事例317
生成AIを題材に知的財産に関する授業に探究的な要素を取り入れた実践
神奈川県立生田東高校 大石智広先生・岡田恒志先生
今回の発表では、私と、今年から本校に赴任された初任の岡田恒志先生の2人で作った授業についてお話しします。
知的財産×生成AI で未来の知的財産の守り方と在り方を考えさせる
まず、この授業の背景です。知的財産に関する授業というのは、どうしても知識を教え込みがちになってしまい、おもしろくならない、というきらいがあります。
本校では、その問題意識に沿った授業として、2021年に当時教育実習生だった中川久倫先生が、「生徒に法律を作らせる」という探究的な要素を取り入れた授業(※1)を行い、この実践事例報告会で発表されました。今回は、その流れの授業になります。
※1 事例#203知的財産権の授業実践 ~生徒に法律を作らせてみた~
今年、授業で知的財産を扱うにあたって何か素材はないか、と探していましたら、岡田先生から「生成AIと絡めて何かやってみたい」という提案をいただきました。
確かに、生成AIが普及してくることで、今の法律では対応できないのではないか、時代に追い付いていないのではないかという見方もあると思います。そこで、生徒たちに未来の知的財産の守り方と在り方を考えさせる授業が作れないかと考えました。
新しい法規制は必要?必要ない? 矛盾する2つの文章を読み比べて考える
どのように生徒に探究させるか、ということについては、これまでも複数の矛盾する文章を比較させる「事例対比」という授業デザインを取り入れた授業を作ってきましたので、今回もこの手法を使うことにしました。
ここでの矛盾する文章は、片方が「今ある法体系で、生成AIの普及にも対応できる」という主張、もう一方は「いや、対応できない」という主張をしています。
文章の中で扱った題材は、この「解決方針」にあるように、「生成AIが既存のキャラクターを学習して、新しいキャラクターを作成する」というもので、これは、現行法でも違法になるケースです。
もう1つが、「生成AIが、過去の画家のタッチや作法を学習して新しい画像を作成する」というケース。これは「ゴッホの新作」のようなものです。これは現行では違法とはできないのということを想定したケースです・この2つのトピックを扱う矛盾した文章を作りました。
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生徒に比較させた「矛盾した文章」がこちらです。Aさんは「新しい法規制は必要ない(=現行の法の中で対応できる)」、Bさんは「AIに対応する新たな法規制が必要だ」と述べていることになります。中身については、ぜひじっくり読んでいただければと思います。
実は、最初は授業作りに少々難航しました。全8クラスに対して指導案をAからDの4パターン作り、改善を経て最後に完成したということになります。
最初は、2つの文章をどのような点で矛盾させたらよいかがわからなかったので、それ自体を生成AI(ChatGPT)に聞いてみたのですが、出てきたものが難しすぎて生徒が読み取れないということが起こってしまいました。最終的に出来上がったのが、この2つの文章です。
2つの文章の矛盾点を考える~AIは人間と同じか、あくまで道具の1つか
最終的に落ち着いた授業展開として、まずは生成AIの仕組みの学習ということで、仕組みを簡単に説明しました。そして、実際に画像の生成を実演して、ここではとてもお見せできないような、著作権的に問題がある画像を作って見せて、「あれ、これは問題ありそうだね」ということを生徒に理解させます。
その上で2つの文章を読ませて、それぞれがどのようなことを主張しているのか、ということをJamboardに書き出させました。
こちらが、生徒がJamboardに書き出したものです。
まず、表の左から2列目の「キャラが似ている場合」、3列目の「タッチや作業について」という観点で、Aさんの意見についてはピンクの、Bさんの意見については黄緑色の付箋に、「一致していること」「違っていること」「どちらか一方だけが言っていること」を文章から見出だして記入します。
次に、「2つの主張が矛盾しているのはどうしてか」という理由を考えさせ、黄色い付箋に記入します。できるだけ「理由の理由」を見つけるように考えてもらいました。
最後に、この考察を踏まえて、では自分自身は生成AIの普及にともなって知的財産を保護する新しい規制が必要だと思うかどうかを、理由をつけて答えてもらう、という流れになります。
ここに提示しているグループは、2つの手法が矛盾する理由について、「Aさん(=規制は必要ない)と言う人は、AIが人間と同じだと考えている。Bさん(=新しい規制が必要だ)は、AIはあくまで人間が使う道具として考えている」というところで違いを見出しています。
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著作権を大事にするか、より良い作品を作っていくことを重視するか
授業方法が確立したクラスで、生徒が見出した2つの主張の矛盾している理由がこちらです。
「人間とAIを同一視するかどうか」という視点を見出したグループが、4グループ、その他には、「より良い著作物か、著作者の権利か」、「AIの進化を大事にするか、著作者の権利を大事にするか」といった意見がありました。
右側に貼った黄色の付箋が、私が今回のチャンピオンだと思った意見です。「Bさんは著作権を大事にする考え方で、Aさんは、それよりも、より良い作品・より良い著作物を作ることが大事にする考え方。だから、規制が必要か、必要ないかと主張が分かれている」と考えてくれたもので、これは私自身、授業する前は思い付いていませんでした。
これを見ると、確かにそういう違いはあるな、と思われたので、生徒自身がこういったところまで考えることができたのはよかったと思っています。
次に、「生成AIに対する新たな規制や法律が必要か」を考察した結果です。
左側が「規制が必要」と答えた生徒、右側が「規制は不要」と考えた生徒の理由です。
「人間の著作者の権利を守る必要がある」と考えた生徒が多かったですが、あとは漠然とした不安から「将来何が起こるか分からないから、今のうちに規制しておいたほうがいい」というものも目立ちました。
一方、「不要」と答えた生徒は、「人間だって学習するのだから、AIも同じだとして何が問題なのか」という意見、「参考にすることには問題ない」とか、「タッチや作風まで著作権として保護する必要はそもそもない」といったことを書いてくれています。
生徒の意見から教員自身が学ぶ実践に
この授業の振り返りです。
このような複数の文章を比較する事例対比の活動では、事前にある程度「生徒にこういうところに気付いてほしい、こういうところを見出してほしい」ということを考えた上で行いますが、今回は彼らが何を言ってくれるのかが全くわかりませんでした。
私自身も、何を見つけてくれたら良しとすべきなのかが、正直分からない状態で行いました。
今までは、生徒に新しい問い出すときは、「こうなってほしい」ということを自分は知っていて、生徒にとっては未知、という感じでしたが、今回は、自分自身が未知に挑む授業だったのではないか、と思います。その意味で、先ほど紹介したように「この授業ではこういうことを考えられたらよいのかな」ということを、生徒から教えてもらえるような授業になったと思います。
結構難しかったのは、そもそもどういう論点で見方が分かれているのかを調べたり考えたりすることです。ただ、EUと日本との違いという点では、EUは「AIの学習そのものを規制する」という考えである一方、日本は「そこには規制が必要はない」という違いがあるということを調べたところから、今回お示しした文章が出来上がってきました。
また、事例対比で複数の文章を比較することは生徒に深く考えさせるためには有効ですが、その際に文章をいかに簡単に読みやすくするか、いうのも大切であることを教えてもらった実践になりました。
[質疑応答]
Q1.高校教員(国語科教員)
私は国語表現の授業で、地元の明治時代の文筆家について調べる授業でChatGPTを使ってみたのです が、結局ChatGPTに検索をさせただけのような使い方になってしまったので、それは違っていたのだな、と思いました。
A1.大石先生
そうですね。生成AIを使うのであれば、単に調べるよりも、概念を聞いたり、世の中にはどんな考え方があるか、ということを調べたりするのに使うのがとてもよいようです。
ここにある論点自体は、ChatGPTが言ってくれたものを一部使っています。あとは、規制をすべきだ、という活動をされている団体があるので、そういうところが出されてる文章も勉強させていただいて作りました。
Q2-1.高校教員
もともと日本の著作権や、人工知能の研究に関する法規制はけっこう緩いと聞きますが、この実践に関して調べてみて、お感じになったことは何かありますか。
A2-1.大石先生
その差というのが、学習自体を規制するかどうかということにつながると思います。私も、専門的に調べ尽くした、というわけではないのですが、法整備ではその辺りが論点になるのかなということを学ぶことができたので、今回こういう対立を作ったということです。
Q2-2.高校教員
この問題では、著作権の法律を変えるか、そういう規制が要るかという話と、もう1つはAIを人間と見なす、あるいはそれに近いものと位置付けるか、という話があるかと思います。先生は、どちらに重点を置いてこの実践をされたのでしょうか。
A2-2.大石先生
そうですね。正直なところ本当に分からなかったです。自分が両方の文章を作ったのですが、どちらの言い分を聞いても「そりゃそうだな」という思いがしていました。
人間の権利を守らなければいけないと思う一方で、「自動車が出てきたときに、かご屋はどうなるんだ」と言っているような気もするし、といったことでした。
ただ、先ほども紹介したこの黄色い付箋を見て、著作者の権利を大事にするというよりは、AIを使って、いかによいものを作っていくかという方向に変わっていくのかなということを、教えてもらったと感じています。
AIを使いこなす人がクリエーターと呼ばれるようになるのかな、という感じを受けましたね
神奈川県情報部会実践事例報告会2023オンライン ポスター発表より