事例353
山形県立酒田光陵高等学校における実践事例
山形県立酒田光陵高校 湯澤 一先生
私は山形県立酒田光陵高校で、専門学科情報科を担当しています。教科情報科の話題は情報Ⅰ・情報Ⅱが話題の中心になっておりますが、専門学科情報科では何をしているのか、ご存じない方もいらっしゃると思います。まず、専門学科情報科について説明をさせていただきます。
専門学科情報科の位置付け
学習指導要領の「情報Ⅰ」と「情報Ⅱ」の後ろに、「主として専門学科において開設される教科『情報』」が掲載されています。専門学科情報科は、農業・工業・商業・水産・家庭・介護・福祉に並ぶ職業に関する教科の一つです。よく工業の情報科や商業の情報科と「一緒だね」と言われますが、工業科や商業科と同じ大学科の情報科です。
専門学科情報科の目標がこちらです。実践的・体験的な学習活動を通して、職業人の育成を目指しています。
原則履修科目は「情報産業と社会」と「課題研究」で、専門教科の最低必履修単位数は25単位以上です。つまり、25単位以上は専門の授業を行わなければ情報科の卒業としては認められない、ということになります。
専門学科情報科を教える教員は、共通教科の免許と同じ免許で教えています。私自身、普通科の共通教科「情報Ⅰ」を担当する場合もあります。
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現在、全国専門学科情報科高等学校長協会に加盟校している学校は、19校しかありません。あくまで校長協会に加盟している学校のため、この他に私立高校など加盟していない学校も数校ありますが、とても少ないです。
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酒田光陵高校情報科の教育課程
酒田光陵高校は、酒田市内の4校を統合して2012年度に創立されました。『地域起点』をキーコンセプトとして、『公益』『環境』『国際化』『情報』をキーワードにしています。
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現在、4大学科7小学科を有しています。本校の特徴として総合選択制を実施しており、普通科の生徒が共通教科だけでなく、専門学科の先生から専門的な授業を受けることも可能になっています。
本校は、2023年度からリーディングDXスクール生成AIパイロット校、2024年度はDXハイスクールに採択されています。また、2019年~2020年は国立教育政策研究所 教育課程実践検証協力校、2014年~2016年はスーパーロフェッショナルハイスクール(SPH)にも指定されて、さまざまなことに取り組んでいます。
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ここから本校の情報科について説明します。普通の高校では情報の先生は1人だけの配属が多いですが、本校は専門学科ですので6人で学科を運営しています。
情報科の教育課程がこちらです。黄色が共通教科、青が専門教科の授業です。1年生で基礎的な内容を学習して、2年生で発展させていく形です。
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職業学科は、3年生で総合的に探究する「課題研究」の授業を行います。この「課題研究」に向かって、基礎的な知識と探究的な学びを一体感を持って行っています。
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3年生の「課題探究」に向けて、探究活動のサイクルを回していく
本校の、学習指導要領内での学校設定科目をご紹介します。
1つが、2年次で行っている「SPアルゴリズム」です。これは、チームで架空の会社での販売顧客管理システムを作るシステム開発の実践的な授業で、1人が1画面を担当して、チームで連携を取りながら1つのシステムを構築します。
1学期にデータベースなどの基礎的な知識を習得した上で、2学期から実際にシステムを開発します。そして、一度完成したシステムの中間発表を行い、そこからさらにカスタマイズして、その上で最終発表しています。このように、大きな流れの探究を回しながら、それぞれの班の中で小さな探究を回す活動をしています。この授業は、市内の山形県立産業技術短期大学庄内校と連携して行っています。
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もう1つは、3年次の「AIとデータサイエンス」です。今回の学習指導要領には、専門学科情報科であるのにAIの授業が1つもないので、これはやらないといけない、ということで本校が独自に始めたもので、私が担当しています。
ここでは、AIやデータを活用して、実際の課題を解決するための技術と態度を身につけられるよう、基本的に課題解決型の実習中心に授業を行っています。この授業では、大学の「数理・データサイエンス・AI教育プログラムの認定制度」のリテラシーレベルを超えて、応用基礎分野程度を目指しています。
しかし、本校では数学Ⅲ・数学Cの授業を開講しているのですが、進学校ではないので、生徒たちは数学がそれほど得意ではありません。そのため、高度な数学の内容は深く扱わず、AIに触れる、使えるということを目指しています。
3年間の学習の総仕上げとしての課題研究
課題研究は、専門学科情報科の学習を生かして、社会に関する課題を発見し、情報技術を用いた課題解決を探究し、実践しています。扱う課題は、基本的には自分の興味・関心に合わせて生徒自身が設定しています。本校は、積極的に外部連携を取り入れており、最新の技術・知識についても取り組めるようにしています。
そして、課題研究の最後に外部に公開する形で、大々的に発表会を実施しています。ここでは、発表するだけでなく、研究内容のレポートを1つの冊子にまとめるとともに、発表会の様子をYouTubeでライブ配信しています。
レポートは、単にプレゼンテーションをまとめるのでなく、しっかり文章を書くよう指導しています。
今年度の発表会は、2025年2月8日(土)に実施します。YouTubeでも配信しますので、ぜひご覧ください。
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課題研究の評価の一部には、ルーブリックを取り入れています。このルーブリックに関しては、教員が一方的に行うのではなく、生徒自身がまずルーブリックで、自分がどのくらい力をつけているか、の評価を行います。その上で、生徒と教員が面談の場ですり合わせをして、最終的なルーブリック評価を決めます。ルーブリック評価は、評価の一部として利用しています。
これを実施することによって、生徒はどこの力が足りないのか、何をもっと頑張らなくてはいけないのかということを、生徒と教員の間で共通の認識を図ることができます。
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課題研究においては、大きな目標とともに、毎回の授業ごとに、必ず何かしら課題が発生します。
その課題を解決するために、調べて終わりではなく、必ず何かしらのものを作る開発が入ってきます。さらに、ここで開発ものを検証するといったスパイラルを、ひたすら回していくことになります。
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課題研究では、生成AI登場当初から研究に取り組む
こちらが2023年度の課題研究のテーマです。詳細は、本校のホームページに、生徒の研究発表の冊子や発表会の様子のYouTubeアーカイブとともに掲載していますので、そちらをご覧いただけたらと思います(※1)。
注目していただきたいのが、2023年の段階ですでに生成AIに関するテーマが3つ、AIに関するテーマが2つあることです。ChatGPTが本格的にスタートしたのが2022年の秋頃で、2023年度のテーマを最終的に決定したのが2023年5月ですから、1年も経たないうちに生徒から生成AIにチャレンジしたい、という声が出てきています。
生徒が新しい技術に挑戦することは、教員にとっても大きな挑戦です。例えば、この一番上の「ファインチューニングによる独自カスタムLLMシステムの制作」は、私が担当したものですが、正直言って全然分からない。それでも、生徒がやりたいと言うのですから教員も一緒にやっていく、という考えで取り組みました。
この研究は、本校でAIを扱うための高価なコンピューターを1台購入したのですが、生徒たちが、「どうしてもそれを使って、生成AIをやってみたい」と言ったことが始まりです。
では、生成AIで何をしようか、と考えているときに、ちょうど酒田市のご当地ラーメンが「全国ご当地ラーメン総選挙」で初代日本一になった、というニュースが飛び込んできました。いろいろ調べてみると、酒田市のラーメンについてまとまって案内するサイトはまだないことがわかりました。それなら生成AIが対話形のコンシェルジュになってくれる仕組みを作ろう、ということになりました。
酒田のラーメン事情に特化した生成AIを作ろうとすると、どうしてもファインチューニングの技術が必要になります。しかし、私自身ファインチューニングは全くわからないので直接指導することはできません。そこで、8月の段階で、県立産業技術短期大学校庄内校に相談して、実際にファインチューニングに取り組んでいる教授に指導をお願いしました。このように、生徒と短期大学校の教授が連携するして、制作を進めました。
生徒たちは、分からないところがあれば、短期大学校の教授に直接質問をしました。また、それだけでなく、生成AIフル活用しながら開発を進めていきました。実際にファインチューニングを行うには、さまざまな工程を踏まなければならず、作業の一つひとつが探究の積み重ねでした。
生徒は、なんとか1000件ほどの学習データを集めて、最終的にシステムを作ることはできました。しかし、生成AIの回答は、実際の使用に耐えるかと言えば、ちょっと難しいな、といった精度でした。しかし、本人たちにとっては、しっかり探究をしてシステムを開発したことが、次への糧になっていると思います。
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2つ目の実践例の「コメレンズ」は、物体検出AIを使ったウェブアプリケーションです。収穫物に混入する異物の割合を示すことで、生産者が自分の生産物にどのくらい異物が混入しているかがわかり、気を付けよう、と思わせることで行動改善をするきっかけを作りたい、という狙いでこのアプリを作ったのだそうです。
これも、地元のAI技術者の方と連携し、定期的に来校していただいて指導を受けました。生徒にとっては、開発の全てが新しいことばかりで、常に探究しながら作業をしていきました。課題研究発表会では、生徒が苦労の軌跡をいきいきと話していましたので、ぜひご覧いただければと思います。
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実践例の3つ目は、生成AIを利用した広告作成・配信システムの開発です。これを作った生徒は、全校生徒が誰でも気軽に自動で広告を制作・配信・管理を行えるシステムを開発したいということと、おそらく一連のシステム全てを自分で作りたいという思いがあったのだと、私は感じています。そして、実際に生成AIやインターネットを駆使してシステムを作り上げました。
実は、この生徒と、先ほどのコメレンズのグループは、最初は同じグループ4人で活動を行っていたのですが、この生徒がやりたいことがあまりにも他の3人と違っていたので、結局2つのグループに分かれて取り組むことになりました。教員としても無理に1つのグループの中でやらせようとするのでなく、生徒の意思を尊重して、分かれて別々にやってみよう、ということで実施しました。
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課題研究における教員の役割りは…
課題研究を行う上での教員の主な役割は、ファシリテータ、外部連携の調整、開発環境の提供の3つであると思います。
先ほどの課題研究までの流れで言えば、生徒の探究活動を回すことの下支えとして教員のアドバイスがあり、また外部の教授やIT技術者との連絡や調整を行うことで支援を可能にし、そこにできる開発環境を整えることで、生徒のやりたいという気持ちを大きく伸ばしていくことができます。
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さらに、「課題研究」までに、実践的・体験的な学習活動や探究的な体験活動を積み上げ、これを「課題研究」で発揮させることで、先ほどの発表会のような成果につながっていると実感しています。
生徒たちの活躍
このように学んできた情報科の生徒たちは、実際新しい技術への対応は非常に早く、積極的に活用し、使いこなしています。
こちらのグラフは、本校が生成AIパイロット校の指定を受ける前に生成AIをどのぐらい使っているかを聞いたものです。一般の生徒で使ったことがある人が5%程度だった頃、情報科の生徒は、すでに50%以上が普通に使っていました。
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また、本校のITサイエンス部は、シンギュラリティバトルクエスト2023(全国高等学校AIアスリート選手権大会)という大会に参加し、1年生のチームがなんと全国1位になりました。この大会に向けて私はほとんど指導しておらず、生徒が外部コーチの指導や、自分たちが当たり前に生成AIを使いながら、試行錯誤した結果です。
進路実績についてです。情報科はおおむね4分の3の生徒が進学します。専門教科の学習時間の比重が高いため、どうしても5教科は弱いです。そのため、ほとんどの生徒が情報科での研究実績を活用して、総合型選抜で進学しています。
大学の先生方は、ぜひ総合型選抜の対象に情報科を入れていただきたいです。大学によっては、工業科や商業科は受験対象になっていても、情報科が対象ではないため総合型選抜試験を受験できないということが山形大学工学部など複数大学あります。よろしくお願いたします。
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DXハイスクールの取り組み
本校のDXハイスクールの取り組みについてお話しします。取り組み事例は、文部科学省のサイト(※2)にもアップされていますので、ぜひご覧ください。
本校では、対象の学科を情報科だけではなく、全学科で実施しています。情報科での実践や研究成果を生かして、他の科でも情報教育を推進してくためです。
※2 https://www.mext.go.jp/content/202411003_mxt_koukou01_000036932_0009.pdf
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これまでの大きな取り組みの1つとして、2025年度入学生から、普通科2年次で「情報Ⅱ」を必修としました。さらに、3年次では、選択科目として学校設定科目「AIとデータサイエンス」を開講することにしました。「情報Ⅰ」「情報Ⅱ」で情報教育が終わるのではなく、さらにその上の情報教科を開講することで生徒の探究活動をより回していこう、と考えています。
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これによって3年間を通した「情報」の学びや問題解決、探究の経験を積み上げられるようにしました。
「情報Ⅱ」を必修にするにあたっては、校内でもさまざまな議論がありましたが、何とかコンセンサスを取って、このようなカリキュラムを組むことができました。このことは、本校の校長の理解と支援が大きかったです。
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数理・データサイエンス・AI教育プログラムで考えると、普通科と工業科・商業科は、「AIとデータサイエンス」を履修することでリテラシーレベルまで習得し、情報科は、より専門的に指導しますので、何とか応用基礎レベルまでの習得を目指していきたいと思っています。
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高校教科「情報」シンポジウム2024秋 講演