事例347

高2での実践報告 情報Ⅱ(文系選択)で取り組む問題解決

京都産業大学附属中学校・高等学校 森本 岳先生

「情報I」の学びを問題解決に利用する…プログラミングでは何ができる?

今回は、文系の高校2年生が選択科目の「情報Ⅱ」で取り組んだ実践をご紹介します。

 

本題に入る前に、本校の1年生の「情報Ⅰ」の授業で、どのようなことをしているかお話します。

 

本校では、「情報Ⅰ」の2単位と「総合的な探究の時間」の1単位をシームレスに接続し、3単位で授業をしています。その全ての授業に情報科と探究科の教員が入っています。

 

これまで全高情研では、「総合的な探究の時間」をより科学的に深めていくためのアカデミックスキルを学ぶ場としての「情報Ⅰ」の可能性について報告してきました。全体概要は2019年の和歌山県大会で、また「情報Ⅰ」で学ぶデータサイエンスの有用性については2021年の大阪大会でお話ししました。

 

昨年の東京大会では、データサイエンスでも特に「尺度」という概念を持つことが探究活動の上で大切になってくることを報告しています。

 

 

「情報Ⅰ」で学ぶ「データ分析」の内容は、問題の状況を把握したり、原因の分析・解決方法の検証に使ったりすることができます。

 

「情報デザイン」は、問題解決そのものに使える場合もあれば、探究内容をスライドやポスターにまとめるなど、他者に伝えるときに非常に役立ちます。

 

そして、3つ目が「プログラミング」です。本校では「情報Ⅰ」でプログラミングを扱っていますが、ゲームなどを自由制作させているものの、問題解決に活かすというところまではなかなかできていません。そこでプログラミングを問題解決で活かす実践を情報Ⅱではやってみたいと思っていました。

 

 

ここからが「情報Ⅱ」の話です。

 

プログラミングを問題解決に活用する方法は、大きく2つあると思います。

 

1つは、問題の分析や解決方法の検証に活用することです。つまり、プログラミングを活用して何かを計測して原因を追究したり、効果を測ったりすることです。

 

もう1つは、プログラミングを使ってアプリを作ったりロボットを作ることで問題解決するという、ものづくりやクリエイティブな分野です。

 

理系の生徒は後者をどんどんやっているのですが、文系の場合は前者を想定しました。

 

文系と言っても、本校は社会科学、経済学部・経営学部や現代社会学ぶなどに進学する生徒たちが選択するため、どちらかというとデータサイエンス寄りです。ですから、プログラミングを使ってデータを取って、それを分析していくことに焦点を当てて取り組むことにしました。

 

 

「教室の中の暑い席・寒い席問題」をプログラミングで解決する

 

生徒たちが取り組んだ問題をご紹介します。

 

生徒たちのブレーンストーミングから出てきた身近な問題の中から、センサで計測できることをピックアップしました。

 

今回は、こちらの2つの事例について、生徒の作成したスライドを用いながら、彼らの探究の過程を紹介します。

 

まずは「教室の中の暑い席・寒い席問題」です。どの学校にもある話ですが、教室の中でエアコンに近い席は寒いけれど窓側は暑いなど、体感的に知っていることを科学的に分析してみました。

 

 

最初に生徒たちは、夏のエアコン稼働時に暑さ・寒さをどのように感じているかをアンケートで聞きました。

 

スライドの左側A列が窓側、右側G列が廊下側です。赤は暑く、青は寒いと感じていると回答しています。

 

廊下側にやや寒いと感じている生徒が多く、左の一番前が濃い赤で、最も熱がこもっていることが想像されます。中央付近は比較的薄い色が並んでおり、適温と感じられているようです。

 

 

生徒たちのアンケートによると、この暑さ・寒さの原因はエアコンであるということでした。

 

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次に生徒たちが何をするのか見ていましたら、このアンケートの結果を基に、教室を縦列ごと・横列ごとに平均値を求めていました。

 

しかし、今回のアンケートは順序尺度で取っており、順序尺度の『寒い』から『やや寒い』は、一定間隔ではありません。

 

また、それぞれ違う生徒が座っており、それぞれの体感で暑い・寒いと答えているため、安易に平均を求めてしまって大丈夫なのかということを、我々から問題提起しました。

 


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文献調査で先行研究から分析に必要な情報を得る

 

生徒たちは、暑い・寒いをより客観的に捉えるために、まず文献調査で人の体感温度の違いに関する先行研究を確認しました。そして、体感温度の個人差は約7℃あることや、暑い、寒いと感じる温度の範囲がどのくらいなのかがわかりました。

 

さらに、別の論文からは、足元に当たるエアコンの気流が体感温度に大きく影響しているということや、胸部や上腕など、体幹に近い部分の温度も重要であることがわかりました。

 

そこで生徒たちは、調査にあたっては、ただ気温を測るだけでなく、机の上・机の下・エアコンの気流について調査をする必要がある、という結論に至りました。

 


 

生徒たちが考えた調査の方法です。

 

まず、先ほどのアンケートでは別々の生徒の体感を集約したため、個人差が現れてしまっていました。それを避けるために、同じ被験者に全てのポイントの実験席に座って1時間授業を受けてもらい、実験後に各座席の体感をアンケートで聞くとともに、体温の表面温度を測って変化を確認することにしました。被験者は、クラスの男子2名、女子2名を無作為抽出で選びました。

 

 

micro:bitで各実験席の温度を測定するプログラムを作る

 

また、被験者の体感だけでなく、micro:bitで5秒ごとに机の上と下の温度を計測しました。ここでmicro:bitのプログラミングが登場することになります。

 

 

さらに、エアコンの気流を測定するために、電器屋さんのエアコン売り場で見かける吹き流しに着想を得て、エアコンや各座席の机上にビニールテープを細かく裂いたものを取り付け風速と方向を観測しました。

 

他に、その日の天気、外気温、外湿度、教室全体の室温、湿度もmicro:bitで計測しました。

 

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これらの計測データを全部盛り込んで、総合的に関係性を考察しました。

 

最初に採ったアンケートだけでは、人の感情や個人差の影響があったので、今回は無作為抽出で選ばれた同一の被験者による実験とmicro:bitによる測定値を基にマップを作ることにしました。

 

また、文献調査では不快指数についても調べていました。不快指数が70以下で快適、75以下でまあ快適、80以上で不快を感じるということでしたので、これについて教室の5つの実験席でどこが快適なのか、順位を付けました。

 


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ここまでの結果を基に、夏と冬のそれぞれで、アンケートとmicro:bitの教室の中の複合マップを作成しました。どちらにしても、中央のD列は比較的快適であるようです。

 


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総合評価で作成した「快適座席マップ」を席替えに活用

 

D列が快適な理由としては、窓から遠い席のため、比較的外気温の影響を受けにくいことが考えられます。

 

また、生徒の感覚によると、エアコンから床の3マス分離れた席に、エアコンの気流がよく当たるということがわかっています。

 

 

教室内のエアコンの設置位置は図のようになっています。

 

真ん中付近の席は、左右のエアコンの風がそれぞれ打ち消しあって、あまり風のない状況が生まれているのではないか、と分析していました。

 


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また、廊下側の後ろの座席は、壁から跳ね返ってきた風を含めて最もエアコンの風を足元に感じやすく、実際、被験者に座ってもらった中でも、快適ではないと感じる人が多かったようです。

 

一方で、風の影響の少ない真ん中の席は快適に感じられるようです。

 

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また、前述のように被験者体の表面温度を測りましたが、真ん中付近の席では上がり過ぎたり下がり過ぎたりすることはなく、快適に感じていた、ということも確認しました。

 

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これらの結果を踏まえて、教室の快適座席マップを作りました。これを席替えに利用すれば、皆が幸せになれるのではないかと結論付け、実際の席替えに活用しました。

 

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登下校時に昇降口に向かう通路の混雑問題をプログラミングで解決する

 

次に、「登下校時の昇降口(生徒のスライドの中では「下駄箱」となっています)に向かう通路の混雑の問題」です。

 

はじめに、アンケートから57%の人が登下校時に昇降口の混雑に遭遇し、困ったことがあるというデータを集めていました。

 

生徒たちは、登校時は最寄り駅の電車到着時刻が、下校時は発車時刻が大きく影響しているという仮説を立てました。

 

文献から先行研究を調査すると、混雑の理由として待ち合わせ、中学生との下校時刻の重なり、つい友達と話し込んでしまう、距離が遠いなどの理由が挙げられていました。

 

ただ、アンケートから見ると、本校では昇降口で話し込んだり待ち合わせをする生徒は多くないことがわかりました。そこで、あらためて混雑の理由を確認する作業に入りました。

 

まずは、登下校に使用する交通手段ごと、また所属する部ごとに、混雑で困ったかどうかの差異があるかを確認するアンケート調査を行いました。

 


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その結果、交通手段や部活動と混雑とあまり関係なく、特定の集団の生徒が特に困っているということはないことがわかりました。

 


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赤外線センサで昇降口を通過する人数を測定する

 

ここで、プログラミングの話に入っていきます。

 

今回は、登下校の時間帯に実際に昇降口を通過する人数を赤外線センサで計測することにしました。

 

本校の昇降口付近には、一か所狭くなる部分があって、一度に2人程しか通れない幅なのですが、そこを通らないと教室に行けないため、混雑の原因になっているのではないかと考えられます。

 

そこにセンサを置き、数値的な把握を試みました。正確に測れるように調整するのに少し手間がかかりましたが、朝から晩まで2週間にわたって計測しました。

 

 

その平均値をグラフ化したのがこちらです。登校時は、8時20分をピークにかなりの人数が通過しています。つまり、この時間が最も混雑していると考えられます。

 

全員が登校した割合を100%とすると、朝6時30分から8時15分までの間にゆるやかに50%の生徒が、次の20分で残りの50%の生徒が通過していることになります。

 


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下校時間帯は少し様子が異なります。

 

本校はコースによって終了時間が異なります。内部進学のコースは6時間目まで、外部受験の特進コースは7時間目まで。そして部活動のある生徒はさらにその後になるので、3回のピークがあります。

 


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交通手段や部活動に関係がないとすると、最寄りの嵯峨野線の丹波口駅の電車の発着時間に混雑の原因があるのではないか、と考えました。

 

調べてみると、最寄り駅には、上りと下りの列車が同時にホームに到着する時間があり、それが混雑の原因になっていたことがわかりました。

 


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電車の発着時間が混雑の原因らしい→通行者を分散させる工夫が必要

 

これらの結果をふまえると、混雑を緩和するには、通行者を分散させることが必要であることがわかりました。

 

 

生徒たちは、通行者数を分散させるためには、この混雑時間帯の事実を周知させる必要があると考え、面白いアイデアを出しました。

 

まず、昇降口につながる廊下にサイネージを設置し、混雑の実情と構造、どの時間帯が空いているのかを、画面でアナウンスをするというものです。

 

 

また、人の流れをスムーズにするために、全校生徒が通る狭い廊下にテープで線を引いて明確に2車線にしてみました。

 

 

その結果、まだ多少の混雑はあるものの、通行者が分散して混雑の緩和が見られました。

 

実際に、対策の実施前は8時15分以降に全生徒の50%が登校していたのが、30分ほど登校が早まりました。これは実験が成功したと言えます。

 

このように、この活動では先行研究を確認して、さまざまな調査を行いながらヒントを得て、1つの問題をさまざまな尺度や観点で見ようとしています。そして、疑問が出るたびに新たな調査を行い、原因を絞って解決する。これを、半年かけて行いました。

 


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「仮説通りだったか」よりも、「どれだけ多角的に見られたか」を重視して評価する

 

成績評価でも、結果が仮説通りだったか否かを評価するのではなく、どれだけ尺度を考えて客観的に多角的に見ることができたか、ということを重視しています。仮説が裏切られることはごく普通にありえる、ということを前提に、目の前の現象を科学的、客観的に捉えるためにどうしたらいいのかを、最後まで議論し尽くしたかどうかが重要であることを、生徒たちにも繰り返し伝えています。

 

定期考査は各学期の期末考査だけ実施しています。探究の取り組みをストーリー仕立てで追いながら、いろいろ試行錯誤させられるような問題をオリジナルで作問しています。

 

今年は運動部系の生徒も多いので、スポーツサイエンスの分野で探究できないかと考えています。今後もいろいろな先生方とも情報共有しながら、さまざまな分野の探究事例が作れたらと考えています。

 

質疑応答

  

Q1.公立高校教員

生徒は、この探究的活動をやっていく中で、どのように記録を残しているのか、ということに、非常に興味があります。いろいろなことをやっていくと思いますが、最終的には評価に結び付いていくことだと思うので、その辺りを詳しく教えていただけないでしょうか。

 

A1.森本先生

実は、中間報告を何回も行っています。この発表のときは初めてだったということもあって、選択できる受講人数をある程度絞っていたので、全体で20人くらい、大学のゼミぐらいの規模で行いました。うまくできる方法が見つかったら、もう少し広げていこうかな、と考えています。

 

中間報告は口頭で行って、他の生徒たちからの意見は、全てGoogle Formsで集めています。それらの意見に対して、自分たちはどのように対応したのか、ということを記録する、ということは、1年生の探究活動のときからずっと行っています。

 

あとは、何回かレポートを書いてもらって、その中で、どういった課題に対してはどのような工夫が出てきて、それがうまくいったのか、いかなかったのか、ということをまとめる機会を持っています。このように、自分のやってることを見つめ直すことを大事にして、教員はその記録を確認する、という形です。

 

 

Q2.公立高校教員

教室の中の暑い席・寒い席問題で、座席の位置と温度だけで見ていましたが、例えばあそこに湿度という変数を足したらどうなるのかな、と思いました。風速も入れたりして、変数をもっと増やしたら面白いなと思いました。

 

A2.森本先生

おっしゃるとおりです。不快指数を出すときに湿度も確認しよう、と言っていたのですが、結局時間的な都合でおおまかにしか測れずじまいでした。

 

この研究に対しては、彼らから「自分たちの研究を1学年下の後輩たちにさらに深めてほしい」という願いを聞いていますので、今年もさらに追加調査をさせようと思っています。そこで取り入れさせていただきます。

 

17回全国高等学校情報教育研究会全国大会(愛知大会)分科会発表