事例244
T中学校における個人情報に関する授業の実践~自らコントロールする意識を持つ~
東大寺学園中学校・高等学校 𠮷田拓也先生
これまでに私が行ってきた個人情報に関する授業では、スライドに挙げたような基本的な知識を学習した後に、事例として、
①知らず知らずのうちにSNSや企業に預けた個人情報が漏洩されてしまったもの
②芸能人やスポーツ選手が非公式に撮影された顔写真が売買されたりしている現状
を学んだり、
③自らが会員になっているポイントカードなどの規約について調査してみる
という内容を行ってきました。
そこでの対象生徒への事後アンケートでは、「学習するまで知らなかった」「気をつけようと思った」というようなコメントがあり、大方、教師の予想通りの展開でした。しかし私の実感では、なんとなく知識としては理解しているものの、現実社会では違った行動をとっているのではないだろうか、という不安がありました。
今回ご紹介する実践は、スライドのように、序盤で問題を感じさせる実習に取り組みました。また、先ほど紹介した授業内容よりも、自らの個人情報の価値を実感することを優先させたものです。
この授業は、中学1年生の5クラス204名に対して、1コマの授業で行いました。
実習は3つのステップになっています。
最初に、とある芸能人の個人情報が無断で使用されてしまい、全く知らない他人に、勝手に婚姻届が提出されてしまった、という事例提供します。次にそれを基に、自らの生活行動で、「〇〇するときには、××の個人情報が必要です」という調査してもらいます。そして、必要な個人情報の種類や手続きなどについて認識し、その取扱いに対する重要度に気づく、という授業内容です。
概要としては、3つのポイントがあります。
まずは、問題事例の選定です。対象生徒は中学生ですので、個人情報を使って手続きするという機会はまだまだ少ないと想定されます。そこで、今回は人生のポイントとしてイメージしやすい結婚、つまり婚姻届の提出にはどのような個人情報が必要なのかを考えてみました。
これには、とある芸能人が被害にあった事例を挙げて、他人によって勝手に婚姻届が出されてしまったこと、そして、その影響について考えてみました。
授業で取り上げたのは、鳥取市のオリジナルの婚姻届で、因幡のしろうさぎをテーマにしたもの(※)です。
※鳥取市オリジナル婚姻届:https://www.city.tottori.lg.jp/www/contents/1418189014944/index.html
(最終アクセス日:2022年12月21日)
これを生徒に提示して、婚姻届にはどのような個人情報が必要なのかを理解してもらいました。結婚する2人の名前や住所、生年月日、父母の名前、本籍地、印影など、さらには2人の証人の名前、生年月日、住所、本籍地、印影が必要とされています。
提出には、2人そろって届け出る必要はなく、1人が身分証明書を持参していれば、受理されることになります。
取り上げた被害事例では、とある芸能人がストーカーによって個人情報が調べられ、必要な情報を手に入れることによって、婚姻届を出すことができてしまいました。これによる1次被害および2次被害は、スライドにも記載していますが、とても大きなものとなります。
万が一、その調整手続き中に、本人が不慮の事故で亡くなってしまうと、財産はどうなるのかなどを考えたりして、みんなでゾッとする思いをしました。
次のステップでは、婚姻届だけでなく日常生活で個人情報を使うシーンを考えてもらいました。今では身近な話となったメールアドレスの作成や、電話で出前のピザなどを注文するときに、どれだけの個人情報が必要になるのかなどを調査してもらいました。生徒達は、このような観点で考えたことがなかったようで、非常に興味・関心を持って取り組んでいました。
3つ目のポイントです。本実践の狙いしては、このような問題事例や調査活動を通して、対象生徒に「自分で自らの個人情報をコントロールするという意識」を芽生えさせたい、ということがありました。
例えば、出前などでは、住所、名前、電話番号だけで注文が確定してしまいます。このことを通して、少しの個人情報を使うことだけで、自分たちが思っている以上に物事が動いてしまうことを改めて実感してくれました。
勝手に婚姻届を出された事例や、他人になりすまして、出前のいたずらなど、悪意あるケースは、類似事例を考えると、まだまだ世の中にはありそうです。個人情報を持っている私たちが、その場、その場の状況に応じて、利用や管理について考えていく必要性があると思います。
その他に生徒達は、こちらのスライドに挙げたようなものを調査してくれました。例えばデリバリーシステムは、コロナ禍で利用が進んだものなので、とても関心を持っていました。
ゲームアカウントについては、興味ある生徒が多いので、メールアドレスなどと同様にわずかの個人情報によって作成できることを改めて理解できたようです。
このような話が出たときには、ゲームアカウントの売買問題なども取り上げて、注意喚起を行いました。右下に赤線で囲っているのは、手続きの形式についてです。単にWebサイトで入力するものから、音声のやり取り、窓口などの対面形式で行うものなど、さまざまな事例を把握していました。
授業後における生徒のコメントを少し紹介します。
本実践は中学1年生に対するものでしたので、やはりメールおよびゲームのアカウントを簡単に複数作成できることに留意が必要だ、という意見が多数ありました。
また、学割などを発行するための校内書類について、発行自体に不必要な情報を収集しているのではないかと、提案するコメントを書いた生徒もいました。
さらに作成時だけでなく、アカウント情報の変更などについて、作成時よりも少しの個人情報で本人確認できてしまうことに危うさを感じた生徒もいたようです。
こちらが生徒の実際のコメントです。
本実践では、生徒が自らコントロールする意識を醸成するという観点で授業を行いました。サービスを利用する際に、提供する個人情報が少ないと、認証の甘さが表出する可能性も考えられますし、逆に多いと漏洩の不安や手続きに対する不便さを痛感してしまうことも、授業の終盤では生徒達に考えてもらいました。
また、本年度1学期に行った個人情報に関するアンケートでは、多くの生徒が複数のアカウントを所持している一方で、PWを使いまわしている生徒が37.6%もいることが明らかになり、意識の低さが感じられたことも気になるところでした。この展開の後は、セキュリティにおける機密性(個人認証等)の単元につなげていく予定です。
神奈川県情報部会実践事例報告会2022オンライン オンデマンド発表より