事例336

炎上・拡散事件の調査を通して学ぶ「情報との付き合い方」

世田谷学園高校 神藤健朗先生

「情報I」の第1章「情報社会の問題解決」では、「情報社会における個人の果たす責任と役割」として情報モラルを扱います。情報モラルは、教科「情報」がスタートして以来扱われており、生徒たちにとって最も身近な内容とも言えます。

 

若者のSNSの炎上・拡散騒動は後を絶ちません。高校生は、炎上するような行為をしてはいけないことや、炎上したときどれだけ大騒ぎになるかは、頭ではわかっていますが、自分が今やろうしていることがどのような結果を招くのか、万一問題を起こした場合にどのような罪に問われるのか、的確に判断することはまだできません。

 

教科「情報」で情報モラルを扱うときは、「インターネットに匿名性はない」「一度掲げたら消すことはできない」などの一般論や原則を示すだけでなく、「やってよいことかどうか」という判断基準を自分の中に作ることが必要になります。

 

今回は、世田谷学園高校の神藤健朗先生の「炎上・拡散事件の調査を通して学ぶ『情報との付き合い方』」3回続きの授業の、第2回と第3回の授業を見学しました。

 

1時間目:「過去の炎上・拡散事件」の具体的な内容を調べる

はじめに第1回の授業を簡単に紹介します。この授業は、初回でオリエンテーションと各種の設定を行った次の回、つまり本格的な「情報I」の最初の授業です。

 

このシリーズは、炎上・拡散事件の調査を通して、情報社会の内容を学習する3時間の活動と、教科書を使った情報整理と問題演習1時間の計4時間が1つのまとまりとなっています。

 

「情報」の視点で社会を見ることを経験するとともに、高校生になったタイミングで、SNSとの付き合い方をしっかり考え直す、という位置づけです。

 

1時間目は、「炎上とは何か」という簡単な説明を聞いた後、各自で過去の炎上事件についてネットで検索します。同じ事件を扱った別の記事を2本以上探すこととして、3本以上探した場合は加点が与えられます。複数の記事を読み比べることで、同じ事件でも切り口やニュアンス、タイトルの付け方に違いがあることに気づかせます。

 

生徒達が調べた事件はスプレッドシートで共有します。炎上がどのようなきっかけで始まり、どのように広がっていくのかという経過を様々なケースから調べます。ほんの小さなきっかけが思いも寄らぬ事態を引き起こすことを、具体的な事件から知っていきます。

 

2時間目:炎上・拡散事件の詳しい経緯を調べる

2時間目は、炎上・拡散事件を1つ選択し、事件の状況を時系列で整理して、「何が問題だったのか」を考えてまとめます。時系列で分析するためには、複数の記事を丁寧に読み込んで、事実関係を整理していくことが必要になります。

 

調べ方は、ネットニュースやX(Twitter)、Google検索など自由ですが、今回は同じ事件について3つ以上の記事を参照することが条件です。

 

 

調べた事件について、記事のURLとタイトル、炎上・拡散の類型(誰が・何をしたか・どのように対応したか)、事件の経緯の時系列のまとめ、何が問題だったと思うかをGoogleフォームに記入する形で提出します。

 

複数の情報源に当たることで多面的な見方が可能になり、事件の全体像を把握することができることを経験します。

 

 

ここで、炎上発生時の当事者の対応について考えます。

 

炎上に対する対応には、「無視」「反論」「謝罪」「留保」「削除」といった対応方法がありますが、いずれもメリットとデメリットがあります。

 

自分に非がないからと言って「無視」を決め込んでも、「何もしない」という態度に批判が集まる危険性があります。「謝罪」は一定の効果はあっても、誰に対して・何に対して謝っているのかが明確である必要があります。このように、対応を誤ると、まさに火に油を注ぐことになりかねません。

 

また、企業の起こした事件と個人の悪ふざけは、同じ炎上であっても反応が違うことも紹介されました。企業の場合は、速やかに適切な対応をすれば、さほど大ごとにならないこともありますが、個人の悪ふざけは、一度炎上すると激しいバッシングを受けると共に本人や家族の個人情報が暴露され、深刻なダメージを受けることになることがわかります。

 

 

 

炎上や拡散を起こした人・加担した人が問われる罪は…

3時間目は、前回の拡散・炎上に関する事件の経緯や対応について、他のクラスも含めてどのような事例があったのかを復習した上で、「炎上・拡散に関与することで、どのような罪に問われ、具体的にはどのような行為が該当する(or しない)のか」という具体的な法令を調べ、根拠となるURLとともに整理してまとめる、という作業を行います。

 

今回の事例は、前回・前々回で自分が調べたものでも、他の人が挙げたものでもよいこととされます。

 

具体的には、1つの事件に対して複数の記事にあたって、

 ① 罪の名前

 ② ①に該当するのは具体的にどのような行為か

 ③ 根拠となるURL(2か所以上)

の3つについて調べ、スプレッドシートに記入していきます。もとの記事を投稿して炎上させた人だけでなく、その拡散や、本人の特定に関与した人も対象になります。

 

このとき、罪の定義(罪の重さなど)や、罪に問われない例(処罰されないライン)についても調べます。調べたものはスプレッドシートに記入して共有します。

 

 

先生から作業の進め方をざっくりと説明されてから、すぐに作業に入ります。一人で調べても話し合って調べてもOK、ということで、それぞれのペースで作業が始まりました。

 

今回は、罪状についても調べなければならないので、検索する際のキーワードを工夫する必要があります。生徒達の作業を見ながら、先生からは「弁護士事務所のホームページも見よう」「効率よく調べるために、『著作権』『炎上』だけでなく、あと一つ何を入れたら絞り込めるか考えてみよう」といった、方向性へのアドバイスが与えられます。

 

生徒たちが調べていたのは「チケット転売」「バイトテロ」など、話題になった事件が多いですが、中にはChatGPTで検索している人たちもいました。ただ、出てくるのは突飛な事例や一般論が多いので、「ChatGPT、使えねぇ!」という声も上がっていました。

 

 

検索を進めていく中で、「器物損壊罪」のように適用の幅が広いものや、「信用棄損罪」のように定義そのものが法律になっているものがあることにも気づかせていきます。「法学部志望の人には、とても大事な作業だよ」という先生の言葉に、スプレッドシートとは別にメモを作っている人もいました。

約30分の作業でしたが、非常によく集中して取り組んでいました。

 

最後に、翌週までに3件以上をスプレッドシートに提出すること、レアケース(全提出事例数の2%以内)の事例を調べてきた人にはボーナスポイントが与えられる、という評価ポイントが示され、振り返りを記入して終了しました。

 

 

軽率な投稿がもたらす結果を知ることで、ネット社会の怖さに気づく

授業の最後に生徒たちが書いた振り返りを見せていただきました。

 

第2回で炎上・拡散の具体的な経緯を調べた授業では、炎上は「無視」や「削除」では収拾できず、「謝罪」や「訂正」のような適切な対応が必要であることがわかった、と書いた人が多数いました。

また、一度炎上すると取り返しがつかないことが多いため、慎重な行動が求められることを実感したようでした。さらに、当該の投稿だけでなく過去の投稿まで遡って炎上することの怖さを指摘した人もいました。

 

 

第3回で罪状について調べた際には、「軽率な行動をしてはいけないと思った」「結果を考えて行動することが必要だと思った」「発信する人の信頼性を確かめなければいけない」「いけないことをしたらまず謝らなければならない」といった自分の行動への戒めを感じ取った人がたくさんいましたが、「『故意ではない』ことが通ると罪にならないが、たいていは故意だと見なされる」「つもりでなくても罪は怖い」「世の中はいい人ばかりではない」「謝ったことでかえって炎上するのは理不尽だと思った」といった、ネット社会の怖さを実感した感想も多く見られました。

 

また、具体的な罪名・罰条を知ったことで、「『知らなかった』は理由にならない」「こんなことが罪になるのかということを改めて思い知った」「個人間の侮辱は罪にならないのは意外」といったコメントもありました。

 

今回見学したクラスは、中高一貫で中学校入学時からiPadを使っているため、検索した結果をスプレッドシートにコピペしたり、コメントを記入したりする作業は非常にスムーズでした。また、一人で取り組む人と、何人かで話し合いながら調べる人はおよそ半々でしたが、皆集中して取り組み、グループでいろいろな意見を出し合って調べても、まとめはそれぞれ異なった書き方ができていました。

 

 

[神藤先生に聞きました]

■生徒さんが非常に真剣に取り組んでいるのが印象的でした。授業の中で「情報モラル」という言葉は使っていらっしゃいませんでしたが、情報を扱う上で求められる考え方や態度が養われていることを感じました。どのようにこの授業を設計されたのでしょうか。

 

本校では、中学校ではSNSは禁止しています。高校生になって、さあSNSデビューだ、というタイミングで、情報との付き合い方、情報社会との向き合い方をきちんと押さえておくことは必要だと思い、最初にこれを行っています。

 

「情報I」の最初の授業は、年間の授業のオリエンテーションと、Google Classroomの設定作業を行います。そのとき、あえて私からは自己紹介を行わず、生徒に私の個人情報を検索させます。

すると、情報科の教員としての経歴や活動だけでなく、スポーツの大会に参加したときの記録や、過去の書き込みなども出てきます。これによって、ネット上には自分が気づかないところにも様々な情報が載り、残り続けて誰でも手に入れられてしまうことを印象付けます。それが次の「炎上・拡散の事例検索」の布石になります。

 

「事例検索→事例の時系列分析→事例からの法令検索」という流れで進めた後、4時間目は教科書を使った情報整理と問題演習を行います。

 

そこでここまでの3時間の活動について、教科書と照らし合わせながら説明することで、結果的に教科書の内容を広く網羅することができます。教科書に記述されている一つひとつの要素がきれいにつながっていきますし、教科書は様々な情報が非常に丁寧に整理されていることにも気付かせます。

 

そして、副教材として使っている教科書の付属問題集の問題を、どれが正解かわからない状態で100%正解になるまで繰り返して解いていきながら、知識を整理・定着させます。

 

 

■かなりの量の文章を読ませていらっしゃいましたが、この活動を通してどのような力をつけることを目指されたのでしょうか。

 

この活動では、単に調べるだけでなく、読み比べることを目的にしています。同じ事件についても異なった報道のされ方があり、ニュアンスが違ったり、記事によって偏りや煽りがあったりすることに気づかせます。

 

法律の検索についても同様で、法律事務所がまとめている情報であっても、わかりやすさに差があります。実際に読んでみて、自分にわかりやすい情報や事例が詳しく載っているサイトを取捨選択する経験にもなります。

 

また、読み比べていく中で、自分でコントロールできる情報とできない情報があることにも気づかせたいと思います。罪状については、曖昧な部分がたくさんあるので、罪になる/ならないというラインを知っておくのも大切だと思います。本当に自分が困ったとき、どう調べるか、ということについて知るきっかけになると思います。

 

 

[取材を終えて]

炎上事件が起こるたびに、「これだけバッシングを受けるのは知れ切ったことなのに、なぜこんなことをしてしまうのだろう」と思ってしまいます。おそらくそれは子ども達も同様で、迷惑行為はいけないことは頭ではわかっていますし、情報モラルを問われれば優等生的な回答もできますが、それを「実際の社会や生活の中で生きて働く知識」とするためには、「自分事」として文字通り肝に銘じておく必要があります。

 

この活動は学年の初めに行いますが、学年最後の振り返りでは、「おもしろかった授業」の上位に入ってくるそうです。何気ない投稿が激しいバッシングや信用の失墜につながることを知り、具体的な罪名・罰条と結び付けることで、単に「炎上しないように気をつけよう」というのでなく、自らの行動を社会の規範に照らして考えるきっかけとなることを感じた授業でした。