生成AIと対話し、手を動かすことで深化する学び ~実機を使ってネットワークを構築する実習
千代田区立九段中等教育学校 市川淳尉先生、須藤祥代先生
「情報I」で扱う情報通信ネットワークについて、学習指導要領の解説には、情報通信ネットワークの仕組みや構成要素、プロトコルの役割や情報セキュリティ技術について理解するために、「小規模なネットワークを設計する活動を取り入れるものとする」とされています。
ネットワーク機器の仕組みや役割は、文字通り日常的・社会的な事象で、生徒たちにとっても生活に直結するものであり、ここはぜひ実習の形で体験しておきたいところです。
一方でネットワークの構成にはさまざまな機材や用語が登場するので、授業の中でこれらの説明に時間をかけると、実習に時間を割くことが難しくなります。さらに、実際に配線するとなると、ちょっとしたことでエラーが発生しがちで、誰もが「心が折れる」経験をしたことがあるでしょう。
今回は、九段中等教育学校の情報通信ネットワークの構築の実習を見学しました。
九段中等教育学校は、文部科学省の「リーディングDXスクール」の生成AIのパイロット校に指定され、校内生成AIを全ての教科の学習活動で日常的に使っています。今回は、情報通信ネットワークの学びとともに、授業の中での生成AIの活用のあり方を見学しました。生成AIの活用によって、実習の場面で生徒自身が学びを深めていくことを実感することができました。[2024年10月22日]
校内生成AI「otomotto」は、授業や校務で安心・安全に使える仕様
九段中等教育学校の校内生成AI「otomotto」は、ChatGPTとGemini、Claude等のAPI機能を教育用にカスタマイズしたものです。授業で使用する校内で収集したさまざまなデータは校内限りで、校外のLLMモデルには学習・利用されない仕様となっているため、校内情報等についても安全・安心に扱うことができます。学校内のデータを校内生成AIでRAGとして利用できるようにし、それをもとに回答を生成する形にできるので、参照元が明らかで、生徒も教員も情報源を信頼して利用することができるとともに、無関係な情報によって学習活動に支障が出ることを防ぐことも可能です。
九段中等教育学校では、2023年度後期から4年生(高校1年生)の情報科等の専任教員でパイロット的に校内生成AIを導入し、2024年度からは全学年の生徒と全教員が授業や校務で使用しています。また、2014年から学習プラットフォームとしてMicrosoft Office365を導入し、2020年4月からは全学年でTeamsを利用した学習活動を進めています。
[九段中等教育学校の生成AI・Teamsを利用した授業事例の紹介はこちら]
前回の授業で作成したネットワーク構成図に従って実機を配線する
「情報I」の授業は、50分の2コマ連続で行われています。今回見学した授業は、ルータやスイッチングハブなどの実機を使ったネットワークの構築、特に配線とIPアドレスの割り当てにポイントを置いた実習です。
前回の授業では、情報通信ネットワークの仕組みや用語について、教科書や参考資料、スライド教材、動画など自分に合った方法で学び、各班でOneNoteにまとめて共有しました。
その後、班別に「架空の会社の各部署内のネットワークを設計する」という設定で、くじ引きで当たった「条件カード」の条件に沿って、各班で「人事部」「営業部全国グループ」「情報システム部」などの部署のネットワークの構成図を作成してTeamsに格納するところまで行いました。
なお、この時間に生徒たちが学んだ用語や仕組みなどの内容については、Teamsに50問ほどの「確認クイズ」が出題され、ホームワークの形で各自復習しておくことになっていました。
今回の授業では、前回書いたネットワーク構成図に従って実際に機器を接続します。先生から与えられる作業の説明は、「前回書いた構成図に従って機器を接続します。必要な機材はこちらにあります」という最低限のことだけ。使用する機器は家庭用のルータ、いろいろな長さのケーブル(長さによって違う色のもの)、スイッチングハブ、ディスプレイとつないだRaspberry Piで、種類別にコンテナに入れた形で準備されています。
生徒は構成図を見て、自分たちのネットワークに必要な機材を取ってきます。実は、前回作った構成図が間違っている班もありますが、この段階では指摘せず、作業を進める中で気づくことを促すとのことです。
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作業に入る前に、IPアドレスのクラスA、B、Cが同じ部署(班)がどこかを確認して、他の部署の端末とプライベートIPアドレスが被っていないかを確かめるよう、指示が出されました。ここで、「プライベートIPアドレスのホスト部に割り振ることができる数字の範囲として、0と255は使えない」ということがさらっと説明されましたが、それ以上詳しいお話はされません。しかし、これが後で効いてくることになります。
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作業の手順も自分たちで考える~わからないところは生成AIに相談
まずはルータから端末(Raspberry Pi)までのLANケーブルの配線をしますが、ほとんどの班が最初から躓きます。配線の方法はルータの取り扱い説明書が頼りですが、それだけではわからないところは、otomottoの出番です。
はじめは「LANの設定はどことどこをつなぐのか」「ラズパイの使い方を教えて」といったざっくりとした訊き方ですが、手順を重ねるに従って具体的な質問になっていくことが見受けられます。
otomottoだけでなく、Googleや機器のメーカーのサイトなど、それぞれがいろいろな手段で調べていますが、調べてわかったことは班の中ですぐに共有され、試してみる中で少しずつ作業が進んでいきます。他の班とのやりとりも活発ですが、班ごとにネットワーク構成の条件は違うので、そのまま真似することはできません。あくまで自分たちの条件に置き換えて考えることが必要です。
生成AIを使っても話し合いは活発。先生への質問もより深いものに
生徒たちの取組で印象的だったのは、にぎやかに作業が進んでいながら、最初から先生に丸投げで頼ろうとする人がいないことです。先生は作業の進行をきめ細かく観察して、にこやかに励ましていらっしゃいます。機器にトラブルが発生したり、「○○しますか?」という表示が出てきたりした場合には速やかに対応されていますが、生徒から訊かれない限り、ヒントを与えることがありません。
逆に、先生に質問するときは、「どこまではできたのか。何が・どうなっていることがわからないのか」を必ず説明することが求められるので、説明しようとする中から自分で気づく、という場面がよくありました。友達と相談したり、説明したりする中で課題が言語化されて、理解が進んでいくことがわかりました。
取扱い説明書や検索した内容には、いろいろな専門用語が登場しますが、これらについて、先生からの説明は特にありません。「調べればわかること」については、その場で検索したり、資料を見たりして納得しながら進めていく、という姿勢が身についていることが感じられました。
1コマ目の目標は機器の接続完了です。10分間の休憩の間も、ほとんどの生徒が席を立たず、作業を続けていました。
失敗の原因に気づくことが新たな学びにつながる
2コマ目のはじめに進度を確認したところ、ほぼ全ての班が機器の接続まで完了、IPアドレスの割り当てまでできたところが1~2班で、やはりIPアドレスには、どの班も手こずっています。
何度試してもエラーが出てブロックされますが、どこに問題があるのかがさっぱりわからない、という状態です。
そのうちに、端末に割り振ったIPアドレスには「255」が使えないことに気づいた班が出てきました。実際に変更してみると、あっさり通ります。この情報は、すぐに他の班にも共有されました。さらに、CapsLockがかかっていてパスコードが入力できなかったことに気づいた班もありました。さすがに「今までの苦労は何だったんだ!」という声も上がっていましたが、残り30分ほどでLANが完成する班も出て来て、活動は俄然活気づいてきました。「やばい、楽しくなってきた!」という声が聞こえてきたのも、この頃です。
LANが完成した班は、インターネット側のWANの設定に入ります。Raspberry Piで設定したWebサーバにアクセスして、参照できれば完了です。LANの設定よりも作業は複雑になりますが、LANの構築の経験を生かして、手際よく進められていることが見て取れます。ディスプレイに「到達おめでとう」の表示が現われると、大きな歓声が上がっていました。
WANまで完成した班のメンバーは、自発的に他の班に出向いて、手順が共有されていきました。
2コマの授業でWANまで完成したのは数班だけでした。文字通りの暗中模索の連続で、生徒にとっては非常に難しい作業であったと思われますが、途中で諦めることなく取り組み、授業の終了後も何人もの生徒が先生に質問していました。
今回の授業到達目標は、LANやWANを完成させることよりも、情報通信ネットワークの基礎知識を習得し、活用することができること。そして、チームで協働して成果物を作り上げることができることです。実際に手を動かすことが学びにつながり、生成AIがその学びをさらに深いものにしていることが感じられました。
[市川先生・須藤先生に聞きました]
■今回の実習では、生徒たちが自分たちで解決策を見出してゴールに向かうという姿が見られましたが、情報科の実習はいつもこのような形なのでしょうか
市川先生:
基本的には、そうです。「こういう手順でやればいいよ」と指示をして、そのとおりやっていくという形でも、もちろんできますが、それよりも、こちらからはテーマとして大枠だけを設定して、そこに向けて何をどうしたらよいのか、ということに頭を働かせる方が、彼ら自身の学びにもなりますし、思考が深まると思っています。
ですから、あえて一から十まで説明せず、自分たちで思考を深めてほしい。ネットワークが完成したかどうかは、あまり重要ではないわけです。班によっては、IPアドレスの設定に時間を掛けるところもあったかもしれないし、配線に手こずったところもあるかもしれません。しかし、そこで彼らが相談したことで、理解がより深まったと思っています。
■確かに、手順を教えてもらうことに慣れていると、「教わっていないからできません」ということになりますね。
市川先生:
そうですね。自分たちで考えているからこそ、休憩時間もそのまま続けていたり、終わってから先生を質問攻めにしたりすることになるのだと思います。
須藤先生:
大事なのはゴールですね。「今日はこういうことをするよ。最終的にこんなことを目指すよ」ということを最初に示しておいて、生徒たちにはいろいろなチャレンジをしてもらう。情報の授業は常にそういった感じなので、彼らはもう慣れていて、自分なりにトライしたり、周りと協力したりする。うまくいかなくても、次に改善されればいい、というところはあると思います。
その中で、いろいろな知識やスキルを獲得していくことができる。探究しながら、深掘りしながら学んでいるな、と感じています。
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■ネットワークを扱う授業は、このあとどのようなことをされるのでしょうか。
市川先生:
このあとアルゴリズムやプログラミングを学んだり、課題製作に取り組んだりする中で、「これの通信部分どうなっているのか」というところでは、また登場するかもしれませんが、ネットワークの部分だけを扱うのは、前回と今回で終わりになります。
■今日の実習では、前回構成図を書いて、今回はそれに従ってネットワークの構成をしていましたが、うまくいかなかった人たちが、どこが原因だったかを考えるのは、個人の振り返りの中で行うことになるのでしょうか。
須藤先生:
生徒は、授業後の振り返りで「ここがわからなかった」ということは書いて来るので、多くの生徒が挙げてきたケースは、次の授業で拾ったりします。またこれとは別に、基礎的な知識については、確認テストのような形で押さえています。
うまくいかなかったことについては、振り返りの中で彼ら自身が考えつくこともあるかと思いますし、どうしても疑問に思う生徒は、先ほどの授業後のように先生に聞きに来ますね。
市川先生:
授業の後で、うまくいっていなかった班とは、「解決できなかったけど、この辺りが原因ではないか」ということについては話をしたので、そこで話せた生徒は納得できたと思います。
あの場で話せなかった生徒についても、おそらくリフレクションに書いてくると思いますので、次の授業の最初の部分でフォローできるかなと思っています。
■情報の授業では、質問や検索以外で生成AIをどのように取り入れていらっしゃいますか。例えば、プログラミングではいかがでしょうか。
市川先生:
プログラミングの単元自体はこれからですが、活用の場面は大いにあると思っています。例えば、コードを書くにしても、今はゼロから全て自分で書くということは必要ないので、ベースとなるコードはAIを活用して作って、目指す動作をさせるために組み合わせ、書き換えていく、ということができると思います。また、バグを見つけたり、エラーチェックをしたりということにも使えると思います。
須藤先生:
単元に関係なく、プロジェクト型、ミッション型の授業と生成AIは非常に相性がよいと思います。一人ひとりがやりたいことや知りたいことは全く違うので、今日のように何から手付けてよいかわからないままトライするときには、まず生成AIに聞いてみることで最初のハードルは低くなります。糸口がわかったことで、生徒たちもすごく一生懸命取り組んでいることを感じました。
市川先生:
「グループワークで提案資料を作りなさい」というときのアイデア出しにも使いますが、例えば「こんな新しいサービスがあったらいいね」と提案しようとしても、それをうまく形にするようなイメージ画像はありませんよね。そこで生成AIを使うことで、具体的な画像を作って提案資料に貼って、ということもできるので、生徒たちのアイデアも一層広がることになります。
須藤先生:
情報科に限らず、全般的に学びの質は上がったと思います。生成AIが入っても、対話はなくならないですし。むしろ学びの深さや速度は上がっているな、という変化を感じています。生徒の学びのツールが増えた、という意味で、本当にいいツールが入ったな、と思います。
DXハイスクールの方で機器を導入することになるので、そういったものと組み合わせることでさらにいろいろな授業ができそうだな、と期待しています。
市川先生:
いろいろなツールを組み合わせて、自分が疑問に思ったことや、もっと知りたいと思ったことを開拓したり、挑んだりするとき、生成AIとの対話というのはとても役立つのではないかと思っています。
取材を終えて
2時間の実習の間、どの班も途切れることなく作業が進められていました。一人で黙々と作業する人、他の班に出張してやり方を仕入れて来る人と取り組み方はさまざまですが、生徒同士のやりとりは活発で、作業の内容は常に共有されています。九段中等教育学校では、1年生(中学校1年生)から全ての教科の様々な場面でグループワークを行っており、今回のルーブリックにもグループワークの行動指標が示されているので、皆が班の中での自分の役割を意識しながら取り組むことができていました。
ネットワークの構成が正しくできているかということは、前の時間に作った構成図が理論上正しいかを先生がチェックすれば済みます。オンライン教材で、画面上で配線して疎通ができれば「正解」と表示される、というものでも可能でしょう。むしろ実機を使うことの方が、ケーブルを逆につないだり、CapsLockのためにパスコードの入力ができなかったり、といった小さなトラブルによってうまくいかないことが発生しやすくなります。
しかし、それこそが日常の生活の中での実際の状況での学びに近いと言えます。今回の授業は2コマ連続で、時間的にも余裕があったため、こういった小さなトラブルからのリカバリーも可能で、学びにつなげることができたことを感じました。
生成AIの使い方として印象的だったのは、ある班で、ルータと端末の接続の方法について、otomottoから出てきた答えと、ルータのメーカーのWebサイトに書いてあることが違っていたときのことです。2つの説明と自分たちの設定の条件と見比べて、この場合はメーカーのサイトに書かれたことの方が正しいだろう、という判断をしていました。生成AIに頼り切るのでなく、自分で判断基準を持って、場面に応じて最適なものを使い分けることができていることがわかりました。
須藤先生が「何から手付けてよいか分からないままトライするときには、まず生成AIに訊いてみることで最初のハードルが低くなる」とおっしゃっていましたが、今回の授業でも、まず「ルータと端末はどうやってつないだらよいか」といった、そもそもの部分をotomottoに訊いている班がいくつもありました。
生徒たちにとって、otomottoは「その分野にちょっと詳しくて、自分のレベルに合わせて気軽に答えてくれる便利な相談相手」といった存在で、その意味で個別最適な学習にとっては頼もしいツールです。これを上手に使っていくためには、まず生成AIとの付き合い方をきちんと身に付ける必要があることを感じました。