事例223

「データの活用」による「問題解決」の授業

~高校生に心理・行動特性を意識させインターネット依存を予防する授業実践

東京都立神代高校 稲垣俊介先生

第12回全国高等学校情報教育研究会全国大会より
第12回全国高等学校情報教育研究会全国大会より

私は情報科の教員として教壇に立ちながら、社会人大学院生として、大学院後期課程で現場の情報科教育の発展と、目の前の生徒たちの問題解決のための研究を行い、この3月で修了することができました。

 

大学院では、高校生のインターネット依存傾向について研究しました。その成果として、インターネットを通じてコミュニケーションを取る相手への依存、他者に対して過度な気遣いをしてしまう傾向、そして高校生の学校生活スキルの在り方のそれぞれがインターネットへの依存傾向と関連していることを見い出し、一定の説明がなされたことをそれぞれ論文にまとめ、それらをまとめたものを、今回博士論文として発表しました。

 

私の博士論文の構成です。全部で8章で構成されており、このオレンジ色の部分が、インターネット依存の予防をする授業を開発・実践した成果を述べている所にあたります。この章を簡単に紹介することで、今回の実践の紹介とさせていただきたいと思います。

 

 

「インターネット依存の予防」と「データ活用による問題解決」を組み合わせる

私は、心理行動特性がインターネット依存傾向と関連があることを調査・分析の結果として示し、それを基に授業実践を行いました。

 

実践では、生徒が自分たちのインターネットの利用時間についてデータ分析を行い、考察をして、発表しました。そして最後に私自身の研究成果を生徒たちに伝え、それらを踏まえて、私も参加して生徒間で議論をする、という授業スタイルを取りました。

 

その結果として、生徒が自分のインターネットの利用時間について意識するようになり、過度な利用を避けることができるのではないかと考え、それを目的とした実践を行いました。

 

 

この実践に関する裏付けの一部をご説明します。「情報I」の学習指導要領の解説には、「SNSなどの特性や利用状況を調べる」という記述があります。そこに着目して、「自分を含めて同じ学年の仲間の利用状況を調査し、自分と他者の利用状況を検討すること」と捉えることができるのではないかと考えました。

 

また、「情報社会の問題解決」の実施においては、「問題の発見から分析、解決方法の提案、評価、改善などグループで一連の学習活動を行うことが考えられる」という方針が示されています。

 

本実践もその方針に沿って、自分や他者のインターネット利用状況を調査することで、問題の発見、さらにその分析を行い、それらをグループの学習活動として実施する、という設定をしました。

 

 

鶴田・野嶋両先生によると、インターネット依存の改善のためには9時間程度の授業時間を設けることが有効である、とされていましたが、情報科の授業内で、インターネット依存の予防や改善を目指した情報モラルの授業だけのために、それだけの時間を設定することは現実的ではありません。

 

※1  「高校生のインターネット依存を改善することを目的とした単元開発」鶴田利郎, 野嶋栄一郎

 

 

ですので、この目的を踏まえつつ、「データ活用による問題解決の授業」として、複合的な大きな単元として設定しました。

 

菅谷先生は、情報リテラシー教育の中で、学習者が自分の学習活動をモニタリングすることにより、自分ができない理由を検討し、改善すべき問題点の明確化がなされたと報告されています(※2)。

 

※2 情報リテラシー教育における内省報告の効果」菅谷克行 

  

 

また、酒井・塩田両先生は、インターネット利用を検討させる授業では、問題の発見を促すためには、他者との認識の違いを意識させ、それを客観的に捉えさせる方法が有効である、と述べていらっしゃいます(※3) 。

 

※3 「行動改善を目指した情報モラル教育 ネット依存傾向の予防・改善」酒井郷平、塩田真吾(静岡学術出版,2018)

 

本実践でも、インターネット利用における解決すべき問題点の明確化とともに、他者との認識の違いについて考えさせることを目標にしました。

 

 

統計分析の難しい内容は、動画を使って繰り返し学ぶ仕掛けを作る

授業の展開がこちらです。

 

問題解決の目的を「インターネット依存の予防と改善を目指す」として授業を組み立てました。本単元は、さまざまな小単元を含んだ大きな複合的な単元として、1学期を使って行いました。

 

ここに示した基礎・基本の授業を行ったときに、インターネット利用時間について分析・考察をさせ、そして発表をさせます。さらにそこから私自身の研究成果を述べて、それについて議論をするという展開です。

 

 

太字になっている「表計算ソフトを使った統計分析」の部分は、授業動画を作成しています。

 

私のサイト(※4)では、この他にもいろいろな分野の授業動画を何十本か用意していますので、こちらもよろしければご覧ください。

 

※4「稲垣俊介.jp」

 inagaki-shunsuke.jp

 上記の授業動画は「授業・教材」の動画401~405にあたります 

 

 

今回、統計を学ぶために用意した動画には、ヒストグラムを作ったり、平均と分散について考えたり、度数の比較を行ったり、といった内容のものがあります。ここではフリーの統計ソフト『js-STAR』(※5)を使って、平均の比較や、散布図と相関係数について学べるようにしました。この辺りは、生徒にとっては相当難しい内容ですが、問題解決の授業をしつつ、わからないところでは振り返りができるように設計したものになっています。

 

※5  http://www.kisnet.or.jp/nappa/software/star8/index.htm

 

 

自分たちの利用時間の分析結果を踏まえて、インターネット依存の心理・行動特性について学ぶ

これらの内容の授業をした後に、いよいよメインの活動となります。

 

1時間目に、インターネット利用時間を生徒に入力させたデータを生徒に配布します。これはは前回の授業で、インターネット利用時間を記録するフォーマットを生徒に配布し、1週間毎日就寝前に記録しておくことを伝えておきます。

 

生徒は1週間分の記録を表計算ソフトウエアに入力し、1日当たりの平均の利用時間を算出して、私に提出します。私の方では、提出された全員のデータから、生徒の名前や個人が特定されるようなデータを除いて、全員分のデータをそれぞれの生徒に配布しました。

 

 

次に、表計算ソフトウエアを利用して、前時に配布したインターネット利用時間の分析を行います。生徒は同じグループの生徒とコミュニケーションをしながら作業を進めました。

 

この分析作業は難易度が高いため、先ほどの動画を見ながらデータ分析をする生徒も多く見られました。この授業は問題解決におけるデータ分析に当たる実践となります。

 

 

続いて、前時までに作成したグラフや表から、こちらのスライドに表示した質問項目に回答する形で、レポートとプレゼン資料を作成しました。作った資料でプレゼンを行い、感想も発表しました。

 

 

生徒のプレゼンの内容に即して、次の時間で実施する私のプレゼンの講評と、心理・行動特性の解説の内容を調節しました。ここでは、私から前時のプレゼンの講評と、インターネット依存傾向と関連が見られる心理・行動特性との関連について説明をしました。

 

私の解説の中では、具体的な心理・行動特性の名称などは避けて、生徒とやりとりをしながら、理解しやすい解説を心掛けて授業を行いました。

 

 

科学的なデータの活用の授業を通して情報モラルを学ぶ

本実践は、自分と他者のインターネット利用時間等を分析させ、さらにその成果を他者と比較させることで、インターネット依存の問題意識を促すカリキュラムとしたことに特徴があります。

 

実際に、問題意識を持つことができたかどうかは、レポートの文章や授業の感想に書かれた文章から判断することにしました。

 

生徒に問題意識を持たせるための工夫として、心理・行動特性について詳細に解説し、生徒同士で議論をさせました。。問題意識を持つことで、授業実践後に、インターネット等の利用時間が、カリキュラムの実践前よりも減少していると予測していました。そしてその予測の検討のために、カリキュラムの最終日からおよそ2週間後に、同様の項目で利用時間を記録し、変化を確認しました。

 

本実践は「インターネット依存の問題を解決する授業」として、「自己の解決すべき問題点の明確化」と、「他者との認識の違い」の両側面から検討できる授業であったと考えます。そして、生徒のレポートの記述や、カリキュラムの最後に書かせた感想から、自己の解決すべき問題点の明確化と他者との認識の違いに関する記述が見られたことで、インターネット依存の問題意識を持つことができた、と結論付けられました。レポートの感想を提出した306名中、「自己の解決すべき問題点の明確化がなされた」とした人は274名、「他者との認識の違いがなされた」と考えられる人は181名でした。

 

 

さらに、実践前と、実践2週間後のインターネットの利用時間の記録の比較をしました。残念ながら平日のSNSの利用時間においては、有意差は見られませんでしたが、それ以外においては有意に減少したといえます。この結果は、生徒たちが自分で分析をすることによって意識をし始めたことが、成果の一つにつながったのではないかと推測しています。

 

 

私は、情報モラルの授業は今後も大切であると考えています。「『情報I』が始まったら、情報モラルを教えている暇などないんじゃないか」とおっしゃる方も多くいらっしゃるとは思います。しかし、私はそうではないと考えます。

 

私の実践は、あくまで科学的にデータの活用の授業を行って、そこから生徒自身がインターネット依存傾向にあること、使い過ぎであることに気付いてもらうものでした。私が「スマホを見るのをやめなさい」と言っても、聞いてくれるわけがない。そうではなくて、生徒が自分で思考し、表現し、そして科学的な理解によって初めて気付くものであると考えます。

 

私たち情報科教員の役割は、科学的に情報モラルの授業をすることであると思います。情報入試の対策となるようなレベルでありながら、同時に情報モラルの授業となること。そこが大切ではないかと思います。

 

また、今回ご紹介した授業実践は、生徒が、自分たちのインターネット利用時間を自分たちで分析をして考察する、というものでした。生徒はそのことが相当面白かったらしく、自分と他者のデータ分析では、歓声をあげながら実習をしていました。これが、例えば「全国の高校生のインターネット利用時間」のデータで行ったとしたら、同じように楽しそうに分析してくれたでしょうか。

 

このデータ分析は、生徒たちにとっては相当難しい内容だったはずです。それにもかかわらず、楽しく取り組めたのは、自分たちのデータであったためであると考えます。データ分析だけでなく、プログラミングの授業であっても、情報デザインの授業であっても、自分たちに関連することであるならば、たとえ情報入試が求めるレベルが高かったとしても、生徒たちは乗り越えてくれるのではないか、と考えました。

 

授業実践からお伝えしたいこと

「情報入試対策をすると、生徒は授業が面白くないのではないか」という懸念があるかもしれませんが、先ほども申し上げたとおり、自分事の内容を学ぶことは、生徒たちにとっては面白いことであると思います。

 

 

さらに、教員にとってはどうかということですが、実は私自身、最近データ分析がすごく面白いと感じています。

 

先生方も、きっと「情報」の何かが好きになって教えていらっしゃると思います。そのことを生徒に話していくことで、先生にとっても自分事の内容での情報入試対策になっていくのではないかと思います。

 

あまり入試対策にとらわれてしまって、ご自分の興味から離れてしまうと、教える側も楽しくなくなってしまうのではないでしょうか。

 

私は、よく生徒から「先生って『情報』、本当に好きだよね」と言われますが、きっと楽しそうに話してるのだろうなと思いますし、それでいいのではないかと思います。

 

 

さらに、「情報科の教員は『ひとり教科』だから大変」というご意見もあります。そのとおりではありますが、だからこそ皆で協力していきたいと思います。

 

ちなみに、私は先日情報処理学会の情報入試のシンポジウムで、現場の教員として意見を述べさせていただきましたが、ここでは情報処理学会、人工知能学会、電子情報通信学会といった学会の先生たちも、私たちを支援してくださるとおっしゃっていました。

 

このシンポジウムについては、3月29日の朝日新聞で紹介されています。確かに、情報入試について、賛否があることは存じていますが、やると決まったからなら、現場は頑張るしかないのではないか思います。

 

また、読売新聞では、小松一智先生のプログラミングの授業、私のデータ分析の授業など、好意的に解説をしてくれました。このように、いろいろな人たちが現場を応援してくれています。東京都教育委員会も、情報教育のために予算を付けてくれましたし、都立学校では1人1台端末が始まります。

 

 

私たちは大きな転換の時期にいます。だからこそ、ひとり教科なんて言われないように、都高情研などの研究会を通じてお互いに情報を共有し、支え合いながら情報入手に向かっていけたらと思っています。目の前にいる生徒たちのために、私たち現場は踏ん張っていきたいと思います。

 

※東京都高等学校情報教育研究会研究大会 研究発表より