事例280
プロダクトデザインを通した「情報デザイン×知的財産権×プレゼンテーション」
愛知県立高蔵寺高校 田中健先生
「情報I」は学習内容が多岐にわたり、しかもそれぞれが旧課程の「社会と情報」「情報の科学」より深化しているため、「授業時間が足りない」「教科書に記載された内容をなぞるだけになってしまう」という声も聞かれます。
高蔵寺高校の田中健先生は、限られた時間の中で生徒の理解を深めるとともに、「情報」への興味を引き出すためには、「授業の『前向きなダウンサイジング』が肝要」とおっしゃいます。各単元のエッセンスを抽出して、つながりのあるもの同士を組み合わせて日常生活と結びつけ、自分ごととして考えさせる授業を作ること。さらにその活動を通して、「主体的・対話的で深い学び」につなげること。
この姿勢の土台作りとなるのが、今回紹介する「情報デザイン×知的財産権×プレゼンテーション」の授業です。5回の授業の締めくくりとなる4月最後の授業を見学しました(※1)。
※1授業の詳しい内容は、
事例228「こんな情報デザインの授業やってみた~情報デザイン×知的財産権×プレゼンテーション~」
をご覧ください。
「社会と情報」「情報の科学」を「情報I」のエッセンスで構成
現在高蔵寺高校では、教育課程の関係で「情報」(「社会と情報」「情報の科学」)が3年次に配置されています。1~2年次履修に比べて授業時間数が縮減されることから、おのずと授業の内容を集約する必要があります。
さらに、今年の3年生までは「情報」は大学入試に直接関係がないため、授業の内容を「自分ごと」としてとらえさせるためには、生徒にとっては過大な負担にならず、かつ密度の濃い活動をどれだけ盛り込めるかがポイントになります。
その土台となる、学年当初の5回の授業の内容がこちらです。
※クリックすると拡大します。
第1回の「オリエンテーション」では、「情報とは何か」という先生からの問いかけに対して、各自2分間考えて意見を言語化し、ワークシートに書きます。その後、自由に立ち歩いて他の人の意見を聞いたり、自分の意見を聞いてもらったりする時間を取って、最初に考えた意見に修正を加えます(2分)。そして、くじで当たった5人がホワイトボードに自分の意見を書き、口頭で説明してクラス全体で共有します(計5分)。
このように、
①自分で考え、意見を言語化する→②他者に意見を表明し、相互に共有する→③クラス全体で共有する
という形の活動が、様々なテーマでほぼ毎時間行われることになることも、このオリエンテーションで伝えられます。
第2回ではピクトグラムを題材に、「デザイン」と「アート」の違いについて前述の活動を行います。
意見をクラス全体で共有するタイミングでは、ごみ箱の口の形状のデザインによって、ごみ箱の機能の意味を伝えることができること(シグニファイア)が紹介され、形を変えただけで爆発的に売れたフライパンを例にして「使いやすいデザイン」の意味を実感させるとともに、このアイデアを護るための制度としての知的財産権の意味を主体的に理解する活動に入ります。
実際に、生徒に特許庁のウェブサイトを参照させて、創作物の権利がどのように個人に帰属しているか、その権利をどのような形で申請するかを理解させる時間が取られました。
そして、生徒たちに「新たな特許・実用新案につながるデザインやアイデアを作ってみよう」と呼びかけて、3限目・4限目のプロダクトデザインの制作に入ります。
ワークシート①ダウンロードはこちらから
制作では、単元「情報のデジタル表現」にもつながるように、ペイントソフトでラスタ方式の200×200ピクセルのデザイン画を描きます。他の人に使い方や機能が伝わるように、完成品の全体像であっても、機能を示す図解であってもよいですが、文字を使うことはできません。制作しながら、他の人の意見を聞いて改善することもOKです。デザインが描けたら、自分のアイデアを45秒で説明するための原稿を作成します。
ワークシートを見せてもらうと、細かい言い回しまで書いていく人、説明のポイントとなる点で使う言葉を強調する人など、さまざまでした。
ワークシート②ダウンロードはこちらから
自分のデザインを45秒で説明。「全員に正確にアイデアが伝わるか」がポイント
ここからがプレゼンテーションの本番です。持ち時間は45秒。発表者はプロジェクターでデザイン画を提示して、クラス全員の前で説明をします。原稿は持ち込むことができず、また発表順は直前にくじ引きで決められるので、話す人にも聞いている人にも緊張感が走ります。
■生徒のデザイン例
全員の発表の終了後、作品とプレゼンテーションを総合していちばん良いと思う作品の番号と、その理由をワークシートに記入します。
他の人からのコメントは、後日フィードバックされ、自分のデザインの意図や当日の説明がどのように伝わったかを振り返ることになります。
ワークシート③ダウンロードはこちらから
3年生ということもあって、プレゼンテーションそのものは手慣れた生徒が多い印象でしたが、意外にも振り返りの「『主体的・対話的で深い学び』に向けた自らの取り組み姿勢」に関しては、「緊張して準備したことが話せなかった」「45秒は短かった」「『落ち』をつけるところまでいかなかった」と、反省の言葉が出ていました。
また、プレゼン自体の反省の他に、「様々な視点があることがわかった」「デザインの時点でもっと他の人の意見を聞いておけばよかった」という、他の人の視点を取り入れることの重要性を挙げた生徒や、「自分が思い描いていたところがうまく伝えられなかった」「商品を見た目だけで『欲しい』と思わせる情報が足りなかった」のように、デザインの要点である「作り手の意図が伝わる」という視点からの振り返りも見られました。
振り返りの記入後に、全員の作品とともに特許庁のホームページが示され、デザインの意味と、知的財産権の役割を再度確認しました。
この5回の活動には、「知的財産権」「ラスタ画像の特徴」「画像の拡大・縮小による画質の変化」「情報の抽象化」など、新・旧両課程で重要なポイントとなる内容が組み込まれています。
実際の活動を通して様々な用語の使い方や意味を経験した後で、「教科書のココに詳しく書いてあるから読んでおこう」と示すことで、活用場面と理論とがつながり、生徒が「自分ごと」として理解することができるようになります。
「選択と集中」で、省エネかつ密度の濃い授業を実現
高蔵寺高校の情報の授業では、生徒たちは「社会と情報」「情報の科学」を学びながら、その総仕上げの課題として「卒業研究」を行い、授業の最後(共通テスト直前12~1月)に卒業研究発表会を行います(※2)。卒業研究そのものはグループで行い、研究発表会での持ち時間は5分。
この時は1枚の絵ではなく、自分達が研究した内容を、課題発見→仮説の設定→検証→考察→結論という一連の研究の手順に沿って説明します。
※2 「情報I」の積極的・前向きなダウンサイジングを見据えた「卒業研究」の実践
田中先生の授業では、それぞれの作業においてタイマーで時間を明示して、短い時間で集中して考えさせています。先生から与えられる問いは、基本的に「〇〇をどのように考えるか? どのような意見を持っているか?」という正解がないもののため、生徒は「わかりません」では逃げられず、手持ちの知識や他者からの意見や助言を結び付けて、自分の考えにまとめ上げるかを考え抜くことになります。
こういった活動を随所に入れることで、プレゼンテーションの場面だけでなく、授業の様々な場面でおのずと「言語能力」が鍛えられることになり、最後の「卒業研究」につながります。
新課程の共通テストの受験学年となる来年の3年生からは、「卒業研究」に時間を割くことが難しいとのことで、年間の授業設計は変わることが予想されますが、各単元の内容を精選して組み合わせることで、省エネかつ密度の濃い授業デザインは引き継がれるのではないでしょうか。
限られた時間の中で、生徒にいかに多く考えさせるか、というヒントをいただける実践でした。