事例333
小さな探究を授業に取り入れよう
神奈川県立生田東高校 大石智広先生
最初に、私自身について簡単にお話しします。2011年から神奈川県で情報科の教諭として勤務しています。現在の勤務校が、2022年度に神奈川県の指定校であるICT利活用授業研究推進校となり、今年度は文部科学省の生成AIパイロット校になったので、こういったことに学校を挙げて取り組んでいます。
私の経歴でユニークな点としては、私立自由の森学園高校の出身であることです。なぜこの話をするかと言いますと、この学校は、「点数で序列化しない」「競争原理に頼らない」という教育方針なのですね。ですから、今回のお話をいただいたとき、「自分が受験生についてしゃべっていいのかな」ということがちょっと頭をよぎりましたが、普通の人が言わないようなことを言ったほうがいいのだろうなと思って、この場に立たせていただいています。
自由の森学園で謳っているのが、「暗記中心から考える授業への転換」ということがありまして、ここに共通テストとの親和性があるのではないかと思います。
発明・発見の瞬間を再現する授業を目指す
私が目指している授業は、「今まで人類が行ってきた発明・発見の瞬間を授業の中で再現する」ということです。そのために、短い時間の中でも探究を行えるような、「小さな探究を取り入れた授業作り」を心がけています。
「小さな探究」というのは、つまり「探究にもいろいろなレベルがあるよ」ということで、BanchiとBellが2008年に提唱した「探究の4つのレベル」に拠るものです。
彼らは、探究に必要な「問い」「手順」「解答」のうち、どこまでを生徒に提供するかによって、そのレベルが変わると言っています。
最も高度な探究は「オープンな探究」で、これは問い、手順、解答が全て生徒に委ねられるものです。この対極にあるのが「確認のための探究」で、これは問い、手順、解答が全て情報として与えられています。例えば、理科のレシピ的な実験がこれに当たるのではないかと思います。
この2つの中間レベルがあって、「ガイドされた探究」というのは、問いは決まっていますが、手順や解答は生徒ごとに委ねられるものです。「構成された探究」は、問いや手順は決まっていますが、最後に出てくる解答は生徒によって異なるというものになります。
私が、授業の中で、短時間で行える探究として狙っているのは、この「構成された探究」てす。今日はこの実践をいくつかご紹介したいと思います。
「構成された探究」の実践例
■事例1 「未来」の通信方式を選択しよう
1つ目が、「『未来』の通信方式を選択しよう」という、要はインターネットの仕組みの学習です。
生徒には、「今は1960年です」という想定で、コンピュータ同士を接続するネットワークを作るために、回線交換とパケット交換方式のどちらがふさわしいかを考えて、理由を付けて答えるということを問いとして出します。
活動の手順として、まず、それぞれの方式の仕組みや特徴を、実験や、アニメーションのスライドで理解させます。
例えば回線交換方式であれば、1組の通信が終わったら回線が切り替わって、もう1組の通信をする、あとパケット交換方式であれば、複数の通信パケットが同じ回線を通って相手に届くというイメージをスライドで見せていきます。
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次に、それぞれの方式を推している技術者の意見を読んで、どこに違いがあるかを比較するという考察をして、最後に自分なりにどちらの方式がなぜ良いのかを考えて選ぶ、という流れです。
比較する技術者の文章は、この程度の文章量です。ここで、それぞれの方式の長所を理解します。
2つの文章を読んだ後、それぞれの方式のどこが違うのかを生徒に考えてもらいます。
これはまず自分で考えた後、グループで考えて、発表する、という形で行います。そうすると、大体ポイントが見えてきます。
このクラスでは、「重視するポイントが違う」ということに気づきました。「回線交換を推している技術者は速度を重視しているが、パケット交換方式を推している技術者は、接続する台数を重視しているところが違う」というのが見えてきます。
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その上で、自分はどちらの方式を推すか、ということを生徒に答えてもらいます。
この生徒は回線交換方式を推しています。理由としては、「回線交換を推薦している技術者は、『国の運命がかかるような…』と言っている。コンピュータというのは、そのくらい重要な役割になるから、回線交換方式がいいんじゃないか」と言っています。
一方、こちらの生徒はパケット交換方式を推しています。「時代が進むとコンピュータの台数はどんどん増えていくから、パケット交換方式の方がいいだろう」と。このように、自分なりの回答を導き出すという取り組みです。
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■事例2 鍵を送らなくてもよい暗号を発明しよう
2つ目の事例が、公開鍵暗号の授業で、鍵を送らずに暗号化通信を行うためには、どのような手順で行えばよいかを生徒自身が見つけるという実践です。
この手順としては、暗号に必要な「鍵」「手順(アルゴリズム)」の意味と、鍵配送問題とはどのようなことかを理解したで、南京錠やケース、秘密の手紙などの実物を使って、「鍵」を送らなくてもよい手順を見つける、という活動をします。そして、解答はその手順ということになります。
具体的には、このように机に3人並べて座り、真ん中がトム(=スパイ)役になります。ボブ役の生徒は南京錠とその鍵、鍵のかかる箱を持っています。
アリス役は秘密の手紙を持っています。何かを送るときには、必ずトムを介さなければなりません。どのような手順で送れば、トムに内容を盗まれることなく送ることができるかを考えて、記録係が記録します。生徒は大体30秒から、長くても2分程度で、手順を見つけることができます。
■事例3 コンピュータを生み出したのは誰か
3つ目が、「コンピュータを生み出したのは誰か」を考える実践です。
問いとしては、「パスカル、バベッジ、シャノンのうち、コンピュータを最もコンピュータらしくする特徴を生み出したのは誰か」ということを、生徒自身が答えるというものです。
この話題は、情報処理学会では危険ですね。「何でこの3人なんだ。○○はどうした」「△△も入れなきゃ」と言われそうですが(笑)、いろいろあって、この3人にしています。
手順としては、まずこの3人の亡霊が現れて、それぞれ「自分が生み出したものが、コンピュータをコンピュータたらしめた」と主張している、という文章を読ませます。そして、3人の言い分にどのような違いがあるのかを整理した上で、最も貢献したのは誰だと思うかを、自分なりに理由を付けて答えてもらいます。
この実践の裏のねらいとしては、コンピュータにとって最も重要な特徴は何かということについて、生徒なりの答えを見つけてほしいということもあります。
文章量としては、1人分が1000~1500字、3本で約4000字あります。本校の生徒が4000文字の文章を黙読するというのは相当大変ですが、皆頑張って読んでくれています。
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この3本を読んだ上で、まず1回目の授業では、自分は誰が最も貢献したと思うかを回答してもらいます。次の授業からは、その3人が生み出したものが今のコンピュータにどのように活かされているかを順番に学んでいきます。
まずパスカルの回では、コンピュータが計算するレジスタという仕組みのもとを作ったこと。
次のバベッジの回では、プログラムとはそもそもどのようなものか、基本制御構造とは何かということを、簡単なプログラム実習を含めて学びます。
そして、シャノンの回では、2進数や論理回路、情報のデジタル化、bitやbyteといった情報量の数え方について勉強します。
実際の時間配分はかなり不公平で、パスカルは1時間かからないので、パスカルとバベッジが合わせて2時間くらい。シャノンに5、6時間かけています。そして、最後にもう1回、誰の功績が大きかったかを改めて順位付けするという展開です。
これが最後に生徒が書いたもののまとめです。本校ではロイロノートを使っています。
一番貢献したと思う人を、パスカルは黄色、バベッジはピンク、シャノンは水色の付箋で表現し、それぞれ理由を書いてもらいました。このクラスはややバベッジ推しが多いかなという感じです。
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それぞれの代表的な意見がこちらです。
パスカルを推している生徒は、要はオリジンだから。この人が初めで、彼が計算機を作らなかったらコンピュータは生まれなかった、と。
バベッジ推しの意見では、人間がやらなくても自動的に制御する、自動的に処理してくれる、というところがコンピュータらしいので、やはりその基を作ったバベッジが一番じゃないか、と言っています。
そして、シャノン推しの意見としては、「やっぱり2進数は現代のコンピュータで重要でしょ」と。今、自分たちが楽しんでる音楽や映像というものをコンピュータに取り入れたことに対する貢献が、大きなポイントだと評価しています。
こちらは、5クラス194人について、順位付けを分類したものです。
表の中央あたりで「通常」と書いてあるところは3クラス分ですが、ここはシャノンを最も評価した人(「分類」の5と6)は合わせて50%を超えています。やはり時代が後であることと、授業の順番も最後だったこと、授業時間も1人だけ6時間と多かったので、どうしてもバイアスがかかってしまったかな、という感じです。
その右側、「バッテリー」と書いてあるところは2クラス分ですが、こちらは少し条件を変えて、アンケートを取る前に、「今、自動車にバッテリーは欠かせないよね。バッテリーがない自動車はない。でも、バッテリーがなかったら、自動車は自動車じゃなかったのかな」という話をしてから、「じゃあ一番貢献したのは誰か、考えてみよう」と言うと、バベッジとパスカルにもやや票が入るようになった、という感じでした。
順位付けの基準を分類すると、パスカルを推しているのは、「発明の原点」や「計算方法の確立」。バベッジは「プログラムで制御できる」「汎用性、いろいろなことに使える」「自動で動く」ということ。シャノンはやはり「大量のデータ処理ができる」「処理速度が速い」「2進数と電気の関係」を基準に選んでいる生徒が多かったです。
この他の実践としては、生成AIの普及によって、著作越権を変更すべきかを考えてみるもの、情報の信ぴょう性を確かめるためのTIPS作り、SNSを利用するときのポリシー作りなどを行いました。
探究を成り立たせるためのポイント
このような環境を成り立たせるための授業のポイントをご紹介していきます。
1つ目が、「事例対比」という授業デザインを取り入れていることです。これは、複数の矛盾した文章を比較して、なぜ違いがあるのかを考えさせる方法です。
これをすることで、こちらが気付かせたいことに生徒が自分で気付くことができるとともに、その文章の中にある程度知識が含まれているので、知識の習得と探究を両立できるというメリットがあります。この手法はいろいろな場面で使っています。
2つ目が、とにかく足場は丁寧に作ることです。
例えば、「自分なりの答えを文章で書きなさい」と言ってもなかなか書けないので、ある程度こちらで文章の型を作っておいて、生徒なりに違いが出るところを空欄にしておき、そこは自分で考えなさい、という形にするなど、丁寧に進めるようにしています。
そして、グループワークを多く取り入れることで、個人の理解の不足をグループで補ったり、考察の観点などの刺激を入れたりできるようにしています。
入試にどうつながるのか
最後に、「これが入試にどのようにつながるのか」ということにつきまして。
そもそも授業の実践について、そういった問いに答える必要があるのか(ないだろう)、ということは申し上げておきたいですが、今日はこういった場なので、あえてこの点についてお話ししたいと思います。
改めて共通テストの試作問題などを見ると、これらは先ほどの探究の4つの段階のうち、「確認のための探究」であることに気付きました。
まず、「問い」が提示されています。これは、受験生に問題として与えられているという意味ではなく、登場している人同士が、「今日はこういう問題を解決しようね」といったことを話すという形で提示されています。
手順も決まっています。アンケートを集めよう、プログラムを作って解決しようという手順が、ところどころ穴はありますが、決まっています。
そして、解答は、もちろん伏せられていますが、「この結果から得られるのはこうだよね」という形で結論も決まっています。このように、「確認のための探究」を試験問題にしているわけです。ということは、「小さな探究」を取り入れた授業も入試につながる、ということが言えるのではないかと思います。
ただし、最後に申し上げたいのは、だからと言って、「これは良い授業だ」という評価をしてはいけないと思います。
なぜなら、ちょっと思考実験をしてみましょう。もし入試が暗記中心だったら、「単語をひたすら覚えておけ」みたいな授業をするでしょうか。
いや、それは絶対ないでしょう。ということは、やはり授業には授業としての評価軸が必要ではないか、ということを、最後に申し上げておきたいと思います。
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