事例378

SIRモデルを用いた災害時のSNS上でのデマ情報拡散 シミュレーションに関する授業実践

広島大学附属福山中・高等学校 平田篤史先生

ご本人提供
ご本人提供

初めに、簡単に自己紹介します。私は2017年より大阪の公立高校で勤務し、19年より現任校に着任しました。ありがたいことに、この間ずっと情報科専任で教員生活を送るとともに、情報処理学会や日本情報科教育学会でも様々なお仕事をいただき、いろいろな先生と関わらせていただいています。

 

 

今回の発表の概要です。

 

「モデル化とシミュレーション」の授業、全5回のうち第4回のご紹介です。感染症の拡散モデルのSIRモデルというものがありますが、2013年頃から、これを災害時におけるSNS上でのデマ情報拡散モデルに応用する、という先行研究がいくつか出ています。その先行研究をもとにした授業実践です。

 

授業の大まかな流れとしては、このモデルのシミュレーション結果を踏まえて、いろいろな考察をするところをメインにしています。また、もう1つの特徴として、数学科との越境ということがあります。今回の授業は高校2年生で実施していますが、SIRモデルの本質は数学Ⅲの発展内容として扱われる微分方程式で、これは2年生では難しい内容です。

 

この数理モデルを、数学Ⅱの内容である数列の漸化式の形に近似して、数学Ⅱの範囲で理解できるようにしました。

 

つまり、数学の見方・考え方と、「情報」の見方・考え方を踏まえて、災害時におけるSNS上でのデマ情報拡散モデルを、シミュレーション結果を踏まえていろいろな考察をすることになります。

 

 

まず、「モデル化」と「シミュレーション」の意味を理解する

ご存じのとおり、対象事象を単純化して表現したものを「モデル」、モデルを作ることを「モデル化」と言います。ここで大事なのは、自分が見たいものの特定のところを抽出してモデル化する、ということです。

 

プラモデルなどの物理モデルや、数式などの数理モデルなど、どのモデルでも同様ですが、もともとのモノのどの部分を見るか、というところが、モデル化のポイントであると思います。

 

そして、対象事象をモデル化して、問題解決に影響する事柄を抽出して試行錯誤を行うことを「シミュレーション」と言います。シミュレーションは、「この条件であればこういう結果が得られる」いうことで、数値や条件を変えることによって結果を予測する、という活動になります。

 

 

東日本大震災発生時のデマ情報の拡散と収束をSIRモデルで表す

今回の実践は、先行研究の中の1つの、東日本大震災におけるTwitterのデマ情報拡散モデル(※1)に出会ったことが大きいです。

 

この研究では、東日本大震災におけるいくつかのデマツィートを取り上げて、それらがどのように拡散し、どのように収束したのか。また、それに併せて、デマの訂正ツィートについても、どのように拡散し、収束したのか、ということを考察し、これをモデルで表していました。

 

 ※1 「拡張SIRモデルによるTwitterでのデマ拡散過程の解析」岡田佳之 他、2013

 

 

例えば、こちらはコスモ石油に関するデマ(※2)と、その訂正ツイート数の推移です。

 

震災当日の3月11日深夜から12日にかけて、この内容に関するデマツィートはかなり増え、その後収束しています。その後にこのデマの訂正ツィートが急激に増え、また収束する、というモデルになっています。

 

※2 https://www.asahi.com/special/10005/TKY201103120432.html

 

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こちらが先ほどお示しした、デマ情報の拡散と収束を予測するSIRモデルです。

 

このモデルは、もともと感染症の感染者数の推移を予測するためのものですので、これを今回のテーマであるデマの拡散に当てはめます。この条件設定を説明します。

 

 

イメージとしては、スライドの左の図になります。SNSの全ユーザが、緑色の箱の中にいるとして、その全員が、SかIかRの3つのいずれかの状態であるとします。

 

Sはデマ情報をまだ拡散していなくて、今から拡散する可能性がある者、Iがデマ情報を拡散している者。そしてRはデマ情報を拡散していたが、デマの訂正情報を受け取るなど何らかの要因で、すでにデマ情報を拡散しなくなった者(非拡散者)です。

 

そして、S+I+Rの3つの人数は、足し合わせると全ユーザ数ですから常に一定になり、状態遷移はS→IとI→Rという形のみ起こる、という条件です。要は、状態の変化としては、まだデマ情報を拡散していない人から、デマ情報を拡散する人への変化と、デマ情報拡散している状態から、もう拡散しなくなる変化の2つだけが起こります。

 

ここで2つの変化と言ったのは、未拡散者のまま、あるいは拡散者のままとどまる場合もありますが、「変化する」という意味では、S→I、I→Rのみ起こり、S→RやR→I、I→Sなどの逆流は起こらないということです。

 

 

状態変化のモデルを漸化式で表す

SIRでは、この状態変化のモデルを、いろいろな条件を単純化して3つの式に落としています。本来は微分方程式ですが、今回は生徒に示した漸化式の形でご紹介します。

 

まず、S(未拡散者)→I(拡散者)に変化する確率を、拡散率aとします。

 

(1)の変異は、Sn+1(翌日のSの人数)から本日のSの人数を引いた数です。つまり、翌日にかけてのSの人数の変化量は、本日のSの人数に本日のIの人数を掛け合わせものに、拡散率aを掛けたものとなります。

 

(1)の式で、拡散率aにマイナスがついているのは、先ほどの状態遷移の理論で言えば、Sの数は増えることはなく単調減少するので、ここはマイナスとしています。

 

次に、Iの人数の変化は、(3)のR(非拡散者)の人数から考えた方がわかりやすいので、先にRの人数の変化を表す(3)の式を説明します。

 

Rの人数の翌日にかけての変化(Rn+1-Rn)は、I→Rに変化する訂正率をbとして、b*In、要は、本日のIの人数にbを掛けたものです。そして(1)と(3)の式を足し合わせたものが(2)の式になります。

 

要は、拡散のおこる数、すなわちIの人数の変化は、Sからの増加量と、Rになって減っていくものの和になる、ということです。ここで、さきほどマイナスだったaの符号がプラスになっているのは、Sの減少量というのはIの増加量なので、マイナスがプラスに変わっています。

 

Rの増加量というのは、逆に言えばIからの減少量なので、2つの式の和であってもマイナスに変わっています。ここのプラス・マイナスが逆転しているのは、そういう意味です。

 

この3つの式を数理モデルとして1日ごとに計算し、変化量をたどっていくとシミュレーション結果にたどり着きます。

 

 

拡散率と訂正率を変えることで、ピークの値やピークに達するまで・収束するまでの時間が変わる

このシミュレーションの試行結果、I(拡散者)を表示したのがこちらです。拡散率aと訂正率bを変えることで、デマ情報がピークに達するまでの所要日数やピークの値、さらに収束するまでにかかる日数が変化しています。

 

例えば、左側のグラフでは、1日で急激にピークまで達して、そこから完全に収束するまで50日かかっています。右側のグラフは、このaとbの値を変えたものです。ピークまでかかる日数が4日に増えて、ピーク時の値も1000近くから約800まで下がり、14日で完全収束を迎えています。これを通して、拡散率aと訂正率bが、このシミュレーションの結果に与える影響を確認させました。

 

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生徒に自分で考えたデマ情報の拡散をシミュレーションさせる~デマの内容にも着目

ここから生徒には、この東日本大震災のデマツィートに関する情報を踏まえて、今後起こり得る南海トラフ地震におけるSNS上でのデマ情報拡散、収束のシナリオを「検討シート」で考えさせました。

 

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まず1つ目に「どのようなデマ情報が拡散し得るのか」ということで、東日本大震災のときに拡散されたデマ情報の特徴から、デマ情報を「行動を促すもの」「ネガティブなもの」「不安をあおるもの」の3つに分類しました。

 

また、震災が発生してからの時間経過でデマ情報の内容が変わっていった、というデータがありましたので、デマ情報の内容を「災害の要因」「災害の再来」「一次被害」「二次被害」「災害対応」「被災地での生活」の6つに分け、この3×6の18パターンのデマ情報のうち、自分が南海トラフで想定するデマ情報がどれに当たるか、ということで○を付けさせて、それについて時間経過による情報内容の変化を考えることにしました。

 

例えばこのスライドの生徒は、二次被害で不安をあおるような内容のテーマとして考えられるものとして、「地震の影響で日本近海の海底火山が大噴火を起こして、太平洋の魚が食べられなくなっている」といったデマ情報が流れた、としています(スライド左側)。

 

2番目に、自分が想定したデマ情報はどのような人に・どのような動機で拡散されるのか。また、収束するとすればどのような要因か、ということを考えさせました。

 

「どのような人に」「どのような動機で」を考えさせた理由としては、デマ情報を拡散する人は、必ずしも悪意を持った人ばかりではない、ということがあります。最初にデマ情報を流した人は、根も葉もない嘘を流しているのですが、それを拡散する人の中には、「実際にそのネタが本当であったら、影響がある人や困る人がいる。それを未然に防ぎたい」と考える善意の人も含まれるわけです。ですから、その人たちも含めて、どのような人・どのような動機で拡散されるのか考えてみよう、ということを行いました。

 

この例では、「どのような人に」については、「太平洋で漁業を行っており、海底火山の位置に関する知識を少し持っている人」が拡散するのではないかと想定されています。

 

「どのような動機で」では、「震源地からその火山までの距離が近いため、噴火が起きたという勘違いから生じる不安」で、この動機に応じて拡散するのではないかということです。

 

「収束する要因」は、「海底火山の専門家による根拠を持った発信で、間違っている、起こっていない、というデマ情報の訂正のツィートが流れてきて、それによってこのデマ情報が収束するのではないか」というシナリオを立てています。

 

3番目に、1番目に自分が考えたデマ情報の内容と、2番で考えた「どのような人に」「どのような動機で」「収束する要因」を踏まえて、先ほどモデルで示したSIRモデルのS、I、Rそれぞれの人たちの人数や、デマの拡散状況がどのように変化するのかということを想定させました。

 

例えば、この具体例では、「S(デマ情報をまだ拡散していない人)というのは、一気に減ってほぼ0になってしまう。I(拡散者)は急激に伸びてピークを迎えてから、だんだん収束をたどる。R(デマ情報を流さなくなる人)は、最初はほぼ0で、あるときから増え始めて、そこから単調増加していくのではないか」というシミュレーションをしています。

 

このように考えた理由として、「デマ情報の内容は、家庭の食卓に影響を及ぼすことなので、拡散率は高く、2、3日でほとんどの人に広まると思う」というシナリオを立てています。このときのS、I、Rの初期値と拡散率a、訂正率bの値については、東日本大震災のときの事例を基に値を自分で設定しています。

 

 

SIRモデルのシミュレーションの試行と、結果を踏まえた対策と対応の検討

ここからは、実際に生徒に試行させたプログラムを見ていきます。

 

 

ここで行ったシミュレーションの結果を踏まえて、対策と対応の検討をします。

 

シミュレーションでは、自分が想定したシナリオの拡散率と訂正率から、ピークと収束までにかかる日数と、ピークの値が出てきます。この実行結果に対して、多くの人がデマに惑わされることがないよう、拡散を抑えて収束を早めるために、拡散率や訂正率をどのように変化させればよいのか、そうした場合ピークまでにかかる日数や収束までにかかる日数やピークの値がどのように変化するのかを考えさせました。

 

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この生徒は、拡散の抑制に必要なのは、今回で言えば拡散率を下げて訂正率を上げること。収束の促進に必要なことは、訂正率を上げることだ、と書いてくれています。できれば、もう少し具体的な数値や人の動きも書けるかなと想定していましたが、この生徒はこのような書き方になっています。

 

続いて、実際にこの上のようなデマの拡散を抑制したり、収束を促進したりするためには、個人や行政、マスメディアなどが、どのような動きを取ればよいかという、リテラシー的な部分を考えさせました。

 

具体的には、「一般ユーザ」「マスメディア」「行政機関や企業」という3つのステークホルダーが、自分のデマ情報について、それぞれがどのように関わればよいのか、ということを表にまとめました。

 

そのデマ情報固有のものと、一般的なデマに対する対応が混在した部分もありますが、拡散の抑制に例えば、一般ユーザ(SNSユーザ)が拡散の抑制についてできることは、拡散する前にファクトチェックを行う、収束を促進するためには、「公的な機関が出た訂正情報を拡散する」、つまりデマ情報だけでなく、訂正情報も拡散することが、収束の促進につながると考えています。

 

また、マスメディア(テレビ、ラジオ、ネットニュースなど)については、拡散の抑制として、デマ情報が拡散する前、あるいはその途中で「デマ情報に対する注意喚起」を行う、ということを考えています。また、収束の促進という意味では、具体的な情報訂正を繰り返し発信し続けるということが大事であると答えています。

 

最後に、行政機関や企業(国や自治体)では、拡散の抑制についてはマスメディアと似ていますが、収束の促進では、公的SNSで訂正情報を発信する、ということを考えています。

 

 

シミュレーションを通して「誰の・どんな問題を解決するのか」を意識できるような設定が必要

今回の実践の考察です。

 

 

最初に説明したように、シミュレーションは「こうだったらこうなる」という、条件に応じた結果を得るためのものですが、生徒の中には、シミュレーション結果として出てきたもの自体が最適解だ、と考えて記述をしている人が結構多数いたので、そうではないことを理解させる必要があったかな、と思います。

 

また、今回はPythonでシミュレーションしたので、プログラムを実行すると、いきなりグラフが出てきます。それはそれでよいのですが、単位時間当たり、今回で言えば1日ごとの変化量を意識させることが、あまりできていませんでした。この活動がかなり重要だったのではないかと思います。

 

さらに、シミュレーション結果の妥当性を検証可能なものにする必要があったと思います。つまり、東日本大震災の実例をもとに、実際のシミュレーション結果と実際のデータに妥当性がある、かなり似ているものであることを確かめさせる活動が必要だったと思いました。

 

そして、SIRモデルがSNSの情報拡散に使えるかどうかを検討する活動を中心にしてもよかったな、と思います。要は、このモデルは本来感染症の拡大を予測するモデルですが、これがSNSの情報拡散に使うには、いくつかの条件やデータの違いの特徴を捉える必要があります。

 

今回は、授業時数の関係もあって、そこに触れる余裕がありませんでした。そのため、このモデルの妥当性や、モデルで起こっていることを半信半疑でシミュレーションをしている生徒も見受けられました。そのため、そこに関して議論をさせる時間を取ったり、単位時間を変更したり、拡散者の属性の影響を検討したりすることをしてもよかったかなと思っています。

 

最後に、SIRモデルのシミュレーションによって、「誰の・どんな問題を解決するのか」を明確にする必要があったと思います。今回の事例の最後に示した、シミュレーション結果への対応と対策の検討の活動で、本当は個々のデマ情報の内容について考察できればよかったのですが、一般的な対応を記述するだけになってしまって、当事者意識が感じられなかった生徒がいたのが残念でした。課題を与える段階で、シミュレーションを通して「誰の・どんな問題を解決するのか」を意識できるよう、説明することも大事だったと思います。

 

神奈川県情報部会実践事例報告会2024オンライン オンデマンド発表より