事例342

「データの活用」における相関分析を対象とした複数校での授業実践例

雲雀丘学園中学校・高等学校 林宏樹先生

複数の学校で共通して使える「情報I」の評価基準を作る

今回は兵庫県立姫路東高校の戎原進一先生と、電気通信大学の渡辺博芳先生と一緒に行った実践についてご紹介します。

 

まず、研究の背景です。

 

皆さんもご存じのとおり、「情報Ⅰ」は「問題の発見・解決に向けて、事象を情報とその結び付きの視点から捉え、情報技術を適切かつ効果的に活用する力を育む」ことを目的として、学習指導要領には4つの分野があります。

 

 

一方、教科「情報」における教員の現状としては、3つの課題が挙げられます。

 

1つ目は、「情報Ⅰ」の学習内容は高度化したにもかかわらず、専門性を持った情報科教員が十分に配置されていない、という課題があります。

 

2つ目は,先行研究による調査で「情報Ⅰ」実施前の情報科教員の不安として、「プログラミング」と「データの活用」に対する指導の不安を抱えている、という課題があります。

 

これらは、現場の先生方が肌で感じておられることだと思いますが、その一番の原因は、授業実践例と評価基準に関する実践が豊富でないところにあると思います。

 

 

さらに、3つ目として、高等学校現場では高等学校1校に対して情報科の教員が複数人在籍することが少なく、他の先生と評価基準を比較・検討することができる状況ではありません。そのため、校内では他の先生と評価基準を比較・検討することができないという課題があります。

 

そこで、今回は評価基準に焦点をあてて、複数校の複数人の情報科教員と評価基準を比較検討することの試行として行いました。

 

 

「データの活用」の授業の成果物に基づき、評価基準を提案する

 

本研究の目的は、「情報Ⅰ」の「データの活用」分野で授業実践を行い、生徒の成果物のパフォーマンスに基づいた評価基準を提案する、というものです。

 

この内容を1つのたたき台として、皆さんにこれから改良していただければと考えています。

 

本研究の特徴としては、スライドに挙げた4点です。

 

 1点目、評価基準は複数の情報科教員によって作成しました。

 

 2点目、複数の高校で同じ内容の授業を行いました。

 

 3点目、複数校の生徒の成果物を、1点目で作成した統一した基準で評価を行いました。

 

 4点目、成果物のパフォーマンスに基づいた評価基準を提案しました。

 

以上の運びになります。

 

 

評価基準の提案の方法としては、こちらのスライドのような流れで行いました。この流れに沿って説明していきます。

 

 

「相関を用いた分析を行い、関係を適切に分析して成果を表現する」ことを、制作物で評価する

 

まず、1つ目の「学習目標と成果物の設定」です。

 

大学の数理・データサイエンス・AI教育のリテラシーレベルの基本的な考え方の1つに、「社会の実データ、実課題を適切に読み解き、判断できること」が書かれています。

 

また、データリテラシーの学修目標には、「文献や現象を読み解き、それらの関係を分析・考察し表現することができる」ということも書かれています。

 

そこで、今回は、

1. 収集したデータ間の相関を用いた分析ができること

2. データの関係を適切に考察できること

3. 成果を表現できること

を目標とした授業内容を計画することにしました。

 

 

具体的には、土台としてスライド左にあるような先行研究による38点の成果物のたたき台を、6名の情報科の教員がそれぞれ個人で見て、評価を行う指標を考えました。

 

右側が、生徒に行う指示です。 

 

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成果物を評価する項目から3つの「観点」を設定し、観点ごとに基準を設定する

 

その手順がこちらです。先ほどの成果物の事例を38点用意して、まず情報科教員6人が、各自で評価を行う項目を挙げました。

 

次に、各自の項目を全体で共有し、類似する項目ごとにまとめました。

 

そして、まとめた項目から「観点」を設定しました。最後に、「観点」ごとにレベルの基準を設定しました。

 

今回の研究のメインとなるのが、この項目設定の部分です。今回これが実現できたのは、兵庫県高等学校教育研究会情報部会の先生方のご協力のおかげです。各都道府県の情報部会で、このような取り組みができたらすばらしいなと考えています。

 

まとめた項目からは、「ソフトウェア技能力」「分析力」「思考的活動力」という3つの観点を見出すことができました。なお、この名付けは、作業を行ったメンバーで行いました。

 

 

観点ごとに設定した基準の表がこちらです。

 

まず「ソフトウェア技能力」に関しては、協議の上、「A1:グラフを1つも作成していない」「A2:作成しているが適切なグラフではない」「A3:適切なグラフを1つ作成している」~「A6:適切なグラフを4つ作成している」の6段階で生徒の差が出るのではないか、設定しました。

 

2つ目の「分析力」は、相関係数を使った分析がどこまでできているかを見ています。

 

「B1:相関を活用していない」は、相関を使わずに分析を書いているということです。「B2:相関を判断しているが、適切な判断ができていない」、「B3:適切に相関を判断している」「B4:適切に正負の相関を判断している」「B5:複数の相関を比較して判断している」という段階によって、差が付くのではないか、と設定しました。

 

3つ目は、いわゆる考察力ですが、協議の結果「思考的活動力」と名付けました。

 

「C1:結果・考察ともに記載がない」は、まず何も書けていない状態。「C2:結果の記載が途中で留まっている」とし、これは、実際の現場では、成果物を作らせても尻切れとんぼで終わってしまう生徒がいることを想定して設定しました。このあたりを評価基準に入れているところが、現場の先生の実態に基づいた評価基準であることが伝わると思います。

 

さらに「C3:結果の記載はあるが適切でない内容である」「C4:適切な結果だけを記載している」「C5:適切に数値を用いて結果、考察を記載している」「C6:結果が記載され、適切な思考・判断を含めた考察を記載している」という、合計6つの基準を作りました。

 

 

複数校が同じ授業内容を実施できるように、50分×4回の授業計画を作成する

 

この基準を基に、授業計画を作成しました。

 

こちらは、先ほどもお話ししたように、「複数校が同じ授業内容を実施できること」が前提になります。

 

学校ごとに進度が違いますが、今回は授業の回数は50分×4回の授業で成果物を提出するところまで行う、というルールにしました。

 

ちなみに、4回だけでは不十分だと思った学校は、4回の授業後に5回目・6回目も同様に行って、成果物は引き続いて適切に作らせる、という指導をしていましたが、いったん4回の授業で作った成果物を提出していただいた、ということでご理解ください。

 

授業の内容としては、1回目に実データを用いた相関分析の事例の動画を生徒全員で視聴してもらいました。その後、授業内では教えていない技能として、例えばe-Statや気象庁からデータをダウンロードする方法や、CSVをExcelに変換する方法などを指導します。

 

その後、動画をチュートリアルにして、各自で成果物を制作する演習を行いました。このあたりが各校共通の授業内容ということに通ずるところで、その後、4回目の終了時に成果物を提出させる、という流れとしました。

 

 

動画は、経済産業省の「未来の教室」というSTEAMライブラリーの動画コンテンツ(※1)です。無料で全ての学校で視聴できることを確認して、この動画を使いました。

 

この授業実践については、兵庫県情報部会で実践可能な学校を募り、高校10校が参加、成果物は1959作品です。学校のレベルも様々で、幅広い学力層の生徒の作品が集まりました。

 

※1 「世界はデータで出来ている」

   

  「暑い日にアイスが売れるってホント?」

 

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制作物の評価~1作品を2人の評価者で観点別に評価し、一致率を確認する

 

続いて、成果物の評価です。

 

提出された1959作品のうち、実践校ごとに無作為に抽出した、全体の25パーセントに当たる490作品を評価することにしました。

 

 

成果物の評価は1作品につき、私と、私以外の教員1名、つまり1つの作品を2名で見るという体制とし、私が490作品全てを見て、他の先生方には1人80作品程度を見てもらうことにして、評価の一致率を確認しました。

 

一致率を見ると、「ソフトウェア技能力」(グラフを描いた数)に関しては96%、「分析力」が71%、「思考的活動力」は70%となり、思ったより高かったという印象でした。

 

個々の観点を見ていきます。

 

「ソフトウェア技能力」で一致しなかった4%は、今回「散布図を何個描けているか」ということと、「適切なグラフであるか」ということを指標としましたが、生徒が散布図の意味をよく理解しないで、取りあえずデータを選んで点が散らばるようなグラフを作ったものを「散布図」と判断してしまった軽微なミスの不一致でした。そこは協議して整合性を取りました。

 

「分析力」に関しては、相関係数を使って相関を適切に見ているか、見ていないかというところをジャッジしたのですが、実はここで非常に難しいものがありました。

 

生徒の作品を見ると、散布図が描けていて「相関がある」と書いているのですが、相関係数が0.7のものと0.5のものが並んでいると、0.7と0.5と言う数字の大小を比べてしまって、0.5の方を「相関がない」と書いてしまうのです。

 

単独で見れば、相関係数0.5なら相関はあります。そのため、評価においてはスライドの全体をみる必要があり、個々の生徒のスライド全体をみる必要性がわかりました。ここの不一致についても、改めて確認をしてもらい修正しました。

 

思考的活動力の一致率は70%でした。これは、評価基準C6の「思考・判断」というところと、「間違った考察をしている」というところが、評価者間で一致していませんでした。ここについては、一通り評価が終わってから改めてみることで評価を行いました。

 

今回、評価する作業の前に、評価基準については、評価者の先生全員に個別に口頭で説明して確認したのですが、評価を進めるうちに、どうしてもブレが出てきてしまった、という感じです。それでも、後で話をすると一致するとことができたので、それほど悪くない指標かなと感じています。

 

 

評価の散らばりから、観点同士の関連性を見る

 

成果物の観点別の評価の結果です。

 

まず「ソフトウェア技能力」は、A4とA6が多い。つまり、4回の授業では散布図が2つ、あるいは4つ以上作成している生徒が多いという結果になりました。

 

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次に「分析力」です。ここではB1(相関を活用できなかった)とB4(適切に相関を判断している)が多くなりました。B1が多かったのは、散布図を描くだけで時間切れになってしまったか、それを使った理由が書けなかったのか、というところはわかりません。

 

しかし、B4で1つの山ができたことで、正負の相関まで判断できるかどうか、という大きな弁別はできたかなと思います。

 

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そして「思考的活動力」に関しては、C1(全く結果・考察の記載がない)、C3(結果の記載はあるが、思い込みで書いていて内容が適切でない)、C4(適切に結果だけを書けている)という生徒が多く、C6(思考判断を含めた結果が書けた)まで行けた生徒が若干いました。

 

今回の授業では、散布図を作成して(ソフトウェア技能力)、相関係数を求めて相関を判断し(分析力)、考察を行う(思考的活動力)という流れが1枚のスライドにあります。

 

つまり、観点ごとに評価をしましたが、実は観点同士に関連性があるのではないか、ということが考えられます。

 

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そこで、このような結果の分析をしてみました。

 

A(ソフトウェア技能力)のそれぞれの段階の生徒は、B(分析力)ではどのような段階に位置していたのか。さらに、B(分析力)とC(思考的活動力)ではどうなのか、ということを見てみると、実はA4(散布図が2つ書ける)という辺りで層が分かれていることが見て取れます。

 

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ソフトウェア技能力(散布図を書けた数)は、その後の考察にも影響する

 

つまり散布図が1つしか書けない人は、なかなか相関を見るというところまで進めないけれど、2つ以上描ける人は、それなりに相関も見られるようになっています。今回は、単純にグラフが書けた数でみていますが、やはり技能のスピードは、ある程度その後の考察にも影響する、という示唆が得られたと考えます。

 

さらに相関に関しても、B3(相関を適切に判断できる)のところで、C6(適切な試行・判断を含めた考察ができている)が増え、さらにB5(複数の相関を比較して判断している)のところでC6が一段と顕著に増えているので、やはりここに一つの段差があることを見つけられたと感じています。

 

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今回の発表では、「ソフトウェア技能力」「分析力」「思考的活動力」の3観点の評価基準表を皆で作り、さらに生徒のパフォーマンスから、観点の関係性を取り入れた総合評価を提案した、ということを紹介しました 。

 

 

質疑応答

Q1.公立高校教員

複数校で実施するに当たって、学科はどういった構成だったのか、また、この生徒たちに評価の指標は予め示されたのか、というところをお聞かせください。

 

A1.林先生

学科については特に指定せず、「参加してくださる学校はありますか」と聞いて手を挙げていただく形で行いました。今回の参加校には専門学科はなく、普通科の学校でした。

 

生徒への指示は、7枚目のスライド1枚を全校共通で見せるだけという形で統一し、その他の点については先生ごとにブレがないことを鑑みて、何も指示などを行わないことにしました。また、評価基準は研究段階であるために提示しておりませんでした。

 

 

Q2-1.公立高校教員

2つお聞きしたいと思います。まず、Aの「ソフトウェア技能力」のところで、適切なグラフが1つだけから2つ、3つ、4つ以上作成している、という項目がありました。先ほど、結果的に複数のグラフが描けている生徒は分析力が高いというお話があり、非常に面白いと思いましたが、ふだん見ていて、こういった分析をするのにグラフを1つ作っても、4つ作っても分析の結果は同じではないかと思うのですが、その辺りはいかがでしょうか。

 

もう1つは、今回のA、B、Cの3つの観点について、われわれが指導・評価するときの3観点(知識・技能、思考・判断・表現、学びに向かう姿勢)との関連性をどのように考えられているのかということについても、教えていただけたらと思います。

 

A2-1.林先生

まず観点別評価のほうから申しますと、「ソフトウェア技能力」については「知識・技能」で、「分析力」と「思考活動力」は「思考・判断」にあたると思います。

 

実際、私の授業では、一度作品を作らせた後に、いろいろな振り返りをした後、もう一度作らせます。そのときどれだけ改善したか、その変化率を、個人的な判断ですが、「主体的な学び」と見ています。そのため、ここでの評価では、「知識・技能」と「思考・判断・表現」までかと思います。

 

もう1つ、グラフの数については、先ほど申し上げたように、今回いろいろな偏差値帯の学校があって、4回の授業では、散布図を描くだけで精いっぱいの学校もありました。そのような学校であれば、例えばA4ができていたら、分析力まで行かなくても評価は3だね、ということもあると思います。

 

実は、ここが今回の実践の裏の目的とも言えるところなのですが、公立学校の先生は転勤がありますよね。そうすると、前の学校で使っていた基準が、次の学校では使えない可能性があります。公立高校の教員の現状を考えて、どのような学校に転勤したとしても、生徒の実態に応じて活用することのできる評価基準が作成できないかと思い、今回の研究を行っております。

 

グラフを描くだけでせいいっぱいの学校であれば、多分グラフの個数だけで評価できると思います。でも、もっと考えられる学校であれば、最後の思考力・判断力のところまでできて当たり前で、そうすると、今度は、このCの部分がメインの評価基準になるように変更していくことになると思います。

 

 

今回はご紹介しませんでしたが、この研究の続きとして、「C思考活動力」の到達度を基準とした16段階の評価を作ってみました。

 

ここでC6に達してる生徒は、基本的にはグラフも描けている、と考えたときに、B3、B4、B5だけで評価できるとか、逆に最初のA1、A2のところでグラフが1つ書ける・書けない、ということも1つの段階としました。

 

今回の研究成果として、学校の実態に応じて活用できる評価基準を作成したため、今後の展望として、今後、学校の実態に応じた活用方法が報告できればと考えております。

 

 

Q2-2.公立高校教員

個人的には、散布図を1つ描けることと複数描けることは、実は大差がなくて、正しく1つ描けるのであれば、時間さえかければ複数描けるのではないか、と思います。

 

複数描けることと分析ができることに相関が見えたのは面白いと思いましが、それは結果論で、そうでない部分でいうと時間の問題のような気がします。その辺りはどうお考えでしょうか。

 

A2-2.林先生

ワークとしては考察するところまでがメインです。そう考えたときに、グラフの数だけを焦点を当てたわけではなく、グラフが複数描ける人と、1つしか描けない人とで、その後の分析の過程がどうなって、最終的にCの部分がどこまでいけたかが大事だと思います。

 

その意味で、今、言われたような技能の部分については、確かにグラフを1個描けても2個描けても技能としては一緒かもしれませんが、後ろにひも付くところで、1個しか描けない生徒と2個描けた生徒の差が出てくるという点について、この3つの観点を総合して見るということで意味があると思っています。そのため、今回はソフトウェア技能力だけで評価せず、3つの観点を連動させた形の評価基準を提案しています。

 

 

Q2-3.公立高校教員

なるほど。最終的に、総合的に判断することを考えると、そこまで必要だったということですね。

 

A2-3.林先生

はい。2個描けた方がより良く分析できる生徒が多いということが見えた、という意味です。

 

第17回全国高等学校情報教育研究会全国大会(愛知大会)分科会発表