事例335

「生成AI研究校」としての取り組み

東京都立小岩高校 椋本 哲也先生

本校は東京都の生成AI研究校の指定を受けているので、そこでどのような取り組みをしてきたかについてお話しします。

 

まず小岩高校についてご紹介します。偏差値50のいわゆる普通の学校で、1学年9学級、全27学級の大規模校です。

 

このようなお話しをする時、いつも申し上げることですが、「あの学校だからできる」とか「あの先生だからやれるんだよね」と言うのでなく、ご自分の学校と合わないことはいろいろあるとは思いますが、その部分に関してはいったん脇に置いておいて、「これは使えそうだ」「これならうちの学校でもできそうだ」というお土産を、たくさん持って帰っていただけたらありがたいと思います。

 

生成AIの研究校は、昨年10月に指定されました。年度途中にこのような指定があるのは珍しいと思いますが、やはりそれだけ生成AI周辺の動きが激しく早いということであると思います。

 

このとき9校が指定されましたが、うち3校が特別支援学校で、残り6校のうち全生徒分のアカウント請求したのは、どうやら本校だけのようでした。アカウントを全校1080人分申請したら、いただくことができたので、学校全体で取り組むという方向になっています。

 

東京都はexaBase(※1)という、Azureで動くOpenAIのChatGPTのAPIを使う環境を準備しています。この環境が使えるようになったのが昨年12月でしたので、残りの数か月で何ができるか、というところで動いています。

※1 https://exawizards.com/exabase/gpt/

 

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生成AI研究校としての目標

 

まず、生成AIの研究校としての目標についてお話しします。

 

大きな目標、成果物としては、「生成AIを活用した授業事例を3本出す」ということはありますが、都からの「このような取り組みをしなさい」といった指示は割合少ないです。

 

内容としては、生成AI導入の初回の授業をする、プロンプト例を挙げる、といった課題はいくつかありますが、大きな目標は特に設定されていなかったので、本校ではこちらのスライドに挙げたことを行いました。

 

まず、安全かつ効果的な利用方法を模索する、ということです。これについては、授業内で使うために、安全な環境であるということを確認します。

 

また、個別最適な学びのサポートに使えるか、ということで、一人ひとりに最適な学習サポートを提供し、学習の個別化・効率化を目指す取り組みを行いました。

 

そしてもう1点は、生徒が自分の思考を深めるためのツールとして活用することです。生徒の思考を促進し、深めるためのツールとしての活用と、学習過程における洞察と理解の向上を図ための活用という2つの方向性で取り組みを進めています。

 

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昨日、EU議会で生成AIの規制に関する法案が可決された、というニュースがありました。

 

今後ヨーロッパでは生成AIの使用に厳しい規制がかけられ、普通に生成AIを使うことができなくなるのではないか、と考えられます。これがどのように運用されるのか、ということはまだよく分かりませんが、ヨーロッパは、日本よりも人権問題が社会問題化しやすいこと、また著作権的な問題が背景にあるのかなと思っています。

 

日本では、文部科学省が「安全に配慮しつつ使っていきましょう」という方向性でガイドラインを出しています。イタリアなどは、かなり早い段階で学校での使用を全面禁止としていますので、そういった対応に比べると、かなり積極性を感じます。ただ現場としては、まだまだ全面解禁というイメージではありません。

 

授業で使う際の注意点としては、まず安全性が最優先になります。生徒が打ち込んだプロンプトが生成AIに学習されて、他の人が何かを尋ねたときにそれが出てきてしまうことはあり得ます。そういったところで、他人の個人情報を手に入れてしまったり、偏った思想をシャワーのように浴びたりしてしまうのは危険ですので、まずその安全性を考える必要があります。

 

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使ってよい場面・いけない場面を意識させる

 

生徒自身の成長のためにということで、初回の授業で生徒にはこのような話をしました。

 

小岩高校は、東京駅まで直線距離で8kmほどです。ちょうどこの初回の授業を行ったのがマラソン大会の前の週で、彼らは翌週8km走れと言われていました。

 

そこで、「今、君たちがいきなり『東京駅まで走って行け』と言われたら、『ふざけんな』と思うよね。単に東京駅まで移動するだけなら、電車を使ったり、お金がないなら自転車で行くだろう。でも、マラソン大会という設定で8km走れと言われたら、『俺、金があるからタクシーで行くわ』というのはないよね」ということで、使うべきところとそうではないところをしっかりわきまえようね、ということを理解してもらいました。

 

一方で、教員にも資料を配布して、「今、彼らはこういうことを使えるようになっていますから、レポートなどの課題を出させるときなどは、ChatGPTを使ってよいかどうか、ダメな場合は明示的にダメであることを伝えてください」ということを共有しています。

 

初回授業では生成AIの仕組みとハルシネーションを理解させる

 

こちらが研究校の指定のときに課された課題の一つです。各教科の概要等に絡めて使う前に、「初回授業」として、必ず生成AIに関する授業を1回行う、ということになっています。

 

生成AIというのは、大規模言語モデル(LLM:Large language Models)のシステムであること、ジェネレイティブAIにも使われているトランスフォーマーモデル、これはある単語に続く可能性の高い単語を拾って来る仕組みのことですが、こういった仕組みを見せて、生成AIの概略を説明します。そして、生成AIは「息を吐くように」嘘をつくので(ハルシネーション:幻覚)、そのことをしっかり認識しなければいけないよ、ということを話しています。

 

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ハルシネーションについては、「生成AIは信用ならん」という意識づけはもちろん大事ですが、これを行った後に、生徒たちが何を言うか、ということをきちんと確認する必要があります。

 

彼らは、「生成AIの言うことをそのまま信じてはいけないと思いました」などと優等生的に答えることはできますが、ではどのような情報なら信じられるのかということが重要です。

 

生成AIから出てきた答えを見て、これが信用できるのかどうか。Webで同じことを検索しても、元にしているサイトが間違っていたら、結局間違ったままです。そのため、ネットで検索すれば正しい答えが出てくるわけではないということになります。

 

私は夏休み前の定期考査の後の授業で、毎年学校図書館で情報の授業を行っています。データベースの授業に絡めて、NDC(Nippon Decimal Classification:日本十進法分類)について学ぶ授業を行います。その授業後のアンケートで、「本とネットを比べてどちらが信用できるか」と聞くと、7割くらいの生徒が、「本の方が信用できる」とか「本には正しいことが書いてある」と書いてきます。

 

そうは言っても、本も間違っていることもあります。生成AIでハルシネーションが起こる原因として、元の情報が間違っていることもありますし、学習期間が2022年の1月までであれば、それ以降の情報が入っていません。本も同様で、出版されたところで情報が止まっているので、最新情報と照らせば間違っていることがあります。この点では、生成AIと同じです。

 

その意味で、「生成AIによるハルシネーションを恐れる」というより、常にクリティカルに情報を見るという、いわゆるメディアリテラシーとしての意識付けが大切であるというところにつなげています。

 

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プロンプトの工夫のための試行錯誤が重要

 

ハルシネーションを減らすために、適切なプロンプトを見つけるための試行錯誤が非常に重要であると思います。ただ、将来的に彼らが社会に出て活躍する頃に、このプロンプトエンジニアリングが今のようにすごく重要な状態のままか、というと、今後AIの精度はさらに上がっていくので、ちょっと違うかもしれないと思います。

 

イメージとしては、Google検索が登場したときに、キーワードでいかにうまく求める結果を出させるか、ということで、例えば、「日本で2番目に高い山」を検索するとき(今はするっと出てきますが)、「高い山 2番 日本」と入れてもなかなか出てこないけれど、「山の高さランキング」と検索したほうがいい結果が出るよ、といった工夫がもてはやされた時代がありました。

 

プロンプトの工夫も同様に、技術の進歩でカバーされてしまうのではないかと思うので、プロンプトエンジニアリングにはあまり重きを置かないようにしています。

 

「ハルシネーションを起こすプロンプト」を考えてみる

 

この初回授業を終わらせてからの実践事例として、まずは情報科で行った授業を紹介します。

 

初回の授業で、「exaBaseでハルシネーションを起こすプロンプトを考えて、質問してみましょう」ということを行いました。

 

生徒に一番ウケたのが、「東京ディズニーランドの所在地を教えてください」というものです。生成AIは、さらっと「東京都浦安市舞浜」と、一瞬信じそうになってしまうような答えを出してきます。ちなみに、exaBaseはChatGPTのver3.5か4が選べて、ver3.5だとこう答えますが、ver4ではちゃんと「千葉県浦安市」と出てきます。

 

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不完全なプログラムを修正させる

 

12月の定期考査では、アナログ時計の表示を修正する作るプログラムを出題しました。

 

こちらは、文科省のDXアドバイザーが公開しているプロンプトを使わせていただいています。

 

課題として私が作成した短針が1時間ごとにぴょこっと動くアナログ時計を表示するプログラムを配布します。このままでは、例えば159分の時点では短針がまだ「1」の所にあるので、11分前と勘違いしてしまいます。このプログラムを生成AIで修正する、というものです。

 

この考査問題の復習として、「時計を作りたいです。実際に作ったプログラムはこうです」というプロンプトとともに課題のプログラムを貼り付けます。

 

 

すると、生成AIが「こんなふうにやるといいですよ。現在時刻を取得するのに、こういうコードを入れるといいです」と勧めてくるので、あえてインデントを付けずに、言われたとおりに書いてみると動かない。そこで、「動かなくなってしまいました」と返すと、「インデントを付けないとダメですよ」と教えてくれます。 

 

「プログラムを修正して全部できたら、問題を2問出してください」というプロンプトを書いておくと、選択問題で、「オブジェクトをやるときのメソッドはどれですか」とか「角度を計算する際に必要な理由を書いてください」など、個々の生徒とのやりとりの中で、「この人にはここが重要だ」というところを、問題として作って出してくれます。生成AIがここまでできると、本当に教員がいらないな、と実感しました。

 

 

他教科への応用の可能性

 

このプロンプトを基に、例えば数学で微分が苦手な生徒には、微分についての問題に書き換えることも可能です。実際に授業の中で使ったのは国語、世界史、生物ですが、現在数学や英語、あとは保健体育を検討中で、来年度から使う方向で準備をしています。

 

例えば国語では、「天声人語」のような600字程度の文章を200字に要約することを行っています。

クラスで6班くらいグループを作って、それぞれが要約を作ったものを持ち寄って比較し、どこを削ってどこを残したかを比較する、という授業をすることがありますが、そこに生成AIが作った要約も混ぜて、人間が作ったものとは違う、生成AIっぽいところや、なるほどと思うところを比較していく、という活動を考えています。

 

 

データ連携の機能を活用して、クローズドな情報の中で使用することでハルシネーションを抑える

 

もう一つお話ししたかったのが、このexaBaseのデータ連携の機能です。この機能は、最初は使えなかったのですが、何度もお願いして導入していただくことができました。

 

実際の導入が学年末ぎりぎりだったので、実際の授業ではほとんど使えませんでしたが、ChatGPTをお使いの方は、GPTsの機能を思い浮かべていただくとご理解いただけると思います。

 

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これは、予めPDFやテキストなどの形のデータを生成AIに学習させておき、その学習したデータを元に回答を生成させる仕組みです。exaBaseは、クローズドのデータの中だけを学習データとすることができるので、教科書会社にも確認を取って、指導書のテキストベースのデータを入れることは問題ないという回答いただいた上でやってみました。

 

これによって、ハルシネーションがかなり抑えられます。例えば、「情報モラルについて教えてください」といった質問は、ネットで探るといろいろなことが出てきて収集がつかなくなりますが、この仕組みを使えば、教科書に書いてあることをベースに回答を作ってくれるので、生徒の考えが突飛な方向に広がっていくことがなく、またネット上の不正確な情報に依存せずに、正確性の高い回答が得られる、という意味でかなり有意義だと思います。

 

ただ、生成AIというのは、「非常に賢いバカ」なのですね。これは、数学の例なのですが、ご存知のように教科書のテキストデータは章ごとに分かれています。GPTsであれば、そこに入っている情報を全て探ってくれますが、exaBaseのデータ連携は、(今後改善されると思いますが)今のところ適当に1つの章を拾ってきて、そこの中だけしか見てくれないようです。

 

これではまずいので、「情報」の教科書は、1冊を全て1つのテキストファイルにして取り込んで、他の情報は一切入れないユニットを作りましたら、とりあえず思ったように動いています。ただ、これが実際に使えるかについては心もとないところがあり、機能の改善を待ちたいところです。

 

今年度はこのように取り組んできましたが、来年度どうするかということについて、今校内でコンセンサスを取っているのは、朝学習です。

 

現在は、スタディサプリを行ったり、先生方が作られたプリントを行ったりしていますが、先生方の負担はけっこう大きい、という声があります。

 

そこを、生成AIで個別最適な学び、自分の弱点を見つけるためのプロンプトや、見つけた弱点を克服していくような学びを進めるプロンプト、あるいは発展的な課題や学びを深めることに対応するプロンプトを生徒に配布し、それを朝学習でやることにしてはどうかということを、今進めているところです。

 

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先生が校務で使ってみることで、活用の可能性に気づくことが必要

 

さらに、校務における使い方については、先日「教育の情報化推進フォーラム」で、東大の山内祐平先生に、非常に示唆に富んだお話を伺いました。

 

東大では、生成AIをどんどん取り入れていますが、その要因の一つとして、教授が英語で論文を書くときに、推敲するときに生成AIを使うの当たり前になっている。仕事の中で普段使いしているので、授業に取り込むことにもさほど抵抗がない、という話をされていました。

 

ということで、高校でも教員が仕事で生成AIをどんどん使っていけばいいじゃないかということで、校務における生成AIの話も、今回ご紹介します。

 

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例えば、文化祭のお知らせのような、いわゆるお知らせプリントのようなものを作らせてみましたが、去年のテキストの日付を変えるほうがよほど早いので、これは意外に使えないな、とやめてしまう人が多いです。

 

また、これは賛否が分かれると思いますが、生徒の指導要録や推薦書の下書きに使うことです。もちろん、その生徒の特徴や行動記録のようなデータは、教員がしっかり把握しながら入れますし、最終的に出てきたものについては丁寧に推敲する必要がありますが、文書のもとを作ることは生成AIにやらせてもよいのではないか、というのが、今のところ私のイメージです。

 

特に情報科の先生方にお勧めしたいのが、ダミーデータです。「情報I」のデータベースやデータの分析、「情報Ⅱ」のデータサイエンスで、ちょうどいいデータが見つからないことは、よくありますよね。

 

これを生成AIに作らせると、非常にいいデータを作ってきてくれます。例えば、「野球チームを6チーム、適当な名前を考えてください」と入れると、本当に適当に作ってくれます。対戦結果や得点についても、例えばこのチームは守備力が高い、ここは投手力が高い、といった条件を付けていくと、それなりのデータを出してきてくれます。これをいじり始めると、それこそ時間が溶けますが(笑)、ぜひ楽しんで作ってみてください、

 

国語の先生が言われたのが、多肢選択の問題で、正解の他に誤答をいくつも考えて作るのは、かなりしんどいですが、生成AIにやらせると非常に楽だ、ということでした。こういったところから使ってみられるとよいのではないかと思います。

 

本校の生成AIの授業に、たくさん取材が来られたのですが、産経新聞さんが3月に記事にしてくれたもので、「学校は最先端の先を意識」というタイトルを付けられたものがありました(※2)。

 

これは授業の後に立ち話のように話したことで、「これを書かれると多分反発を食うので書かないでね」と言ったことをタイトルにされてしまったものですが(笑)。

 

ここでは、我々は生徒たちが将来どのような社会で生活するのかを考えていかなければならないと思っています、という意味でお話ししたのですね。それに対して、ヤフコメでは「教員はいつまで学ばなきゃいけないんですか」とか「一生、学んでください」といったものがあって面白かったのですが、その記事の中で、教育学者の豊福晋平先生が、「教員が生徒に、生成AIの特性を踏まえた活用を示すことができなければ、導入はうまくいかないだろう」というコメントを書かれていました。

 

ですので、我々も生成AIの特性を踏まえて、生成AIでなればできないこと、あるからこそできること、ということをいろいろ探っていくべく、また来年度も取り組んでいきたいと思います。

 

※2  https://www.sankei.com/article/20240312-VTB5ZULBIFN7HOGHVZI7YZYXMI/

 

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2023年度東京都高等学校情報教育研究会研究大会 講演より