事例293

短時間の動画を活用した授業-授業時間をどのように確保し、授業では何を行うか-

鹿児島県立鶴丸高校 春日井優先生

やってみたい授業があっても、時間が足りず実行に移せないことがありませんか。今回は、何が授業時間を圧迫しているのか考え、その解決のためにやってみたことをご紹介します。

 

まず自己紹介です。埼玉県で30年間、今年4月から鹿児島で教員をしています。最初の10年は数学、次の10年は数学と情報、そして最近10年間は情報を担当しています。他の経歴は、私のサイト(※1)をご覧ください。

 

※1「情報科 いっぽ まえへ」

 

 

盛りだくさんな「情報I」の内容~教科書の説明は、本当に生徒と共有したい時間?

 

昨年度の授業を振り返ります。

 

「情報Ⅰ」の内容は盛りだくさんでした。入試科目になることもあり、全て網羅するために頑張りましたし、座学の授業とテストで3観点での評価が本当にできるのかという課題もありました。

 

 

さらに深刻だったのは、埼玉県では新型コロナの感染拡大により高校入試の追試験をすることになったため、1週間分授業数が少なくなってしまったことでした。それでも、授業でいろいろなことに取り組ませたいという思いがありました。

 

また、コロナ禍で生徒が学校にいないという状況を経験し、このような時にいったいどんなことができるのか、また同時にリモートで授業ができるのに、学校に集まる意味とは何か、ということについて考えさせられています。教科書の説明の時間は、本当に生徒と共有したい時間なのか。授業を通して生徒にどんな力を僕たちは付けているのか。その視点は、コロナ禍が一段落した今も、常に持ち続けたいと思っています。

 

 

そして前述の通り、コロナ対応で入試日程が繰り上がり、授業時数がないという切羽詰まった状況でした。「モデル化とシミュレーション」や「データ活用」の単元が未修なのに、残り僅かな授業時間数しかない。

 

しかし、やはりコンピュータを使って生徒に様々な計算させ、その結果を見て考えるという時間は作らないといけない。それをやらなければ、テストの点数は取れるかもしれませんが、実際に使える力にならないからです。

 

そんな追い詰められた状況で考えたのは、一斉授業の時間がもったいないということです。なので、その部分を予習・復習として、家でやって来させる形にしました。

 

 

そもそも、なぜ時間が足りなくなったかについては、昨年の神奈川県高等学校教科研究会情報部会の発表で使用した動画(※2)をよろしければご覧ください。生徒と行った色々な取り組みをご覧いただけます。

 

※2  動画「創造的写経プログラミング授業のすすめ」

   「キミのミライ発見 事例254」

 

 

情報科の授業に求められるものとは何か

 

ここで、情報科の授業に求められるものは何か、現在の学習指導要領ができた経緯を簡単に振り返ります。

 

平成26年に「アクティブ・ラーニング」が始まってブームになりました。次に出てきたのが「カリキュラム・マネジメント」です。そして、平成30年に施策として大学入学共通テスト(以下、共通テスト)に「情報I」を導入する方針が示されたところで風向きが変わりました。

 

 

学習指導要領では、「何を学ぶか」だけでなく、「何ができるようになるか」「どのように学ぶか」ということが示されているのですが、いきなり入試対策みたいなところに行ってしまうのはいかがなものか、と思います。

 

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こちらが、学習指導要領に示されている情報科の目標です。「情報に関する科学的な見方・考え方」を働かせ、「情報技術を活用」して「問題の発見・解決を行う学習活動」とされています。この学習指導要領ができるまでのワーキンググループの資料にも、この「問題解決の過程を通して」ということをちゃんとやっていきましょうね、ということが示されています。

 

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共通テストでは、学習指導要領に合わせた内容が問われる

 

大学入試センターが公表した「令和7年度試験の問題作成の方向性、試作問題等」(※3)には、「新学習指導要領で示されている『情報Ⅰ』が目指すこととされている資質・能力を重視したものとなるよう検討する」と記されています。つまり、入試のためではなく、学習指導要領に合わせた問題を作るので、その準備をして来るように、ということです。

 

※3 大学入試センター「令和7年度試験の問題作成の方向性、試作問題等」

 

 

では、「情報Ⅰ」で目指す資質・能力とは何かというと、こちらの3つです。「知識・技能」として、効果的なコミュニケーションの実現やコンピュータの活用についての理解を深め、技能を深めるとともに、情報社会と人の関わりについて理解を深めること。

 

「思考・判断・表現」としては、情報と情報技術を適切かつ効果的に活用する力を養うこと。そして、「学びに向かう力」として、情報社会に主体的に参画する態度を養うこと。この3つは、「情報」の授業で育成していくものとして意識しなければならないと思います。

 

 

こちらが、昨年公表された共通テストの「試作問題」とともに示された共通テストの出題方針です。

日常的な事象や社会的な事象や情報との結び付きを、情報と情報技術を活用した問題発見や解決の過程に向けた探究的な活動の過程や、情報社会と人との関わりを重視する、という方針が示されています。

 

 

その題材としては、社会や身近な生活の中の題材や、受験者にとって既知ではないものも含めた資料に示された事例や事象について扱うこと、出題方法としては、情報社会と人との関りや、情報の科学的な理解をもとに考察する力を問う問題、問題の発見・解決に向けた過程を問う問題とされています。

 

 

共通テストで知識はどう問われるのか、ということですが、教科書の内容にばらつきがあるため、掲載されていない教科書がある内容については、問題の中で説明文が示されているので、もし知らなくても、その場で読んで理解すれば解けるようになっています。もちろん、知っていればその説明は飛ばすことができます。

 

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「情報I」の授業の目標達成のためにどんな授業をするか

 

では、「情報I」の授業の目標は何に置いたらよいのでしょうか。学習指導要領ではなく、生徒に示しているものがこちらです。

 

上の3つは、いわゆる情報教育の3観点の話です。

 

下の2つのAの方は、本校が鹿児島県のトップ校であるため、いやおうなく高いレベルの入試的学力をつけなければならない、ということです。

 

もう1つのBの方は、情報技術の発展に対応できる基礎作りということです。生徒たちの人生は入試で終わりではなく、21世紀の後半を担う人になってほしい。そのためには、入試対策に終始する授業にすべきではないと考えていますし、生徒たちにもそのことを伝えています。

 

 

それでは、この目標達成のためにどんな授業をするかということについてお話しします。

 

思考力・判断力・表現力の発揮はもちろん、知識・技能の習得も必要ですが、一斉授業は、どうしても生徒が受け身になってしまうため、この部分の時間は減らしたいと考えています。

 

一方で、思考力・判断力・表現力の授業は時間がかかります。2時間の予定が、気づけば4時間かかってしまうこともありますが、ここは必要な時間として確保したいと考えています。

 

 

その上で、授業を変えるために検討したこととして、まず、教科書に書かれているのと同じことを授業でしゃべるのは、時間がもったいないと考えました。教員が説明しなくても、生徒自身が教科書を読み取って理解し、使えるようにならなければ、入試の際に授業で扱っていない題材が出てきたときに使えないからです。

 

もう一つは、文字だけでなく、さまざまなメディアで教えることを検討しました。文字で理解するのが得意な生徒、音声で理解する方が好きな生徒など、様々な生徒に対応するために、多様なメディアを用意すべきだと考えて、動画を作ることにしました。これは、教科書の説明部分を省いた分の代替とするという考えもあってのことです。

 

 

ちなみに、授業での使用とは異なりますが、昨年度は文部科学省の「【情報Ⅰ】授業・解説動画」(※4)の制作に協力しました。授業ですべて使用するには、少し尺が長いかも知れませんが、大変よくできているので、よろしければぜひお使いください。

 

※4 高等学校情報科「情報I」授業・研修用コンテンツ

【情報Ⅰ】授業・解説動画

 

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動画は最低限必要な知識を得るために、短く・凝らず・わかりやすく

 

動画作成の方針です。

 

最低限必要な知識を載せたいと考えて、1本の動画はできるだけ3分以内を目指しました。探すのに時間がかかることを避けるため、「章」よりも「節」くらいの単位で短く切っています。

 

また、あくまで動画を見ることが目的ではなく、動画が面白くて勉強しなくなるのは困りますので、短時間で知識を得たらもう見なくてよいということで、あえてつまらない動画にしています。

 

 

作成時に注意したこととしては、台本をきちんと作って、それをもとにしゃべっています。時間を短縮したいので、余計な発言をしないためです。撮影場所は静かな自宅で、特別なスタジオなどは使っていません。

 

また、先生に質問できる雰囲気につなげたいため、滑舌に自信はありませんが、合成音声は使用せず自分の声で話しています。音量も調節して、視聴がストレスにならないようにしました。

 

実際の動画例(※5)です。アニメーションも入れて動きを出しながら、黒板で授業を進めるのと近い感じで作っています。

 

※5 「画像のデジタル化」授業動画

 

 

動画視聴のタイミングは自由。授業内では知識を活用する活動を様々な形で取り入れる

 

動画の活用方法です。

 

予習として使えるタイミングでGoogle Classroomに動画をアップしています。授業時間内に視聴してもOKといるので、授業中に私の声があちこちから聞こえてくる時もあるため、イヤホンを持ち込むことも認めています。

 

見たくなければ見なくても構いません。ただ、教科書にない内容も載せているため、そこは見てもらっています。

 

本校の生徒ならば、動画を見せた上で説明をすれば、すぐに活動に入れると思いましたが、やはりそれだけでは難しかったようなので、授業の位置付けや目標を話してから、その日の活動に入る必要がありました。

 

 

そして課題の終わりにその日の確認や机間指導を行い、それぞれの取り組みの中での気づきなどについて、クラス全体で共有します。

 

 

動画の視聴のタイミングは、事前・授業中・復習と、それぞれの生徒が必要とするタイミングに任せていますが、授業中に視聴している人が多いです。

 

端末は、パソコンでもタブレットでも自由で、活動に必要な情報は、いろいろなところからアクセスできるようにしています。

 

 

知識習得を動画で行うことにして、授業内の活動としては、ケーススタディやグループディスカッション、成果物の作成やコーディング、プログラミング。ネットワークを活用した通信の体験やデータ分析や考察など、いろいろなことをやってみたいと考えています。こちらは現在構想中のものも含みます。

 

 

こちらは、実際に夏休み前に行った授業です。

 

「LINEを使ってコミュニケーションを取ろうとしたが、うまく伝わらなかった」という事例を出して、その原因をこれをメディアやコミュニケーションと関連付けながら、きちんと考察してみよう、というものです。生徒たちも、学んだ知識や経験と合わせて考えてくれました。

 

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また、「思考・判断・表現」だけでなく、「知識・技能」的な内容としては、2進法や浮動小数点数なども扱いました。

 

 

以前から行っていた授業で、ここに挙げたもののように、よかったもの・うまくいったものは、続けたいと思っています。ただ、やはり時間が足りないという問題はあります。

 

 

「その場で考える経験」を繰り返すことで、「二兎を追って二兎を得る」授業を目指す

 

このように、4月から7月で約30本の動画を作りましたが、動画が増えてくると、リンクだけでは生徒は探すのが大変になるため、Googleサイトに説明スライドと動画をまとめたページを作って、検索性を高めています。

 

今回は、文字起こしは断念しました。

 

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動画を活用した理由です。

 

これまでのように、授業で納得して定着させる学習ではなく、課題や問題を解決するための知識を得て、活用していく学習を目指し、必要であれば定着を図りたいと考えました。

 

教科書の知識を全て網羅することはできませんので、教科書によって扱われていない内容についても、その場で考える経験を繰り返しやって、知らないことへの対応力を高めるという方法をとっています。無責任に聞こえるかも知れませんが、生徒たちもそれを信じて取り組んでくれています。

 

 

本校では、2年生で「情報I」を履修します。

 

現高2生は、今後「情報Ⅰ」で共通テストを受験するので、進路指導部からは、3年生でどのような対策を行うか、としきりに聞かれます。

 

これについては、各学年8クラス、320人近くを相手に、2年生の「情報I」と3年生の入試に向けた授業をするのはほぼ不可能なので、今年度は来年に備えて、ネットと教材を組み合わせ、できるだけ多くの生徒の指導をする下地作りをしています。

 

 

まとめです。

 

今回の工夫は、動画を作成して、生徒が自分のタイミングで見られるようにしたこと。そして、教科書との併用にするのか、あるいは動画の視聴だけにするのかなどは、生徒自身が決められるようにして、自分のペースで勉強できるようにしたことです。

 

また、動画に丸投げするのではなく、学校で生徒と同じ場を共有しながら様々なやりとりを行い、お互いの理解を深める努力をしました。知識を得て活用するという繰り返しを経て、知らない問題が出てきても対応できる力になっていれば、と願っています。

 

 

最後に一言申し上げます。

 

「授業で入試問題の解説をしたい」という先生方もおられるかも知れませんが、私はうまくいかないように思います。2050年、彼らが社会の中心にいるとき、本当に大事な力がその授業で育成できますか。どこかのいい大学に入れておしまい、の授業で良いのでしょうか。

 

「思考・判断・表現」など含め、彼らが生きていく中で将来に必要な力を育てた上で、入試に対応する力を付けたい。そんな二兎を追って二兎を得るような授業を目指していきたいと思います。

 

■質疑応答

 

Q1.私立高校教員

動画の作り方についてお聞きします。どのくらいまとめて作られていますか。そして、どのくらいの頻度でアップされるのか、また掲載のタイミングは授業のどのくらい前なのかということも教えてください。

 

A1.春日井先生

あまり余裕がないので、自転車操業状態です(笑)。ですから、前の授業で「次にやるところの予習をしといてね」と言える程度のタイミングでアップしています。

 

これまで2、3分の動画が、合わせて30本ぐらいあって、あと7、8か月頑張ります、という感じですね。一度作ると、次からはちょっとずつの改編で済むので、この1年間は頑張ろうと思っています。

 

ソフトはPowerPointで、噛んでしまったら「テイク2」とか言いながら撮っています。そのあたりは、大人の対応で(笑)。

 

 

Q-2.私立大学教員 

今、大学の授業でも、講義だけの授業はどんどんオンデマンドにしています。先ほど動画視聴のタイミングのスライドがありましたが、考査の結果を見て、AもBもCも変わらないのであれば、全部オンデマンドでいいじゃないか、と思ってしまいますが、その辺りいかがでしょうか。

 

 

A-2.春日井先生

やはり他教科の勉強もしなければいけないので、実際はパターンAを期待するのはなかなか難しくて、授業時間に私の声がほぼ一斉に流れている、という状態です。だったら一斉と変わらないのかな、思いますが、それでも2倍速で聞いてたり、聞き逃したところは戻ってもう1回聞いたりしているので、その意味では、普通にしゃべっただけの授業ではできないことになっているかなと思います。

 

また、かたくなに教科書を読んでいる生徒もいるので、生徒が選ぶことができる余地があるというのは、やってみて面白かったなと思います。考査をやってみて、結果がどうなるか楽しみです。

 

実際どのようなスタイルで勉強しているかは、生徒に聞いてみないとわからないので、今のお話を参考に生徒からアンケートを採ってみようと思います。

 

第16回全国高等学校情報教育研究会全国大会(東京大会) 口頭発表より