事例318
生徒の主体的な取り組みを促す夏期講習の設計 ~情報オリンピック(JOI)を題材として~
東京都立新宿山吹高校 中山享司先生
モノグサ株式会社 大槻兼資氏
[中山先生]
私は、東京都立新宿山吹高校に着任して3年目、情報オリンピックへの挑戦も本校に着任して始めましたので、3年目です。教材や授業をYouTubeで紹介しています。
[大槻氏]
私は、モノグサ株式会社というEdTech系の企業で、学習アプリのコンテンツを設計するコンテンツアーキテクトという仕事をしています。
また、株式会社NTTデータ数理システムで顧問を務めております。
私は教員ではありませんが、アルゴリズムや数学をわかりやすく解説して、その楽しさを広めたいという思いがあり、アルゴリズムの入門書を4冊ほど出版しています。
中山先生から「情報オリンピックの講座をしないか」という声をかけていただいて、現在その講座を一緒にやらせていただいています。
情報オリンピックとは
[大槻氏]
まず情報オリンピックについてお話しします。
情報オリンピックは、主に高校生の大会ですが、中学生も参加できます。全国の腕に自信のあるプログラミングの猛者たちが競い合い、国内予選を行って、勝ち残ると世界大会まで進むことができます。
右側の写真は、今年の日本代表の選手たちが世界大会で活躍したときのものです。
スケジュールとしては、9月頃から1次予選が始まり、2次予選、本戦と勝ち上がっていくと、世界大会に出場できるという、夢のある大会になっています。
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情報オリンピックはプログラミングの大会ですが、具体的にどのようなことをするのか、簡単に説明します。
情報オリンピックでは、まず課題題が与えられます。その課題を解決するアルゴリズムを考えて、それをプログラムとして実装します。この「アルゴリズムを考える」ことと、「プログラムに実装する」という2つの要素の複合競技になっています
具体的な例として、このスライドの左側に「A.身長(Height)」という問題を載せています。問題の内容は、「JOIくんの1年前の身長はAcmで、現在はBcmです。何cm伸びたでしょうか」ということを解決するプログラムを作る、というものです。
情報オリンピックでは、プログラムというものを「いくつか入力を受け取って、それに応じた答えを返すもの」と解釈します。この問題では、「身長Acmと身長Bcmという2つの入力を受け取って、どれだけ伸びたかを出力として返すプログラムは、どうやったら実現できるか」ということを考えて実装することが問われています。
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情報オリンピックの主な流れとしては、まず一次予選があります。一次予選は、9月、10月、11月の全3回行われ、3回のうちどれか1回でも基準点以上であれば予選通過となります。
その後、二次予選が12月、本戦が2月に行われます。どんどん狭き門になっていきます。
本戦での上位20人程度が呼ばれる3月の春合宿まで行けたら、それだけで本当にすごい、という感じですが、さらにその中の上位4人が日本代表として世界大会に出場できます。
今回我々は、プログラミングを全くしたことがない人も対象とした講座を行いました。そのため、最初の試金石として、まず1次予選突破を目標として掲げました。この目標設定については、後ほど詳しくお話しします。
それでは、夏期講習に向けて具体的に立てた目標や、夏期講習をどのように設計したか、ということについて、中山先生からお話しします。
生徒の主体的な取り組みを体現する3つの目標と、夏期講習の設計
[中山先生]
生徒の主体的な取り組みを体現する目標としてここに挙げた3つの目標を掲げました。
目標1は、「自ら目標を設定して、それに向けた精進をすること」。
2つ目が「講習外でも自らプログラミングの課題を解くこと」。
そして、3つ目が「生徒同士がコミュニケーションを通して、相互に学び合える状態になること」です。この3つが達成できたら、主体的な取り組みができるようになるだろうということを考えました。
3つの目標をもとに、夏期講習をこのように設計しました。
まず目標1の「自ら目標を設定してそれに向けた精進すること」を達成するために、「1次予選の突破」という明確な目標を定めました。
目標の2つ目、「講習外でも自らプログラミングの課題を解くこと」を達成するために、付録と解説の充実している教材(JOIの公式テキスト)を教材に選定しました。また、「1次予選突破に必要ではあるが、講習では扱えなかった事項」を伝えることで、講習後の取り組みも促すようにしました。
目標の3つ目の「生徒同士がコミュニケーションを通して、相互に学び合える状態になること」については、昨年度の講座経験者の参加を依頼しました。また、コミュニケーションを活性化する空間作りも工夫しました。
心がけたポイントとして、まず昨年取り組んだ生徒に参加するようにお願いしました。
また、実際の講習では、相談や教え合いを推奨して、とにかく1人で全部抱え込んで手が止まってしまう、ということをなるべくしないように配慮することを心がけました。
また、部屋のレイアウトも工夫しました。
本校にはパソコン室が4つありますが、その中には、スライドの左側のように、生徒が前を向くと教卓がある、というレイアウトの部屋もありますが、そうではなくて、横を向くと教卓がある、というタイプの部屋を選びました。
こうすることで、この中央の緑の四角で囲んだ部分に生徒が座れば(参加者がちょうどこれくらいの人数でした)、この人数であれば相談しやすいだろう、ということを考えて、このようなレイアウトにしました。
諦めずチャレンジする姿勢が身に付いた結果、4人が1次予選通過!
講習をやってみた結果についてお話しします。
まず、諦めてしまう生徒がいませんでした。これについて考えられる要因としては、やはり相談しやすい環境が良かったのだろう、ということ。そして、経験者がとても細かく見てくれて、手が止まっている生徒がいたらすぐに声をかけて、どこで躓いてるか聞いてくれたのが大きかったと思います。
また、生徒が進んで難易度の高い問題にチャレンジしてくれました。こちらの考えられる要因としても、やはり経験者の存在が絶大でした。
さらに、実際に問題を解く前に、私の方から「この問題はこのように考えるといいよ」「ここではこういうことを聞かれているんだよ」ということを話しておくのですが、そのレクチャーを踏まえることで考えやすかったのかなと思います。
結果として、夏期講習8名の参加者のうち4人の生徒が1次予選を通過することができました。
まとめです。
今回、情報オリンピックの1次予選突破を目標とする夏期講習を実施しました。その中で、生徒の主体性を引き出すための講習設計を工夫しました。
工夫の内容としては、先ほどお話しした3つの目標を設定し、達成できるようにしました。
その結果、全員が諦めることなく難しい問題にチャレンジすることができました。
では、今後の取り組みについて、大槻さんからお話ししていただきます。
今後に向けて~さらに高いレベルで自走できるように
[大槻氏]
今回の夏期講習は、新宿山吹高校における情報オリンピックへの取り組みの裾野を広げるという部分を重視したものでした。
今後は、さらにその先の、より高いレベルで自走できる生徒を育てたい、というのが我々の願いです。
そこで、現在は情報オリンピックにさらに興味を抱いた生徒たちのための「Ex Hardコース」を整備しています。
このコースでは、目標も生徒自身で設定します。さらに、毎週末される個人参加のコンテスト 「AtCoder」(※2)への参加も促しています。実際Ex Hardのコースに来ている生徒さんたちは、皆自主的に参加しています。
※2 https://info.atcoder.jp/overview/about/atcoder
生徒たちの自主性が育まれてくると、講習の位置付けも自然に変化してきました。夏期講習では、一次予選を突破するという共通の目標を設定して、とにかく挫折者を出さないように、わかりやすく丁寧に指導して演習をすることを重視していました。それに対して、Ex Hardコースでは、手取り足取り丁寧に指導するというよりは、生徒一人ひとりの個別の目標を一緒に考えて設定したり、目標達成のための具体的なサポートをしたり、わからないことの相談に乗ったりなど、見守りながら指導する形をとっています。
目標としては、本当に高いものですが、JOIの女性部門(EGOI)の国際大会に、日本代表選手を輩出したいと考えて、頑張っています。
また、たとえ日本代表にならなくても、Ex Hardコースにいる生徒一人ひとりが、自分なりの目標を立てて、それに向かって頑張ること自体が大切なことだと思います。それが生徒たちの将来につながるように願っています。
[中山先生]
女子の本戦は年明けに行われます。その結果は、来年の夏の全高情研で発表できればと思っています。続報をお待ちください。
※新宿山吹高校の生徒さん2名が、日本情報オリンピック 第 4 回女性部門(JOIG 2023/2024)の上位10名に入賞し、3 月に行われる「JOIG 春季トレーニング」への進出が決定しました。
[JOIG本選成績優秀者決定のプレスリリース] 2024年1月22日
神奈川県情報部会実践事例報告会2023オンライン オンデマンド発表より