事例274
「情報デザイン」と「データの活用」~統計ポスターを軸に「情報I」の2大テーマをつなぐ授業実践
雲雀丘学園中学校・高等学校 林宏樹先生
2022年度から始まった「情報I」では、プログラミングが注目を集めがちですが、「情報I」の最大の目標である「問題解決」のためには、「データの分析」を深く学ぶことが必要です。また、今回の学習指導要領で初めて登場した「情報デザイン」における情報の抽象化・可視化・構造化は、「情報I」全体をつなぐテーマでもあると同時に、データを分析して考察したり問題解決したりした結果を、受け手にわかりやすく正確に伝えるためには、「情報デザイン」で学ぶ手法や考え方が不可欠です。
「情報I」の学習指導要領では、「情報デザイン」は「(2)コミュニケーション情報デザイン」に、「データの活用」は「(4)情報通信ネットワークとデータの活用」に入っているので、多くの教科書でこの2つの掲載はかなり離れています。そのため、教科書の順に学んでいくだけでは、生徒たちはこのつながりを意識することは困難であり、カリキュラム全体を俯瞰したカリキュラム・デザインが必要になります。
統計ポスターの作成を軸としてこの2つの単元、さらに「情報I」全体を網羅するカリキュラム・デザインを行った、雲雀丘学園中高等学校の林宏樹先生の実践をご紹介します。
統計ポスターを年間2回作成することを通して、PPDACサイクルと情報デザインの意味を体験
林先生の実践のポイントは、「情報I」の授業を通して統計ポスターを2回作成することです。
具体的には、1学期に「取組1」として「 (1)情報社会の問題解決」と「(4)データの活用」を学んだ後、夏休みを使って統計ポスターを制作し、9月のコンクール(※1)に出品します。
その後、2学期(9月~12月)は「取組2」として「(3)コンピュータとプログラミング」と「(4)情報通信ネットワーク」を学びます。
そして、3学期(1月~3月)に、「情報I」の学びの総仕上げとしての「取組3」で、「(3)コミュニケーションと情報デザイン」を行います。ここで、情報デザインに関する基礎な考え方やピクトグラム、シグニファイアなどを学んだ上で、1学期に作成した統計ポスターを、その内容を伝える受け手の属性などを考えてデザインを改善します。
このように、自分が作ったポスターを題材に、1年かけて、問題発見・解決と改善を行う探究活動となっており、その中で探究のフレームワークとしてPPDACサイクルを経験することになっています。
取組1:統計量の意味・機器の操作とともにPPDACサイクルを学ぶ
各取組の内容を詳しく見ていきましょう。
1学期の「取組1」がこちらのスライドです。「取組1」は、基礎学習→探究1→探究2→探究3と段階的に学習しながら、データサイエンスの基礎について、統計量の意味の講義と、機器の機器の操作の演習を中心に1回50分の授業を全19回実施しました。
「基礎学習」では、PPDACのうち、DとAの知識・技能を習得します。具体的には、データサイエンスに関する表計算ソフトの技能や、統計量などの数値の意味、回帰分析法の理解などです。基本統計量で扱う標準偏差や相関係数などは、その意味や使い方などだけ伝え、数値計算はExcelで行いました。
「探究1」では、DとAに焦点を当てた演習として、e-statや気象庁からデータを収集して、家計調査と気温との相関係分析や回帰分析の演習を行いました。
さらに「探究2」では、DACに焦点を当てて、標準化されたデータを分析する演習を行った後、「探究3」でPPDACサイクルによる探究活動として、自分の興味・関心のあるデータを使った統計ポスター作成(作品①)を行いました。
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また、「探究1」と「探究2」では、具体的な事例からデータ収集方法、整理整形、分析、考察について学ぶために、経済産業省「未来の教室」のSTEAMライブラリーの動画コンテンツ(※2)を視聴しました。第10回と第16回では、外部講師によるポスター作成の講座を行いました。
※2 世界はデータで出来ている~STEAM探究のための統計・データサイエンスの道具箱~
取組2:プログラミングを学ぶ中でデータ収集の手法も経験する
2学期の「取組2」では、「コンピュータとプログラム」と「情報通信ネットワーク」に関する講義と演習を行いました。「コンピュータとプログラム」は13回、「情報通信ネットワーク」はクラスによって多少異なりますが、約7回行いました。
プログラミングの授業の最後に、プログラムを用いて、総務省の「家計調査報告」から都市別消費金額データ(※3) を取得する演習を行いました。これによって、プログラミング技術を活用することで、高度なデータ分析を行うことができることを意識させました。
※3 https://www.stat.go.jp/data/kakei/5.htm
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取組3:「情報デザイン」の手法や考え方を深く学び、ポスターの改善を行う
3学期の「取組3」では、「コミュニケーションと情報デザイン」に関する講義と演習を行いました。
ここでは、情報を整理したり、目的や意図を持った情報を、受け手に対して分かりやすく伝達したりするためのデザインの基礎知識や表現方法を理解し、表現する技能を身に付けることを目的としました。
授業では、まずピクトグラムやシグニファイアなど、情報デザインの基礎概念を学びます。特にピクトグラムでは、特に説明がなくても多数の人が同じ意味でとらえられるデザインとは何か、ということについて考えます。
次に、「情報デザイン」の発展的な内容として、企業のブランディング・商品開発の専門家や、大学教員によるデザイン思考の講座を実施しました。
企業におけるデザインの事例では、サントリーの飲料商品開発・マーケティング部門の方に、「モノを売る」という対人に関する流行をどのように読み解くのか、アンケートなどのデータをどのように読み解くのかという視点をお話ししていただきました。その中では、情報にはいろいろな種類があり、「誰」を対象にするのかによって届ける情報は異なること、そして数値を追うだけでなく、情報の持つ「意味」を考えることが必要であることが伝えられました。
また、京都大学経営管理大学院の山内裕先生には、「創造力」をテーマに、アカデミックな視点から過去の流行を読み解く研究に関するお話をビデオ講義していただきました。
この2つの講義のテーマは、「社会を見る」ということです。データを分析することで、受け手に何を見せたいのか、「伝わるデザイン」とはどのようなものかを語っていただくことで、生徒たちには、単に自分の主観で物事を捉えるのではなく、社会背景に基づいて流行が作り上げられる、という観点を持ってもらい、受け手の背景を読み解き、理論的にデザインを構成するポスターを作成することにつなげました。「情報デザイン」という分野を「コンテンツデザイン」ではなく、「社会のデザイン」という観点で捉えることを意識した授業を行いました。
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ここまでで学んだ「情報デザイン」の観点から、「取組1」で作成した統計ポスター(作品①)の振り返りを行います。
振り返りでは、まず改善前の作品①の例を生徒たちに見せ、アンケート1の項目で5段階評価を行います。ここでは段階のチェックだけでなく、その理由や自分の作品に参考になった点、直した方がよいと思う点についても書かせます。
次に、改善後の作品例②の例を提示して、アンケート2で同様に評価します。ここでは、作品①と比較して改善された点についても書かせます。
生徒たちがアンケートを記入した後、先生から「情報」とは何かということを確認します。
情報には文字やグラフだけではなく、色使いやフォントも含まれること。そして、伝わりやすいポスターは、センスの良し悪しでなく、受け手の視点となって意図的に構造を考えたデザインであり、センスの有無ではないことを伝えて、自分の作品をどのように改善するか、という方針を考えさせます。
そして、原則として作品①を題材にして、その内容を伝える受け手の属性などを定めてデザインや見せ方の改善の方針を考えた上で、統計ポスター(作品②)を作成する演習を実施しました。なお、生徒によっては作品①を題材とせず、それ以外の内容で新たに作品②を作成してもよいこととしました。
また、ポスター作成にあたっては、新たにデータ収集や分析・考察を加えてもよいこととしました。このデータ収集では、「取組2」で行ったプログラミングを活用したデータ取得の手法を活用できます。
[同じテーマで改善した作品例]
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[異なるテーマで制作した作品例]
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このように、統計ポスターを2回作ることをで、年間を通した授業の中でPPDACサイクルを何度も回すことになります。さらに、外部講師の講義から、企業のマーケティングの場でデータ分析がどのように活かされているのか、あるいは一見偶然の産物に見える「流行」や「わかり易さ」といったものの背景には、科学的に説明できる根拠があることにも気づかせています。
こうして「データの分析」と「情報デザイン」を関連付けて学ぶことによって、Information TechnologyではなくInformaticsとしての教科「情報」の学びを深めることができるのです。
※ 掲載スライドのうち、校章の入ったものは、第20回統計教育の方法論ワークショップの発表スライドをお借りしました。
■授業デザインの工夫について、林先生にうかがいました
Q1.先生の年間の指導計画を拝見すると、学習指導要領の順番とはかなり大きく変わっていますね。
これはどのような方針で設計されたのでしょうか。
A1.林先生
一番大切なことは、問題解決に際して情報をどのように使うか、ということだと思います。
それぞれの授業展開の特徴として、『データの活用』では動画教材を用いたことと段階的にPPDACサイクルを指導したこと、『情報デザイン』では「コンテンツデザイン」を「社会デザイン」と捉えた指導を行ったことです。
問題解決に対する探究を統計ポスターに表現することで情報技術を活用して社会をどのようにデザインするのかを表現してほしいと考えました。
また、『プログラミング』では、前半でいわゆる基本的な文法を教えて、最後に「こんなこともできるよ」ということで、webスクレイピングを使ったデータの取り込み方を教えます。単にサンプルコードを渡して、数字を変えさせて実行したら動いたね、ということが、「情報I」で求められているプログラミング教育ではないと思います。
個人的には、プログラミングは、プログラムを実行し、実行結果からフローチャートが書けるようになることを意識した指導に重点を置きました。フローチャートを書けるというのは、論理の流れが読める、ということになりますから。
その意味で、ポスターそのものが、論理を表現するものになります。ですから、ポスターを「情報I」
の最後の題材にしました。結局、フローチャートが書ける生徒は、ポスターを作るのもうまいです
よ。
Q2.最初の「取組1」でもポスターを作っていますね。知識や技術があまりない段階でポスターを作るというのは、どのようなことを狙っていらっしゃるのでしょうか。
A2.林先生
一つは、生徒たちに、あえて失敗させたかった、ということがあります。「取組1」の基礎学習で、データを取ったり、基本統計量を求めたり、グラフを描くといった基本的な技術は最初に学びますが、まだまだレベル的には十分とは言えません。その段階で一度ポスターを作らせておいて、いったん寝かせておく。そして、「情報I」を一通り学んだ3学期に自分の作品(作品①)を見直して、この頃はまだレベルが低かったことに気づかせます。ポスターを一度作って終わりではなく、1年間の中で振り返りをさせて、ここでもまたPPDACサイクルを回せるようにしたかったので、あえて最初に1回作らせてみました。「取組3」で修正したポスターは、次年度のコンクールに出品します。
Q3.「データの活用」が「情報I」の最後に置かれているのは、数Ⅰの確率・統計を学んでから、ということがあるからかと思いますが、「取組Ⅰ」の最初に統計の内容を扱う際に、数学とはどのように連携されているのですか。
A3.林先生
私が数学の担当でもあるので、このような順番で行いました。まず、1学期最初の「基礎学習」で、相関係数や標準偏差といった基本統計量を扱うときは、数値の意味や使い方を教えました。Excelの関数を使えば数値は求められるので、データによって基礎統計量や分布、相関がどのように違うかという比較はできます。
そして、10月に数Iの確率・統計で、基礎統計量の求め方の式や、数学的な変形について学びました。つまり、活用から入って、理論は後付けするという、普通とは逆の順番です。
結論から言えば、実際に使ったことがあるので、数Iでは非常にスムーズに進めることができました。生徒にとっても、その順番の方がぴんときている感がありました。機械的に活用はできるようになっても、やはり理論の部分はきちんと学んでおく必要があると思います。