事例282
質的データを用いたデータサイエンス授業実践~総合的な探究の時間と情報Iの接続
雲雀丘学園中学校・高等学校 林宏樹先生
今回は、「総合的な探究の時間」と「情報Ⅰ」の接続を意図的に狙ったカリキュラムの実践についてお話しします。
初めに自己紹介をします。過去に、スーパーサイエンスハイスクールの担当として、「情報」と数学をつなげるデータサイエンス教育に関する授業づくりを行いました。生徒の成果として、例えば、データを用いて脳卒中の発症リスクについて調査や、機械学習を用いて楽曲のヒット予測などのデータサイエンスを用いた探究活動を指導しました。このような実践から得た知見を活かして、現在は「情報Ⅰ」と探究活動を接続したデータサイエンス教育に関する授業実践を行っています。
1年生に「情報I」と「総合的な探究の時間」を置くと、2年生が空いてしまう…
「情報Ⅰ」の学習指導要領には、「問題の発見・解決に向けて、(中略)情報技術を適切かつ効果的に活用する力を育む」ということが掲げられています。
その中の「データの活用」について、「結果の表現の方法を適切に選択し」というところに着目して、「情報Ⅰ」の授業を作ってきました。
現在の高校2年生の3年間の流れがこちらです。つまり、昨年度のカリキュラムでは、高校1年生で「情報Ⅰ」2単位と、「総合的な探究の時間」2単位が置かれていました。そのため、今年度の2年生では、「情報」と「総合的な探究の時間探究」に関する授業が何もない状況です。その対策として、朝学習で毎週1日10分問題集を解く時間を作っています。そして、来年度の3年生では、授業を行う予定です。
ただ、現状、朝学習の様子を見ると、必ずしも十分取り組めているとは言えません。また、授業がない科目のテストを行うことは簡単なことではありませんし、通常の授業以外に、テストの作成、採点などを行うことは難しいです。
昨年度実施した「情報Ⅰ」の授業の流れがこちらです。私は、「情報Ⅰ」は、やはり演習や実習をしてこそ、情報Ⅰで身に付けるべき力を養うことができると考えています。そこで、昨年度は統計ポスターを1年間で2回作成する展開を考えました。
具体的には、ご覧のように1学期に「情報社会の問題解決」と、「データの活用」を行い、生徒は8月の夏休み課題で統計ポスターを作成します。
そして2学期に「プログラム」と「ネットワーク」、3学期に「コミュニケーションと情報デザイン」を行います。そのうえで、生徒は8月に作成した自分のポスターを見直し、「情報デザイン」の知識や技能を用いて改善しました。こうすることで、1年間を通して生徒自身が統計ポスターを評価、改善し、「データの活用」の理解を深める取組になります。
生徒の作品がこちらです。左側が8月に作成したもの、右側が「情報デザイン」を学んだ後に作成したものです。
左側は、自分がやったことを盛りだくさんに詰め込んだポスターですが、右側は、作成した生徒によると、「小学生を対象に、小学生に伝わるようなデザインにした」ということです。
※クリックすると拡大します。
このように、統計ポスターの作成を通して、根拠となるデータを用いてストーリーをつくり、どのようにしたら受け手に伝わるのかを考え、受け手に伝わる構成ができるようになることを目指して、1年間の中で2回ポスターを作成する演習(※1)を取り入れました。
※1 林先生のポスター作成の実践については、下記の記事もご覧ください。
「情報デザイン」と「データの活用」~統計ポスターを軸に「情報I」の2大テーマをつなぐ授業実践」
「情報I」を2年生に置き、「総合的な探究の時間」でデータサイエンスの導入的な内容を盛り込む
ただ、先ほどもお話ししたように、2年生で「情報」に関する授業がまったくないという状況は大きなネックです。
そこで、今回の発表のメインとして、こちらのスライドのようなカリキュラムにしてみました。
「総合的な探究の時間」2単位はそのまま1年生に留めておき、「情報Ⅰ」2単位は2年生で実施することにしました。本来、「情報Ⅰ」を1年生で実施する方がよいというご意見はよくわかりますが、現状、教員数の限界と自分の業務量の限界があること。加えて「総合的な探究の時間」を組み替えることは、カリキュラム編成以外で大変手間がかかることは、ご理解いただけると思います。
そこで、私のできる範囲として、1年生の「総合的な探究の時間」においてどのような内容を実施することで、2年生での「情報Ⅰ」をうまく接続することができるのかを考えました。ただ、「総合的な探究の時間」は、情報科の教員だけが行うものではありません。他教科の教員が抵抗なく実践でき、加えて、「情報Ⅰ」につながるデータサイエンスの事例はないかと模索しました。
今年度の「総合的な探究の時間」において、私がカリキュラムを作成し、私と私の以外の先生の複数で実施し、来年はいろいろな教科の先生に実施してもらえればと考えています。
「未来の教室」の動画をもとに、問題解決のPPDACサイクルを経験する
「総合的な探究の時間」の「データの活用」では、動画教材を用いることにしました。先ほどお話しししたように、誰でもできるカリキュラムにするとなると、やはりこういった動画教材を使うのは、非常に有益であると思います。
今回使ったのが、経済産業省の「未来の教室」のSTEAMライブラリーの動画コンテンツ(※2)です。
ここには7つの動画が提供されています。
※2 https://www.steam-library.go.jp/content/173
7つの動画は、PPDACサイクルの流れに沿って問題解決を行う構成となっています。本実践で用いた動画は、物語にはどんな動物が出てくるのだろう、というところから始まり、課題を見つける考え方が示されています。
探究活動でも、統計ポスターを作るときでも、生徒が課題を発見することはかなり時間を取り、苦しむところです。
この動画では、「キツネは意地悪かを調べてみよう」という課題が設定されるので、スムーズに進めていくことができます。
授業での発問としては、動画内容に沿って「キツネは意地悪か」と生徒に尋ねます。すると、ほとんどの生徒が「意地悪だ」と手を挙げます。ここがおもしろいところです。生徒同士で意見交換もしていないのに、ほとんどの生徒が同じ回答することに疑問を持たせてください。このようなところから課題が設定できることを生徒に伝えます。そして、授業展開としては、「なぜすり合わせもしないのに、皆が『キツネは意地悪』という印象を持ってるのか」ということを投げかけ、これをデータで示していこう、ということでデータの扱い方を考えさせていきます。
※クリックすると拡大します。
こちらの動画(※3)は、その手順として、物語の内容をデータ化し、そこから「キツネが意地悪」ということを見出す、という流れが紹介されています。ぜひ一度ご覧ください。
この動画の流れ通りに進める中で、物語をどのようにデータ化するのか、ということや「優しい」「厳しい」「勤勉」「怠け者」といった言葉の定義を作るという方法や重要性を経験することができます。
※3 https://www.steam-library.go.jp/lectures/1111
また、動画の中では研究計画を立てることや、実際にデータを集める方法なども紹介されているので、生徒たちはこれらの内容をチュートリアルにして探究を行っています。
分析の手順としては、まず全体を比べる、比較するということ。また、積み上げ棒グラフや棒グラフなどのグラフの内容や、どのような場合にこういったグラフを使うのか、どのようにデータを表現すると伝わりやすいのか、ということも説明してありますので、教員が詳細に説明しなくても、生徒は動画を見れば理解できますし、教員もその流れに沿って指導をしていけばよい内容になってます。
動画の流れを模倣して、質的データに関する探究活動につなぐ
こちらが実際に「総合的な探究の時間」で実施した授業展開です。授業構成はこのような流れで、最後に分析結果を発表するという形にしました。
まず第1回で、「探究とは」という話をした後、第2回で動画を視聴して、データ化する書物や歌詞などを決めます。今回は、書物や歌詞などの文字情報をデータ化し、データから読み取れることを分析しよう、というテーマで探究活動を行いました。
指導方法は、極端に言えば動画を見せるだけです。教員の役割は、生徒の作業のファシリテートをするだけ、という形で、専門的な内容に踏み込まずとも、データを使った事例の探究ができることを経験させます。
さらに第3、4回で、仮説を立てて、どのような項目をデータ化するのかを決め、第5、6回でデータを集めます。第7、8回でデータ化したものを可視化し、第9、10回で結果から考察し、最後の第11回が発表会です。
実は、今年度は1人1台端末のPCが生徒に届いたのは6月となり、この授業は5月から6月上旬に実施したため、発表ポスターは手書きで作成しました。
こちらが生徒の作品です。左の作品は、「色によって人々は人物像の先入観を持っているのか」というもの、右は「魔法使いは悪者なのか」というもので、先ほどご紹介した動画の内容をちょっと変えていく、といったものです。このような作品が5月から6月の2単位の授業でできています。
※クリックすると拡大します。
また、この右側の作品では、「主人公の相棒の能力と性格に傾向はあるのか」ということで、相棒だけをターゲットにして、いろいろデータを集めた結果をこのような形にまとめています。
このように、本を題材として、まず材料をデータ化して、次に可視化する、という内容であれば、情報科以外の先生でも指導できるのではないか、という探究活動の事例となっています。
※クリックすると拡大します。
量的データを使った探究活動では、Excelの技能演習とオープンデータの収集・分析作業を経験する
続いて、6月には量的データに関する探究事例も行いました。内容は、特定の都市の特徴の違いをデータを用いて分析し考察する展開です。このタイミングでPCが生徒の手元に届いたということもあり、Excelの技能演習とオープンデータの収集・分析の作業を行いました。
専門的な知識がなくても可能であり、成績処理に使う程度のExcelの技能を一覧にしたものです。情報科の教員でなくても、「このよう順番でExcelの操作を教えてください」とお願いすれば指導可能な内容となっています。
先ほどの質的データを使った活動で、データを比較するという経験をしていますから、生徒たちはこれを踏まえて進めることができます。
生徒が6回の授業で作ったスライドがこちらです。
ここでは、新しいことは全く何も教えていません。先ほど質的データの分析の際にはポスターは手描きで作りましたが、今回PCでポスターを作る、という技能の指導は行いましたが、ポスターの構成も含めて自分たちで考えて作っています。
生徒には「3種類以上のグラフを使ってください」という条件は言いましたが、それ以外は何も言っていません。分析のストーリーの流れや、可視化の方法など、生徒たちが全て自分で考えて、6回の授業でこのような作品ができたという事例です。
※クリックすると拡大します。
教科「情報」の内容に偏り過ぎない形で、他教科の先生が興味をもつ「データの活用」事例を用いる
今年度は、私ともう一人の教員で「総合的な探究の時間」を担当しています。紹介した授業展開によって、データの活用につながる内容を盛り込み、他の教科の先生でも実施可能な内容であること、いかにも「ザ・情報Ⅰ」の内容に偏らない構成や内容にすることで、他教科の先生方が受け入れていただくことを目指して、このようなカリキュラム提案をしました。
今回ご紹介した「質的データの分析」と「量的データの分析」という2つの題材を使って、本格的なデータサイエンスを用いた探究活動に近い演習ができたと思います。
この後、2学期は生徒が各自論文を書くという活動になりますが、その際、今回の2つの演習で経験したデータの扱い方がどのように活かされるかというのは、今後の期待ということになります。
このように、「総合的な探究の時間」において適切な動画を用いて抵抗感を減らして親しみやすい内容で経験しておくことで、来年度「情報Ⅰ」を実施し、生徒が統計ポスターを2回作ることを行った際、どのような違いが出るのか、どれくらいレベルが変わるのかというところを考察し、また発表ができたらと考えております。
■質疑応答
Q1.公立高校教員
数Ⅰで統計の履修が始まる前に「探究」がスタートすると思いますが、たぶん、そうすると「探究」の中で使う統計の処理は、どちらかといえばツールの使い方で、中身にはあまり触れていかないという割り切りがあるように感じましたが、そういう考えでよろしいですか。
A1.林先生
はい。昨年度「情報I」でこの授業をしたときは、1学期に「データの活用」を実施し、ここで相関係数、標準偏差などを全て扱いました。数学はあくまで「データの分析」であって、公式などの中身の理解も必要ですが、「情報I」は「データの活用」ですので、表計算ソフトを用いて数値を求め、データを可視化し、それをどのように読み取るかとか、どのように活用するか、ということに重点を置いた授業を行いました。公式などは見せる程度で、公式を導く、覚えるなどの指導は一切行っておりません。
Q2.大学教員
質的データの扱いについてお聞きします。私たちも、質的データ扱うこと、特にデータの前処理は非常に面倒だと感じています。例えば、歌詞の分析をするときは、生徒は先生があらかじめ整えられたデータを集計したのでしょうか。例えば、「片思い」と「両思い」はどのような区分けで判断したのか、というところが知りたいと思いました。
A2.林先生
ありがとうございます。実は、私は一切何もしておりません。この活動は、生徒が6人一組のグループで行いましたが、生徒たちは先ほどご紹介した動画を見て、単語を区別してデータ化するときは、きちんと定義付けしなければいけないということを学んでいます。そのため、自分たちで協議しながら定義を定めております。私からは、定義を聞かれたら説明できなければいけないよ、とだけ言いました。定義が決まったら、あとは自分たちでジャッジしてデータ収集していいよ、ということにしています。そのため、生徒たちの中にはきちんとルールがあります。
Q3.公立高校教員
先生は、統計ポスターとしてはどんなものがよいアウトプットだと思いますか。
A3.林先生
これは昨年度の例として、右側が8月の作品と3月の作品を比較してご紹介しましたが、データ分析をする際に、まず、生徒たちはいろいろなデータを収集し、可視化していきます。その後、データを読み取り、必要なデータを取捨選択し、整えて、どんどん内容を深化させていく。その過程の中で、「探究」は、いろいろと生徒の思考によってデータを取捨選択することでストーリーを創り出していく、という構成がよいアウトプットであると考えています。
この作品②で言えば、まず全体「数学が大切だと思うか」という公的なデータを収集しています。そして、散布図によって全国のデータを比較しています。その後、別の公的なデータの中からカテゴリーとして時間の使い方に関するデータを用いて、趣味や娯楽に過ごす時間のデータなどを用いて細分化しています。さらに、ポスター右側では、趣味や娯楽について、具体的に茶道や美術鑑賞などのデータまで落とし込む、というストーリーが見受けられます。このようなストーリー深まっていく様子がアウトプットされているとよいと判断しています。
※クリックすると拡大します。
Q4.高校教員
ご発表の内容というよりも、カリキュラム作りの部分についてお聞きします。新学習指導要領の中でこの取り組みをいきなりやられたということでしたが、校内で反対意見はなかったのか、また2年生でこれをするということを、1年目の途中でカリキュラムを変更されたと思いますが、2年生の他の授業との調整や、スケジュール的にはだいじょうぶだったのか、といったことを教えてください。
A4.林先生
はい。まず2年生の授業の入れ替えはしていません。「情報I」を1年生から2年生にそのまま2単位配置しました。実は、もともと1年生の単位が多過ぎ、2、3年生の単位が少なかったこともあり、むしろ時間割的にはバランスが良くなりました。加えて、1年生の負担が軽減するというメリットもありました。ただ、デメリットはあります。1年生から2年生に移行する本年度は「情報Ⅰ」の授業がないということです。つまり、本年度、情報の授業が開講されていません。その代わりに、私の場合は、数学と総合的な探究の時間を受け持ったので、特に問題ないという状況です。もし、「情報」の免許しか持っておられない場合は、空きの年度ができてしまいますので、そのあたりは管理職の考え方次第になると考えております。学校全体として、「情報」の位置づけをきちんと考え直すことで他教科も含めて、Win-Winな関係をつくる時期であると考えます。
第16回全国高等学校情報教育研究会全国大会(東京大会) 口頭発表より