事例326
データを読み解くために、「科学的な証拠の把握」のための情報リテラシーを身に付ける
神奈川県立生田東高校 大石智広先生
今回、私たちが見学した授業は、2022年のNew Education Expoのワークショップ「矛盾する情報を読み解くスキルを身に付ける学習活動とは~ポスト真実時代の情報リテラシー育成に向けて」(※1)で、大石先生が発表された実践です。
この授業は、専修大学の望月俊男先生らが開発した協働学習用ツールEDDiE(※2)を使用して行われます。
※1 ワークショップ「矛盾する情報を読み解くスキルを身に付ける学習活動とは~ポスト真実時代の情報リテラシー育成に向けて」
※2 EDDiEは、複数の矛盾する文章を比較することを通して、「必要な情報を収集・整理・分析・表現
する力」や「多角的に情報を検討しようとする態度」を育成するために開発されたプラットフォー
ムです。
確証バイアスに惑わされないデータの読み方を身に付けるために
「情報I」の第4章「データの活用」では、データの収集・整理、分析・可視化、検証・評価の一連の流れから問題解決を行う手法や意味を学びます。
しかし、実際にデータを収集し評価する際に、自分がすでに持っている先入観や仮説を裏付けるような、自分にとって都合のよい情報ばかりを集めたり、結果を解釈しようとしたりする傾向が人間にはあります。これを「確証バイアス」と呼びますが、この影響には、自分ではなかなか気づくことができません。
確証バイアスに影響されず、科学的な証拠に基づいた評価をするためには、情報リテラシーとしてのデータの読み方を身に付けることが必要になります。
この授業の建て付けとしては、第1章の「問題解決」と第4章の「データの活用」の両方をカバーします。3回の授業の各回で、それぞれ矛盾する2つの文章を読み、そこで扱われているデータの読み方について、一見確からしい解釈の中にも、実は様々なバイアスが存在することに気づかせるものです。
1回目の授業は、「『都道府県別の教育予算と学力テストの得点との間に、相関係数0.2の相関がある』というデータが発表された」という設定で行いました。
これに対して、文部科学省の事務次官は「教育予算と成績には相関があるから、教育予算を増やすべき」と主張し、財務省の事務次官は「相関はない(から予算を増やす必要はない)」という主張をしている、という架空の2つの文章を生徒は読みます。
次に、なぜこの矛盾が生じたのかを考える活動を実施し、「(発信する側の)立場による評価のバイアス」があることに気づかせました。その後、自分の中にあるバイアスにはどんなものがあるか、ということを考えさせました。
今回見学した第2回の授業の題材は、「朝食をどれくらいの頻度で食べているか(喫食率)」と、学力テストの成績に相関があるというデータを扱います。この題材を通して、相関関係だけでなく、因果関係の存在に気付かせ、相関があるからといって因果関係があるとはならないことを学びます。
そして、次回3回目は、2つの相反するダイエット方法の効果をどのように評価するか、という題材を扱います。その題材を通して、もととなるデータの調査対象、期間、サンプル数の違い、体重が減るメカニズムの違いについて考えます。
この3時間の授業の後、実際に自分たちでアンケートを取って相関係数を計算し、結果から言えることを考える、という授業につなぎます。
なお、散布図の作成や相関係数の計算については、スプレッドシートを利用しています。また、散布図や相関係数の概念については、数学でも2学期の終わりに授業で学んでいます。
[授業の流れ]
今回の授業と、次回の2つのダイエット方法の違いを考える授業の流れについては、大石先生のご発表(※3:「社会と情報」の授業内で実施)、EDDiEの使い方についてはワークショップ(※4)の記事をご参照ください。
※3 事例225「矛盾した複数の文章の読解を通した情報リテラシーの授業実践」
信頼度が高いデータで、問題のない分析手順を踏んでも結果の解釈が真逆になるのは…
最初に、 「朝食をどれくらいの頻度で食べるか」と学力テストの結果の関係について調べた文部科学省が発表したデータを生徒に示します。
次に生徒は、そのデータを元に2人の教育評論家が意見を述べた文章を読みます。その中で、2人とも朝食の喫食率と学力テストの結果に相関があるという点は一致しているのですが、教育評論家Aさんは「学力を伸ばすために朝食を食べよう」と述べ、Bさんは「そうとは言えない」と述べています。
この2人の主張を、各2分ずつで読んだ後、各自それぞれの情報源と主張、およびその証拠となることを抜き出して、EDDiE上のワークシートに貼り付けます。
まず、情報源を評価します。情報源は、教育評論家AとBとしか生徒には示していないので、差は出ません。次に、「情報源が参照している情報源」を評価します。2人が参照しているデータは、同じ文部科学省のデータなので、情報源の信頼度は高く、質には差がありません。
さらに、主張のもととなる証拠の確からしさとその妥当性をそれぞれ○と→の大きさ・太さで表現します。
その後、各グループで各自の意見を共有し、証拠の詳細としてどんなことをもとに、どのように解釈したかを話し合います。それぞれの作業はタイマーで2分ずつ区切って、テンポよく進められます。
下図のように情報の整理が完了したのちに、これらを見て、AさんとBさんの主張の差がなぜ生まれたのかを考えます。各自で考えたものをEDDiEに投稿し、グループで共有します。
話し合いがまとまったタイミングで、各グループの代表が、AさんとBさんの主張が異なっていた理由をまとめて発表します。
生徒からは、「Aさんはこのデータだけから結論を出しているが、Bさんは朝食以外の理由も考えている」といった理由が発表されます。これを先生が、「なぜBさんは他の理由も考えなければいけないと考えたのか」ということについて、「Aさんは『相関があれば原因と結果の関係になる』と考えており、一方、Bさんは『相関があっても、原因と結果の関係とは限らない』と考えている」のように補っていました。
相関と原因・結果の関係についてさらに考える~相関関係は因果関係を含意しない
二人の主張の違いが相関と原因・結果の関係のとらえ方の違いに拠るものであることを押さえた後、相関関係と因果関係について考えていきます。
例えば、「太陽が昇ると明るくなる」であれば、2つの現象が原因と結果の関係にあることは明らかです。
しかし、「アイスクリームの売り上げが増えると溺れる人が多くなる」や「事故防止の看板があると交通事故が起こる」「海賊が減ったのは温暖化が原因」といったことは、いずれもグラフ上では相関関係があっても、原因-結果の関係にはなっていません。
※クリックすると拡大します
生徒たちは、とっぴな相関に笑いながらこれらのグラフを見ていますが、「相関関係があっても、原因-結果とは限らない」ということは強く印象に残ったようです。
難しい単語になるので、授業のスライドではこの言葉は使っていませんが、「相関関係は因果関係を含意しない」ことをここで確認しました。
また、相関関係と因果関係について、「相関はあっても原因・結果の関係がない」事象の3つのパターンの分類も準備されています。
例えば、先ほど出てきた「海賊が減ったのは温暖化が原因」は「①偶然の一致」にあたります。
また、「事故防止の看板があると交通事故が起きやすくなる」は、事故の多い場所に注意喚起の看板が立てられるので、「②原因と結果が逆」。そして、「アイスクリームの売り上げと溺れる人の数」には、その裏に「暑さ」という「③共通の原因」があります。
これらの観点を知ることで、生徒は自分でデータの分析を読み取ったり、分析を進めたりする際に、どんなことに注意すべきかということに気づくことができます。
時間を区切った活動でメリハリをつける
今回の課題は、
● 文章を読む
● ポイントを抜き出してEDDiEに貼り付ける
● 抜き出した部分の評価の「○」や「→」を記入し、気づいたことを書く
● グループ内で話し合って共有する
という細かいステップを踏んで行われていました。先生からは各段階で何を・どこまですればよいかを明確が示され、細かく作業時間を区切って進めていくので、ダレたり時間を持て余したり、ということがありません。
グループ内の話し合いや発表では、なかなか表現が難しいところは、先生が見回って軽く助言を与えて言語化させ、自分達でまとめができるグループには基本的に任せる形で進められていました。
また、今回の授業では使う場面はありませんでしたが、各グループの脇には1m四方ほどのホワイトボードが設置されており、話し合いの際に自由に使えるようになっていました。
[大石先生に聞きました]
Q1.「情報I」の年間スケジュールを教えてください。
A1.大石先生
教科書は、実教出版の「最新情報I」を使っています。
1学期は第1章の「問題解決」のところでデジタルデバイド、情報モラル・法規。「情報デザイン」でプレゼン資料の作成を主に行いました。
2学期は、第3章の「コンピュータの仕組み」と、その流れで第4章の「情報通信ネットワーク」をやって、パケット通信の仕組みなどを扱いました。
2学期の後半はプログラミング(Python)をやりました。プログラミングは、簡単に使える開発環境であるGoogle Colaboratoryでやりました。
3学期は、「問題解決」と「データの分析」を主に扱っています。
今回の3時間の授業の後、実際に自分たちでアンケートを取って相関係数を計算し、結果から言えることを考える、という授業につなぎます。相関関係が出るようにアンケートの質問を設計するのは、生徒には難しいので、こちらで準備しておくようにする予定です。
Q2.生田東高校は、2023年度の「リーディングDXスクール 生成AIパイロット校」に指定されています。情報科の授業の中での生成AIの利用について、実際に授業をされた感想を教えてください。
A2.大石先生
3年生の選択授業で、生成AIを使ってコーディングをやらせてみましたが、なかなか思ったようなプログラムが出て来ず、うまくいきませんでした。
「プログラミングなんかやらなくても、生成AIに書かせればよい」という意見もありますが、プログ ラミングの基礎を習得した上で使うのはよくても、習得するために生成AIを使うことが有効だとは限らないかもしれません。旧来の方法で勉強して、ある程度習熟してからであれば、コードを直すことには使えるでしょうが。
生成AIでプログラムを書かせようとしても、基本的にコードが読めないと、出てきたものの意味がわからず、結局使い物になりません。
「フランス語が全くわからない人が、ChatGPTにフランス語でラブレターを書かせたとして、それが使いものになると思うか」という例えを使ったことがありますが、これと同じで、プログラムも「読む力」は必要です。読めるようになるには、自分で書いてみないとだめかも知れません。
Q3.情報科も含めて、授業の中で生成AIを使うのに適した場面として、どのようなものがあるでしょうか。
A3.大石先生
まず、使う側の認識として持っていなければならないのは、「生成AIが言うことは正しいとは限らない」ということです。これはGoogleも同じです。
また、生成AIはGoogleの代わりにはなりません。事実を知ろうとするのであれば、Googleの方が適しています。
一方で、ある事象や問題について、どんな立場や情報があるかということを聞くのであれば、生成AIが適しています。今回の授業に寄せて言えば、 1つのテーマについて、論点を変えて2つの文章を生成AIに作らせて、読み比べてどのような違いがあるのかを考えるということにも使えます。
生徒は基本的に1つの立場から考えてしまうので、2つの文章のどこが・なぜ違うのかを考えさせることで、確証バイアスを避けるためのポイントを知ることができます。
Q4.生徒に生成AIの使用を許すか、NGかという線引きはしていらっしゃいますか。
A4.大石先生
基本的にはしていません。規制するよりも使い慣れていくことが大事だと思います。
先日、推薦入試の志望理由書をChatGPTで書いてきた生徒がいましたが、出てきたものをそのまま持って来たので、使い物になりませんでした。細かい言い回しでおかしいところがあっても、気づいていないのです。
結局は、きちんと自分で読んで修正できないといけない。あるいは、自分で納得するものが出て来るようなプロンプトを書ける技術を習得することが必要でしょう。その意味で、まず自分で書いたものを生成AIに添削してもらい、手直しする、という使い方から入っていく、ということがよいのではないかと思います。
[取材を終えて]
「New Education Expo2022」で、大石先生が発表された事例は、「社会と情報」の授業の中での実践についてのものでした。これを「情報I」の文脈にどのように組み込むか、ということに興味がありました。
2022年のワークショップの中で、大石先生は「これまでの情報リテラシーの授業は、『信頼できる情報源を見つけて、そこにある情報を見よう』という形がほとんどだった。情報源が正しいか、ということは言うまでもないが、今は公的な情報源など、これまで信頼できると考えられていた情報源であっても、その情報自体が信頼できるとは限らないという時代になっている。それを読み解くための情報リテラシーが必要だ」とおっしゃっていました。今回の授業は、その一つの解であったと感じています。
「情報I」の「データの分析」では、データの相関を調べ、さらにより進んだ学習として仮説検定を行います。因果関係やバイアスは「情報Ⅱ」の範疇になっているので、相関関係と仮説検定だけで判断することになります。相関関係は、あくまで「2つのデータには関連がある」ことを示すものなので、これをはき違えると、「相関があるから仮説は正しい」ということになってしまいかねません。
今回、この授業を「データの分析」で実際に生徒がデータを扱う前に置くことによって、生徒に「確からしい情報源で、正しいデータ処理を行った結果であっても、その評価が真逆になることがある」という事例で、その原因を考えさせるという位置づけになっているのは、ある意味「情報I」で問題解決を扱う際に抜け落ちがちな視点を補うものであることを感じました。