事例272
ディジタル化で反転授業やってるよ Part3
東京都立町田高校 小原 格先生
今日の発表では、主体的・対話的で深い学びの手法として知られる「反転授業」について、そもそもなぜ情報科で反転授業なのか、授業の内容や進め方はどのようなものか、結果はどうなったのか、生徒の反応はどうだったか、などについてお話ししていきたいと思います。
「情報のディジタル化」ていねいに説明しても生徒の苦手意識が払しょくできない→生徒に任せてみよう!
まず「なぜ反転授業なのか」ということで、私が反転授業を始めたきっかけをお話しします。
おそらく先生方もご経験があると思いますが、旧学習指導要領の「ディジタル化」のところは、数学的な内容も入ってくるため、生徒たちの苦手意識が非常に高い分野の1つです。なので、私は一生懸命わかりやすいスライドを作って、講義もわかりやすくしようと努力していたのですが、なかなか生徒の理解度が上がらない、という悩みを抱えていました。
何かいい方法はないか、とずっと考えていましたら、2015年の中教審の「論点整理」で、「アクティブ・ラーニング」が入って来ました。今で言う、「主体的・対話的で深い学び」ですね。アクティブ・ラーニングは、前々から重要視されていましたが、中教審の答申に初めて入ってきましたこともあり、当時、学校全体としてアクティブ・ラーニングを取り入れよう、という話になって、産業能率大学の小林昭文先生にレクチャーをしていただきました。
小林先生のお話をお伺いする中で、「授業では『生徒ができるようになること』が大切なのだから、それを実現するために、生徒どうしが自由に立ち歩いて教え合うような実践をおこなっていた」ということを知り、これは使えるのではないか、とにかくやってみよう、と思ったのです。
そこで、思い切って動画を作成するとともに、自分が今まで作っていた教材などを全部生徒たちに渡して、「じゃあ、これをやってみよう」という形で反転形式の授業を始めました。
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予め見ておいた動画について授業内で教え合う→チェックテストで振り返る→振り返りアンケート
反転の方法にもいろいろあると思われますが、当時の私は、ディジタルビデオカメラで自撮りしておいたものをYouTubeにアップして、リンク先をメールで生徒に送って授業前にあらかじめ授業前に自宅のPCやスマートフォンで見てもらっておき、授業内にわからなかった所をお互い教え合う時間を作り、最後のチェックテストで振り返る、という形にしました。
動画は『情報のディジタル化』の単元の文字・音・画像・データ量・圧縮の5時間分で、編集ソフトはディジタルビデオカメラのバンドル品を使いました。
動画は、1単元をトピックごとに5分程度、最大でも10分×数回程度に分割し、単元で20分を超えないつくりにしました。また、撮影はいわゆる「一発撮り」で、編集は最小限にすませるようにしました。
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授業の展開もいろいろ工夫しました。
前の時間に、次の時間の範囲と動画リンクをあらかじめ提示しておきます。そして、授業の始めに、「今日君たちはこれを身に付けるための授業をやります。後で確認するからね」と、授業の目標を明示したあと、タイマーでカウントダウンしながら教え合いタイムをおおよそ20分程度取ります。
この時は、自由に立ち歩いて教え合うこともOKとし、むしろ推奨します。そして、残り15分になったら、チェックテストを行います。
チェックテストが終わった後で、隣同士で交換して採点し、誤ったところを確認します。そして、最後に振り返りアンケートを行います。
早くアンケートが終わった人向けに、あらかじめ早めに次回の内容や動画が含まれたリンクを配信しておき、少しでも予習を進めるように促します。このように、隙間の時間の活用も意識させます。トピックごとに細かく分割して動画を作っていることも良い動機付けになります。
動画リンク先や、次の授業で行う内容の共有は、現在はClassiで行っていますが、最初の頃は同様の内容を電子メールで送っていました。
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丸暗記するのでなく、考え方をしっかり理解するのが重要であることを強調する
下図が実際の授業の中で提示している目標です。
ポイントはいくつかありますが、まずデータ量の計算の練習問題は、式のみでよいことにしています。これは、まず考え方を理解してほしいからです。
計算はコンピュータがやってくれますから、大事なのは式とその式の意味だということ。なぜ8を掛けるのか、なぜ1024で割るのか、といったことをしっかり理解をしてほしいので、ここでは式のみでいいよ、という話をしました。そして、丸暗記だけは絶対やめてほしい。答えだけ丸暗記しても全く意味がないので、答えだけではダメだよ、ということを強調しました。
実際、最後のチェックテストの問題は、予め示した練習問題とほぼ同じものを出しました。やはり生徒に自信を持たせてあげたい、「やってきたらできる」と思わせたい、というところは非常に大きかったです。
ですから、ちゃんとやってきたらできるはずで、できていなかったらどこで手を抜いたのかわかってしまう、ということなのですね。わからなかったところがあったらきちんとつぶしていくために、教え合い、助け合いをしっかりしてくださいね、という形をとっています。
期末考査の平均点が10点アップ! 生徒が自分から学びにいくことの大切さを実感
下図スライドの左側が実際のチェックテストです。全てワークシートで出題した問題を出しています。
ですから、ワークシートや動画を見て、ここはこうなんだ、ということがわかれば、動画とほぼほぼ同じ問題なので、納得しながら解くことができます。
右側がリフレクションです。このリフレクションは非常に大事です。特に、「教え合いに貢献できましたか」という問いは強調しました。生徒同士が実際に教え合うということは、教育活動がアクティブに行われているということなので、生徒がたくさん聞いていること、たくさん教えているということは、それだけ活動が活発になっているわけですから、たくさん勉強しているということですよね。ですから、たくさん聞いたか・教えたか、ということを特に評価するようにし、そのことも生徒に周知しました。
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あと、最後に今日の授業の内容をキーワード1行で書かせたこともよかったと思います。「ここはテストではないので、シートや動画を見ていいよ」ということにしました。そうすると、その生徒が本当にわかっているかどうかが一発でわかりますし、生徒にとっては「今日やったことで大事なところはココだ」という念押しにもなります。
最後に、今日の授業でわからなかったことを書かせます。「わからない」という人が多かった時には、追加の動画をもう1本足したこともありました。
こちらが最終回の生徒の反応です。5回目の授業の内容だけでなく、5回やってみてどうだったか、ということを書いてもらいました。そのため、「圧縮」とか「パリティチェック」といった授業でやった内容も入っています。
5回全部の感想を書いてくれた人は、「理解できる」「教える」「深まる」「わかる」「できる」といった、非常にポジティブな言葉がたくさん出てきていて、私もびっくりしました。今の生徒たちは動画世代ですので、私が目の前にいるのに、その私が出て来る動画を見ることに全く抵抗を感じないようです。
生徒たちの変化が下図です。驚いたのが、期末考査の平均点が10点近くアップしたことで、これには本当にびっくりしましたし、本当に今までの私がやってきたのは何だったのかと思いました。
生徒たちは授業中、和気あいあいと主体的にやっていますし、教室終了後も、授業の内容を話し合いながら帰っていくのです。今まで私がレクチャーしても、そんなことはほぼなかったので、生徒が自ら学びにいくというのは本当に大事なことであることを感じました。それ以上に、私自身が価値観を180度変えさせられた、というのが、正直なところです。
反転学習を行う意味を考える
今回のタイトルがなぜpart3なのか、ということです。part1(2015~2017年度)当時は、自分自身手探りでやっていました。生徒も一人1台端末ではなかったので、あくまで「できれば見てきてね。皆さんの「データ量」を使っちゃうかもしれないけど、無理だったら仕方ないね」というスタンスでした。ですから、事前に動画を見られなくても何とかなる、ということにするための配慮も必要でした。
part2(2018~2020年度)当時は、本校では既に1人1台端末になっていたので、授業は予め動画を見て来ることが前提でした。そしてpart3(2022年度~)は、「情報Ⅰ」対応なので、動画もフルリニューアルしました。この次元になると、中学校までの学習履歴の差を埋めるためといったイメージの方が強くなってきておりました。
動画があることで、子どもたちの分かる・分からないの差を埋めることができます。わからないところは何回も見ればいいですし、それでも分からないところは生徒同士教え合えばいいので、こちらがあまり手をかけなくても済みます。そういう意味から、小学校・中学校までの習熟度の差を埋めるのに役立ち、ツールとして非常に便利になったというのが、最近の感想です。
改めて、反転学習を行うことの意味を考えてみます。
反転学習を行うというのは、単にひっくり返してやればよい、というだけでなく、いろいろな目的や意味を持たせてやっていく、ということが非常に重要であり、そこに絶妙なバランスというか、仕掛けがいろいろあるのがよいと思います。
本校の場合は、なかなか予習して来ない生徒に対し、何とか予習の習慣を身につけさせたい、というのと、あとは学習習慣が未熟で、どうやって勉強してよいかわからない、という生徒に対し、学習の一つの方法としても定着させたい、ということもあります。
もちろん学習内容そのものも定着させたいですし、授業も私が何回もやるよりも、子どもたちが自分でできるほうがよいでしょう。この反転授業では、その辺りをかなり狙って、それぞれ意味を持たせた活動を行っています。
YouTubeに細切れ動画を載せることの利点は…
動画はYouTubeを使いました。当時は、広告が入ってくると、魅力的な「お勧め」に引きずられてしまうのではないかという懸念があって、正直YouTubeはあまり気が進みませんでした。でも、当時は他の選択肢はありませんでした。また、YouTubeは無料ですし、比較的回線負荷も少ない。繰り返しや早回し、スキップができるのも魅力です。
また、動画を細切れにする理由にもこだわりました。生徒には、隙間時間を活用させたい。それによって、見るのを忘れてしまっても、前の時間の休み時間やお昼休みなどの隙間時間にさっと見ることができます。
さらに、動画を作ってみて、自分は今まで授業中にどれほど「本論とかけ離れた」話をしていたのか、ということがよくわかりました。動画にしてみると、今までやってきた内容が本当に3分の1程度の時間で終わってしまうことがざらでした。もちろん、生徒が演習している時間などもありますが、今まで自分が教えるためのエッセンスというのが再確認できたというのも大きかったです。
また、生徒同士で教え合いをする、ということに非常に大きな意味があります。ハードルが低いし、学習にもつながります。コミュニケーションが活発になるので、後のグループワークを行いやすくなります。
教え合いをわざと少ない時間設定にすることで、予習の意味を実感させる
なぜ「立ち歩き自由」「恥ずかしくない」とわざわざ書くのか、ということですが、やはり「聞く」「聞かれる」ことのバリアーを少なくしたいことがあるからです。また、「わかった」「勉強したらできた」と思ってほしい、ということもあります。
教え合いがなぜ20分なのか、ということについては、わざとちょっと足りない時間を設定しているからです。最近は、20分でなく15分にしています。わざと少ない時間にすることによって、学校に行ってからその場で適当にやればいい、とは思わせないようにしたいためです。
「あと10分あればもうちょっといい点が取れたのに」と思わせることで、その10分を予習してきたらよかったね、という形で強く予習を促しました。そうすると、生徒も点が取れないよりは取れた方が嬉しいので、最初はなかなか予習して来なかった人も、後半になると、「今日はしっかり予習してきました」と書いてくれたりしました。
チェックテストは、絶対やった方がよいと思います。チェックテストをして、できること・できないことを見える化することで、生徒の理解度は一目瞭然です。ほぼ同じ問題を解かせることによって、「これは一度解いたことがある、一度は理解できたものだ」と思わせたい気持ちがあります。
また、「この後、定期テストでチェックをするから、本番は定期テストだと思ってくれればいい。だから、チェックテストは集めないよ」とあえて答案は回収せず、小テストの結果そのものは、私が巡回してどの程度できているのかを確認する程度にとどめています。また、計算式だけ書けばよい、ということで、丸暗記するという考え方も捨ててほしいということを伝えます。
採点を隣同士でするのは、丸付けをすることも勉強であると思うからです。内容をもう一回見て、自分で丸付けをすることによって、その内容を再確認できるので、これも勉強になります。
間違えたところは必ず正しい答えを書くことで、自分がそれを勉強したことになるから、一石二鳥だよね、と説明しています。相手が間違えていたときに指摘してあげることによって、お互いの教え合いを引き出しやすくする、という効果も狙いました。
先生の役割も大きく変わる
なぜパソコンで振り返りをするのか、ということについては、そこはタイピングの練習も兼ねて、わざとパソコンにしたということもあります。また、キーワードとその説明を書かせることで、理解度の確認と、さらなる定着を狙いました。
もう一つ、よく聞かれるのが「先生はその間何をしているのですか」ということがあります。確かにこのやり方なら、サポーターの大学生でも授業ができるかもしれません。
しかし、むしろこここそが教員の大事な役割で、生徒が振り返りを書いているところをじっくり観察して、この子はここで躓いているとか、ここの部分はもう少し丁寧にやったほうがいいといったことをチェックしたり、生徒同士の人間関係を見たりしています。
あとは、教え合いの場面では、生徒だけではどうしても解決できない部分が出てきます。そういった時は、やはり私が出て行って生徒が自分で解決できるように導かなければならない。そういったこともあります。
このように、教員の役割自体も変わってくるなと思いました。
今回のまとめがこちらです。大事なのは、反転学習は手段の一つと先生自身が割り切ること。そして、生徒が自分から「やろうかな」と思う仕掛けを作ることです。参考文献を挙げておきますので、ぜひ先生方ご自身の授業を作ってみてください。
[質疑応答]
Q1:
これまで7年間反転授業を実践されているとのことですが、どのような生徒が向いているのでしょうか。先生の実感を教えていただけますでしょうか。
A1小原先生:
はい。私は誰でもできる、どのような生徒でも全く効果がないというわけではないと思っています。また、ぱっと見てぱっと分かるという人ではなくて、どちらかというとゆっくりと学習していくタイプの生徒の方が合っているような気がしています。
ですから、私も授業中は意図的にゆっくりと話すようにしていますが、切羽つまってくるとどうしても早口になってしまいます。そうすると、生徒がメモしている間に、授業が進んでしまっていて、気がついたらわからなくなってしまう、ということになります。
ですから、自分のペースで理解したいけれど、学校のペースと授業のペースが合わない、どちらかというとゆっくりじっくり理解したいという生徒には、すごく向いているシステムだという感じです。1回聞いて分かってしまう人には、「別にそんなのいいじゃない」と思うかもしれないところを、自分で聞きたいところを何回も聞かないと分からないとか、友達同士で勉強したい、といった生徒には特に向いていると思います。
神奈川県情報部会実践事例報告会2022オンライン ポスターセッションより