士・グループ同士で競い合う構造ができ、より意欲的に活動してもらえるのではないか、さらには、他グループが作った法律の穴を探す形で、より多くの犯行が思い浮かぶのではないかと考えていました。

 

 

3.これから情報科の教員を目指す方々にメッセージをお願いいたします。

 

情報科で扱う内容は、生徒が主体的に学ぶ活動と非常に相性が良いのではないかと考えています。そのため、生徒側にとっても、教員側にとっても、楽しくやりがいのある授業を実現しやすいのではないかと思います。そういった点が、情報という科目の魅力の一つではないかと感じています。

 

 

4.4月からは教壇に立たれることになりますが、教師としてやっていく上で大切にしたいことは何でしょうか。また、課題であると思われたことは何でしょうか。それぞれ教えてください。

 

やはり、生徒が主体的に楽しく活動できるような授業を実践したいと考えています。

 

そのための課題として、今回の発表でも触れたように、活動の自由度や難易度のバランスを見極める

とともに、考えてもらいたいことを深く考えてもらえるような構成を練っていかなければならないと

感じています。

 

 

5.今回の教育実習の経験を踏まえて、情報科の教員を目指す後輩のために、教師として、教育実習生として、大切にしてほしいこと感じたことを教えてください。

 

教育実習を通して、「挑戦すること」は大切だと実感しました。授業の構成を一(いち)から考え、それを改善、実践していくことで非常に多くの学びを得ることができました。

特に、情報は指導方法がまだ確立されておらず、日々変化していく教科ではないかと感じているため、挑戦することは意義深いと考えています。

 

 

 

神奈川県高等学校教科研究会情報部会情報科実践事例報告会2021オンライン オンデマンド発表より