言語による情報格差を減らすための動くピクトグラム制作

広島大学附属福山中・高等学校 平田篤史先生

ピクトグラムが動いたらどんな情報が伝えられるか

ご本人提供
ご本人提供

今回は、「情報デザイン」の授業でピクトグラムを扱いました。

 

まず押さえたのは、ピクトグラムの目的です。ピクトグラムは、文字を使わずに情報を伝達すること、そして誰が見ても案内・誘導・指示を理解できるようにすることであることを伝えました。

 

ピクトグラムの歴史は、1920年代に社会・経済学者のO.ノイラートが作った「アイソタイプ」というものが起源とされており、文章を読む習慣がない市民にも、簡単な絵を使って複雑な社会や経済の情勢を伝えたんだよ、ということを話しました。

 

 

日本では、1964年の東京オリンピックの施設シンボルがピクトグラムを考案され、これが近代ピクトグラムの発祥となりました。

 

このピクトグラムの意匠は家紋に着想を得たことや、著作権を放棄して普及を重視したという話をすると、生徒はかなり食いついてきてくれました。こちらが1964年東京オリンピックの、実際の施設シンボルです。

 

 

そして、皆がふだん見るピクトグラムは、この図のように静止した画像だと思いますが、今は東京や大阪などの都市圏を中心に、電車の広告には、デジタルサイネージになっているところを考えると、これからのピクトグラムは、止まっているものではなく、動くものでもいいね、という話をして今回の題材に入りました。

 


 

この活動で使ったのは、「ピクトグラミング」(※)というソフトです。このソフトは、ブラウザベースですので、インストールの必要もありませんし、OSの環境に依存することもありませんので、どの学校でも簡単に使うことができます。

https://pictogramming.org/

 

既存のピクトグラムに動きを加えることで役に立つものに変えてみる

まずは練習問題として、同じように動かしてみよう、ということをしました。生徒は、自分の思い通りの動きをすることができたり、できなかったりということを繰り返しながら、ひとりだけでなく、近くの人たちと相談しながら、少しずつ操作方法に慣れていきました。

 


 

次に、実際にオリジナルの動くピクトグラムを作ってみようということで、まず、デザインを書かせました。

 

全く見たことがないものを作ってもよいのですが、既に実際に使われている静止画のピクトグラムを参考にして、それをどのように動かしたらよいか、動かすことで実際どのようなメリットがあるのか、ということを考えさせました。こうすることで、自己満足なものを作るのではなくて、誰かの役に立つものを作るという意識を最初に持たせることができたかなと思います。

 

 

生徒達が作ったのがこちらです。「走ってはいけない」という禁止系、「落下注意」という注意系、「安全バーを下げてください」という指示系などがあります。

 

 

動くピクトグラムならではと思ったのは、こちらのように「安全」と「禁止」の両方を示すような作品を作ってくれたことです。こちらは、「白線の手前側は安全だけど、奥へ行ってはダメだよ」というものです。これは実際に、駅のホームでも役に立つのではないかと思いました。

 

 

時間が余った人は、このようにウォーターサーバーを使う様子や、ハードル走の様子などを、楽しみながら作ってくれました。

 

 

さて、ここからは、一風変わった生徒の作品を紹介します。何を表すピクトグラムか、考えてみてください。まずこちらはいかがでしょうか。

 

正解は、立ち幅跳び禁止です。どこで使うんだ、という声は、心の中にしまっておいてください。

 

 

こちらは何やらしゃべっておりますが、これは何禁止でしょうか。

 

正解は、長話禁止です。一方的な長話をしないでほしいという思いで作ったそうです。

 

最後にこれは何に注意でしょうか。

正解は、「鹿に注意」です。広島県には、宮島という有名な観光地がありますが、そこには奈良公園のように鹿がたくさんいます。そこに行ったときの経験から、「鹿には注意しないといけない」という思いで、このピクトグラムをデザインしてくれました。実際に宮島の観光協会に使ってほしいなと思いました。

 

 

実際に作ってみたからこそわかる、「伝える」「伝わる」ことの意味

生徒の振り返りです。

印象に残ったのは、日常生活への疑問を抱いてくれたということです。

 

例えば、上の段の生徒は、トイレのピクトグラムを見て、なぜ自分がこのマークをトイレと認識できるのか疑問に感じたと言います。トイレのピクトグラムには、便器のようにその場を印象付けるようなものは含まれていません。にもかかわらず、これがトイレであることがわかるのは、このピクトグラムを見てからトイレだと判断してるのではなく、トイレという施設を先に知ってるから、そのマークを見たら、ここはトイレだなというふうに認識できてるのではないか、ということを考えてくれました。

 

ということは、外国から来られて、日本のトイレに慣れていない方が、そのマークを見ても、トイレだということがわからないのではないか。つまり、ピクトグラム本来の役割を果たせてないのではないか、いうことを考えてくれたのです。

 

 

また下段の生徒は、この授業を通して、実際に今社会にあるピクトグラムというのは、もうこれが完成形で改善の余地はないのではないかと思っていたのが、そうではなくて、ピクトグラムの名前を見ないと、何を表してるのか分からないものがいくつかあるということに気づいたと、言っています。

 

これは先ほどの生徒にも通じることですが、「ピクトグラム一覧」というWebサイトがいくつかありますが、それを見ても何だかわからないものはいくつかあったのだと。そこで、今回ピクトグラムに動きを付けることで、表現の幅がぐっと広がって、より伝わるものになったということを考えてくれました。

 

この生徒は特に、試着室や休憩所のピクトグラムが分かりにくかったので、これに動きを付けて表してみたいということを考えてくれました。

 

「情報デザイン」を扱いながらプログラミング的思考にもつながる

成果と課題です。

 

まず成果に関して、一つ目は「社会課題の発見と解決に向かおうとする態度の育成」です。これは、先ほどの振り返りにもあったように、社会に今あるものは完璧ではなく、まだまだ改善も必要とする部分がたくさんあるということに気づかせることができたと思います。

 

今回は、この動くピクトグラムの制作を通して、それを解決しようとする態度を育むことができたのではないかと思います。

 

二つ目は、副次的ではありますが、ピクトグラミングという教材を通してプログラミング的に思考する力を育成することができたと考えています。今回は「情報デザイン」を見据えた授業実践でしたが、結果的にプログラミング的思考の学習にもつながりました。

 

 

他の人に見てもらい、評価を受ける場面も設定したい

課題は二つです。一つは評価活動の充実です。今回の評価活動は授業者単一の視点でのみ行いました。しかし、ピクトグラムの本来の目的を考えると、複数の視点からの評価やアドバイスを受けることが大事であると考えました。改善案としては、ルーブリックを授業者だけで作ってしまうのではなく、学習者にも考えさせることが考えられます。学習者と共に作成したルーブリックを基に、学習者同士で相互の評価活動を実施し、そこで受けた数値の定量的な評価やコメントなどの定性的な評価を基に、自分のピクトグラムを改善する活動を取り入れたいと考えます。

 

二つ目は、「自己有用感の育成」です。今回作ったピクトグラムは、授業の中で他の人に見てもらうということにとどまりましたが、授業の外で、校内や、できれば最寄り駅などで作ったピクトグラムを展示することができれば、自分が作ったものが社会に実際に使ってもらえること、自分の住む地域や社会をよりよくすることに役立てると考えてもらうことができるのではないかと考えました。次年度以降は、これらの課題を解決し、授業改善に取り組みたいと考えています。

 

神奈川県高等学校教科研究会情報部会情報科実践事例報告会2021オンライン オンデマンド発表より